0011
テストが終われば後は先輩達の卒業式ぐらいしかイベントは無い。
少なくとも僕にとっては、だけれどもね。
クラスでは甘味の話で盛り上がっていたりするけど、そんなものは関係無いさ。
そういや先輩は結局、進学する事になったらしい。
本人は就職したいようだったが、今時中卒での就職のクチなどまともなものは少ないとかで、親が大反対して折れたらしい。
しかし本人にその意志は無かったが為に、遅まきながらの受験勉強はその志望校のレベルを著しく落とし、隣県の不良高って呼ばれる高校ぐらいしか望みは無かったとか。
だから親にとっても痛し痒しってところじゃないかな。
先輩は馬しかやらないが、それでも真面目な生徒って訳じゃない。
あれでも一応は番みたいな感じになっていたけど、受験勉強を機に引退するとか言っていた。
だから現在の番って居ないんだよな。
番の居ない学校ってのも珍しいけど、高校に行けばそういうのも存在するに決まってる。
ちょっかい掛けてくれると反撃もやりやすいんだけど、果たしてどんな奴かねぇ。
そういうのを考えると高校進学が楽しみになるから不思議なものだ。
「なぁ、畑中、3年になったら動くのか」
「うえっ、何の話だよ」
「聞いてなかったのかよ、番の話だよ」
「今の番誰」
「本人が知らないってどうなってんだよ」
「ほえ? 」
「新畑先輩から引き継いだんだろ」
「うえっ? 確かに番は引退するって言ってたけど、誰にするかは聞いてないよ」
「本人はそのつもりだったから言わなかったんだろ。まあ、オレ達も別にそれで文句も無いしよ」
「嫌だよそんなの。番とかやりたい人がやればいいだろ」
「それじゃ他のガッコに舐められるだろ。その点、悪魔ってのはネームバリューあるしよ」
「よし、なら、命令だ。お前、代行な」
「おい、それはねぇだろ」
「卒業まで代行よろしく。番命令には逆らえないんだろ? 」
「なあ、考え直してくれよ」
「はーい、次の番は坂本君に決まりましたぁ」
「ちょ、待てって……違うんだ、これは、これはぁ」
本人の口から権利の委譲発言が成されると、それに決まってしまうのが暗黙の了解とかで、僕の発言で坂本が番に決まった。
ちゃっかりと次の番を取り込もうと思っていた雑魚は、思いもかけず矢面に立つ羽目になる。
一の子分の名の元に、番の影で好き勝手にやれるという思惑は消え、彼は何をやっても注目される立場になったのである。
先輩の取り巻きだった彼は、立場的にもそれに相応しく、誰も反対しなかったからすんなりと決まった。
本人だけは嫌がっていたが。
悪いんだけど素人に付き合っている暇は無いんだよ。
こちとら玄人の仕事もあるんだしさ。
確かに今はまだ非公式ではあるけれど、何かの時には呼ばれる立場。
一時は僕を疑っていたユウヤさんも、今では兄貴分としての立場で色々と教えてくれている。
「なあ、考え直してくれよ、畑中」
「元苛められっ子が番とか、それこそ舐められるよ」
「それは1年の時だけだろうがよ」
「高校に入ったらまた新たな苛めっ子が、クククッ。どうやって反撃してやろうかねぇ」
「てめぇ、最初からそのつもりだったのかよ」
「面白かっただろ? あいつら、今では元強盗殺人未遂って肩書きが付いているのに、ゲソ落ち出来ないんだ。何処の組織も受け入れてくれないんだよ」
「じゃあ、あいつらはどうなるんだよ」
「一番確率の高いのは殺されるって事かな。今はまだ年少暮らしだろうけど、出たら誰かにはじかれるだろうね」
「お前じゃないのかよ」
「くすくす、あのね、今彼らは賞金首と同じ立場なんだよ。だって組織の関係者をはじいたんだ。そんな奴らを殺れば大手柄さ。組織に所属したいと思っている奴らは、喜んで殺しに行くだろうよ」
「待てよ、組織の関係者って誰の事だよ」
「あー、喋り過ぎたな、忘れてくれ」
「ま、まさか、お前」
「漏らさないほうがいいよ。漏らすと命も漏れちまう。まだ死にたくはないよね? 」
「言わねぇ、誰にも言わねぇ」
「うんうん、長生きしてね、くすくす」
やれやれ、つい口が滑ったな。
まあ別に隠す意味は無いんだけど、今はまだ知られないほうが良い。
特に反撃して遊ぶ為には、ヒツジの皮って大事だよね。
「おい、畑中、いい加減その眼帯は取らないか」
「先生、取ると見栄えが悪いんだけど」
「まあ、取ってみろ……ううむ、確かにそれは……しかし、災難だったな」
「うお、なんか迫力が」
「うんうん、妙な凄みがあるわね」
「じゃかましいわ、てめぇら」
「うおっ、こりゃすげぇ」
「こぇぇ、なんかすげぇ迫力だぜ」
「あー、先生が悪かった。眼帯しといてくれ」
「うん、そのほうが良いよね」
眼帯と言っても頬の辺りまで伸びている変形眼帯だから、それを剥ぐと縦の線が目立つんだよな。
だけど3年になったらさすがに剥がないとな。
目立つのは本意じゃないけど、さすがにこんなでかい眼帯は邪魔でしかない。
冬ならまだ良いけど、真夏に眼帯してたらそこだけ焼けないから、外したらそれこそ大目立ちしちまう。
それにしても、巧くやれたものだな。
あの時、ちゃんと切っ先が見えて、その先端がまぶた1ミリ、頬数ミリ食い込むように動けたんだ。
