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自由奔放な猫の如く  作者: 黒田明人
1.如月の悪魔
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 ボサボサで長髪なウイッグ、丸いサングラスに付けヒゲ、ちびた雪駄に薄汚れた衣類に腹巻、妙に曲がったタバコを親指と人差し指でつまむ吸い方。

 その全てが彼女との逢瀬に用いられた変装スタイルであり、長年の経験はそれを本物そっくりにまで昇華していた。

 だから目の前に行っても彼は気付かなかったのも当然かも知れない。


「兄ちゃん、火ィ貸したってや」

「いや、オレは吸わねぇ」

「そないね。せやったら、自分のを使うわ」

「あるのかよっ」

「惜しいやろ。使えるんやったら人様のを使わな損や。で、中坊が馬かいな」

「い、いや、オレはサラリーマンだ」

「嘘、言いなはれ。そないなリーマンがあるかいや。しかも日曜にスーツ着て通るつもりかいや、あほらし」

「うっ、そんなに分かるのか、拙いな」

「まあええやろ。ワイのツレって事にしといたるわ。ほな行くで、あんちゃん」

「ちょ、待ってくれ。オレは待ち合わせをしてんだ」

「せやから行こう言うてるやろ、先輩」

「なっ……嘘だろぉぉぉ」

「クックックッ……どないや? 変装っちゅうもんはこうやるもんやで、先輩」

「とんでもねぇな、てめぇ」


 そして簡易な演技指導をしつつ、競馬場に赴く事になる。

 まずは関西弁、後は若作りの研究の芝居。


「しっかし化けたもんやな。アニキの息子はんと兄弟に見えまっせ」

「ほお、そないな」

「間違いおまへん。今度、息子はんと遊びに行けまっせ。コミュニケーションがどうとか言うてましたやろ? いけまっせ」

「ほうか? ほな、今度試してみるか」


 補導員らしき存在の近くを通る際、そんな話題でクリアする。

 若作りという話題のせいか、若く見えるのはそれが理由と言葉で誘導され、そのまま見過ごすに至る。

 なんなくクリアした面々は、当たり前のように場内に入る。


「あっさりかよ」

「そら、若作りの話題でっさかいな」

「その言葉は直さないのか」

「この格好はこの言葉や、せやないとボロが出るさかいな」

「しかし、妙に慣れてるな。その格好で何してたんだ、お前」

「エンコー」

「おいおい」

「やから金はありまっせ」

「ならよ、足りない時は回してくれるか」

「馬で稼いだら宜しいんや」

「それが簡単に行かないから苦労してるんだろ」

「パドックに行きまっせ。馬の調子を見ん事には、当たるもんも当たらへんでな」

「妙に本格的だな。お前、馬も経験あるんだな」


 実際の経験は無い。


 彼にあるのは知識のみであり、不思議な能力の恩恵、ただそれだけである。

 テレビの実況中継の時、馬の名前をじっくりと見れば、優勝馬が何となく分かった。

 それを単に磨いただけである。


「あいつやな、あいつはその気になってるよって」

「8番か。けど、本命は3番だぞ」

「ああ、あれはあきまへんな。どうにもやる気が見えへん」

「2着はどうだ」

「せやな……まあ、あいつかこいつ、かな」

「ならよ、8-1-5と8-5-1で買えばいけるか」

「まあ、恐らくいけるやろ」

「よし、信じるからな」

「単勝なら確実やけど、後は恐らくぐらいやで」

「仕方が無いな、3通り買うか」

「ワイは8番の優勝に10万やな」

「いきなり万札かよ」

「あれ、軍資金はなんぼや」

「8000円だ」

「ワイは10万持って来たんやけど、意外と慎ましいんやな、先輩は」

「いきなり全額勝負かよ」

「まあまあ、外れたら見学するだけや」

「お前、ギャンブルは程々にしたほうがいいぞ」

「せやな、そうするわ」


 先輩は単勝に2000円、三連単はそれぞれ200円ずつ買ったらしい。

 単勝1700円、三連単はそれぞれ万の位。

 結果的に10万の金は170万になり、先輩は単勝で3万4000円と三連単の分で5万程、合わせて8万と少しという結果になる。


