0041
どうにも運ちゃんの挙動がおかしいが、家出じゃないからな。
頼むからちゃんと目的地に運んでくれよ。
「石原弁護事務所はそっちじゃないぞ」
「あれ、そうだったかいな」
「あのなぁ、こっちは客だぞ。しっかりしてくれよ」
「お客さん、家出じゃないのかね」
「オレの家の事情に介入する権利があるんなら好きにすれば良いが、越権行為は為にならんぞ」
「そういうのは警察で説明しなさい」
「ピポパ……あ、もしもし、石原さんですか。あのですね、ハイヤーにそちらに行くように言ったんですが、家出扱いされて警察に送られるようなんですよ。ええ、それでですね、二ノ宮ハイヤーの望月運転手に対する起訴状作成をお願いします。はい、はい、もちろん録音はやってます。ええ、親との会話も録音済みで、ちゃんと出て行けって言葉も録れています。はい、はい、警察でですか、はい、分かりました。では後ほど……邪魔すんなよな」
「やれやれ、そんな芝居でどうにかなると思ったのかね」
「いい加減にしてくれよ。これはハイヤーでアンタは運転手だ。そうして今は営業中でオレは客だ。その客が目的地を言うのに無視して勝手に他の場所に行くとか、下手したら誘拐及び拉致監禁にも該当するぞ」
「とにかくここで降りなさい」
仕方が無いから荷物を降ろし、全て背負ってそのまま……
「おい、料金」
「金は払わんぞ」
「お巡りさん。こいつ、金を払わないと言うんです」
「君、どういう事かね」
「弁護事務所までと言ったのにここに連れて来られた。目的地と違うのに金を払えと言われた。お巡りさんはカレーライスを頼んでラーメンが来ても、文句を言わずに食べて金を払うんですか? 」
「中々巧い例えだな。君、目的地にはどうして連れて行かなかったんだね」
「こいつは家出ですよ」
「思い込みだな」
「違うのかね」
「中で話そうか。運転手さんも来て」
「ああ良いだろう」
派出所の名前を聞いて顧問に電話して来るように告げておく。
どうにも周囲が変な事になっているが、あの警官も何時変貌する事か。
閃きが何かの干渉と告げているが、それが何なのかがよく分からん。
しかし、周囲の人間への干渉とか、普通の人間にやれる事か?
一体どうなっているんだ、これは。
派出所の中で親との対話の録音を聞かせ、警官はそれを聞いて憤慨する。
「何て親だ」
「オレ、高校生で昼食代込み月額小遣い1500円」
「それは虐待だぞ」
「昼飯はパンの耳と水ですね」
「よくそれで今まで我慢していたな」
「お巡りさん、そんなのデタラメに決まっています。こいつは弁護士を呼ぶ金があるんですよ」
「あのな、冷たい親に金を見せたらどうなると思ってる。未成年だから預かるとか言って盗られるに決まってるだろ。現にうちの兄貴に貸した金は、証文が無いから無効と言われたぞ。そんな子を持つ親も同様と思わないか」
「それもまた酷い話だな」
「この前、世界最大のナンバースに当選したって言うのに、弟が貸した金を返さない、そんな兄貴です」
「ああ、そんな奴の親か、分からんでもないな」
「大体な、今まで親からのお年玉は無し。親戚からもらったのは親が没収。そんな親だぞ」
「そんな家があるはずないだろ。いい加減なことを言って、騙されると思うな。それに、お巡りさん、話がずれてますよ。こいつがわざとずらしてるんですよ」
「ところでさぁ、望月運転手さん。貴方はどんな権限で今、ここに居るの? オレの家出疑惑という事件を作った被疑者ですか? 」
「生意気な事を言うな」
「いや、君、それは彼の気持ち次第だよ。起訴したいと言うならそれに沿わせるつもりだ」
「あ、石原さん、助かりました」
「災難だったね。もう大丈夫だよ」
「何だ、アンタは」
「私、こういう者でして」
「なっ、弁護士」
「ええ、彼の顧問弁護士をしております、石原と申します。彼に対する家出疑惑で交番に連行された訳ですが、残念ながら貴方にそのような権限はありません。この場合、拉致と誘拐が該当し、判例に基いた判決も出ております。反訴に勝ち目はありませんが、やりたいならばご自由に」
「うん、二ノ宮ハイヤーの望月運転手に対する、拉致と誘拐、家出という言い掛かり、後は少々の暴言を含めて起訴を願います」
「分かりました。つきましては、彼の聴取と調書の作成をお願い出来ますか」
「君、これはさすがに酷くないか」
「車中で道が違うと指摘するも無視され、顧問弁護士に電話するも芝居と言われ、目的地が違うのに金を払えと言われ、権限が無いのに家庭の事情に介入する。こんな人を許せと言うんですか? 」
「ああ、そりゃ無理だな。分かった、君、ちょっと奥に来てくれるか」
「そんな、私は親切で」
「ただのおせっかいだ。しかも、勘違いで思い込みで決め付けて事件を作る迷惑者だ。しっかり叱られて来い」
