0019
テントで共に横になるが、今度はうつらうつらしているセイル。
昨日、まともに寝てないのが堪えたらしく、浅い眠りに入るようだ。
そんなオレは全く眠気が来ないんだが、これで本当に良いのかねぇ。
それにしてもこのテントだけど、あっちで買った品は良いんだけど、中はやけに快適なんだよな。
外は肌寒いぐらいの気温なのにさ。
しかし、それを言うならオレの服もそうだな。
下着から靴下から上着に至るまで、妙に着心地が良くなって快適だ。
まさかこれもテラの好意の影響じゃないだろうな。
あの神様、どんだけここの神様が嫌いなんだ。
おまけで召喚されたオレに対して、こんなにやって良いのかよ。
つまり、断れない案件だったんだな、勇者召喚ってのは。
だからせめてもの意趣返しみたいにしたのかも知れん。
まあ、オレはありがたくその恩恵を受けるけどな。
そうして夜半。
遠くのほうから気配が近づく。
やはりモンスターが出たようだ。
セイルはそれに気付いたのか、目を覚ましたようだ。
さて、その死体で止まるようならそれで良し。
だが、欲を掻けば全てを失くす事になるだろう。
さあ、そいつを持ってとっとと帰りやがれ。
草原から来たモンスターは、結局、それを運んでいくようだ。
ついでに襲うなら皆殺しだが、帰るようなら見逃してやろうな。
食うならまだしも、魔石だけの為に殺すのはちょいとな。
だから引き下がってくれるなら殺しはしないさ。
『良かったのか? 』
『食わないのに殺す必要は無いだろ。襲うなら返り討ちだが、引き下がるなら追いはしない。意味も無く殺すのは人間だけだろ』
『そういう心根ならいけるかも知れん。それにお前は普通の人族とは違うようだしな』
『それにしても、なんで変装までして人族のテリトリーに潜入したんだ』
『それはまぁ、何だ。情報を色々とな』
『見つかって仲間が殺られて、逆上して貴族の子息を殺して捕まったってところか』
『あいつら、逃げろと言ったのに』
『それで、情報は得られたのか』
『出直しだ。警戒が厳重すぎて、あれじゃ無理だな』
『召喚術式でも探ろうと思ったか』
『資料を少し見たが、持ち出すまでには至らなかった。あんなに厳重だとはな』
『召喚が終わったばかりだからだろう。少し遅かったな』
『いいや、ちょうど良かったさ。お前に出会えたからよ』
『オレは巻き込まれた余計者だぞ。本来ならあいつらだけだったんだ』
『その割りに色々と持っているようだが』
『ああ、向こうの神様にお願いしてな』
『神ですら止められなかったのか』
『どうやらそうらしいな』
『そこまでの術式か。とんでもないな』
神様関連の話は、世界の存在には言うべきではないと思われるな。
勇者召喚が神と神との約定に基づく決まり事なら、否応も無かった話だし。
チートな称号までくれたんだし、ここは感謝しておくべき事だろう。
確かに幹部候補としてその気になっていたが、それとて流されるままって感じでもある。
まあ、色々教わったあれこれが役に立ちそうだし、それはありがたいと思っておくさ。
ただな、いよいよVRMMOって思っていて、その日に召喚って言うのだけはちょっと残念だったがな。
それはそれとして、召喚術式が知りたかったのなら、そのうち教えてやるべきかな。
書庫の資料の中のあれこれと、召喚術式の分はハンディスキャナーでコピーしてあるし、魔法陣もデジカメで撮ってある。
ノーパソとプリンターで資料は何時でも出せるし、同様にデジカメの画像も出せる。
ただな、文明の利器をあんまり見せると、それを欲しがるからな。
短機関銃とノクトビジョンは暗闇だったから詳細は分かるまい。
あれもあんまり見せる訳にはいかんな。
そういや、長ドスもあったんだし、武器はそれを使っても良いか。
組に依頼すれば大抵の武器は揃ったし、言い値で大量購入だからかなり潤ったはずだ。
さすがに戦車やヘリとかは無理だったが、それなりの武器は色々買い込めた。
あの大陸系処理屋の伝手も中々のもので、逃れられない運命と言ったせいか、色々と手を尽くしてくれた。
組と処理屋の両方の伝手で、バズーカや手榴弾やライフルなども入手出来た。
もっとも、見返りの予測はあれこれしておいたがな。
特に処理屋には株式の予測が受けた。
