第21話 異界の神話
人物紹介
【コブラ・マルリウス】
・グレイプニルの技術者でありミズガルズ第二支部で冥狼兵の開発を行っている
・十五年前に試作型の開発に着手した際、ふとした出来心で自らの遺伝子を用いた
・その結果生まれてきた十体の血縁上の父親である
・十二歳でグレイプニルに入り、以後十八年間勤めてきた天才技術者である
・研究内容柄人体の構造に精通しており体格も健康的だが武術の心得はない
・臆病かつ冷酷な性格ではあるが、果たすべき使命は命をかけてでも遂行するほど責任感は強い
・人付き合いが極端に少ない
イザベラ・カンナとの邂逅から少し後、俺とエクエスは港町エーギルの郊外にある岬の突端で他の四人が目覚めるのを待っていた。目の前には草むらに一枚だけ立つ扉。ミズガルズとヨトゥンヘイムをつなぐ門は周期的に開閉するようだがもうその期限が切れてしまい、言わば締め出された状態となっているのだった。
「お前は平気だったんだな。オレもこのエルフ…エマ・オレンジもイザベラ・カンナに眠らされていたのか。オレもお前もなんとか完全には屈することにならなかったようたが、あいつ何か後ろめたいことでもあったのか?」
「さあ…」
『あなたがヴァルキリーの力とやらでイザベラ・カンナの能力は効かなかったということは本人の指示通りまだ明かさないでおきましょう』
その通りだな。
エクエスと戦っていた女性、エマ・オレンジというのか。あの時の勇ましさとは裏腹に静かな寝息を立てている。おそらく歳は俺より少し上、一つに括った長い金髪が波止場で見た束ねた糸の漁具のように地面に横たわっている。糸、金髪…駄目だ!この二つの言葉から連想されるのは俺の恐怖の象徴。そんなことは考えないようにしよう。
にしてもやはり美人だな。整った顔立ちからの無防備な表情がより自然な美しさを演出している。イステルやエクエスもそうだが、妖界族には美形が多いのか。
『でもこれでいくつか新たな目的が生まれたわけなのよね。アクセル・ロッドという人物、なんかあたし聞いたことがある気がするんだけど、誰だっけ』
「そうだエクエス、アクセル・ロッドとは誰なんだ?」
するとエクエスは小さくため息をついた。自身の秘密の一つを知られた彼は、まるで犯罪者が罪を自白するようにうつむいてつぶやいた。
「アクセル・ロッド。オレの仲間だ」
だがその答えにはしっくりくるものがなかった。イザベラはそれが人物ではなく物であるかのような言い回しをしていた。取引とは、アクセル・ロッドは囚人か何かなのか?
「エインヘリャル使用者の激情体は自分で抑えきれなくなったエネルギーを常に放出しているってのはわかるな」
黙って頷く。つい数時間前にもリーテの激情体を目撃したばかりだ。そういえばそのことはまだエクエスに報告していないな。まあ今はいいか。
「その恐ろしく強大なエネルギーをもう一度自分の身体に収束させるとどうなると思う?」
「それは…自分の身体が耐えきれなくなって爆発でもするんじゃないのか」
「だろうな。だがそこで少しエネルギーの作用点を調節すると、『防御形態』が発現する。全てのエネルギーが身体を覆い繭のような物をつくる。何者からも攻撃を受け付けない繭の完成だ」
「だが激情体は激情なのであって、エネルギーがどうこうと考える余裕などあるのか?」
「その通り。激情体はただ激情化直前の意志に沿って動くだけで、思考能力はほぼ皆無だ。繭となった状態でも意思が存在しないわけだから、解除もできずに悠久の時を過ごすことになる。それがアクセル・ロッドともう一人の仲間の現在だ」
「それでも少し納得できない部分がある。そもそもなぜアクセル・ロッドさんはそんな状態になってしまったんだ?激情体に思考能力が存在のにそんな自滅まがいのことを…」
「アクセルともう一人の仲間、ディーは精神攻撃を受けていた。そのせいで自分の意志でもなく、強制的に激情体の防御形態を発動してしまった」
「それはおかしい。意志を操作するような真似、エインヘリャルの能力では相手の精神に干渉することができないはずだ」
「エインヘリャルの力ではないとしたら?オレの生まれ故郷で信仰される『神』は生ける者の精神に干渉して思考を読み取ったり操ったりすることができると考えられている」
なんだなんだ、突然アルヴヘイムの宗教について語り出したぞ。あと話が早すぎて理解し難い部分がいくつかあった。
まずここまでの流れをまとめよう。
『イザベラさんの話も照らし合わせると、まず、今から数十年前にニヴルヘイムで銭湯があった。アクセルとディーっていう人は正体不明の敵から精神攻撃を受け、強制的に防御形態にされてしまった。その敵の能力が、アルヴヘイムで信仰される神のものと一致している…って感じでいいのかしら』
大まかにはそんなところか。俺もグレイプニル時代にその神話は聞いたことがある。
遥か昔、神々は自分たちの姿に似せた妖界族という種族を創り上げた。各家系ごとに異なる力を与え、競わせ、賭けをした。今でも彼らは天上からそれを見下ろし、娯楽としている…
こんな屈辱的な神話を信じる人はそれほど多くないということだが、仮に真実だとすれば合点が行く事実がたくさんある、らしい。
「オレが百年もこの世にへばりついて幾度も世界と世界を行き来するのには理由がある。一つは現在におけるグレイプニルの存在意義を知ること。もう一つは、あの日からずっと眠り続けている三人の仲間にもう一度会うこと。そしてこの厄災の首謀者に一発、渾身の電撃を浴びせてやることだ」
エクエスは右手を握りしめて静かに言った。エクエスの深く鎮まった顔立ちは、まさに百年の因縁を身体に詰め込んだような言葉にし難い重たさで空気を歪めた。
「詳しくはニヴルヘイムの『あの場所』に着いてから話そう。ほら、こいつらがイザベラの能力から解放されたみたいだ」
場所が場所なためにとりあえず転がされたエマ・オレンジはじめ四人は次々と目をこすり、思い思いにあくびをした。
いつもの時間より投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。この章では主にエクエスに焦点を当て、彼のこれから向かう先を描いていきます。それを通してペルソナとジュリィもまた自分たちの進む道を切り開いていける、という章にしたいです。




