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ラグナロクの鮮情  作者: 卯月 光
百年の意志
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第32話 再開と決着の時

 勢いよく門をくぐって再びミズガルズへと出る。すると目の前に迫るのはニダヴェリールから見えていた灰色の壁。止めようにも止まらない速度なので避けるしかない。思い切ってハンドルを、手がちぎれるほど大きく回す。装甲車の前部が壁にかすり嫌な音が耳をつんざくが、衝突は回避できた。隣と背後からの悲鳴やら罵声やらを浴びることにはなったが。それらの声が俺に残された僅かな集中力を根こそぎ削いでゆき、車は道を外れ森へ突っ込む。唐突な大木に前から押され、停止した。

 

 「こいつで基地まで乗り込むつもりだったがお前とガキ共のせいで止まっちまったじゃねえか」


 「そ、それは心外なのだ!一番近くで叫んだのは汝なのだ!!


 俺の立場は正なのか負なのか。頭の後ろで腕を組んでため息。だが当然後ろから追ってくる兵はいるもので…

 隣の諍い、後ろの追っ手、思考停止のため息は止まらない。


 「汝のような五本足の猛犬は影にでも入って大人しくしているのだ!」


 テトラによる止めの一言。アクセルの黒く尖った前髪の隙間に血管が浮き上がる。だが一瞬にして見開いた目は斜め上を向き、何か閃いたようだった。


 「影か…思いついたぞ。オレはこの車を飲み込みペルソナ、お前の影に潜る。人質が負傷してるかもしれねえから車は必要だ。ルクセミア、お前はペルソナを担いで自慢の能力で基地に潜入しろ。ところでテトラとかいったな…五本足…とはなんのことだ?」


 なんともバカバカしいやりとりだが当人は必死なのだろう。

 ルクセミアは何か喋ろうとしたテトラの口を塞ぎ、弁解する。


 「いえ、なんでもございません。テトラの思い違いで…そ、そう、あれは床の染みでございましたね!そう。床の染み……ああーもう!これをお召しになってください!」


 ルクセミアはミズガルズマントを脱いでアクセルに手渡す。アクセルは気圧されたように大人しく、マントを受け取る。ルクセミアの纏う、白銀に金の縁取りのある鎧が露わになる。

 さっきから状況が状況だけに誰も触れなかったが、こいつ今全裸なんだよな。しかし俺の一代限りの貧弱なモノが軽く羨むほどには立派な…いかん、俺は何を考えている。


 「まあそれはともかく、助ける人質は何人だ?」


 よかった。この場のあらゆる不穏な空気を取り除いたのは他でもないアクセルだった。


 「六人…いや、七人だ。そのうち一人は俺に任せてくれ。戦略上最初に一番復帰力が高いエクエス・オレンジ、君は知ってるだろう?次は即戦力の奪還、俺の仕事だ。その際俺は離脱するがエクエスの影に潜って彼の指示に従ってくれ。そしてに俺が合流する。ここまでくれば後の全員はすぐに救出できる」


 「エクエスが捕まってんのかよ。そもそもまだ生きてたのか。百年だろ?オレが消えてから」


 客観的に見てもやはりそうなのか。執念とエインヘリャルのなせる技といったところだな。

 次の瞬間、俺たちを包んでいた空間は消え、地面に落ちた。足元から声が届く。


 「じゃあな。しっかりしろよ。ルクセミア!ペルソナの影に触るんじゃねえぞ!」


 「心得ております。テトラ!」


 「ああ!」


 テトラとルクセミアは木陰に隠れ早口であの時と同じ詠唱を始めた。



 「汝の契約の元に」


 「王の制約の元に」


 「「万能と限界をこの身に宿し暗黒を四散する暁光と成る…鮮情戦駆…ジークルーネ!!」」



 テトラの身体は輝きだし、ルクセミアに吸い込まれるように融合する。温かい光を放つ白銀の鎧に身を包んだルクセミアは、俺の腰に手を回すといとも簡単に片手で肩に担いだ。

 

