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ラグナロクの鮮情  作者: 卯月 光
百年の意志
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第35話 湧き上がるもの

この章もあと少しで終わりになります。勝負の結末とは!

 この空間の再奥に安置されたそれを見て、アクセルはため息と共につぶやく。


 「そういうことか、ディフィエ・セウシー」


 冷静沈着を装ってはいるが、その肩が小刻みに震えるのが寒さのせいではないことは容易に理解できる。強大な力を前にし理不尽な喪失感と怒りに身を震わせる黒髪黒眼の少年、アクセル・ロッドの姿があった。

 アクセルが何を見て何を思い、なぜディフィエ・セウシーの名を口にしたのか俺が理解したのは間を空けてからのことだった。固定具や導線、果てはその機能を全く予想もできないような器具で隙間なく埋め尽くされた何か。端から覗く白色の物体には見覚えがある。数日前、エクエスと二人でニヴルヘイムの雪原へ出て探し、保護しようとしたディフィエ・セウシーの激情体防御形態、通称「繭」そのものだ。あの時あと少し時間に余裕があれば俺は埋没しかけの繭に触れ、ディーさんを蘇らせることができた。当然のことながら並々ならぬ自責の念が滲み出て埋め尽くす。


 「どうやら私の目的に気づいてしまったようだ。この研究は始末前の邪魔者にさえ気づかれたくはなかったのだがね。ここまで侵略された怒りも一周回って感心だ。君たちには教えられる権利を与えよう」


 全身が氷に置き換わり光沢と透明感を併せ持つ奇妙な姿へと変貌したワイツマニィは腿の埃をはらうと、影としわに占められた顔に不敵な笑みを浮かべた。つい先程のジュリィの猛攻で俺は体力と精神力を消耗した。能力をほぼ無効化されるアクセルは勝ち目がない。

 つまり向こうから見てこちらに敵はいない。抵抗虚しく捻り潰されるだけの木偶人形が二体立っている、ということにすぎない。

 あくまで向こうから見れば、だが。なぜか戦闘前以上の力が俺にはみなぎっている。炎の塊としてだがジュリィがその顔を初めて見せた瞬間から得体の知れない高揚感は胸から湧く自身や力の源なっている。


 「私はディフィエ・セウシーのエインヘリャルと後から精神を繋げることで自らをヴァルキリーの能力者へと進化させる方法を発見し、試した」


 「黙れよクズ。ディーを、何だと思ってんだよ!」


 アクセルが物凄い剣幕でワイツマニィへ駆け寄り影に入る。煽り耐性の低さは味方の俺ですら呆れるほどだがそれだけ仲間のことを大切にしていたことの裏返しともいえる。

 しかしワイツマニィは空中で生成した氷柱を自分の影めがけて叩き落す。氷柱は地面に激突し砕け散る。すると影から真っ黒な湯気のようなものが立ち昇り、小さなうめき声と共にアクセルが飛び出す。能力を強制解除されたことへの動揺が憤怒を覆う。だが飛び出した先には魔法陣のような円板状の噴射口がワイツマニィの手を伝い設置されている。動揺を再び憤怒で塗り潰そうとする間も開けず噴射口からは目視できるほどに圧縮された空気が放たれる。アクセルは送風機に当たる紙のように吹き飛ばされる。壁に激突する音と凄まじい風圧は同時に俺の元へと届いた。


 「かつてあれほど恐れられた黒畏族(スルト)もヴァルキリーにかかればこのザマか。話ぐらい聞いていけばいいものを…まあいい。私がこの研究を成功させた以上保険として確保しておいたにすぎない彼は用済みだ」


 分かりきっていた結果とはいえあまりに呆気ない決着は、俺の置かれている現実の深刻さを痛感させてくれる。


 「珍しい種族やグレイプニルに仇なす罪人をこの技術と共に我が主へ献上しようとしたのだが、ここまで完成度の高い結果になるとおそらくその必要はない。むしろ君たちに妨害されてグレイプニルの使者が来られなくなったのは幸運だったな」


