0017
『お前、何をした』
『殺しだよ、殺し』
『どんな奴を何人殺した』
『ふん、ガキを3人さ、貴族のぼっちゃんをな』
『たったそれだけで死刑かよ。貴族ってのはそんなに偉いもんかねぇ』
『そうらしいぜ。うちの女房とガキを殺された仕返しは、許されないんだそうだ』
『お前、死刑を免れると言えばオレに従うか? 』
『お前にそんな権限があるのならな』
『なに、殺したと言っておけば良いのさ。1人ぐらい隠しても問題あるまい』
『顔で分かるだろ』
『そんなの潰すに決まってるだろ。他の悪そうな奴をミンチにしてよ、終わったと言えば良いだけだ』
『お前いくつだよ。どう見ても10才ぐらいにしか見えねぇが、言う事はどっかの盗賊団のボスみてぇな事を言う』
『盗賊団か、ううむ、良いかも』
『おいおい、本気かよ』
『まあいい。お前の事はオレが何とかしてやる。だから従うな』
『ヘイヘイ、ボス』
『クククッ、それでいい』
人族もどきを確保して、残りを殺す事になる。
魔術師の青年と打ち合わせをして、いよいよ殺しの開始となる。
それは良いんだが、どうにも全員真っ青な顔をして、とてもじゃないけど殺せるような雰囲気じゃない。
「はーい、まずは君から行ってみようか」
「オレは嫌だぞ」
「殺さなくても良いんだよ」
「けどよ、殺しって言ってただろ」
「いきなり殺しとかしなくて良いよ。まずは殴るとこから始めようか」
「まあ、殴るぐらいなら」
「いいか、こっちの人間は丈夫だから、しっかりと殴らないと自分の手が痛いだけだぞ。空手家の瓦割りとかでもさ、途中で止まったら骨が折れるって言うのもよく聞く話だ。分かるだろ、衝撃が途中で止まったら自分の身に戻って来るのは」
「よーし、思いっきりだな」
さて、一般人の10倍のSTRの恩恵はどんなものかねぇ。
勢いを付けて思いっきり死刑囚の顔を殴る。
文化部の彼は喧嘩には縁が無いものの、そこまで運動神経が鈍い訳じゃない。
それにここに来ていくらか訓練もやっていて、それなりの戦闘能力は有している。
それに加えて一般人の10倍のSTRとなれば、即死するのも当然の話。
「おい、動かねぇぞ」
「まあ、首がそこまで曲がっては、普通は動けないよね」
「オ、オレ、殺しちまったのか」
「いや、生きてるよ。止めは任せろ」
愛用のナタで首を切り落とし、噴水のように……ああ、飲みたいねぇ、クククッ。
「キャアアアア」
「いやぁぁ、人殺しぃぃ」
魔術師は死刑囚を操り、女達の顔に血を塗り付けさせる。
「嫌ぁぁぁ、何するのよっ」
衝動的に突き飛ばされた死刑囚は壁に激突して満身創痍。
やはり10倍のSTRで叩き付けられたそいつは、全身を強打して重体だ。
まるでトラックと衝突したみたいだな。
「凄い力だね。君の攻撃で彼は瀕死になったよ」
「え、そ、そんな」
「生殺しって言葉は知っているかな? 一思いに殺してくれって言うのもドラマとかではよく聞く話だよね。つまり助からないのに何時までも苦しいんだ。
君はそういう状況に彼を追い込んでいる。それって殺すより何倍も残酷な事だ。それでも我が身可愛さのまま、彼を地獄の苦しみの中に置いておくの? 」
「え、でも、でも」
『殺して……くれ……なぁ……もう……嫌……殺し……て』
「君って意外と残酷だったんだね。知らなかったよ」
「違うの、そうじゃないの」
「この世界の医学じゃもう助からない。それとも君に助ける力があるのかな? 」
「どうしてよ、どうしてこんな」
「そうやっている間も彼は苦しんでいる。本当に残酷だね」
「じゃあどうすればいいの」
「ほら、これを貸すから一思いに殺してやるんだ。首ならそれで簡単に殺せるから」
「無理よ、出来ないわ」
『苦しい……殺して……くれ』
「いやぁぁぁぁぁ」
目を瞑ってオレに向けて振り下ろそうとするが、魔術師がこちらに死刑囚を誘導する。
そいつを入れ替わってやれば、死刑囚の肩に振り下ろされるナタ。
途端に上がる新たな悲鳴に、目を開けて真っ青になる女。
どいつもこいつも酸っぱい匂いをさせながら泣き喚き、瀕死の死刑囚たちは死を願う。
煽っては死刑囚と位置を変え、煽っては位置を変える。
「殺せば良いんでしょ、殺せば。何よ、こんなものっ、死ねぇぇぇぇ」
またもや位置を変えてやると、グサリと死刑囚の腹に刺さるナタ。
血が溢れ出てそいつの腕を濡らし、ペタンと血溜りの中に座り込む。
「君も生殺しを望むのか。実に残酷だねぇ」
「なんでよ、アタシはアンタを狙ったのに」
『そりゃ無理ってもんだ。ちゃんと魔術師さんが操縦しているから。そうだよね』
