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始まり

のんびりと書いてます。

更新頻度も気が向いた時だけですが、失踪はしません。

残酷な表現のタグはただの保険です。


次はどの本を読もうかな。そんなことを思いながら、指先で本の背表紙をなぞっているのは、高校生の天瀬琥珀(あませ こはく)

高校生活のすべてを読書にささげても読みきれない量の本の図書室で、琥珀はただひたすらに本を選んでいた。すでに左腕には三冊から四冊ほど抱え込んでおり、その目は獲物を狩る獣そのものだった。

「よし、これに決めた」

慣れた手つきで選んだ本を抜き取ると、満足そうな笑みを浮かべ、貸し出し係りの下へ、本をどさりと置いた。係りの人はまたお前かとあきれた表情をし、手続きを行った。

「はい、貸し出し期間は二週間です」

係りは一仕事を終えると、椅子に座ってあくびをした。そんな係りには目もくれずに琥珀は手続きを終えた本を抱えて図書室を出て行った。


入学式から二ヶ月、あれだけ新入生を歓迎していた桜は跡形もなく姿を変え、夏の準備に取り掛かっていた。すでに半袖を着ている人がクラスの半分以上を占めて、なんとか気のあう友達を見つけた人たちはふざけあいながら笑っていた。そんな中、ただ一人だけ琥珀は黙々と本を読み進めていた。

「おーい、琥珀!今度は何の本を読んでいるんだ」

「ん、ミステリーかな」

興味を持ったクラスの人は琥珀が呼んでいる本を覗き込むと、苦い顔をして離れた。

「うわーそんな堅苦しいのを読んでて面白いか」

「面白いぞ、何かお勧めなやつ教えようか」

「いや、俺はいいや、本とか苦手だし」

「そ、そうか」

琥珀は視線を本に戻すと、また読み進め始めた。いつの間にか昼休みのチャイムが鳴っており、次の授業が始まろうとしていた。琥珀は本を机の中に丁寧に入れると、急いで授業の準備をした。


いつからだろうか、物心ついた時からはすでに本を読み漁っており、その世界へ引きずりこまれていた。高校生になった今でも、印象に残った本はタイトルは勿論、登場人物や気に入った文などを覚えている。そして、たまに思うのは「こんな世界があったらいいのにな・・・」。ただの憧れだった。けれど琥珀はずっと思い続けている、リアルでの物足りなさは、本で補っていた。夢で面白い世界を体験できた朝には、ついついもう一度寝て続きを見ようと試みていた。


家に帰ると、寄り道をせずに自室に篭って、続きを読み始めた。いつの間にか日は沈み、母親が琥珀を呼んでいた。琥珀は栞を挟むと、固まった体を起こして親の元へと向かった。夕食が出来ており、琥珀は続きを読みたい一心でかきこむようにして夕食を食べ終えると、風呂へ入った。立ち上る湯気と体を包む温かいお湯の中で本の内容について考えていた。風呂から上がり、寝巻きに着替えて自室に戻ろうとすると母親に呼び止められた、

「琥珀、また本を借りてきたの?」

「え、そうだけど」

「本を読むことはいいけれど、いい加減にしておきなさいよ、学校にもなじめてないんでしょ」

「学校がどうのこうの、俺の勝手だろう。」

少し親がうるさく感じた、強い口調で言い返すとさらに強い口調になり、最終的には口喧嘩になった。父親は二人の喧嘩を無視してテレビに釘付けになっている。

「うるさいな!俺の好きにさせろよ!!」

家中が振動するほど強く扉を閉め、琥珀はまた自室に篭った。苛々していて、とても読書という気分にはなれなくて。掛け布団を深くかぶり、気分を落ち着かせて、眠りについた。


夢を見ない眠りだった、いつもより早く寝たせいで親よりも早く起きた。閉じたカーテンを開けると日は昇り始めたばかりで、空はほんの少しだけ夜の残骸が散らばっていた。

鞄に荷物を詰め込んで、制服に着替えるとやっと母親が起きてきた。琥珀は母親と目を合わせるとすぐに目をそらした。食パンを焼いて簡易的な朝食をとると、歯を磨いて、登校の準備を整える。その間、母親とは言葉を交わさずにいた。靴紐を結び、ドアに手をかけて自宅を出る瞬間、

「いってらっしゃい」。そう母親の声が聞こえた。


「おお、一番乗りか」

教室には誰もいなくて、静まり返っていた。いつもと違う教室に新鮮さを感じながらも、琥珀は自分の机に座って本を読み始めた。

どれくらいだろうか、かなり本を読み進めてふと教室の壁に掛けてある時計に目をやると、とっくに学校開始時刻は過ぎていた。いつもなら騒がしくなる教室もしんとなり、人影ひとつさえ感じられなかった。

「あれ?今日は休みだっけ」

掛けられているカレンダーに目を食い入るように見ると、今日は平日だった。おかしい、そう琥珀が思い始めると新鮮さを感じていた静けさは不安と恐怖に変わった。

窓の外を見てもどこにも異常はなく、ただいつもの日常風景を映しているだけだった。

琥珀はここから出ようと教室のドアに手をかけた、しかし、ドアは接着剤で固定されたように、一ミリも動かなかない。

「何だこれ、どうなっている」

ドアに体当たりしても壊れるはずもなく、窓ガラスに椅子をぶつけても小さいヒビすら入らなかった。しばらくし、策が尽きると、琥珀はその場に崩れ落ちた。

「空間が固定されている・・・?まさか。冗談じゃない」

琥珀が落胆して弱音を吐いた瞬間、雷がそばに落ちたような轟音が教室内に鳴り響いた。琥珀は驚き、周りを見渡すと、窓ガラスも椅子も机も何もかもが激しく揺れ、恐怖のあまりに腰を抜かしてしまった。

すると、端のほうから床が抜け落ちていった。抜け落ちたところは闇に塗られ、はがれた床は闇へと吸い込まれていった。少しずつ、少しずつ闇は琥珀の下へ近づき、最後の足場が崩れ落ちた。

「誰か!」

琥珀は闇に落ちていく瞬間、ただ一言、「ごめんなさい」と心の中で思った。誰に対してかは、このときはまだ知らなかった。


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