第31話 影の能力
エインヘリャル記録帳・最新版
【先制】
現使用者:旧型冥狼兵00102
前使用者:アルクア・レティキュラータ(作中未登場)
発見場所:グレイプニルの保管庫
能力:一瞬で指定した地点まで移動する
攻撃応用性:A
防御応用性:B
規模:B
安定性:A
激情化を解かれたアクセル・ロッドと思しき男の肉体は、真っ二つにされた黒い箱から身をのぞかせている。箱は中央で綺麗に分断されていたのでアクセルの上半身と下半身は隠れており、それらの境界線となる一部分のみが俺たち三人の目には写る。決して不自然ではない構図だ。俺にとっては、見慣れたモノがその主たる肉体と共に横たわっているだけの何ら不思議なものではない。俺の脳内は歓喜一色だった。
しかしテトラとルクセミアはまた違った感情が浮かんでいたようだ。
「なんなのだこの物体は。言語の通じる相手なら、胴体に頭と四肢のついた人型だと思っていたがこうも奇想天外な生物だったとは。新たな感動に胸が打ち震えるのだ!」
「これはっ!今すぐ目を閉じるのです!テトラにはまだ…まだ早すぎます!」
大声で思い思いの感想を口にする二人、その雰囲気で俺は二人の関心の先を悟り、我に返った。同時に今の騒音でこちらへ向かって来る足音の間隔が短く、強くなるのを感じた。今見つかると戦闘は避けられない。アクセルを運ばなければ…こ……れ………は…………
箱、もといアクセルの方へ吸い込まれたような気がして次の瞬間に目を開くと、仄暗い装甲車の車内以上に暗い灰色の空間に俺はいた。壁に走る真っ直ぐな切断跡を見るに、ここはあの箱の中だとわかる。しかし天井はとても俺の背より低いとは思えないほど高い。奇妙なことに俺の肉体は今、頭だけを残して床に埋まっているようだ。
戸が開いた。十中八九トゥジェルシーが乗り込んできたわけだが、間一髪この奇怪な現象のお陰で助かった。次いで運転席の戸が開く音が聞こえ、出発が近いことを察する。
ここは箱の中だ。だがアクセルの姿はない。ふとエインヘリャル記録帳の記述を思い出した。「泳影」アクセルの能力だ。そうか、ジュリィと離れた俺はヴァルキリーではない。つまりエインヘリャルの能力も効果を発揮する。
「アクセル、いるのか?…うおっ」
何者かに足を掴まれて影の中へ引きずり込まれる。すると視界は真っ暗になった。上を見ると、水中から見た水面のように灰色の四角形が揺らいでいる。
「大声出すんじゃねえ、気づかれちまうだろ。この車も動き出したみたいだしよ」
荒々しい口調、だが俺に配慮してくれる辺り悪い奴ではなさそうだ。
「お前もオレに訊きたいことが山ほどあるだろうがよお、まずはオレの番だ。オレが封印されてから何年経った?なぜお前はオレを助けた?オレのもう一つのエインヘリャルはどこにある?」
立て続けにいくつもの質問を繰り出すアクセル。意外にも全てに答えることができる。
「君が最後に光を見てから約百年、俺はある人たちを助けるために君を目覚めさせた。最後の質問は…たぶんあそこだ。エインヘリャル保管庫だったところが吹き飛ばされてできたニヴルヘイムの岩山、そこにでも埋まっているはずだ」
「なるほどな。しかしお前はなぜかオレのことをやたら知ってるしお前と一緒にいた二人組になぜかオレの能力が効かないし、起きて早々奇妙なことばかりだ。とにかくお前には礼を言わねえとな」
「二人組?ルクセミアとテトラか。そういえば二人はどこにいるんだ?」
「あの二人なら心配いらねえ。意味不明な能力で身体を小さくして同じくこの箱の中に隠れている」
そうかあの二人はヴァルキリーの能力者だからエインヘリャルは効かない。よく判断できたものだ。
ん?空気が変わった。少し湿っぽく、寒くなった。
「世界間移動だな。この感じからしてニダヴェリールか。奴ら、オレをどこへ運ぶつもりだ…おっと、護衛が降りたみたいだぜ。安全に行くなら今のうちだ」