「ではこれで」
「調書のほう、作成しておきますので」
「よろしくお願いします。では、行こうか」
こりゃギリギリの綱渡りだな。
警官に何らかの干渉があるも、石原さんで何とか止まったって感じだ。
頼みの綱はもう石原さんしか居ないが、これ以上変貌したらどうにもならんぞ。
しかし、年が明けて急に酷くなったんだけど、一体何者の干渉なんだ。
「ちょっと待ったぁ」
「なんだ、お前」
「ストップ」
「石原さんに何をした」
「やっぱり効かないか、そうなんだな。そんな君は邪魔なんだけど」
「オレの周囲に干渉していた犯人か? 」
「あはは、それが分かるって事はやっぱり上の関連か。この世界に君は要らないんだから、おとなしくして欲しいんだ」
「そんな事を言われてもな」
「あれあれ、提訴しても良いのかい? 管理の邪魔をする直近隊員とか、次元管理官に提訴したら排除になっちゃうよ」
「そんな事があるものか」
「じゃあ提訴するから覚悟しとくんだね。フリー」
「石原さん」
「ああ、疲れているのかな。まあいい、行こうか」
「あ、はい」
何だったんだ、あいつは。
こっちがカマを掛けたらすっかりその手の関連と思い込んで色々話したが、管理? 次元管理官? 何だそれ。
直近隊員って誰の事だ。
(貴方という人は)
(だけどアレ邪魔でしょ)
(世界内存在に余計な情報、貴方こそ身の振り方を考えたほうが良いですよ)
(あいつ、直近だぞ)
(違いますよ、世界内存在です)
(でもスキル、効かなかったぞ)
(それだけで判断ですか、甘過ぎますよ)
(それに、干渉の事を知っていたぞ)
(恐らくカマを掛けたんでしょう。急激に彼の周囲が変われば、何かのアクションがあったと思うぐらいには賢い人ですから)
(知っている奴なのかよ)
(それは私のプライベイト、貴方には関係ありませんよ)
(何かの陰謀かよ。そういうの、管理には致命的だぞ)
(今度は私を貶めますか? いかに俯瞰とてさすがに擁護は出来ません。残念ですが)
(そんなのありかよ。オレはアンタの為にやったんだぞ)
(余計な干渉波は世界の寿命を縮めます。折角の新世界なのに、本当に余計な真似をしてくれましたね。残念ですよ)
録音から色々な手続きを開始する。
まずは親との決別問題で、縁切りと養育費の返還の書類。
更には兄貴に対する貸金の無視問題。
高校1年の春からの、小遣い帳の出納の記録による、虐待と養育放棄の書類。
それらは録音を元に作り上げられていく。
そして二ノ宮ハイヤーの望月運転手に対する、拉致などに関する訴状作成。
可能な限りの訴訟を頼み、あちこちに提出してもらう事になる。
それと共に、縁切りと養育費返還で、例の口座から1億出して送付するように頼み、スッパリと親子の縁が切りたい旨を話す。
幼少、つまり保育園も幼稚園も行かされてない事から始まり、義務教育の頃から現在までの放置と冷遇に、いい加減疲れたと言うのがその理由。
どのみち義務教育も終わっているんだし、中卒で家を出て働く者も居ない訳ではない。
だから家を出るのは可能なはずで、親が出て行けと言う以上、もう愛想も何も尽きた。
無理に戻しても仮面親子になるだけであり、希望なら親子芝居を成人までやってもいい。
だがそんな強制、自分は我慢しても親には無理。
ますますの冷遇になるに決まっている。
それぐらいならスッパリと縁を切って自由になりたい旨を記しておく。
「よく今まで我慢したね」
「事の発端は修学旅行の金は出さない。行きたいならバイトでも何でもしろって事からです」
「ああ、あの録音だね。あれは本当に酷いね」
「オレは可能な限り親からの金で生活をしようと努力して来ました。ですがもう限界です。縁を切るならようやく自分の金が使えます」
「あんな大金があって、それを使えないのも辛かったろう。全ての書類は整えて、手続きはやっておくから心配は要らないよ」
「何処かマンションが欲しいんですが、後見人をやってくれませんか」
「構わないとも。そうだね、荷物はひとまずここに置いて、住まいを探しに行こうか」
「お願いします」
大荷物を事務所に預け、石原さんと共に高校近くのマンションを巡る。
さすがに後見人が弁護士と言うのは強いのか、いくつかのマンションで好感触。
殆どが賃貸の中で、小さなマンションの分譲を発見する。
「ここが良いですね」
「そうだね、独り暮らしならこれぐらいあれば。だけど、広さの割に妙に高いが」
「防犯が凄いらしいし、安全なほうが良いですし、オレはここで良いですよ」
「支払いはどうするね」
「例の口座から一括で」
「うん、じゃあそれはやっておくね」
「手続きをお願いします」
「今日はホテルで良いかい? 」
「荷物は良いですか」
「任せておきなさい」
 