もっとも組のほうにも流したが、対抗組織の仕手潰しな予測は、両方の組織にかなり歓迎された。
だからかなり大量に入手出来たと思っている。
後は生活雑貨に台所用品、電化製品に工具関連、バイクに自転車も何台かは入れた。
小型トラックや、小さなクレーン車や土木機械に工作機械に発電機も入れてある。
キャンピングカーはどうしようかと思ったが、念の為に小さいのを2台だけは何とか手に入れた。
しかしあんなでかい物が入るとは思わなかったが、入れてみるとあっさりだったな。
この分じゃドラゴンとかも入りそうな予感だが、そのうち狩る羽目になるのかねぇ。
翌日の昼前にやっと隣町に到着し、駅馬車の手配をする。
1区間1人金貨5枚と言われ、セイルの言うままに3つ目の街までの予約を入れておく。
2人で金貨30枚って事はざっと300万円相当か。
それだけ治安が悪いという事か、かなり高い感じになっている。
もっとも、この換算率もどうにも怪しいが。
思うに特産品と贅沢品では換算率が異なるのだろう。
かつての国とは流通からして違う。
あらゆる品が簡単に流通する国とは違って当たり前だ。
内陸では塩が高く、海岸沿いでは逆になる。
簡単に流通する世界なら別として、この世界では鉄道も何も無い。
魔物が流通を阻み、盗賊が荷物を奪う。
そんな未開にも等しき世界の流通とは比べ物になるまい。
それはともかく。
町の騎士団に盗賊の事を話すと、感謝と共に首で懸賞金を受け取る事になる。
激しい攻防の果てに、生かして捕らえる事が出来なかったと言えば終わった話。
首は塩漬けにして王都に送られるようで、オレ達が辿ったルートを戻る事になるんだろう。
さすがにもう王都に戻る気は無いうえに、別に捨てても良かった頭。
行き掛けの駄賃にしては金貨60枚はお得であり、懸賞金で高い馬車代もこれで浮いた。
凶悪な盗賊だったらしく、居なくなったのなら安心と、かなり喜んでいる様子。
盗賊のお宝の事には何も言及されなかったが、家の紋章の付いた短剣や妙に豪華な首飾りなどがあった。
だから後々、それを言われるかも知れんが、言われるようなら売っても良いが、タダで寄こせってのは聞かないぞ。
後は鍛冶屋で盗賊連中が使っていた武器を売りに出す。
三下の武器は知れていたが、ボスの武器は中々の業物のようだった。
セイルに使うかと聞いたが、セイルは武器は使わないと答える。
変装はしていても、人間の手に見えるだけで実は爪で倒すらしい。
オレも欲しいよ、そんな爪。
武器は合わせて金貨26枚、銀貨15枚になった。
防具屋に防具を売りに行ったけど、これは二束三文ばかりで半金貨で引き取ってやると言われた。
後はお宝だが、これは大きな街で売ったほうが良いらしい。
まあ、金貨の類もかなりあったので、邪魔にはならないから急いで売る事もあるまい。
宿で所持金を調べるとかなりの額に増えていた。
『かなり溜め込んでいたらしいな、あの盗賊は』
『金貨が1628枚で、半金貨が48枚で、銀貨が132枚で、半銀貨が68枚で、銅貨が84枚の、半銅貨が66枚と』
『いきなり大儲けか。それは良いが、ベッドはお前が使うとして、オレは何処に寝ればいい。まあ、床でも構わんが』
『別に一緒で構わんだろ。それとも変な趣味でもあるのか? だったら嫌だが』
『お前がそれで構わんというならオレは構わんぞ』
『ほれほれ、風呂に入って来い。水で拭くだけじゃ汚れているだろ』
『こんな高い宿にしたのはそれが目的か。しかし、オレが入っても良いのか』
『お前の為に決めたんだ。オレは王宮で入っていたからそこまでは汚れてないが、お前は牢屋暮らしだったんだ。風呂とか無縁だったろうからよ』
『つくづく変わった奴だな』
『なんせ異世界人だからな、こっちの人族とは違うさ』
『どうやらそうらしい。しかし、風呂か。何ヶ月ぶりかな』
『とっとと入って来い。テントの中でも臭かったぞ』
『あいよ』
まあ、血臭で誤魔化していたからそこまでの事は無かったが、やはり獣臭になるんだな。
まるで猪と同衾しているような感じの匂いだったからな。
早く変装を解いて見せてくれるといいが。
ケモミミはどうでも良いが、モフモフには興味がある。
よし、オレが洗ってやるか。
石鹸にシャンプーにトリートメントに、後はブラッシングもしてやるか、クククッ。