『これは訓練になるな。しかし少しきついぞ』
『まあまあ、特別手当の申請しとくから』
『そうか、それはありがたいな』
(敵愾心を煽って衝動のままに攻撃をさせ、対象を入れ替えてなし崩しか。我が身を的にしての強制体験と言えばいいか。つまり、オレを信用して命を預けているって事だ。そこまで信じられたら応じない訳にはいかないよな)
それからも挑発しての衝動での攻撃を繰り返させ、オレはすっかり怨嗟の的となる。
つまり、オレのせいで人を殺す羽目になったと思い込むように仕向け、まんまとそれに成功したって訳だ。
さて、これで大義名分が立つな。
7人の処刑を終わらせ、魔術師への特別手当の嘆願を終えた後、宰相の爺さんとの面会で、頃合になった事を告げる。
『あやつをの』
『専属の訓練要員って名目で、顔は隠してやればいけるだろう。対象の貴族には顔を潰した死刑囚のなれの果てを見せれば終わるだろう』
『しかしの、どうしてあやつなのじゃ』
『一番手前だったからさ。誰でも良いんだよ、世間の事情に詳しければ』
『成程の。しかし、あれはまた酷いのぅ』
『ああ、あいつはオレが丹念に潰しておいたから、誰が誰か分かるまい』
『どのような経験をすればあのような事を思い付くのじゃ』
『死体の処理の仕事もやった事があってな、潰すのには慣れてるさ』
『とんでもない経験じゃの。ますます裏の仕事に欲しいぞぃ』
『まあまあ、ともかくそれぞれに殺しの体験はさせた。後は慣れと諦めで何とかなるだろう。そしてオレへの恨みがあいつらの原動力になる。
となればオレは逃げるという名目で通る。特訓をしたいと言うから専属の教官を付けて送り出したと言えば、アンタが恨まれる事も無い。
さあ金子を寄こせ、オレはここを出る』
『しかし、全て計画のままにか。ほんに惜しいのぅ』
『でな、後々で良いからあいつらが殺しに慣れた頃、新人の馴致をやらせてはくれんか』
『ふむ、そこでおぬしへの恨みが消えるか』
『後々戻るにしても、勇者達に恨まれたままでは戻れまい』
『確かにの。うむ、それは確実に成そうが、おぬしが勇者なればのぅ。ほんに惜しいの』
『見識を広めてくるさ。他国の様子とか、魔族の様子とか』
『期待しておるぞ』
まあ、本当のところを言うとな、人族に組みすると人が殺せないだろ。
やっぱ、つるむなら魔族のほうだよな。
さーて、売り込みにいきますかね、クククッ。
宰相から金貨100枚を受け取り、元死刑囚の彼を伴って王宮を出る。
途中で衣類などを買い求め、彼を平民の格好にした後、旅の支度を整える。
そうして盾を注文した防具屋に寄り、彼の防具などを買い求める事になる。
『どれがいい』
『このオレに防具かよ』
『もういいぞ、その変装』
『何だと』
『そんなおっさんな格好、もう良いって言ってんだ。それとも人族の圏内では解けないのか? それならあっちで買い直すから適当なのを選べ』
『お前、まさか、持っているのか』
『鑑定か、あるぞ』
『ふうっ、参ったな。お前、最初にそれを見てオレをかよ』
『で、繋いでくれるんだろうな、魔族さんよ』
『理由を聞いても良いか』
『人族に組すると人が殺せないだろ。オレは殺しが好きなんだ、クククッ』
『寒くなるからその笑いはよしてくれ。しかし、その年でそうなるってのも大概だな。良いだろう、命の恩人だし繋ぐのに否やはねぇが、受け入れられる保証はねぇぞ』
まあそうだろうな。
それでも人族の中で暮らすよりはましだ。
そもそも、あいつらは誘拐犯だしな。
防具を取り揃えて金を払い、盾を受け取ってアイテムボックスの中に収める。
さて、後はそいつに付いて行くだけか。
かなり遠いみたいだから、のんびりと行けばいいな。
『人族の捕虜とか居たら殺させてくれると良いんだがな。てか、最前線でならいくらでも殺して良いんだよな。推薦してくれても良いぞ』
『しかし、聞いた話だと一般人とかだろ。戦えるのか? 』
『戦う必要は無いさ。殺しに力は不要だぞ。思い切りと容赦の無さ、これだけあればいい』
『言う事はとんでもないが、さすがにそれは無理じゃないか』
『まあまあ、道中で少し見せてやろう』
『それならあれを倒せるか』
数匹の動物のような、あれは何だ。
地球の動物に当てはめると、サルか。
ファンタジーの知識からするとゴブリンっぽい存在だが。
『あれは何だ』
『ゴブリンだ』
『あれは魔族とは違うのか』
『襲うなら敵だ。敵には容赦はしない』
『ふむ、走って来るな。敵意もあるし、これは恐らく』
『暢気に解説している暇は無いぞ』




