第19話 オレンジ
語句解説
【創始族】
・全世界に無数に存在する種族の一つ
・まだ世界が一つだった頃の古代文明人に最も似た特徴を持つとされる
・全種族の発祥の地といわれるミズガルズに住む
・全世界では人口が最も多いが、容姿の幅こそ大きいものの目立った特性はない
乾季の海辺らしく晴天の広がる港町エーギルの郊外、しかしこの岬の先端だけは不自然なほどに立ち込めた霧と波しぶきによりこの世界から切り取られたかのような禍々しさに包まれていた。そんな空間に、伴うべきものを伴わないドアがたったひとつ。ドアに絡みついた深緑色のツタは一帯の不気味さを際立たせている。
裏側へ周って見てもただのドアだ。このドアが何なのか、俺たちはみんな薄々悟っていた。
「異世界への門だな。こんな不気味なんだから誰も近づこうとはしなかったんだろう」
「このツタには私の能力が効かない。なんかどっかで見たことあるような現象ね」
三人の目がこちらへ向けられる。
『確かにあたしたちはエインヘリャルによる能力を和らげるっていう謎の力に守られてる。冥狼兵の特性じゃない以上あたし自身に原因があるんだろうけど』
「もしこのツタもエインヘリャルの力だったらペルソナならひょっとして剥がせるんじゃないか?」
不意にリーテが案を出した。
…その手があったか。リーテの率直だが的確な考え方には毎回羨ましいほどに感心する。そんなリーテにシグルド、イステルからは賞賛と感嘆の声が浴びせられる。リーテは照れくさそうにはにかむと、一言。
「ペルソナ、たのんだぞ」
右手に力を込めて握りしめる。それを一瞬緩めると、軽く開いた手にはうっすらと炎が燃える。
ドアのもとへ歩み寄り、取手に絡みついたツタにかざす。するとイステルの能力でも解けなかった深緑のツタは後退していき、完全に取り除かれた。
取手に手をかけると、意外にも簡単に手前へ引くことができた。向こう側には…
「ここは何だ?えらく殺伐とした世界だな」
ドアの先には黄味がかった白やくすんだ銀色の建物が林立する薄暗い廃墟が見えた。一歩踏み出すと、ひんやりとした空気が身体を包む。だがニヴルヘイムとミズガルズのような極端な気温の変化はない。
「安全だ。みんなもこっちへ来てくれ」
シグルド、イステルと次々とこちらの世界へ入る。最後のリーテがドアをくぐった瞬間、ドアは閉じて周囲のツタが巻きつく。
改めて街を見渡すとその壮大さに感動のようなものを覚える。
手前の建物など、首が痛くなるほど見上げなければ最上階が見えない。そんな建物が隙間なく並んでいる、空から見るとそんな感じなんだろう。
『なんかミズガルズ第二支部に似た雰囲気よね。やたら高い建物。ここもグレイプニルの施設だったりするのかな』
そうかもな…ってなんだこの音は!?
金属と金属がぶつかり合うような高い音が響いた。次いで建物が崩れるような音が。前方から横に伸びているらしい路地から砂煙りが風に流されてくる。
「お姉ちゃんとエクエスが戦ってるんだわ!早く行かないと」
素早くかつ慎重に戦闘の場へと近づく。壁から顔をのぞかせて見たその広場には人影が二つ、互いに細剣を指しながら硬直していた。
片方はその高身長と金髪からエクエスとわかる。もう片方もエクエスとさほど頭の高さが変わらないほどの長身だが、華奢なためずっと小柄に見える。明るい金髪、そして尖った耳を持つ女性。
「お姉ちゃんよ。早く間に入って止めないと」
大声を上げ走り出そうとするイステル。だがシグルドが口を塞ぎ制止して注意する。
「待てイステル。何か聞こえる」
耳を傾けると、確かに二人は何かを話しているようだ。
「それにしても…オレンジ家の者がここを調べてるって話を聞いて来てみたらまさかエクエス・オレンジが実在してたなんてね」
「やはりお前もオレンジ家のエルフか。悪いがオレはあの国が嫌いでな。『アクセル・ロッド』を渡すわけにはいかないんだ。『彼』はオレの友人、あんな腐敗した世界に閉じ込めることはしたくない」
「あら奇遇ね。こっちもオレンジ家の中枢は好きじゃない。でもグレイプニルはもっと嫌いな…の!」
オレンジ姉はエクエスめがけて細剣を力一杯突き出す。それをかわしてエクエスが一撃振り下ろす。オレンジ姉は剣の根本で受け止める。電撃で火花が飛び散る。
「なぜアクセルを欲しがる?そもそもなぜあいつのことを知っている」
「あんたちの仲間がアルヴヘイム侵略のために建てた基地で調べ上げたのよ。全てはイステル…妹を守るため」
エクエスが一瞬怯む。
オレンジ姉はまたエクエスを突き放し鋒から電撃を放つ。電撃はエクエスの肩を襲う。剣が宙を舞い地面に突き刺さった。
オレンジ姉は剣を構えて丸腰となったエクエスへの止めとすべく突進する。
エクエスは左肩から右腿を斬り裂かれ生き絶える…とはならず、だんだん失速していったオレンジ姉の剣は力なく空を切った。その勢いでオレンジ姉はうずくまり、立ち上がろうとはしなかった。
「何…これ…身体が痺れて…」
エクエスも同様に力を抜かれ膝を、そして身体を地に屈させた。
俺自身も指先に微かな痺れを感じリーテたちを確認すべく後ろを振り返った。
「リーテ…リーテ?おいどうなってるんだ」
しかしそこには横たわる三人の姿があるのみ。全員気を失っている。
『何よこれ。みんなどうなっちゃったの?』
突然の出来事に理解が追いつかない。俺はまず何をすべきなんだ?
「『鮮情仙樹ヘルムヴィーゲ』。全く人の庭で喧嘩なんてやめてもらいたい」
すぐ隣の建物、倒壊によってむき出しになった階段から下ってくる足音が響いてくる。
足元が見えた。
「こいつらはボクの能力で少し眠らせただけさ。心配はいらない。でも君には効かなかった。101、こんなところで出会えるとは…運命を感じざるを得ないな」
なぜ俺の名を知っている?
腰が見え、順に胸が見えてくる。白衣を着ているため錯覚しそうだが、子供?
「誰だ!?」
先ほどのツタにも似た、深い緑色の髪を揺らす横顔が現れた。
顔つきも幼く声は高い。容姿はまさに女児のようだが、こちらへ向き直ると妙に落ち着いた声で言った。
「ボクは君と同じ『ヴァルキリー』の能力を得た者。ボクの名はコ…いや、なんでもない」
『ヴァルキリー?何なのそれ。ていうかこの子自分の名前間違えたの?』
「失礼した。ボクの名はイザベラ・カンナ、ここグレイプニル・ヨトゥンヘイム小支部の植物学者だ」
謎の廃墟で出会った白衣のボクっ娘(?)彼女とペルソナの知られざる関係、エクエスとイステルの姉が追う人物。そしてラグ鮮重要ワードの一つ、ヴァルキリーとは。




