妖精族次期皇女 ソフィア 2
鉛のような夕食をすませたエーリルは、妖精族の皇女であるソフィアと共に店を出た。
「一ヶ月前、とある風の噂を聞きました」
急にソフィアは声のトーンを下げ、先ほどまでの明るい性格を感じさせない真剣な表情を見せた。
「ノーネームに破壊されていくこの世界に、救世主が現れた、と。その救世主というのは、あなたですね?エーリル」
エーリルは心底驚いた、夕食のときに自分がそのような事を一切話していなかったからだった。
「どうして、そう思う」
「私は以前から魔法族の里にはよく遊びに来ています、もちろんお忍びで。もし、エーリルが以前からここに居たとしたら、その銀色の髪や鎧を一度も見たことがないとはあまり考えられないのです。そして魔法族だというのに杖を常備させていないし、そもそも鎧を着てること自体魔法族は稀な事です。」
「な、なるほど」
「まだまだそういった点がありますが」
「あ、結構です」
エーリルは正直に話した、エリスにここにつれてこられたことや、ここに来てからのことを、しかし自分が男だというのは言えなかった。もし、いつかばれる日が来るとは思うが、今がそのときでは無いとエーリルは考えていた。一通り話し終えると、ソフィアは丁寧にお辞儀をした、
「この世界を救いにこられたのに、歓迎がなく申し訳ございません。状況が状況なので、ご理解をしていただけたらありがたく思います。今ここに、私から歓迎をいたします」
堅苦しい挨拶を終えると、ソフィアは元の明るい表情に戻った。エーリルも固かった緊張がほぐれ、自然と笑みがこぼれた。
「また今度、私たちの族で歓迎するからね」
「別にいらないよ、まだ実戦もしていないし、一ヶ月しか訓練していないんだから、恥ずかしいだけかな」
「じゃあどんどん強くなればいいって事ね、簡単よ」
当然といえば当然だが、ソフィアはお忍びで来ているので泊まる宿が無かった。そして自然な流れでエーリルの天幕に泊まることになった。
「ほー、なかなか落ち着く雰囲気で」
ソフィアは上機嫌で天幕内を探索していたが、エーリルは違った。
(・・・あれ、もしかして女の子とひとつ屋根の下かな?)
そう考えているうちに、胸が高まり、鼓動が早くなって汗が流れた。
「ちょっと体拭いてくる」
いったん気分を落ち着かせようと、エーリルはタオルを一枚鷲掴み、天幕から飛び出すようにして外へ出た。街の水汲み場へ早歩きで行き、着くや否やタオルを水に入れ、水をたっぷりと含んだタオルを顔にたたきつけた。火照った体をゆっくりと冷やしていくような感覚を覚えると、非常に爽快な気分が得られて体の状態は冷静を取り戻した。
「よし、戻るか」
タオルを固く絞り、口笛を吹きながら天幕へ戻ると、何かに躓いて絨毯に転んだ。足元を見ると、剣と盾が転がっていた。
「エーリル?どうしたの」
ソフィアが何事かと思い近づいてきて、エーリルに手を貸した。
「ちょっと躓いちゃってね」
エーリルは軽く笑いながら剣を拾い上げた、するとソフィアは不思議そうな顔をして剣に触れた。
「これ。どこで手に入れたの?」
「分からん、気づいたらあった」
「じゃあ、その鎧は?」
「この世界に来た瞬間にはもう着せられてたな」
ソフィアはエーリルの剣と盾を「ちょっと貸して」と言い、二つをじっくりと見始めた。しばらくすると今度は、「その鎧脱いで」といってきた。エーリルは惑いながらも言われたとおりにして、鎧を一つ一つ渡すとソフィアはテーブルを端に寄せ、絨毯いっぱいに鎧を広げた。
「・・・理由聞きそびれたけど、どうしたの?」
ソフィアはエーリルの質問にすぐには答えず、
「ちょっとごめんね」
そう言うと片付けておいた荷物の中から狩猟ナイフを取り出し、おもむろに手甲へとナイフを突き立てた。エーリルは唖然とし、開いた口が塞がらなかった。
「すごい、模様すら傷つかない」
どうやらソフィアが言うことはこういうことだった。まずどこの部族が作ったのか分からない、そして材料も分からない。鎧は羽のように軽く、強度はどんな刃も通さない。剣はいくら振っていても腕に疲れがたまらず、唾の部分にはめ込まれた宝石には何か不思議な力が宿っているという。盾はどんな攻撃おも跳ね返すような力を持っていた。
「うーん、実に興味深いわね」
「何のことだかさっぱりだ」
やがて眠気も襲ってきて、エーリルとソフィアは眠い目をこすりながら一緒のベッドで一夜を明かした。そしてエーリルは朝起きたとき、女の子と添い寝をしたということに顔を赤くした。
「ここもここで、なかなかいいところよねー」
朝起きたとき、ソフィアが「町に行ってみよう!」と提案したので半ば強引にエーリルはつれてこられた。目の前に広がるのは、馬の代わりになぞの四速歩行の動物が荷車を曳き、装備を完璧に来た武人たちが行きかっていた。
「ノーネームが来る前はもっとすごかったんだけどね」
「何か食べれるところある?朝から何も食べてないよね」
ソフィアは任せなさいといわんばかりに歩き出す、エーリルは腰につけた剣と盾に違和感を覚えながらも着いていった。
「じゃあこれ二つ」
ソフィアは出店の前に立ち止まると、慣れた手つきで代金を払い、朝食となるものを持ってきた。
「朝からこれを食べるのが少し憧れだったの」
少し固めに焼いた細長いパンを縦に割り、その間に薄くスライスした燻製肉や軽く千切った野菜、そして独自のソースを絡めたという。早い話バゲット・サンドイッチであった。出店の横に置かれた椅子に座り、ソフィアの話に耳を傾けつつ朝食を食べていると、怒声が響いてきた。エーリルは驚き、顔を上げると道の真ん中で同年代ぐらいの少年と大人が言い争っていた。
「あれは、武装族ね」
少年は赤髪で、革製のコートを着ていた。そして腰から伸びていたのは二本の剣。よく見ると肘や膝にもナイフといった携帯に優れる武器を装備していた。
「喧嘩を見るのってあんまり好きじゃないわ、仲裁に行って来る、待ってて」
「いや、ついて行くさ」
朝食をさっと紙に包んで椅子の上に置くと、ソフィアとエーリルは少年のほうに歩いていった。
いまさらだけど、一話あたりの文字数はだいたい2000~2500程度。これが私にとってゆったりとできる文字数。