第37話 奪還
略奪や拉致傷害、ありとあらゆる方法でエクエスやリーテたちを侮辱しヴァルキリーへと昇華した強敵、アドルフ・ワイツマニィとの戦闘が終わり安堵のため息をつく。ワイツマニィの攻撃を食らったアクセルの元へ急がなければいけない。だが身体は言うことを聞かず、微睡んでいるうちにどうでも良くなった気がしてきた。
ずっと前から根付いていたかのような虚無感は妙な心地よさとしていつまでも纏わりついていた。温かく、温かく……冷た!!
「あら、やっと気がつきました!」
冷たいものが顔に触れた。そして現状を知るべく覚醒する。
俺は寝かされている?この感覚、俺が初めてニヴルヘイムに来た時に寝かされていた基地のベッドに似ている。というか、そのものではないのか…
ならこの声は一体…
「ほらっ起きてくださいよっ。ええい!」
目を開けようとした矢先の顔面に何か大きくて柔らかいものがのしかかった。先ほど触れたものと同じく一気に目が醒めるような冷たさだが、ほんのりと温かさを奥に感じる。
『呼吸、大丈夫?』
あ、そうだ。あの虚無感がまだ残っていたせいで自分の命の危機すら忘れていた。いやそんなことを考えている場合ではない。全力でもがき、目の前にいるはずの誰かに危機を知らせる。
「あら、すみません。でもペルソナさんには早く起きてもらいたかったんです!何せ自分の命の恩人ですからー」
前を塞ぐ物体が取り払われた瞬間、俺は大きく激しく息を吸い込み現状を把握するべく辺りを見渡す。
当然声の主の姿を探す。ベッドの脇で座っていた女と目があった。滑らかで高くも低くもない声の通り、落ち着いた佇まいだった。肩の高さに揃えられているものの、いくつもの方向に跳ねた真っ白の霜のような髪。半開きの青目と若干垂れ気味の眉毛はあまり垢抜けているとはいえないが、透き通った氷のような肌は美しい。
そして視線を下に移すと、大きな塊が二つ、リーテやイステルとは比べ物にならないほど豊かな塊がひょっとして、俺の顔にのしかかっていたのもの正体か!?
「まさか、ディフィエ・セウシー…ディーさんか?」
思い当たる人名を口にすると、その女はクスッと手を口に当て笑った。胸が揺れる。
「その呼び方、自分のことをアクセルが呼ぶ時に使っていたもの、落ち着きますね。改めましてよろしくお願いします。ディフィエ・セウシーです」
朗らかな笑顔は俺を和ませる。
「ところで俺はどれほど眠りこけていたんだ?」
「ちょうど十日になりますね。アクセルが言ってたんですけど、相当無理をしてくださってたんですってね。あの時ちょっとよそ見してしまったせいでこんなご迷惑をおかけすることになるとは…」
「気にしなくていい。俺も最後まで役目を果たすことができなかったのには負い目がある。他にも一つ聞きたいことがある。先ほど腕やその…胸で触れた時に感じた氷のようなな冷たさはなんだったんだ?普通あれほど体温が下がると平常ではいられない」
「これは自分の種族、いや、種族といってもいいのかわかりませんけど『冥界霜』の特性なんです。言わば自分の身体は氷の塊、人形のようなもの。いつから何のために自分が存在しているかを知る者はおそらくいないでしょう。自分にもわからないのですから」
軽くうつむいて陰らせるディフィエ。雰囲気も合わさってか、漂う哀愁は周囲の気温をを冷やしていく。
かける言葉を、と模索する。
「俺だって何のために造られたのかがわからないのは同じだ。ある意味似た者同士というわけだな」
ディフィエは顔を上げると、小さく口を開けて俺の方を向く。当然だが冥狼兵を知らないか。相変わらず半開きの目は心なしか彩度が増したように思える。
「似た者同士…?そんなことを言われたのは初めてです。なんだか心の底がほんのりと温かくなっていくような…不思議な気持ちです。まさかこれが
「ペルソナー!久しぶりだな!」
ディフィエの言葉を遮って開いた扉から入ってきたのはリーテをはじめ我らがグレイプニル・ニヴルヘイム第一支部のメンバー。ワイツマニィが戦闘中に吐いた言葉通りそこにイステルにエマ、二人の妖界族の姿はなかった。しかし久々の再会はやはり嬉しい。
『みんな元気になったのね。アクセルも快復して…』
全快とはいかなず全身に包帯を巻いたアクセルの姿もあった。頭に巻きついた包帯を見ると、能力を抑えるため包帯で目を覆っていたイステルのことが思い出され、早期に辿り着けなかったやるせなさが湧き出る。
「さっさと食事をいただいて元気になるのだ!次は我の用事に付き合ってもらうからな」
小柄な身体でいつの間にか脇腹まで潜り込んでいたテトラがはしゃぐ。幼女特有の甲高く連続した音波は目覚ましにちょうどよかった。
そんなテトラの肩を掴んで制止するルクセミアが、申し訳なさそうに頭を下げる。やはり義理堅い側近なのだと感心する。
『そういえばあなたこれからテトラとルクセミアにどこかへ連れて行かれるのよね。あまりゆっくりもしていられないわ』
「お前は忙しいな。今回のことについてはオレがしっかりしてなかったばかりに…すまんな。そしてありがとう」
「僕からも礼を言うよ。よくあの軍勢を黙らせたな」
「そりゃオレの認めた男だからな。まあオレもヤツには全く敵わなかったが」
「そうだ!基地はどうなったんだ?あの時奴らに破壊されてしまったのでは」
「ああ、それなら心配無用だ。十日もあれば元どおりよ。幸いこの部屋だけはほとんど無傷で残ってたしな。とりあえずはディーが作ってくれたかまくらで寝泊まりしていた」
「ニヴルヘイムは自分の生まれ故郷も同然ですからここだと能力を思う存分発揮できるんです。便利なんですよ!冷やしたり風邪をおこしたり、雪を運んだり」
自慢げに話すディフィエ。なかなか自由度の高い能力なのか。
「あっそれと!テトラさんとルクセミアさんの用事、自分も手伝います!できることは少ないかもしれないですけど、激情体の繭から救ってくださったお礼がしたいんです」
「それならオレもだ。いいよな、チビ」
「チビとはなんなのだ!大した活躍もしてないくせに!」
テトラをからかうアクセルと仲裁へ奔るルクセミア。これはこれで和む光景だ。
「そう考えるとここにいるみんなで行くのがいいみたいだな。多くて困る用事ではないだろう」
今日一日は安静にして、明日からまた俺は駆り出されるようだ。しかしこの支部も大所帯になったものだな。これでイステルとエマがいれば全員なのにな。
『早く見つけないとね。今回はみんないるし、大変ってことはないと思う』
ジュリィはそう言うが、出会った時からテトラとルクセミアの抱える闇が表情に出ていたのに俺は気づいていた。いつの笑顔も少なからずこわばり、作り物のような違和感を放っていた。
気のせいだといいのだが。
第4章はこれで終了となります。次回からはテトラとルクセミアの用事に付き合わされるペルソナたちの話をお届けします。