「なんでたった200円なん」

「外れたら困るだろ。しかし、まさか本当に来るとはよ」

「1日1回のインスピレーションやったのに、惜しい事をしたな、先輩」

「うえっ、マジかぁ」

「まあ、儲かったようやからええやろ」

「で、お前は170万かよ」

「ワイのおごりや、飲みに行きまっせ」

「また昼間っから酒かよ。オレは飲めないと言ってるだろ」

「まあまあ、なら食うだけでもいけるやろ。行き付けの小料理屋がありまんねん。美味いでっせ」

「はぁぁ、どんだけだよ、お前」


 行き付けの小料理屋と言うのは実は彼女がオーナーであり、女将と呼ばれる存在でもある。

 行為の日は閉店まで粘り、そのまま朝まで同衾するのが常だった。

 週末は知人の家にお泊りするのが彼のいつもの行動と見なされており、それは夜釣りという名目の元、世間に認識されていた。

 なので日曜の朝、解けた氷水の中に小料理屋で使わない小魚をいくらか放り込み、それが釣りの成果として隣近所におすそ分けされていた。

 下手の横好きな釣りキチという彼の立ち位置は中学で止まる計画でありはしたが、そういう自由な時間は有用なので、たまには使うつもりでもあった。

 それは臨時のお相手の為でもありはしたが。


「女将はん、酒や、後は焼き物を適当にやな」

「あら、お久しぶり」

「せやな。ほんまはしばらくの予定やったけど、お馬はんが頑張ってくれたよってにな」

「あらあら」

「こっちはワイの兄貴分や」

「小夜です、ご贔屓に」

「あ、ああ」


 どうにも営業スマイルに呆然となっているような先輩を見て、少し心配になった彼。

 実は彼女の見てくれはかなり良いせいか、懸想する男は後を立たない。

 だけどショタな性癖な彼女を落とした者は、ここに居る彼だけなのは内緒だ。


「んで、太郎はどないや」

「残念ね」

「ほうか、あかんか」

「中々ね」

「あかんかったら次郎やで」

「じゃあ次郎さん、来週ぐらい」

「ん、伝えとくわ」


 太郎と言うのはショタのお相手の事であり、次郎は彼の隠語。

 すなわち、まだ相手が見つからず、臨時の相手を来週にしてくれという彼女の要請。

 それに了承したのがその対話になる。


 本来なら彼より少し見目の良い先輩もお勧めでありはするが、性癖が性癖だから論外だ。

 彼ですらギリギリストライクゾーンから外れたボール、先輩はそれより外れている。

 童顔な彼だからこそ、ゾーンから外れても空想で補填出来るのであり、だからこそ男らしい顔つきの先輩ではどうにもならない。

 その内情を話す訳にもいかず、言伝を頼まれたらどうしようかと彼は気もそぞろになっていた。


 先輩は女将を目で追い続けており、どうにも良い未来が見えない。

 それでもその日は何とか過ぎ、店の前で先輩と別れ、そのまま裏手に回る。

 かつての生活で工面してくれた彼専用の小さな小屋。

 臨時の為にまだ残したままのそれを、今回も利用したのである。


 すなわち変装の着替え場所。


 1畳敷の小さな小屋なうえ、半分は押入れになっている。

 外面は物置という事になっている為、大きな小屋は無理だったのである。

 その中に入ってそそくさと着替える彼。

 変身セットを押入れに入れ、普段着に戻って帰宅する。

 もっともその前に酒を抜くのではあるが。

 彼が帰宅したのは夜の帳の降りた頃。

 先輩と別れたのが昼過ぎとなれば、彼は何をしていたのか?


 ランニングと筋トレ、などの身体を鍛える行為で酒を抜いていたのである。

 その行為は小学の頃から続けられていて、その成果は持続力にも影響し、彼女の満足と言った結果をもたらした。

 ただその時は彼もかなり疲れていて、だからこそ体力の増強を改めて心に誓った。

 なのでそれは今でも続けられていて、彼の身体能力は同年代の者達をかなり凌駕していた。

 本当はもう止めようかと思っていたジム通いも、もう少し続けてみるかと思った彼であった。


 臨時収入があるなら、支出が多くても問題あるまいと。



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