魚の骨
そうこうしながら、ヴォラスの中庭、つまりクロエの家に帰ってきた。クロエの両親は離婚している。クロエには兄と弟がいるのだが、父方についていった。母の仕事では二人の息子を私立に行かせられなかった。クロエも私立中学だったが、母を一人にするより、公立の学校に行って二人で暮らす方が良いと、母のもとに残った。ヴォラスの中庭のある住宅は、明るくもなく、清潔でもない。ここに住むのは嫌だったが、それでも母を助けたかった。
「クロエ、コーラか何か、ある?」
「オレンジーナだったらあるけど。」
「ありがとう。オレンジーナでいいよ。ユーゴは?」
「ウイ、シルヴプレ(はい、お願いします)」
「シルトゥプレ!だよ。ヴは丁寧だから、友だち同士ではトゥ。オッケー?」
「ダコー(オッケー)。シルトゥプレ、クロエ。」
「ねぇ、クレモンには言ったと思うけど、私、あんまりこのアパート好きじゃないの。でも、最近変な話を聞くのよ。なんか、このアパートの下に地下道がある、みたいな。でも誰もその入り口を見つけられないの。」
「へぇ、そんな話があるんだ。ユーゴ、分かる?地下道だって。」
「ウー、ア プ プレ(うーん、だいたい。)」
「魚の骨、って言われてるらしいの。魚の骨の形に地下道が伸びてるんだって。」
「アレット ド ポワッソン(魚の骨)?」
「ほら、魚の身をきれいに食べたら骨が残るじゃない。まさにそんな形なんだって。」
「ふーん。面白そうだね。でも何でそんな話すんの?」
「このアパートに住んでたら気が滅入りそうなのよ。私、明るいのが取り柄だと思ってるんだけど、このアパートと私の性格、釣り合ってないみたいでさ。なんか刺激的なことでもないと、ここから飛び出しちゃいそうなの。」
「そんなもんかな。でもクロエがそういうんなら、ちょっと入り口でも探しに行く?どう、ユーゴ?」
「ウイ?アー、ウイウイ。」
「ま、見つかるか分かんないけど、暇つぶしに言ってみようよ。」
「そうだね。」
三人は飲み切ったオレンジーナのコップをテーブルに放っておいたまま、外に出た。
ヴォラスの中庭の階段を下りていく。
「どのあたりだと思うの?」
「分からないわ。地下にワインセラーがあるから、そこに行ってみるつもり。」
「まぁ、その辺りが一番怪しいだろうね。」
ガチャ
セラーへ向かう扉を開けた。そこからは暗い通路が続き、左右に小部屋が並んでいる。クロエの母はワインセラーにしているが、要はただの物置だ。
省エネの間接照明が三分おきに切れる。
パン
「わぁ、暗くなった。スイッチどこ?あ、あったあった。」
パチ
また間接照明がついた。
三人は奥へと進んでいく。
パン
「またね。すぐ切れるわね。」
パチ
「うわっ!何あれ!?」
人影が動いたように見えた。
「どうする?進む?何だかちょっと気味悪いな。」
「でももう行き止まりに近いから、そこまで行こうよ。突き当りまで行かないと意味ないわ。」
ユーゴは、内心とても怖いのだが、それをフランス語で説明できず、ただ二人の後をついていく。
パン
「まただ!電気電気!」
いつの間にかユーゴがスイッチ係になっている。
パチ
奥に進めば進むほど通路が左に右にと延びて、迷路のようになっている。
「あれ?あの扉、錠前がないわ。どの物置も錠前でカギが掛かっているのに。」
「てことは、個人の部屋じゃないのかな。ちょっと開けてみようか。」
三人揃って扉の前に立って、扉に手をかけた。そっと扉を引いたとき、
パン
「あ!切れた!ユーゴ、スイッチどこだっけ?」
ユーゴは扉のすぐ横にあったスイッチに気付いて、明かりを付けた。