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自由奔放な猫の如く  作者: 黒田明人
1.如月の悪魔
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 世にはヒツジの皮を被ったオオカミって言葉があるけど、彼はどう言えば良いのだろう。

 オオカミの皮を被ったヒツジの振りをしたオオカミ、いや悪魔かな。

 彼は幼い頃のある出来事が原因で、人としてのあれこれを失くした存在。

 当時、精神科医が居れば、誰かが気付いてやれば、周囲が善良であれば。


 いや、そもそも、親が彼の言葉を聞いていれば。


 彼は元々、幼い頃から物静かな性格で、独りコツコツと努力するのが常だった。

 分からない事は人に聞くより自分で調べ、それでも分からない場合は保留にする。

 なので彼が人に何かを聞くなどと言う事は無く、それゆえに他人とのコミュニケーションの構築には手間取った。

 それでもクラスに馴染む事は自分を偽る事と理解するだけの頭はあり、自分の性格を隠して他人に合わせるという、ある種の芝居はやっていた。

 それが小2の出来事から顕著になり、かつまた精神的に急速に成熟した結果、彼は彼なりに世間を理解し、世渡りの方法を身に付ける。

 しかし急速な成熟は彼の精神に多大な影響を及ぼし、それと共に本来持っていた色々な物が抜け落ちていった。


 たとえ話をしよう。


 リンゴの大きさのキャパシティの中の、ゴルフボール大の精神を元としていた場合。

 成長と共にリンゴの大きさが大きくなり、それに従ってゴルフボール大の精神も大きくなるのが通常の成長としよう。

 ところが彼はリンゴ大のキャパシティの頃に、その精神が急速に大きくなり、リンゴの大きさになってしまったのだ。

 そうなればあったはずのキャパシティは無くなり、そこにあったはずの色々な物は、押し出されて無くなってしまうと。

 分かり辛い説明で悪いが、大体そんな感じであろうと思われる。


 ではそこに何が入っていたのか?


 元来、人間は精神とキャパシティの大きさは同じで生まれ、キャパシティが先に広がっていく。

 そうして育つにつれて社会のルールや常識、良識にマナーにあらゆる感覚、または豊かな感情、感受性などを身に付けていく。

 だからキャパシティの中にはそれらと共に精神が存在するのが常である。

 そう、彼は精神の急速な発展により、それらが抜け落ちてしまったのだ。

 そんな存在を人間と呼べるのであろうか?


