第7話 氷の包囲網
「グレイプニル?ここが?」
「どうかしたのか?俺たちはグレイプニル・ニヴルヘイム支部の構成員だ。と言っても三人しかいないんだが」
予期せぬ答えに俺はかなり動揺した。ミズガルズでの出来事が頭の中で次々に再生され、ぐるぐる回っていく。失望と恐怖、後悔からの目眩が襲ってきた。
「お前は今日から俺たちの仲間だ。何か事情があるみたいだが、とりあえず俺の仕事を手伝ってもらおう」
「は、はい…」
これは困った。どうやら今朝の二人組は激情体のエネルギーを使って俺を「世界間移動」で飛ばしたらしい。
ニヴルヘイムといえば生物のいない極寒の世界。世界一つを任されたグレイプニル構成員の戦闘力といえば、当然俺が敵うようなものではないだろう。
さらなる困惑で、吐き気をもよおす。
「もしかしてペルソナ、気分が悪いのか?顔色が悪いぞ」
リーテが俺の様子に気づき、声をかけてくれる。
「もう少し横になってきてもいいですか?」
「そうだな。確かにお前はまだ休んでいた方がよかったのかもしれない」
エクエスはシグルドに目配せすると、シグルドはなぜかわずかな笑みを浮かべた後、また真顔に戻り俺をあの部屋まで連れて行った。
「じゃあな。しっかり休んどけよ」
シグルドはドアを閉め、戻って行ったようだ。
とにかくグレイプニルと名のつくものには関わりたくない。俺とジュリィでも安定こそしないものの世界間移動の一つぐらいできるエネルギーはあるはずだ。行き先は選べないが、ここからも逃げた方がよさそうだ。
ドアに中から鍵をかけてベッドに腰を下ろす。
『ご飯もいただいておけばよかったのにね』
ああ、確かにあれは純粋に美味そうだった。毒でも盛られてたかもしれんがな。
『いくらなんでも考えすぎよ。グレイプニルっていうだけでみんな悪い人じゃないと思う』
どうだろうかね。
そもそも俺は今までずっとグレイプニルで生きてきたが、その活動内容は全くわからなかった。
ミズガルズにはあれだけ多くの国がありながらここ十数年間で大きな戦争が起きたことは一度もない。それはグレイプニルが各国の裏で世界情勢を操っているからだという話は聞いたことがある。
なぜかグレイプニルの科学力はミズガルズでも逸脱している。グレイプニルの内部とそれ以外では猿と人間ほどの差があるとまで言われるほどだ。
『それは謎よね。存在している目的がわからない組織か…あれ?』
背後から木のきしむ音が聞こえた。振り返ると、ドアが開いている。…鍵、閉めたよな?
『ええ。確かに閉めてたわよ』
わかりきった答えを聞いて、ある不安がよぎった。おそらく人生で最も俺が恐怖心を抱いたもの、エクエスの金髪を見た瞬間冷や汗が吹き出た。その恐怖とセットで俺の胸中に根を張っている…。
『どういうことよ』
あれから考えたんだ。あの二人の能力、エインヘリャルの力を。金髪女の方はたぶん「物質硬化」これでとても細い糸を固めて刃を作っていたんだ。
『なるほどね。で、もう一人の方は?』
それなんだが、「気配を消す」能力なんじゃないかと思う。あの男、装備からして直接戦闘は向いていないのに俺の前にいても堂々と刀を構えていた。しかもなぜか能力が発動しなかったとき、やたら動揺していただろ?あれは向こうが俺に気づかれていないと思いこんでいたからじゃないのか。
『なるほどね。じゃあこの部屋に入ってきたのは…』
戦闘態勢だジュリィ。
『わかってるわよ!』
右手に炎を灯し、いつでも攻撃できるようにする。
すると、目の前にモヤのようなものが見てた。それはだんだん形を作っていき、人型になった。その顔はあの男ではなく、シグルドのものだった。その手には拳銃が握られている。
「シグルド!何をしに来た!」
するとシグルドは自分の姿が見えていることに気がついたのか、あの男と全く同じ、驚愕と動揺の表情を浮かべた。
「なぜ僕が見えているんだ!?能力は発動していたはずなのに」
突然の戦闘態勢に自分自身がパニックに陥りかける。
『集中して!』
右手の炎が飛び散り、四本の刺股になってシグルドの四肢を壁に釘付けにした。
「俺をどうするつもりだったんだ?」
なるべく低い声で、威圧するように話しかける。
「観察しようとしただけだ。君がグレイプニル・ミズガルズ第二支部の人間だということは確かなんだからな。リーテは君の反応からしてそれはないと言っていたが、どう考えても君はグレイプニルの回し者だろ?冥狼兵よ」
なんだこの言い方は。まるでグレイプニルを敵視しているような…。
「せっかく僕に仕事が回ってきたと思ったら返り討ちかよ。エクエス、リーテ…すまない。俺ごとこいつを吹き飛ばしてくれ!」
「ちょっと待ってくれ!まだ弁解の余地がありそうだ。俺はたぶん君たちの敵じゃない」
これからの行動はもう賭けだな。
刺股を解放し、自分の一秒先を賭けて、俺は手を上げた。