だからこの結果は思った通りの結果となって、裁判での有力な証拠みたいになったんだ。
縫合中の16針の傷を見せると、心証は一気に傾いたのさ。
やっぱね、傷ってのは大事だと思うんだ。
殴られた痣とかなんかより、雄弁に語ってくれる切り傷。
しかも目立つようにわざと黒糸を使った縫合。
だから僕を斬ったあいつは主犯って事にされ、本当の主犯は共犯になったんだ。
まあどっちみち、彼らに生きる術は無いけどさ。
少数精鋭で武闘派な、テキヤ系暴力団って言うのかな。
シノギは主にバクチだけど、シマ内へのちょっかいは完璧なる報復を以ってこれにあたるってね。
だからこそ処刑の依頼がよくあるんだけど、また来ないかねぇ。
そろそろ飲みたいんだけどさ。
早朝の鍛錬は今でもやっているけど、どうにも身体能力の伸びが半端無くなっているんだよな。
つい先日の話だけど、隣の県のコンビニまで買物に行けたぐらいなんだ。
その時の帰りにちょっとイタズラしたんだけどね。
いやまさかあれが本当にやれるとは。
道端に車止めて揺らしている男女を見てさ、つい持ち上げて転がして崖下に落としちまったんだ。
持ち上げられるとは思ってなかったし、転がして落とせるなんて思ってもみなかった。
だから軽いイタズラのつもりで揺らしてやろうと思い、一気に力を入れたら簡単に転がって落ちたんだ。
人外だとは常々思っていたけど、遂に力にまでそれが出ちまったかと思ったよ。
でまぁ、その件は運転中の性行為による、ハンドル操作のミスって事にされちゃったらしいけど。
あれから力のセーブを考えるようになったんだ。
だからジムでも気を付けているんだけど、どうにも顕著と言うか何と言うか。
握力計とかさ、測定限界まで握れるんだ。
だから壊さないようにその限界状態で握ったままで鍛えるとか、そういう方針に変わったんだ。
ダンベルも片手は添えるだけでやってるし、腹筋とかはその速度がやたら早くなったし。
だけどバレると大変だからもうじき止めないとね。
そういや、高校の件だけど、引越しになるんだよな。
なんせいきなり18才になるんだし、知り合いが居ると拙いんだ。
まあ、中高一貫校のうえに、途中入学出来ない学校だから、元クラスメイトと出会う事は無いんだけどさ。
その途中入学出来ないはずの学校に、途中入学するのが僕の立場だ。
あの学校には実は分校ってのがあるんだけど、それがその名目の為に使われている。
だから分校からの進学と言えば、ワケアリってのが相場になっていて、その事情を知りたいなんて奴は出ないらしい。
だから苛めの案件も、分校出身で止まるから安心とか言ってたんだ。
もっとも、それを宣伝する気は無いけどさ。
知ろうとする努力を怠って、僕を苛めた雑魚にはきっちりと地獄を見てもらおうかと思っている。
それぐらいの楽しみは良いよね、くすくす。
そんなイベントでもないと、学生生活は退屈で仕方が無い。
入学金と3年分の学費を払えば学歴になるのなら、そっくり一括で支払いたい気分さ。
それにしても皆さんってば、どんだけ儲けが欲しいのか知らないけど、口座の額がやたら増えているんだよな。
確かに事務長さんも古い家の建て替えがどうとか言ってたし、小料理屋も改築の話をしていた。
組の屋敷もあちこち痛んでいてその改修の話もしていたし、うっかりショバ代も取れない時代になったとかで、ますますバクチのほうにとか言ってたし。
後はあの業務用マシンの発注だけど、ユウヤさんが妙に乗り気になっていて、その有効性なんてのを親分さんに説明してたんだよな。
だから今はユウヤさんが僕が住むはずのマンションを使っているんだけど、業務用マシンが届いたら使いたいらしい。
気に入ったらそのまま使ってくれて良いとも伝えてある。
まあその場合、新たな住まいとマシンは用意してくれる事になっているけど。
「おーい、畑中、ちょっと来てくれ」
昼休みに仕事の予想をしていると、何やら呼び出しが掛かる。
見れば先生なんだけど、昼休みに何の用かねぇ。
「仕事してたんだけど、何の用なの? 」
「おお、悪い悪い。しかし、仕事って何だ」
「予想屋だよ。バクチの予想で暮らしているって言ってたでしょ」
「おいおい、本当の話だったのかよ。それは拙いぞ」
「どうしてなの? 」
「お前はまだ中学生なんだ。義務教育の間の仕事など、認められる訳が無いだろう」
「と言いつつも芸能人だけは省くって差別だよね。ともかく、僕には養ってくれる親は居ないんだし、そうなりゃ自分で稼ぐのが一番さ」
「だから後見人が居るんだろ」
「身元保証人と言ってくれるかな。僕に養い手は不要だし、余計なお世話と言うしかないよ」
「だからそれの件だったんだな。いやな、独り暮らしの中学生、しかも生活費を自分で稼いでいるって話が来てな」
「それの何処が悪いと? 」
「ともかく来てくれ。先生は構わないと思っているけど、お役所はそうじゃないんだ」
「おや、保身ですか、くすくす。大丈夫だよ、先生は長生きするから」
「やっぱりお前、あいつら嵌めたんだな」
「因果応報、自業自得」
「やれやれ、とんでもないな、お前はよ」
どうやら市の職員が来ているようで、困ったものである。
 