 「そのためにリーテやイステルたちをここに捕らえていたんだな」


 「ああそうだ。彼女らには私の新しい能力の的になっていただいた。生身で実験できたのだから充実した開発ができたよ。だがあのエルフの姉妹、姉の方はグレイプニルが即座に連行していったし妹は脱走した。それだけが心残りだな」


 『あいつ…許せない』


 薄々わかってはいたものの、怒りがこみ上げてくるのがよくわかる。だが無闇に動けばアクセルのように呆気なく切り捨てられる。

 そしてイステルとエマはここにはいないということは、俺は思う存分爆炎を焚けるということだ。


 「話はこれぐらいにしておこうか。この基地にいた者は一人残らず殲滅しなければならない。止めとい…」


 「ところでワイツマニィ」


 「なんだ?旧型のようなガラクタにはもう用などないぞ。そのエインヘリャルは私が大事に使ってやるからな」


 「長々と話していて気がつかなかったか?俺の左足を見ろ」


 「どうした。確かに足に纏った鎧が消えている。だがそれはもう一人の人格で私を攻めてきたからだろう?もう力が底をついて消えてしまっただけではないのか」


 「まったく…お前はジュリィと正面から闘えるなどと恵まれているのに理解できないんだな。俺が力を使い果たしたはずなのにまだ立っていられること、そして俺が今果てしなく昂揚している理由がな」


 『何のことを言ってるの?』


 君は深く考えなくていいんだ。

 相手は少し考えたようだ。だが結論にたどり着くことはできず音を上げる。価値観を共有できないのは悲しいことだ。



 『どういうことなの!』


 「どういうことだ!」


 「こういうことだよ!」


 叫ぶと同時にワイツマニィの足元から膜のように広がった炎が立ち昇りその身を包む。


 アクセルの技を参考にした。以前にもリーテが同じような方法で攻撃していたのを思い出した。究極の死角、地中からの大規模攻撃。左足に纏ったエネルギーをワイツマニィの足元まで送り込み、発火能力と操炎能力を発動させる。今ごろあの炎球の中は蒸し焼きだろうな。だがこれで許せるほど俺は寛大ではない。

 助走をつけて全速力で炎球の元へ駆ける。右足に力を集中させ、纏ったエネルギーを打ち込む。炎球は建物を破壊しながら、衝撃を中に伝えながら地面と平行に飛び、外壁に当たることで弾けた。


 「き、貴様…まだこれほどの力を、なぜだ…」


 それなりの距離を飛ばしたため声がよく聞こえない。

 俺が鎧として纏ったエネルギー塊は残り一つ。左手を前に突き出し、前の物を殴る感覚でそれを飛ばす。それは隕石のように尾を引き前方の敵に炸裂する。おそらくこの炎弾は着弾地点を容赦なく砕いた。


 遠くで爆発音が聞こえ、アドルフ・ワイツマニィ戦は幕を下ろした。







 『教えてよ。なぜあんな力が残ってたの!』


 やはりジュリィは無自覚のようだ。今はそれが一番いいとは思うのだが。


 『まあいいわ。時間稼ぎとはいえあたしが

 エネルギーを浪費してしまったことには負い目があるしね』


 いつかは伝えよう。その時互いがさらに感情の力、エインヘリャルを扱う力を高められるようになることを祈って。

人物紹介

【アドルフ・ワイツマニィ】

・グレイプニル・ミズガルズ第百二十五支部に属する研究者

・他の構成員は研究の邪魔だからと旅行へ行かせたため、作中では他の構成員は登場しなかった

・色の濃い肌と痩せのせいでシワの目立つ中年男性

・「(マスター)」と呼ばれる人物の派閥に属する

・比較的番号の若い支部で、世界間移動や冥狼兵(フェルリルソヴロ)の借用などの権利を有する

・誰かのエインヘリャルに後から自分の精神を繋げヴァルキリーを量産するという、何気に重大な発見をしたがペルソナに敗北したことによりすべてが闇に葬られた

・エインヘリャル能力は、ディフィエ・セウシーと共有した「氷華」

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