サンテグジュペリ高校
クレモン、クロエはサンテグジュペリ高校の生徒だ。ユーゴも二人と同じ授業を受ける。
サンテグジュペリはあの星の王子様の作者だが、リヨンの出身である。だからリヨンの空港もサンテグジュペリ空港と名付けられている。だが残念なことに、記念館も博物館もリヨンにはない。世界的な作家なのに、ただ建物や場所の名前として残っているだけ。
背は高く、黒いとは言えやや茶色がかった髪、そして少し彫りの深い顔立ちのユーゴは、日本にいたら日本人には見えない。しかし、ここはフランス。ラテン系からアラビア系、アフリカ系、そういった親から生まれたハーフやクオーターばかりだから、顔立ちもさまざまだ。日本だと浮いた感じがするユーゴの外見も、すっかりクラスに馴染んでいる。
制服はないから、みんな思い思いの格好でくる。ユーゴは初日は校長先生に挨拶をするからと日本の制服を用意していた。
「すげー。やっぱかっこいいね、制服って。あこがれるなぁ。」
「ホントね。特に女子の制服ってかわいいのが多いじゃない?」
クレモンもクロエも制服に目を奪われている。
「うちの学校は結構制服に力を入れてて、有名なデザイナーがデザインしたんだ。だからカッコいいのかもね。ジャケットは腰のあたりでキュッとしまってて、シャツもブルーがキレイから目立つしね。パンツもスリムなラインが良いんだよね。でも明日から私服で来るよ。」
「ダメダメ!」
二人が声をそろえた。
「これがいいんだって!」
仕方なく次の日も制服で来ることになったが、何だか周りの視線が気になる。クレモンとバスに乗るのだが、大人から子供まで必ずユーゴの服装に目を止める。洋服、というぐらいなんだから、ジャケット、シャツ、ネクタイ、スラックス姿が珍しいわけないのだが、フランスの高校生の通学姿ではない。
「ちょっと恥ずかしいな。見られちゃって。」
「いや、みんな羨ましいんだよ。帰る前に一度だけ着させてくれよな。」
「そりゃいいけど。恥ずかしくね、逆に?」
そんなの関係ないよ、俺が着たいんだし、といかにもフランス人らしい言葉を聞いたユーゴはつっかえていたものがストンと落ちた気がした。
「おはよう。あ、やっぱり今日もいいわ、その服。ユーゴ、良く似合うじゃん。」
ユーゴはリヨンに着いて以来毎日するように、クロエと頬を合わせてビズをした。そして今日もほのかな香水がなぜか妙に鼻につく。良い香りなのだろうが慣れない。いや、香水になれないのではなく、女子高生の頬に頬を合わせることが五感を狂わせる原因なのかもしれない。ユーゴはそういう風に意識してはいないだろうけど。
「ねぇ、今日の午後うちにおいでよ。クレモンも来れるわよね?学校の帰りにそのまま、ね。」
「いいよ。今日は14時30分に終わるし、明日も朝は2時間目からだしね。そうしようよ、ユーゴ。」
「あぁ、いいよ。オッケー。」
ユーゴはクロエの家に遊びに行く、ということも実は理解していなかった。一対一でゆっくり話してくれるならまだしも、クロエとクレモンの普通の会話のスピードについていくのは難しい。しかも、時間は24時間でいうことも多いから14時とか16時とか、2時なのか、4時なのか、いつもこんがらがる。でもどうせクレモンについていくだけだ。問題があるはずがない。
この時は三人ともそう思っていた。