第25話 災禍のニヴルヘイム
語句解説
【門】
・二つの違う世界の特定の地点をつなぐ「穴」
・定期的に開閉するものと、膨大なエネルギーによって一定時間開くものの二種類がある
・エクエス・オレンジは機器を用いて後者の門を安定化させる技術を発明した
・発見された門はグレイプニルが管理する
ほとばしる電撃に伴い炸裂する爆発音。作戦開始の合図だ。予想通り敵兵たちは音の鳴る方、エクエスの立ち位置へ集まっていく。
『みんな貴方と同じ顔ね。なんだか君が悪いわ』
我ながら同感だ。いくら冥狼兵に顔面という概念が必要ないからとはいえ、規格の範囲が狭すぎる。実際、港町エーギルの郊外での戦闘の時もイステルやリーテはかなり困惑していただろう。
『まあ仕方ないわね。それよりさっさと終わらせないと』
そうだな。エクエスが捕まるのは時間の問題だ。
静かに回り込み、駆け下りる。奴らは単純な動きしかできないから、やはり付近の警戒は完全に解けている。
そして窪みの中心にある透き通った物体を眼前に拝む。どうやら大部分は地面に埋もれていて先端だけが露出しているようだ。先端から察するに、大きさは俺と同じぐらいの、水晶のような物だろう。
美しい、そう形容するのが最も率直で最も正解に近いと確信できる。表面は透き通っているように見えても、内部は白く濁っていてよくわからない。どこかエインヘリャルにも似ている。
問題は、だ。
『どうやって掘り出すか、ね』
見た感じだと相当深く埋まっているようだ。手で掘り出すのは難しいかもしれない。
『今気づいたんだけど』
なんだ?
『いやこの状況とは関係ないことよ』
気になるな。教えてくれ。
『あたしとあなたは感覚を共有してるからなんとなくわかるんだけど、もしあなたの言う体内磁石が正しいのなら…』
地点が正しいのなら?
『ここの上空ってあたしたちが最初にニヴルヘイムに来た時に即席の世界間移動の門。つまり、ビキールとトゥジェルシーだっけ?あの二人によって膨大なエネルギーが生み出された。この窪みを囲む嵐はそのエネルギーが作り出したんじゃないかしら』
なるほど。それなら俺はエクエスの目的とやらにだいぶ貢献したことになる。
ディフィエ・セウシーの繭はどうやっても見つけられないほど地中深くに埋まっていた。それが反応して嵐を起こし、グレイプニルの連中に発見までさせたというわけだ。
『まあ少し捻るとそんな感じね』
俺が来た途端やけに事の運びが忙しくなったわけがわかった。
心も晴れたことだし、まずはエインヘリャル能力でも使って掘り出してみるか。
『あの…残念ながらその作業は再開できなさそう。あたしが無駄な話を始めたばかりに、ごめんなさい』
何を言っているんだ?まさかもう俺たちが見つかったっていうのか…まさか…
冷や汗と共に振り向くと、ざっと四つの銃口がこちらを向いていた。
その中心にいるコート姿に眼鏡をかけた男が一歩踏み出し言った。
「手を上げて膝をつけ、冥狼兵00101。私はグレイプニル・ミズガルズ第百二五支部支部長アドルフ・ワイツマニィ。まんまと罠にかかってくれて嬉しいよ」
血色のよくない顔と、やたらと甲高い声で俺を見下ろす。それらの要素は、俺に嫌悪という感情を抱かせるのに十分だった。
「おいっ認識番号20151!こいつからエインヘリャルを取り上げて雪上車に放り込め!なあ00101、これから何が起こるか、君とエクエスをあそこから遠ざけた理由がわかるか?」
エクエスはさすがにもう捕まっているだろうし、あの兵力から逃げ切れる自信はないので、しばらくはおとなしくしていることにした。
『ペルソナ!』
大丈夫だ。離れている間は交信できないが後で助ける。
俺は四肢を括られ、停めてあった雪上車に乗せられた。
「お前も捕まったか…」
すでにエクエスが狭い車内に閉じ込められていた。
「時間をかけすぎてしまったせいで…」
「お前は悪くない。どうやらオレたちが来るのは相手の予想通りだったみたいだしな」
暗く厳重な車内だが、左右に窓が一対ある。ジュリィの声は完全に聞こえなくなった。
その雪上車が大きな音と振動を出して発車する。嵐を物ともせずに突っ切り、もう一つの嵐へと向かう。
「そもそもオレの計画が間違っていた。奴らの目的はディーの確保もそうだが、リーテやシグルドも対象だったんだ。あのアドルフ・ワイツマニィとかいう男が言うには『我が主への捧げ物』だとかなんだか」
血の気が引いていくのがわかった。このままだとまずい。リーテやシグルド、イステルとエマもさらわれてしまう。
主がなんだとかはエーギル郊外で戦った102たちが言っていたことと同じ、つまり同じ組織の人間か。だが奴はグレイプニルの支部長と名乗った。その組織はグレイプニルの派閥の一つなのか?
そんなことを考えている内に、雪上車は徒歩の少なくとも五倍の速度でニヴルヘイム支部に到達した。
前方の鉄窓が開いて、アドルフ・ワイツマニィが姿を現した。
「見てみろ!君たちのお仲間は私が主より貸し出された冥狼兵を前にして何も抗えなかったようだ!これで後はミズガルズ第三支部で保管されているアクセル・ロッドの繭を手に入れたら一気に研究を進めて、主へ捧げるのだ!」
見ると、残っていた四人が一人ずつ、回転翼の輸送機に乗せられるところだった。その瞬間、言い表せない憎悪の念が湧き上がり、手首をくくる縄を引きちぎろうと力を込める。
だが手応えなく縄は切れ、呆気なさに腕が跳ね上がるのを抑え込む。前にはワイツマニィがいる。見つかればさらに強く縛られ脱出の機会を完全に失ってしまう。
冷静さが消えようとした時、エクエスが俺の肩を叩き、小声で言った。
「縄ならオレが焼き切っておいた。随分丈夫だが、奴らまだまだオレたちを過小評価している」
だからこんなに簡単に解けたのか。目線を下ろすと、車の装甲にも焦げた色の線が入っている。
「お前はこの装甲を突き破って小屋へ行け。オレの部屋に使い捨ての門がある。ミズガルズにある連邦ネルトゥス首都郊外の空き家へ通じている」
「エクエスはどうするんだ?」
「オレには小屋まで辿り着ける体力がない。それに、リーテたちを守らないといけないだろ?これはオレからの一生の頼みだ。オレの全ての希望はお前に託した!」
もう一度エクエスが肩を叩くと、身体中に電流が走り、筋肉が起きる。
勢いをつけ装甲に体当たりすると、傷の入った壁は思ったよりは簡単に破ることができた。
『逃げてペルソナ!』
追撃の弾幕が降り注ぐ。唐突に響く声に勇気をもらうが、申し訳ない。ここは悪いが行かせてもらう。すまないジュリィ。
『いいのよ。あたしも今どのくらいあなたから離れてるのかわからないもの。でも一つだけ、絶対に助けに来て!』
ああ、その希望無駄にはしない。
俺は決意を固め全力疾走でミズガルズへの門へ向かった。
相手の策により作戦が失敗し、ジュリィをも置いて一人逃亡するペルソナ。仲間がいなくなり、能力も使えない、それでも敵は五割増し。彼はどこへむかうのか。
第26話をお楽しみに