アクセルは何を思ったか影から抜け出し、俺は放り出された。ルクセミアとテトラが元の姿に戻りアクセルの行く先を見守る。壁を隔てた運転席の方から悲鳴とドアが開け閉めされる音が聞こえた。この車を奪ったのか?そう思うが否や俺はまた足を掴まれて影に飲まれた。また放り出されるとそこは運転席で、全裸のアクセルが助手席に腕を組んで座っている。細身に漆黒の髪と瞳、これが純粋な黒畏族の顔立ちか。ハーフとはいえ同じ種族のリーテとはよく似ている。
「出せ。俺は運転の仕方を知らん。行き先もわからねえ」
おいおい嘘だろ?こんな無計画で派手にグレイプニルで騒ぎを起こすとどうなるか俺には想像もできん。訴えの目線を送ると、相手は先手を打って他人よがりな気だるい目でこちらを睨んでいた。
幸いにも俺は経緯上グレイプニル規格の乗り物なら操縦することができる。さらに幸運なことに目の前にはミズガルズ第百二十五支部へ続く門への地図が置いてある。
大きなため息と共に、乗っ取られた装甲車は動き出した。
施設の鉄網壁を越えて荒野を走り出したころ、アクセルが運転席と貨物室を隔てる壁を殴った。人力では破れないはずの壁は、拳にエインヘリャルのエネルギーを纏ったアクセルによりあっさりと没した。
「お前らもこいつについていくんだよな。見たことのねえ種族たが、何か事情でもあるのか?」
「それはペルソナの用事が済んでから教えるのだ。一応汝の封印を解いたのはこの我なのだから、汝にもしっかりと働いてもらうのだ」
「そいつは仕方ねえな。で、ペルソナってのは…ああ、このボサッとした男か。そういやまだ名を聞いてなかったな。どうせオレの名は知ってるんだろうからさっさと教えてくれや」
「我はテトラ。テトラ・エヴェナリエなのだ」
「私はルクセミア・ソダリス。テトラの目付け役です。貴方のことはペルソナ殿から聞いております。今後も良い関係を」
「なんだその時化た面は。ヒトを第一印象で決めつけんなよ」
いや、仕方ないだろ。こんなやつが温厚なわけがない。
「まあオレもこの際気にしねえけどな。で」
「ワタシはティア・ファントム。よろしくね、アクセル・ロッドに00101…今は違う名前があるんだっけ。それと、智神族のお二人」
いるはずのない五人目の返事により場は凍りついた。誰だ?いつからそこにいた?
「怖がらないでいいのよ。別にあなたたちと敵対するわけじゃないんだから。確かに今回はアクセルさんの護衛として来てるんだけど。ちょっとした挨拶よ」
高くて少し鼻にかかった女の子の声だ。俺は運転に集中しているためその顔を拝むことができない。もうじきミズガルズへの門があるところだ。周期開閉式の門らしく、黄土色の大地に黄色の穴が空いたように見える。
「百二十五支部がワタシを護衛につけたのは、ディフィエ・セウシーの激情化を解くためにヴァルキリーの能力をアテにしたかったからなの。でももうここにはアクセル・ロッドもヴァルキリーも、運び手すらもいる。つまりワタシもトゥジェルシーも必要ないのね」
「ディフィエ・セウシーだと?確かあいつもオレと同じように…」
「ま、ワタシはこれ以上関わらないことにするわ。ヴァルキリーも平穏に暮らしたいならこれ以上グレイプニルには関わらないことをお勧めするわ」
ミズガルズ第三支部の支部長の話からするに、今のがヴァルキリーのティア・ファントムだろう。今ここにいたのもなんらかの能力を使ったからだ。
何人かの監視兵を無視して門に突っ込んだと同時にティア・ファントムの声は消えた。
冥狼兵について
お分かりの方もいるかと思いますが、冥狼兵のモチーフはあの、ターミネーターです。プログラムによって動き、そこまで極端ではないものの金属を含む肉体を持つ、かつ運動能力は高い。根本から違うのは、冥狼兵の方はそれぞれの個体が生きている「生物兵器」だということです。ペルソナたち試作型については思考能力も人間と同じなのでそこも少し違うのですが。




