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ラグナロクの鮮情  作者: 卯月 光
百年の意志
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第29話 ジークルーネ

 眩い光の散弾と化し大地に吸い込まれるように消えたテトラとルクセミア、後には静けさと俺のため息だけが残された。確信を得た満足のような安堵のようなため息。二人で一つのエインヘリャルを使う能力、つまりあの二人はヴァルキリーの能力者だということだ。

 先ほども彼女らは、俺の目的に最後まで着いて行き見届ける、と言っていた。リーテたち奪還のための思わぬ戦力が加わったことになる。これはいけるかもしれない。

 口元を緩ませかけた時、どこからともなく、いや俺の足元から地響きのような音が聞こえた。不意を突かれて思わず飛び退くと、俺が今の今まで立っていた一メートル四方ほどの地面に亀裂が走り、あっという間に崩れ落ち小さな穴が姿を現した。


 「ここを降りてくるのだ!」


 穴の底からテトラの声が響く。どんな能力なのかは知らないが、グレイプニルの壁を破壊すると警報が鳴り響き居場所が割れる。最悪の場合先刻実戦配備された新型冥狼兵(フェルリルソヴロ)が押し寄せる。

 そんな疑惑を抱きながら穴を降りていくと、足が硬いものに当たった。ここが天井か。テトラとルクセミアの姿はどこにもない。


 「テトラ、ルクセミア、どこにいるん…うおっ!」


 唐突に足元が黒から白へ変わり、同時に感覚が消えた。次いで髪が逆立ったかと思うと今度は一際強烈な衝撃が足に走った。落ちたのか?


 「静かにするのだ!」


 振り返るとそこにはテトラの姿が。


 「ソダリスが天井に穴を開けてくれたのだ」


 確かに周りは近代的な装置が所々に配置されたグレイプニル最大の資料庫の廊下、という場所だ。だがなぜこんな派手な進入をしたのに警報が鳴らない?


 「ルクセミアはどうやって天井に穴を開けたんだ?」


 「簡単なことだ。天井の警備用回路そのものになってしまえばいいのだ。そうすれば一部だけソダリスが全権を掌握できる。ほら」


 テトラが天井を指す。見ると穴は消え、周りと何も変わらない白の天井に戻っていた。

 そこから一滴の雫が落ちる。地面に床にぶつかり弾け飛ぶ速度で膨張し、人の形を作り上げた。瞬きをし眼を開けた時にはルクセミアがそこにいた。


 「二人がヴァルキリー能力者だということはわかったが、一体どんな能力を使えば今みたいなことができるんだ?」


 「それは…」


 口ごもるルクセミア。しかし協定に隠し事はあるべきではない。


 「互いに協力し合うならエインヘリャル能力ぐらい知っておいた方がいいんじゃないのか」


 「…そうですね。話しておきましょう。ヴァルキリーというのが何なのかはわかりませんが私、いや私たちの能力は『自由』自分自身の肉体を、あらゆる限界を超えて自由に形作る能力です。この石のことを知っているということはペルソナ殿もエインヘリャルの能力者なのでしょうか?」


 ルクセミアは薄い黄色がかった透明な六角柱を取り出した。いろいろな色があるんだな、と素朴な感想を思い浮かべた。


 「俺の能力は『発火』。だが今は使えない。『敵』に奪われてしまったからな。だから二人には奪還作戦に協力してもらう。代わりに俺は今後二人に同行する、そういう協定だったな」


 「うむ。全く問題ないのだ。しかしエインヘリャルなどという不思議な石、聞くところによると古代兵器だとかなんだとよくわからんのだが全ての世界に何個あるのだろうな」


 「さあ、俺の知っているエインヘリャルの能力者だけでも十人程はいる。全世界となると何百何千単位で存在しているんだろうな」


 古代兵器などと大層な肩書きだが大して希少性が高いというわけではない。それがエインヘリャルという硬い石だ。

 それはいいとして、早くアクセルの繭を探してここから脱出しないとな。




 それから数十分後、俺は曲がり角の陰で震えていた。顔から血の気が引いていくのがよくわかる。すぐにでも逃げ出したい、だが腰が抜けて歩くことすらできない。情けないとか惨めだとか、今の自分の状態を客観視するとまさにこんな姿をしているのだろう。プライドの欠片も残らない、俺の最も恐れるものを見てしまったパニックで比喩ではなく、いや比喩であることも含めて俺の頭の中は白くなっていた。


 「なんだ、あの警備兵に怖気づいたのか?」


 「いえテトラ、あれは内気な殿方特有の恋煩いでしょう。あのような美しい方を前にして身体が固まるのは仕方のないことなのです」


 「なるほど確かに美人なのだ。あの金色の長髪とそれに見合う背丈には我も憧れるものがある」


 いやそういうことではない。今の俺の心境は単純な恐怖そのものだ。「世界間移動門」という表記と矢印が書かれた板の先にある角を曲がったところに彼女はいた。揺れる眩い髪と対照的な漆黒の衣装、あの日以来俺の恐怖の象徴となり夢にまで出現するグレイプニルの戦闘員。名は確かトゥジェルシー。幸いこちらには気がついていないらしく、向こうにいる誰かと会話している。声の主は恐らく、この支部の責任者か何かだろう。


 「先日、百二十五支部から連絡があってね。この支部で管理していたあの箱を届けて欲しいということだそうだ。箱は開けるなと固く約束させられていてね。護衛までつけさせることになった。本部に依頼して派遣されてきたのが君だとは、心強いよ」


 「いえ、恐縮です。しかし箱の中身がわからないというのは奇妙な話です」


 「我々も各支部の信頼を得続ける必要がある以上無闇に開封するわけにはいかないんだ。君には輸送車に乗って一旦ニダヴェリールへ出てもらう。そこでもう一人の護衛、名前は…何だっけ、あのヴァルキリーの…」


 「ティア・ラケイン・ファントム?」


 「そうそう。彼女と落ち合ってからもう一度門を抜けて、あの箱を百二十五支部まで届けて欲しい」


 「了解です」



 最後の言葉を聞くとすぐに俺はなんとか足を動かしてその場から離れた。これはまた面倒なことになった。強力な護衛が二人もついているのか。トゥジェルシーは強いがヴァルキリーであるテトラとルクセミアの力を持ってすれば武装解除までは持ち込める。問題はもう一人のヴァルキリー。相手のこともわからないのに出くわしてしまうのは良い方法ではない。合流する前にアクセルの繭を強奪する。

 ここの支部長が「あの箱」と呼んでいたものがアクセルの繭であることは間違いない。幸いにも車庫ならさっき看板を見つけた。まずは輸送車の元までトゥジェルシーより先に辿り着く。

いつもの時間より遅くなってしまい申し訳ありません。

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