第23話 岩山と雲
語句解説
【オレンジ家】
・アルヴヘイム唯一にして最大の国家、ネズベラエヌス王国の名家
・ここに限ったことではないが他のいくつかの家とは犬猿の仲であり、常に互いを陥れようとしあっている
・中枢と末端では格差が激しい
・一家の者は強かれ弱かれ細胞発電の能力を持つ
・アルヴヘイムでは最も科学が発達しており、イステル・オレンジの反響定位システムもオレンジ家の産物
・「神の一族とエクエス・オレンジ」の神話を信じる者が多い
場所はグレイプニル・ニヴルヘイム支部。小さな建物と玄関先の尖った岩山、それを囲む気流の壁は先日と変化なく圧巻の眺めを見せつけていた。
俺たちは港町エーギルで金具やら導線やらを買い集め、三日三晩砂漠を歩き、来た時と同じ場所と思われる地点で門を組み立てた。バッテリーのようなものを門に繋げ電源を入れると、門の先に広がる砂漠は消え、代わりに薄暗いニヴルヘイムの光景が現れた。
「わぁー!ここが話に聞いていたニヴルヘイムなのね」
「どうだここがわたしたちの家なんだぞ」
「なんか微妙に空気が薄いわね。薄暗いし。でも私、こんな秘密基地みたいな場所好き。でもあの変な形した岩といい周りを囲っている分厚い雲といい不思議ね」
「そういやそうだな。エクエスー、なんでここだけ穴が空いたみたいに雲で囲われてるんだ?」
『それ今気づいたの!?微笑ましくはあるんだけど…アホなのね、この子』
それについては同感だな。歳より子供っぽいところがあるんだろうが、極端な純粋さのせいなんだろうな。
そこまで考えて、不意にエーギル郊外での出来事を思い出す。あの時のリーテの激情体からは今現在のような子供っぽさは全く感じられなかった。狂血族と黒畏族のハーフ、俺の弟妹を雇った組織からしてみればまさに興味深い実験材料というわけか。
まあ俺はそんな生い立ちに関係なくリーテはいいやつだと思うし、信頼している。もし今後彼女に危機が訪れるようなことがあれば、俺は全力で渦中から救い出そう。そうさせるほどの魅力があるってことだ。
「この大穴のことか?一応話しておくか。覚えていないかもしれないが、この大穴を空けたのもあの岩山を造ったのもリーテなんだ。お前がまだ幼い頃ニヴルヘイム支部のエインヘリャル保管庫に忍び込んだことがあってな。お前はそこで誤って『噴火』のエインヘリャルと接続されたんだが、同時に能力が暴走してしまった。地面から圧巻の溶岩柱が立ち昇り、ここら一帯は真っ赤に染まったんだ。あの岩山は溶岩柱の名残りで、雲の壁はその時発生した凄まじい熱によって気流が形成されたから…というわけだ」
「うわっリーテちゃんって凄いんだね。ところでその『噴火』の能力ってどんなものなの?」
「原理はわからんが、とにかく『噴火』なんだ。狙った地点から炎や溶岩を噴きださせる破壊力に長けた能力。このエインヘリャルの前の所有者は原理を理解していたらしく、多様に応用していたがどれも不可解なものだった」
そういえばエクエスはリーテが狂血族だということは俺たちに明かしていないし、俺たちがそれを知っていることを知らない。
もっとも、エーギルの宿屋ではベルセルク特有の体質を露呈してしまったわけだが。
そんな気づきが頭を一通り巡った時、並んで歩いていた俺とイステルの間をシグルドが早足で通り抜けた。ちょうど三人が横に並んだ瞬間、シグルドは微かな声でつぶやいた。
「リーテがペルソナの血を吸い激情化して能力を使ったことはエクエスに言うな。バレるといろいろ面倒なんだ」
シグルドはそのままエクエスの元へ歩み寄り、話しかける。晩飯が何だとか、部屋の区分が何だと今日からの日々のことを彼なりに心配してのことだ。
『あなたも手伝わないと』
ああ、そうだな。俺も泊めてもらっている身だ。力仕事ぐらいしかできないが、何か役には立ちたい。
そう思いつつコンクリートか何かで造られた小さな建物、グレイプニル・ニヴルヘイム支部の屋内へ足を踏み込んだ。ニヴルヘイムという環境に加え数日前に一度掃除していたためか床には埃一つ落ちておらず、新たな仲間を招待するには全く不足のない状態だ。
「前までペルソナが使ってた部屋あるだろ?今夜はそこにわたしとイステル、エマで寝ることにするからペルソナはシグルドの部屋を使ってくれ。もし手が空いてたらそこの棚から毛布を持って行っといて」
「任された」
これで何かの役に立てるなら、とさっそく腕に毛布を抱え食堂から伸びる廊下の突き当たりにある寝室を目指す。
『あなたもやっと自覚が出てきたんじゃない?』
そうだな。こんな小さな仕事でさえ、一つの集団に貢献したいと思ったのは初めてだ。ミズガルズ第二支部に比べれば本当にいいところだ、ここは。
目的地に到着し、扉の前でしゃがみこむ。そして、折りたたまれて積み上がった三人分の毛布を下ろす。
まだ慣れない建物の中を散策しながら時間を潰していると、リーテの夕食を告げる声が聞こえた。
すぐに駆けつけ皆が揃ったのを確認すると、誰からともなく食事に手をつけ始めた。豆のスープとパン、保存食が基本なせいかどこか物足りない気はするものの、また何日かすればミズガルズを周りに行くのだろう。
「食べながらでいいから聞いてくれ。明日シグルドとリーテはエルフ二人と共に風車など設備の点検をしてくれ」
「了解した。じゃあエクエスとペルソナはどうするんだ」
「オレとペルソナは雲の壁を抜けて少し歩いてくる。夜までには帰るつもりだ」
「えっあの雲の外へ行くの?なんだか楽しそうじゃない。私も行ってみたいな」
「やめておけ。あそこを抜けるには相当な体力と経験がいる。そうだろシグルド」
「僕ではじゃないが持たん。ペルソナ、頑張れよ…」
「あ、ああ」
そんなに大変なのか?あの雲は十年以上は前からあるという話だが、それ相応には丈夫な気流ができてしまっているのか…
「そういうことだ。今夜リーテは二人を頼んだぞ」
他にもいくつか賑やかにたわいもない会話をし、夕食を終えて、俺は先に入浴を済ませて寝床についた。なぜかいつまで待っても同室のシグルドが入ってこないので俺は目を閉じ、砂漠を歩いた疲れからすぐに眠りについた。
どうもこんにちは。作中にに、例えば「コンクリート」や「データベース」といった不自然なほどに我々の聞き慣れた単語が多く登場するのは、決して私の表現ミスなどではありません。この物語は今現在の世界から見た遠い未来、という舞台設定です。我々の普段使っている言葉がそのまま使われている、という解釈をしていただければ幸いです。作中での言語は日本語で統一されているという可能性だってあるわけです。登場人物はカタカナですが。