 「では、行きましょう」


 返事をしようと口を開いた瞬間、恐ろしいほどの速度で風を切る音と感触が肌を滑る。口など開いている場合ではない。

 森から小道、正面入り口と目紛しく変わる風景に慣れようとした時、急に周りが静止した。何が起こったのかわからずに手足を伸ばすと、硬いものに当たった。壁?どうやらもう高速運動は終了したようだ。

 明かりの消えた会議室のようなところに入り込んだらしい。頭を持ち上げて意識をはっきりさせてみると、座り込んだテトラと壁に首を突っ込んで外を伺うルクセミアの姿がシュールに映った。吹き出しそうになったが、アクセルの真剣な声に止めさせられた。


 「真っ暗なところへは行くなよ。いつでも光を背にして立て。影がなくなっちまったらオレは能力を維持できなくなり、車もろともド派手な的になる」


 そうだったな。影に入る能力は個性的だがとにかく複雑だ。

 しかしこの支部はあまり人員がいないらしい。入り口で残像として見た兵たちのほとんどは冥狼兵(フェンリルソヴロ)だったし、この会議室もこぢんまりとしている。

 ルクセミアが首を壁から抜いて外の様子を伝える。どうやら例の能力でこの建物全体に視細胞を張り巡らせていたらしい。


 「ここを出て奥へ進むと研究室があるようです。ただこれがやけに広く、面積は実にこの建物の半分以上の割合を占めています。中には檻のようなものがいくつかあり、手前の棚にはエインヘリャルが四個並べられています。最奥は冷気と水蒸気のようなもので霞んでいて確認できませんでした。生体反応も多数」


 その報告を聞くと、考えるより先に身体が動いた。我ながららしくない行動ではあるが、勢いよく扉を開いた瞬間に理解した。

 ジュリィを助けたい。自由の身になってから片時も離れず手の中にいた、彼女がエインヘリャルに封じられたか弱い少女にすぎないことは俺が一番よく知っている。寂しさや嬉しさ、他にも限りなく純粋な感情を全て記憶に刻んだ俺の脳が考えるより先に全身を動かしたのは決して不自然ではない。そしてそれに気づいた今、数倍に膨れ上がった想いは炎を纏った拳となって目の前の厳重な扉を砕き、燃やし尽くした。


 「おいおい、エインヘリャルが置かれた棚までこんなに距離があるのに能力が使えるのかよ。しかも発火…この能力!まずい、影が消えて車ごと浮上しちまう!」


 装甲車が建物を軋ませる轟音を背に、頭の中からジュリィに呼びかける。


 『ペルソナ!あたしはここにいるわ!でもどうして…』


 こうなった経緯を知らないのか。まあ考えてみれば当然のことか。ジュリィは俺の脳を使って思考している。つまり俺が近くにいないとジュリィは一時的にその存在が消える。その恐怖は張本人ではない自分でもはっきりと想像できる。


 「ペルソナ、助けに来てくれたのか!」


 一番手前の檻に閉じ込められていたリーテが弱々しく声を上げた。最後に会ってから二、三日しか経っていないが、やはりひどく窶れているように見える。

 そうだ。ジュリィだけではなくこんなにたくさん俺のことを待ち続けていた人たちがいる。しかしエマとイステルの姿が見えない。


 「アクセル、テトラ、ルクセミア、囚われた仲間を救出して車で外まで逃げてくれ!俺は奴と決着をつける」


 三人に、置いてあったジュリィ以外のエインヘリャルを片っ端から投げ渡す。

 ディフィエ・セウシーを見つける、という当初の目的も忘れてはいけない。


 『あなたの記憶を読み取ってあたしがここにいる理由がわかったけど、どうしてそんなに怒ってるの?あなたらしくないわ』


 怒っている?確かにそうだ。俺は今怒っているのか。当然だな。奴、アドルフ・ワイツマニィは何人の俺の仲間を侮辱した?この対応が妥当なものであることはそれこそ考えなくとも理解できる。

 この場にいた俺以外を全て乗せ、アクセルは下手な操縦で壁を抜け走り去った。ひびの入った天井から漏れる光が水蒸気に包まれた研究室の奥を照らす。ゆっくりとした足音とともに徐々に現れる黒い影。元凶がここに、対峙する。

中盤グダグダしていましたが、次回からバトル回になります。良いお年を!

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