第26話 エインヘリャル記録帳
致命傷はないものの、さすがに無傷とはいかなかった。銃弾の雨の中を走り抜けたのだからこれくらいは当然の代償といえる。俺が冥狼兵でなければ危なかったが、不意をついた脱出に向こうも相当動揺したらしくただの小銃弾だけを撃ち込んだようだ。
腕の軽い銃創を撫でながら安堵のため息をつく。それも束の間、壁を隔てて炸裂する弾幕が集中するのを感じ、俺は次の行動を強いられる。
「オレの部屋へ行け」と、彼はそう言った。
すぐ近くだ。だがそれだけに掃射が壁を突き破るまでの時間は短い。立ち上がり半開きになった右方の扉へ転がり込む。背後の轟音、俺が今の今までいた場所が瓦礫の山になるのを悟りながらも振り返らず、ある物を探す。
端の机の引き出しを開く。ここにはない。当然だ。あんなに大きなものが入っているはずがない。それすら理解できないほどに俺は冷静さを欠いている。自分でもわかる、だが解決はできない。しようという気持ちになることも考えられない。俺が今しなければならないことは、この部屋のどこかにあの巨大な装置を見つけること。
いつもの癖からか、開けた引き出しを戻す。角が引っかかりうまくいかない。さらに憤る。この連鎖が俺をさらに焦らせる。
なんとしてでも…ん?
引き出しの中に何かある。一冊のノート?興味本位で一瞬動きを止めノートを手に取る。その瞬間また時が動き出したかのように神経を働かせる。
一瞬の余裕は俺に閃きを与えた。
簡単なことだ。あの大きさ、ならばここにしか入らないだろう。
クローゼットの扉に手をかけ、力一杯開く。…あった。
あの時と同じ、鉄でできた四角い枠のような装置、門。何も考えず電源を入れる。門は作動し、向こう側の世界が鮮明に現れる。
もういい。さっさと安全圏へ逃げよう。
飛び込むようにして門をくぐり抜けると、回路が焼き切れて門は消失した。
ここは…そうか。ミズガルズだ。エクエスに示された場所、連邦ネルトゥス。有名な国だ。ミズガルズでも屈指の武力と資源を持ち、技術力も随一。そしてグレイプニルとの関係も深く、豊富な国土の各地に支部が数多く存在している。噂ではグレイプニル本部が所在している可能性の高いいくつかの地域のうちの一つだとか。
空き家は定期的にエクエスたちによって手入れされているらしく、意外にも清潔だった。広い部屋で仰向けになって考える。
問題はこれからだな。どこへ向かい、何をすればいいのか…
リーテたちをさらった男は自分がグレイプニル・ミズガルズ第百二十五支部の支部長だと言っていた。それがどこかは調べてみないとわからない。
ふと左手で掴んだノートのことを思い出した。勝手に持ってきてしまったことには罪悪感があるが、何か重要なことが書いてあるような気がしてあの時一緒に持ってきていたのだった。
「エインヘリャル記録帳」
表紙にはそう書いてある。自分が見てきたエインヘリャルの能力や使用者について細かく書かれているらしい。まずは最初のページをめくってみる。
【細胞活性化】
現使用者:エクエス・オレンジ
前使用者:不明
発見場所:オレンジ本家の倉庫
能力:使用者の代謝及び運動能力を格段に上昇させる
攻撃応用性:A
防御応用性:A
規模:C
安定性:B
他にも考察や使用状況などが詳しく書かれている。なるほど確かに的確な記録だ。めくっていくと、リーテやシグルド、他にも何人かのエインヘリャルが詳細に記されている。
すると間違いなく俺の分も調べられているはずだ。最後のページから遡ってみよう。
空白が数十ページ続き、ようやく最新のページが現れた。
【接触破壊】
現使用者:イステル・オレンジ
前使用者:カウディー・メルクリオ
発見場所:連邦ネルトゥス西方の山岳地帯
能力:見て触れた物を破壊する
攻撃応用性:A
防御応用性:S
規模:C
安定性:C
実物を見ても理解できるが、かなり偏った能力だ。前使用者がわかっているということは、エクエスはこの能力を知っていたのか。もっとも、百年も生きていれば決して不自然ではないが。
若干の期待と共に次のページを開く。
だがそこには俺の名前ではなく「イザベラ・カンナ」の見出しだけで、それより下には何も書かれていないページだった。さすがのエクエスでもイザベラの能力は理解に苦しんだようだ。
そして次…あった。
【発火】
現使用者:ペルソナ・リトリネア
前使用者:ジュリィ・リトリネア
発見場所:オレンジ本家の倉庫
能力:身体から炎を放ち操る
攻撃応用性:A
防御応用性:B
規模:A
安定性:B
妥当な評価だと思う。炎の概念が云々という能力はまだエクエスにはあまり見せていないし。その点を考慮すればむしろ評価する側を評価したいほど完全に個々の能力を熟知している。
だがこのページ、一箇所…いや、関連した欄を含めれば全体がおかしい。
頭の中に黒い渦巻きが生まれ混沌を吸い込み迫りくるような、はっきりしつつも理不尽な恐怖にも似た感情。
「前使用者:ジュリィ・リトリネア」
この文字列から与えられる得体の知れない不条理、矛盾。
エクエスはジュリィを知っている?同姓同名の可能性はかなり低い。
とにかくエクエスとジュリィに何らかの関係があるのは間違いない。俺が答えを得られたらジュリィは自分のルーツを知ることができるかもしれない。
目的が生まれた瞬間、それを支える理由がいくつも生まれた、思い出した。エクエス、リーテ、シグルド、イステル、エマ、そしてジュリィ。
立ち上がり、拳に力を入れると力任せに壁を打つ。
アドルフ・ワイツマニィといったか。俺を本気で怒らせた者の名は。
私生活の影響で執筆ペースが芳しくない今日この頃。それでも頑張らねば。
次回は新キャラも出していきたいと思います。




