第28話 九人の戦士
地名紹介
【グレイプニル・ニヴルヘイム支部】
・グレイプニルの古参支部にして初のミズガルズ以外に所在する支部
・元々は某国が資源採掘のために設置した建物を、後に初代支部長となるアルクア・レティキュラータが占領、そのままグレイプニルに吸収された
・ニヴルヘイムの嵐に何十年も耐え続ける耐久性を持っていたが、当時七歳だったリーテ・レティキュラータのエインヘリャル能力の暴走により嵐ごと吹き飛ばされる
・以降は一点だけ気候が変わり穴のようになった空間に小屋が一つという外観になった
・現支部長はエクエス・オレンジ、構成員は四名
ニヴルヘイムでのアドルフ・ワイツマニィの言葉にその単語は登場した。状況が状況だったためにうろ覚えだが、彼は確かに「グレイプニル・ミズガルズ第三支部」と口にした。アクセル・ロッドの激情化防御形態の繭が保管されていて、それを基地である百二十五支部へ運搬する。そして「戦力」リーテやイステルたちと合わせて、奴らが「主」と呼ぶ人物へ提供する。そうなれば手遅れの可能性が高い。奴らはグレイプニルの内部派閥で、旧型冥狼兵を譲り受け大量に配備している。第二支部と繋がっているとしたら新型まで投入してくるかもしれない。
「ところで汝の名は何というのだ、我が恩人」
テトラ・エヴェナリエといったか、このやたら寛大な少女はミズガルズマントを羽織りフードを被ると、あの不思議な色をした瞳をこちらへ向けてきた。
「ペルソナ・リトリネアだ」
「良い名だ。ペルソナ、改めて礼を言うのだ。先ほどは我を助けてくれてありがとう」
「テトラ、ようやく感謝を言葉に表すことができるようになったのですね…ところでペルソナ殿、その名は真の名でしょうか。十年二十年と使い続けたにしては答えるのに妙な間が開いていましたが。私もお供させていただくのですからせめて本当の名でお呼びしたいのです」
鋭いな。最後の一文を訳すとつまり、テトラには完全無害な存在であってほしいと。だが俺にも譲れないものがある。
「確かに俺には前まで別の名があった。何というか、呼びにくい名だ。詳しいことは互いに詮索し合わないことを望むが、ペルソナという名は俺の大切な人に貰ったものだ。だからぜひこの名で呼んでくれ」
「そうでしたか。失礼しました。あまり深くまで関わり過ぎるのは互いにとって得にはなりませんね」
「いや、いいんだ。あなた方も随分と面倒な、身内以外には決して知られたくないような用事でここに来ているんだろう。それと、一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
「さっきテトラが言っていた『九人の戦士』とは何のことだ?」
「それは我が国に伝わる古代文明が残した一枚の紙に記された言葉なのだ!」
急にテトラが横から口を挟む。ルクセミアが制止しようとするが、その手を振り切り話し出す。しかしこの少女、寛大な態度に見合う難しい言葉をいくつも知っているんだな。よほど教養が豊かなのか。
「九つの世界の均衡が崩れた時に集結し世界のために戦うとされる特別な力を持った九人の戦士のことなのだ。正確には九人のではなく九対と書かれていたのだが、そこはよくわからん」
「そんなところですね。古代文明についてはやはり謎が多いのです。あっ、あそこの店に飾られている道具、あれは何に使うものなのですか?」
やや強引に話を逸らされたような気がするが、まあ何か思うところがあるのだろうな。それからはミズガルズについて話したりしながら町をいくつか越えたところにあるという第三支部を目指して徒歩を続けるだけの一日だった。
第三支部といえばグレイプニルでもかなり古参な支部だな。かつてはグレイプニルの中核として様々な業務を行う活気溢れる支部だったと聞くが、現在その巨大な建造物はグレイプニル百年の歴史を収める資料庫や倉庫として使われているはずだ。確かにアクセルの繭を保管するにはうってつけかもしれない。
その日はルクセミアの金でなんとか宿に泊まることができた。向こうも事情故かそれほど金があるわけではなく、図らずも女性二人と部屋を共にすることとなった。