『おい、まだオレが入っているぞ』
『洗ってやるからな』
『そこまでするのかよ』
『文明のあれこれで洗ってやろう。ほれ、泡立ててゴシゴシと。お前もやれ、ほれ、これを使え』
『これは石鹸か。人族の中でも貴族連中しか使わないと言われているが、お前の世界ではそこまでの事も無いのか』
『ああ、平民でも使っていたぞ』
『それは良い世界だな。はぁぁ、妙に気持ちが良いぞ』
『よし、一度流してまた洗うぞ。一度じゃ落ちそうに無いからな。
『うう、そこまでする事は無いだろ』
『ほれほれ、洗え洗え。よし、オレは背中の毛を洗ってやろう』
『泡が出ないな』
『汚れすぎだ。こいつは3回ぐらい洗わんと無理かな』
『流すと身体が軽くなる感じだな』
『ほれ、頭を洗うぞ。目を瞑らないと沁みるからな』
『お、おうっ』
(こいつは何でここまでオレにしてくれる。こんな元死刑囚の身体を洗うなどと……しかもこいつには他の人族のような感情も無いようだ。別の種族に対する感情が無いなどと、これが異世界人なのか?……だとしたら、その世界は本当に平和な世界なのだな。そんな世界で暮らせたら……ふっ、夢物語だな)
『よーし、次はトリートメントだ』
『しかしそれは凄いな。妙に身体が軽くなったぞ』
『物凄い汚れだったぞ。3回も洗っちまった』
『それは悪かったな』
『よし、目を瞑ってこいつで顔を洗え』
『お、おう』
石鹸水で顔を洗わせた後、絞ったタオルで拭いていく。
まだ垢が出るようだが、これはおいおい落としていくしかあるまい。
どのみち駅馬車で街ごとに風呂付きの宿に泊まれば、段々と綺麗になるだろう。
折角の毛並みなのに、綺麗にしないともったいないぞ。
トリートメントを洗い流し、バスタオルでざっくりと拭いていく。
『まだ慣れてないから弱いが勘弁してくれ。ええと、風よ』
『おお、これは気持ちが良いな。それぐらいの強さのほうが良いが、辛くはないのか』
『MPはあると思うが、これはどうにも精神に堪えるというか。まあ、やれん事はないから乾いたら言ってくれ』
『それにしても妙に毛がふわふわしているが、何かやったのか』
『あちらの世界での洗浄剤と、毛をふわふわにするものだ。毛髪専用だが、使えたみたいだな。さて、もういいな』
『ああ、しっかし近年に無くふわふわで妙な気分だぞ。まるで幼い頃のようだ』
『よし、風呂上りにはビールといくか』
『おっ、それはありがたいな』
肴に何か出してやろうと、カラアゲを出してやる。
1個食べたら動きが止まり、しばらくしたら次々と食べ始める。
どうにも夢中で食っているみたいだが、そんなに美味いか、クククッ。
『うっ、全部食っちまった、悪い』
『そんなに美味かったか』
『初めて食べたが、何とも後を引く味だった』
『まだあるぞ、食いたいか』
『良いのなら欲しい』
次々と出してやると夢中になって食うようだ。
ビザを買った時についでに買った品だが、大量に買っておいて良かったな。
持ち帰りなら安くなるからと、あちこちの店で毎晩100枚発注して、しまいにはもう来ないでくれとか言われて、クククッ。
カラアゲとかのサイドメニューもありったけ注文してさ、営業時間中に売り切れになるぐらいに買ったんだよな。
他にもフライドチキンの店でも大量に……おっとそれも出してやるか。
珍しいのか美味いのか、出してやるとひたすら食っていく奴。
ビールのお代わりも出してやれば、飲みながらひたすら食っていく。
そのうちハンバーガーやヤキソバパンとかも食わせてみたいな。
アンパンとジャムパンとクリームパンと揚げパン、どれが好みかも知りたいしな。
すっかり満腹になった頃には、眠そうな顔になっていた。
『はぁぁ、美味かったな。お前の世界にはこんな美味い物があるんだな』
『まだまだあるから、また出してやるからな』
『本当に良いのか? もう手に入らないんだろ』
『構わんさ。オレはどうにも食生活が変わったらしくてな、食う為に入れたのは良いが、今では血のほうがいい』
『こちらに来て変わったのか? 』
『いや、向こうでも少しな。だが、こちらでたくさん飲めたせいか、すっかりそれに慣れたらしい。だから好きに食わせてやろうな』
『それならそれでありがたい。後は仲間にも食わせてやりたいものだな』