 彼は自分を理解していた。


 自分が人外になってしまったのを理解して人間の仮面を被り、かつまた劣等生の皮を被り、目立たないように静かに過ごしていた。

 人は他人を羨むものであり、下の存在を敵とは見なさない。

 そう思って彼は成績を上げる努力をする事はなく、自分なりの学習をする事はあってもそれをテストに反映させはしなかった。

 彼を取り巻く環境も劣悪であったが、それすら理解して達観していく。

 彼は小2にして大人の感性の下、全てを切り捨てる事にした。


 実は彼の両親は小2の頃に共に亡くなっている。


 本来ならばそこで精神の成熟となるのであろうが、その直前の両親とのやり取りの結果、それが顕著になってしまったようだ。

 そんな彼が実行した事、それは自立であった。

 親戚と縁を切り、自分独りで生きていく。

 その為の方法は手段を選ばなかった。


 そして現在に至る。


 中学まではそれでも静かに暮らしていたが、少しワルっぽい面を表に出していく決意をした。

 小学高学年で既に、苛めの発生を目にしたからだ。

 このままでは自分も同じ運命を辿ると理解した。


 脅威の排除は簡単だが、そうする事はこの人間の世界では犯罪と呼ばれる行為。

 彼は苛めっ子など殺してしまえば簡単だと思ったが、ルールに反すると自由が制限されるからやらなかった。

 既に良識や常識に囚われる事も無くなった彼は、殺しに対する忌避などは皆無であり、何も思う事は無かった。

 ただ、不便になるからやらないだけであり、バレなければ殺してしまえばいいと思ってさえいたのである。


 それでも今は世間的には子供であり、自由に動くには年齢が足りない。

 成人してしまえば後は自由であり、そうなればもう自分を偽る事も無いだろうと、彼は雌伏の時を過ごす決意をした。

 後は苛め対策であるが、そこらの悪ガキなど思いもよらぬ事をチラリと口に出すだけで終わりそうな話である。

 それぐらい彼がやってきた事は世間的には犯罪的であり、かつまた有効性の高い事であった。


 彼は中学に上がる前には既に自立しており、自分の稼ぎで暮らしていた。

 もちろん後見人らしき存在は得ていたが、普通の存在ではなかった。

 中学での自己紹介はごく普通以下の地味なものであり、このままでは苛めに突入も避けられないかと思われた。

 初日の授業の後、彼はそのまま校舎裏に赴き、あらかじめ調べておいたたまり場でタバコを吸う。


「ふうっ……オレも今日から中坊ってか、クククッ」


 近くに他の生徒が居るのを知ったうえで、彼はわざとそうつぶやく。


「てめぇ新入生か」

「先輩っすか、ちーっす」

「おう、オレは新畑剛しんばたごう

「オレは畑中強はたなかつよしっす」

「畑繋がりか」

「そう言えばそうっすね、クククッ、面白ぇ」

「そいつは何時からやってんだ」

「小3からっすね。親がヘビーなもんで……ふうっ」

「あんま吸い過ぎんなよ」

「ういっす」


 いささか当てが外れた感じであった。

 彼は先輩との繋がりを得たと思い、タバコを勧めようと思った矢先の制止勧告。

 それで彼が吸わないのを知り、計画の変更を余儀なくされた。

 ならばとカバンから取り出す酒。


「先輩、いかがっすか」

「おいおい、昼間っから酒かよ」

「ワンカップ1本だけっすよ」


 彼は元々その素養があったのか、タバコを覚えると共に酒も覚え、それを日課にまで無理矢理昇華させていた。

 それを必要と思った彼は、常識に囚われる事もなく当たり前にそれを実行した。

 親も底なしって言われるぐらいだったのが原因か、彼もまたいくら飲んでも表に出ず、ただほろ酔い気分に留まっていた。


「やれやれ、まるで水を飲んでいるようだな」

「ふうっ、昼酒は最高っすよ」

「オレは酒もタバコもやらん」

「じゃあ、何するんすか、女っすか」

「それもやらん」

「なら……」


 彼は困っていた。

 共通の話題確保の為に、嫌だけど始めた事が役に立たないのだ。

 仕方が無いので最後の話題に挑戦する。


「先輩って賭け事が趣味だったりして」

「そんな派手じゃねぇぞ」


 キタ……彼はこの路線で繋がれる、そう確信した。

 調べる時間はいくらでもあった。

 それゆえにひたすら調べて下準備は万全とも言える状態にありはしたが、あくまでも知っているだけだ。

 それでも彼は共通の話題に向けて話を進める。


「で、賭場っすか? それとも雀荘? まさか馬とかチャリだったり? 」

「てめえも大概だな。女も知ってたりすんのか? 」

「そいつは小4っすね。ただ、相手が婆さんで、ハハハ」


 それは本当の話。


 ただ、婆さんと言うには弊害がありはしたが。

 相手はいわゆるショタであり、彼は実利と経験の為に彼女と行為に及んだ。

 性別は世間的には逆だが、それはエンコーにも等しく、彼が小遣いに困る事はなかった。

 彼女とは中学に上がる時に別れている。

 それは彼女のストライクゾーンを外れる事になるからであり、それは彼女も承知の上だった。

 得た金は酒やタバコに費やされたが、それより遥かに多い額だった事もあり、今でも口座の中で眠っている。


 内偵でも入らない限り、彼女との接点はバレる心配は無かった。

 相手も立場ある身であり、その隠蔽は徹底していたからでもある。

 彼女は歓心を買う為か、足元を見る事も無く、小学生には天文学的な額の金を支払った。


 彼は毎月100万の金で身を売っていたのである。


 出会いは突然と言うか、偶然と言うか。

 小2の頃、彼女の性癖を知る事になったのは、本当に偶然の事だった。

 家が裕福で独り身の彼女には、自由になる金はかなりあった。

 それゆえか、彼の誘惑に簡単に乗り、そしてそれは卒業の日まで続いた。


 極秘の口座には、アイディア料の名目で月々振り込まれ、その殆どは今でも残っている。

 税金関係は全て彼女が処理してくれたので、誰にも知られる事も無くそれは今でもそこにある。

 50ヶ月の関係は彼に5000万の金をもたらしていた。

 夜の関係は切れはしたが、今でも彼女は彼の後見人である。


「やれやれ、とんでもねぇガキだぜ」

「で、どんなバクチっすか」

「馬だけどよ、そいつが中々当たらなくてよ」


 ギャンブルについても当然、彼は調べていた。

 馬……競馬は馬という生物に勝敗が左右される事もあり、その血統や性格、その日の調子など、調べる事はいくらでもある。

 もちろん騎手の腕や調子もあり、また天気や馬場の具合も換算に入れられる。

 更に言うなら他の馬との相性の問題もあり、一筋縄ではいかないのだ。

 ただそれは一般的な場合に留まるが。


 彼にはある能力がある。


 それは目的と定めた相手を特定出来るというものである。

 分かり辛いかも知れないが、早い話が優勝する馬がどれか、それが感覚的に分かる能力だ。

 それは他のギャンブルにも当てはまり、経験は無いが馬でも人でも見れば大抵分かった。


 だから予知かも知れない。


 彼女との出会いもその能力に基づくものであったと後に気付いたが、だからこそ簡単に彼の誘惑に乗ったとも言える。

 彼女は当時、かなり思い詰めていて、それは犯罪すら厭わない想いにまで昇っていた。

 だから彼が誘惑しなかったらそのうち、誘拐事件でも起こしていた可能性すらあった。

 だから毎月100万という、あり得ないぼったくりな額にすら二つ返事を出した。

 そして彼女は夢にまでみた少年との行為に及び、心の充足を得たのであった。

 ただ、確かに別れはしたものの、次の相手が見つからない場合、臨時のお相手をする約束はしている。

 なのでそのうち連絡が入るかも知れないが、その時は目一杯サービスする予定になっていた。


 それはさておき。


「馬なら少しは分かるっすよ」

「お、ならよ、次のレース、一緒に行くか? 」

「お誘いっすか、ありがたいっす」

「決まりだな」


 待ち合わせ場所と変装の件を相談し、ひとまずは別れた。

 翌日からの学校生活に光明が差したと彼は確信した。

 幼い頃からの努力が実ったかと、彼は本当に安堵した。

 そして更なる精進を心に誓い、外面不良、内面真面目、仮面の下は人外な彼の中学生活は始まったのである。



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