初めて会ったときから思ってはいたが、ルクセミアはミズガルズではかなりの美人といわれる部類に入るだろう。色白の整った顔に高い鼻、鋭い目元や口元、おそらく多くの獣を一瞬で戦闘形態へ変化させることは容易そうだ。テトラも時折見せる大人びた表情からするに、将来が楽しみといったところか。
そんな美貌を持つ二人と一晩を明かすというのに不思議と俺の中に込み上げるものの勢いは弱く、むしろ今後の自分の行き先を考えるので精一杯だった。
そうだ、ルクセミアといえば、昼間に目撃した高速の剣術。あれが種族の特性によるものだとは考えにくい。とにかく速すぎる。いくらジュリィと別れヴァルキリーの力を一時的に失った今の俺とはいえ、どんな種族の動きだろうと見切れる力は純粋な冥狼兵の特性として残っている。
するとやはり、エインヘリャルか。服にしまっておいたエインヘリャル記録帳に目を通すが、それらしき能力は載っていない。
いろいろと考え事をしている内に夜が明け、我に帰ったのは眩しい日差しを浴びた宿屋の玄関でのことだった。
「あった!あったのだ!」
不意に前を進んでいたテトラが道の脇を指差し、何度か跳ねた。見ると「グレイプニル第三支部」という文字と矢印が書かれた古い看板が砂まみれで立っていた。矢印の先には脇へ逸れる小道が続いている…ことはなく、少し進んだところで途切れている。
町を出て大分歩いたため、周りはただの荒地だ。
「グレイプニル第三支部…どこにあるんでしょうね」
「地下だな。第三支部には重要な資料が大量に保管されている。決して他の組織に漏らしてはいけない情報ばかりなので、建物内へは世界間移動でしか入ることができない。だがさすがにどれだけ厳重だろうと地上にも出入り口があるはずだ、と俺は思っていた。何せ五十年前までは地上に建物があったのだから」
草の生え方から、ここ一帯に隠し扉などは存在しないことがわかる。それだけ厳重なのだから俺の力で貫通できるような壁はどこにもないだろう。目標を目の前にして詰んだのか?
エクエスやリーテ、シグルド、イステル、エマ、そしてジュリィのことをそれぞれ思い浮かべながら大きなため息をつく。
「なあソダリス」
「何でしょう、テトラ」
二人が小声で何か会話を始めた。せっかく歩いてきた道のりを同じ距離逆に進んだ挙句そこには何もなかったというのだから俺は失望されて当然だ。
「ペルソナ殿、あなたがそれほど困っていらっしゃるなら私たちが力を貸して差し上げることもできなくはないのですが…」
「ほら、やっぱりそうだ。やはり今ここで俺を殺しておくか。大切な時間を奪われたんだからな、当然の報いだ…って待て。今何と言った?」
「いえ、私たちはあなたの役に立つことができる…ということです。条件こそございますが」
「俺は地面に這いつくばって頭を叩きつけながらでも救援を頼みたい心境だ。で条件とは何だ?」
「私たちが力を使えば、あなたは私たちのことについていろいろと知ることになるでしょう。だから私たちは同様にあなたのことを全て知った上で私たちの目的のために今後同行していただくことになります。実のところ、私たちもあなたの願いを頼まれたいと懇願せんばかりに絶望的な状況にいるのです」
「別に利害が一致していないことはない。それに俺の状況を打開してくれるのなら時間の少しぐらい提供する」
「やったのだソダリス!契約成立なのだ!」
「ええ、では。あれを使いましょう。テトラ」
テトラとルクセミアは両手をそれぞれの胸に当て、深く息を吸う。そして叫ぶ。
「汝の契約の元に」
「王の制約の元に」
「「万能と限界をこの身に宿し祈望を守る神殿と成る…鮮情戦駆…ジークルーネ!!」」
次の瞬間、二人は眩い光に包まれ、形を失い融合する。さらに次の瞬間にはいくつもの小さな光に弾け飛び、一方向、地面に吸い込まれるように全て消えた。俺一人が残され、辺りは静まり返った。
こんにちは〜といってももう外は暗いですね。文字を綴る指先もかじかむ季節になりました。私は果たして冬を無事に越せるでしょうか。
ではまた次回もよろしくです。