『料理法を分かるだけ教えてやろう。鳥の肉の美味い調理法をな』
『あれは鳥の肉なのか? それにしては妙に柔らかかったが』
『女連中に伝えれば、食生活が豊かになるさ』
『それはありがたいな。ふあぁぁ、ふうっ』
『よし、寝るぞ。抱き枕を所望する』
『くっくっくっ、へいへい、ボス』
おお、これがモフモフというものか。
ううむ、初めて体験したが、これは癖になるな。
眠気は無いが、こうして包まれている気分は実に良い。
(冷酷かと思えば妙に優しかったりとよく分からない奴だが、少なくとも敵ではないようだ。と言うか、オレを信じているようだな。どうしてそこまで信じられる? 人族なのに人族には冷酷でオレには優しいとか、本当に人族らしくない人族だな、お前って奴は。それともこれが異世界人なのか? いや、それだけではあるまい。ともかく、こいつなら親父にとりなししても構うまい。だが、果たして他の同族が受け入れられるか、それが問題だな)
それからも街に着くたびに風呂に入れ、石鹸やシャンプーやトリートメントの使い方にも慣れた様で、宿のメシよりもオレの出す飯を欲しがるようになる。
なので宿は素泊まりにして、部屋でそれぞれが食う事になるが、オレは密閉容器を1つ空けると数日は余裕のようだ。
それでもビールなどは嗜好品として飲んでいくが、どうにも駅馬車の他の乗客の興味を引いて困った。
木で出来た大きなジョッキも購入し、それにビールを入れて飲むのだが、オレ達が飲んでいると妙に注目するのだ。
メシも自分達で調達すると言って、二人してピザを食っていたりすると、皆が注目して弱った。
さすがに寄こせとは言われないと思っていたが、夜中に脅しをくれた冒険者には弱ったものだと思った。
殺すのは簡単だが、ここで殺すと目立つ。
なので次の街に着いたら渡す、という約束で引き下がらせておいた。
そして遂に目的の街に到着し、宿を決めた後にその冒険者達との待ち合わせ場所に赴く。
『よしよし、さあ、出せ』
『どれを出す』
『そのアーティファクトを出せって言ってんだ。何でも入る魔法の袋なんだろ』
『悪いがこれはスキルなんでな』
『いい加減な事を言うな。その袋だろ、寄こせ』
『断るとどうなるんだ』
『死にたいのかよ、ケッケッケッ』
かなり身体も馴染んで来た事だし、ちょいと動いてみるか。
5人の冒険者に対し、無力化を狙ってみると意外と簡単にやれた。
どうやらレベルアップで相当にスピードも上がっているらしい。
テラの好意の恩恵でやたらプラスされたうえに、あちらでの殺しの経験がレベルアップとなり、盗賊14人とゴブリンの殺しで更にレベルアップしていたが、それの恩恵もかなりあるようだ。
路地裏での攻防は一方的なものとなり、物陰に押し込んで身包みを剥いで全員の血を抜いて殺した。
後はこの死体は途中で捨てれば良いとボックスに入れ、何食わぬ顔をして宿に戻る。
また売り物が増えたな。
宿ではサッパリとしたセイルがのんびりとしていたので、早速飯を出してやる。
やはり肉がお好みのようで、今夜の食事はフライドチキンである。
でかい容器で出してやると、待ってましたとばかりに猛然と食べ始める。
ジョッキにビールを注いでやれば、ゴクリゴクリと飲んでいく。
すっかりあっちの食事に慣れたようで、帰ってからの食事が不安だと笑っている。
そんなセイルの横で、密閉容器から飲んだ後、ビールで洗い流してタバコを吸う。
『あいつらも飲んだのか』
『血を抜いて殺してボックスの中だ。どっかで捨てないとな』
『さすがに肉は食えんか』
『生は不味くてな。焼けば食えるかも知れんが、オレは血だけあればいい』
『こちらの人族の肉は不味くて食えんぞ』
『やはりそうなのか。うん、捨てよう』
『だから戦って殺しても使い道が無くてな』
『モンスターでも肉の美味い奴が居るだろ。そいつらを養殖すれば良いのさ。餌を人間にしてよ』
『養殖とは何だ』
『だからな、逃げられないようにした肉の美味いモンスターに人間を食わしてな、育った頃に殺して食うのさ』
『成程な、そういう方法か』
『ロクに動けないようにしておけば、肉も柔らかくなるもんだ。動くから筋肉で固くなるんだよ』
『確かにそうかも知れん。よし、そいつを進言してみるか』
『戦場での死体処理と食料事情が改善するさ』
『確かにな』




