第24話 凪の雪原
人物紹介
【シグルド・アエネウス】
・訳あって七歳の時から十年間エクエスやリーテと行動を共にする創始族の少年
・まず目につくのが、こげ茶の前髪中に一束分だけ白い毛が入った奇抜な髪型だが、地毛である
・基本的には無愛想で人当たりがあまり良くないが、リーテとエクエス、気の合う相手には口数が増える
・空間把握能力に長けていて、エインヘリャルを使った中距離戦を得意とする
・新メンバーを含めたニヴルヘイム支部構成員の中では最も戦闘力が高い
・エインヘリャル能力は光線を操作して幻を作ったり姿を消したりする「光術」
夜が明けてもなお薄暗い大穴の底に一筋の光が差す時刻、俺とエクエスは壮大な雲の壁を前にして他の仲間たちの見送りを受ける。
「ぶ、無事に帰ってこいよ…。さもないと骨すら拾いには行けないからな」
「外に何をしに行くのかは知らないけど、とにかく気をつけるんだぞ」
「私も行きたかったな。今からでもダメ?」
「こらイステル、迷惑になるでしょ。それに、もしもの時エクエスと一緒に墓穴に埋まってほしくはないもの」
イステルとエマはともかくリーテや普段は感情を表に出さないシグルドまでもが声を引きつらせて心にもない皮肉を口にしている。
エマはアクセルの一件以来エクエスとの仲があまりよくないらしい。
「準備はいいな。ではさっさと行くか」
どうやらこの壁を抜けるのは俺が楽観視できるほど容易ではないようだ。そういった意味も込めて言葉なく頷くと、揃えて一歩を踏み出した。装備はゴーグルとコート一枚、エクエスと俺の身体をつなぐ短いロープ一本という、ほぼ平常時と同じ軽装だが、困ったらエインヘリャルを使えばなんとかなるだろう。
と一通りの思考に安堵した瞬間、雲の壁に差し込んだ足の先に強い風圧を感じた。身体のバランスを崩しそうなほど凄まじい圧力に思わず足が硬直するが、そこは持ち前の力で押し切り白の空間へ身を投じた。
『この風は…大丈夫?』
俺の兵役時代に受けた耐久テストで感じたことのある風圧の強さだ。あと何時間も歩くというなら別だが数分なら持ちこたえられる。
『あなたって判断力はともかく体力だけはやっぱりすごいのね』
これでもグレイプニル百年の歴史が生み出した戦闘兵器の真骨頂なんだ。
しかし真っ白だな。前も見えないし呼吸も難しい。俺の体内磁石とこのロープだけが頼りだ。
この状況で一つ、不自然なことといえば。
『エクエスよね。あなたと同じ装備でも向こうは体力の乏しい妖界族。「細胞活性化」だっけ。エインヘリャルの力を最大限に発動して進んでるのよね』
エクエスのエインヘリャル所持歴からして激情化は使えるはずだ。そこまで執念と命を燃やすかつての仲間とは一体どんな人なんだ。
『確か三人いるのよね…あっ、雲を抜けたみたいよ』
本当だ。目の前が急に開け、凪いだ空気との変化で身体がちぎれそうになるのを堪えると、力が抜けて膝から倒れこんだ。
冷たっ!
雪か。基地のある大穴とは違い、分厚い雲が覆い一層薄暗い平原には雪が積もっている。気温からしてそうではないかとは思っていたが本当に雲の壁の外は雪原だったのか。
「ほら立って見てみろ」
エクエスが前方を指さしている。立ち上がって見てみると、指差されたものが何かはすぐに理解できた。広大な視界に一本、灰色の雲と灰色の大地をつなぐ同じく灰色の雲の柱。今俺の後ろにそびえる雲と似たようなものなのだろうか。
『でもあっちの方はもっと荒れてるみたい。強く渦巻いているから』
見えるのか。俺にはわからんな。
『あたし視力はあなたよりいいのよ。なんか遠くまではっきりくっきり見えるの。ここより規模は小さいけど風の強さが全く違うみたい』
「あの嵐の中心に今回のオレたちの探すディフィエ・セウシーがいる」
それから数時間の時が過ぎ俺たちはまた一段と強い嵐を抜けて谷を見下ろす丘の上に来ていた。
谷というかこれ、人工的に掘られているんだろうな。
というのも、谷の底にはすでに何者かにより小屋が建てられ、発掘作業を行う大型機械が並べられている。詳しくはよく見えないが作業員も大勢うろついている。
『ねえ、あの作業員たち…』
何だ?ジュリィには何が見えているんだ?
「こいつは…驚いたなペルソナがたくさんいる」
エクエスは双眼鏡を覗き込み何かに動揺している様子だ。俺がたくさん?まさか。
「その双眼鏡貸してくれ!」
ひったくるように双眼鏡を手にすると、俺はある懸念を抱きながら覗き込んだ。
ジュリィやエクエスの言った通り、谷底では俺と同じ顔をした作業員たちが、地面に埋まって上辺だけが露出している水色の物体を囲んで蠢いている。
「間違いない。旧型冥狼兵だ。おそらく中心にある巨大な水晶のような物体がディフィエ・セウシーの『繭』なのだろうが、俺よりも高いスペックを持つ生体兵器の包囲網を突破するのが至難の技なのは目に見えている。
「どうする?エインヘリャルでどうにかなる数ではない。一対一でも勝てる確率はかなり低い」
エクエスはしばらく考え込んでいたが、すぐに頭を上げると案を口にした。
「囮作戦だ。オレが奴らの気を引く。お前はその隙にエインヘリャルを使うなりしてディーを救い出してくれ。後はお前が少し派手に能力を爆発させている間にオレが逃げる。奴らの追跡を逃れたところで落ち合おう」
「確かに合理的だが…奴らは手加減など知らないだろう」
「オレだってうまくやるつもりだ。それに、銃創ぐらいならエインヘリャルでなんとかなる」
なるほど。とことん囮向きな能力というわけか。
「ディーの『特性』とエインヘリャル能力は合わさるとニヴルヘイム下で最強の戦力になる。さあ、仲間を取り戻しにいくぞ」
囮作戦、戦力差ざっと二対百。開始する。
冥狼兵の試作型(ペルソナたち十人)とそれ以外の通常型では顔は似ていても内面は全く違います。例えば、
・通常の冥狼兵には、比喩ではなく自我や意思というものが存在しない
・それ故に意志決定の過程は全く違う
・試作型の方が規格の範囲が広い
などです。要するに通常型はグレイプニルの操縦者の意志でのみ動く人形、といったところです。紛らわしい設定は今後も定期的に解説していこうと思います。




