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ラグナロクの鮮情  作者: 卯月 光
ミズガルズ脱出
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第1話 ブリュンヒルデ

本編スタートです

  自分は何のために生まれてきたのか、などいう問がふと頭に浮かんでくることがある。その問は、極端に退屈している時に表れる傾向が強いようだ。実際ほぼ毎日のようにその問は、同じ思考を繰り返す人形の脳を蝕む。

 もっと別の話題で脳を満たしたいと思っていた時期もあった。しかし過去の話。その問から発展し自らの現状について深く考えれば考えるほど、同時に諦めと虚無感で塗り替えられる。

 そしてもうじき訪れるであろう死に怯える。特に抗うこともせず、ただ待つだけ。

 こんな人生になんの意味があったのか。今まで何を求めてきたのだろう。

 そこまで考え、思考の誤りに気づく。自分が何かを求める権利など存在していない。どちらかといえば自分は求められる側の存在だったからだ。


 『そんな人生嫌じゃないの?』


 唐突に耳に響く声。それは耳鳴りか、存在を許されないもう一人の自分の声か。

 物心ついたころにはこの謎の声が聞こえていた。別に大して気にしたことなどないが、いつも自分の意思とは無関係な言葉を囁いてくるので、気が散ることはよくあった。だから今回も表情一つ変えずに流し聞きする程度だった。


 『行くなら今、いつまでそうやってくだらないことばかり…早く来て。これは最後のチャンス』


 だがこの日はいつもと様子が違う。行動を促しているのか?行く、とはどういう意味か。チャンス?

 そこまで口に出し、「そのこと」に気づいた時立ち上がった勢いで低い天井に頭をぶつけてしまった。今日は…月末?

 この「施設」の管理が月で最も手薄になる日だ。それに「早く来て」?まるで、自分の精神の外から呼びかけてくるような言い方だ。ただの深層心理からくる耳鳴りだとばかり思っていた。

 最後のチャンスというのは事実である。翌日には「処分」されて、この肉体は跡形もなくなるだろう。


  嫌だ。


  純粋にそう思った。この事実に抗いたい。


 こんなところで終わりたくはない。封印した本音が口をついて飛び出た。得体の知れない興奮と期待に身体を預け、もう一度あの謎の声の一文字目が聞こえるころには一歩を踏み出していた。



 「冥狼兵(フェンリルソヴロ)が逃げたぞ!」「脱走だ、発見次第射殺せよ!」「逃げたのは識別番号00101だ!」

  監視兵が騒がしい。当然だ。脱走してやった。抗ってやったのだから。

 さて、ここからどうしよう。


 『やった?ついに?じゃあこっちに…』

 

 「脱走兵を発見。直ちに攻撃を開始する!」


 まずい、見つかった。どうすればいい?


 『こっちに来て!早く!』


 あの声が導いてくれる…。普段はただ無視しているだけの声がこんなにも頼もしいとは。

 声が意志をもって話しかけてくるなどという奇怪な出来事については考えないでおこう。

  ところで、こっちってどっちだ?


 『正面の角を左に曲がって!そこから全速力でまっすぐ走って!』


 言われた通りに薄暗く冷たい鉄の廊下を走る。


 破裂音と共に足元が爆ぜた。驚きはしない。どうせ明日には処分なんだ。今のうちに破砕することに何の問題もない。振り返ると、数人の監視兵が追いかけてきている。当然銃口はこちらに向いているのだが、不思議と恐怖は感じない。

 まるで恐怖が、何か別の感情に支配されているかのように。それは今までに感じたことがなく、さっきから明らかに自分の限界を超えた力を出し続けている原動力になっている。


 『次!次の曲がり角を左に!細い通路があるから、そこに入って!』


 あの声が再び指示をくれる。気のせいかさっきより声に厚みが出たというか、それでいて甲高くなっているような…。


 『それはあなたが「あたし」に近づいているからよ!』


 ようやく確信したが、声の主は耳鳴りなどではなく別人、女声のようだ。


 『止まって!そこよ。左上の排気口。そこに入って!』


 そう言われて、目線を上げる。そこには、大の大人が腹を軋ませてやっと入れそうな、細い通気口が真っ黒な口を開けていた。

 ここに入るのか…。

 躊躇っている暇などない。通路を曲がってすぐの死角なので、今監視兵たちに自分の姿は見えていない。

 黒い穴に飛び込むと、埃っぽさに思わず咳が出た。

 自分の真下を監視兵たちが通りすぎてゆく音が聞こえた。撒いたのか?

 真っ暗な通路の中、何かが手に触れた。


 『あたしを見つけてくれたのね!』


 石?ガラス?なんだこの感触は。

 磨かれた石やガラスのように滑らかな指触りなのに、仄かに温かい。

 明らかに人型ではないが自分と同じ言語を話す…これがあの声の主なのか?


 『そう。これがあたし。あなたの松明よ』


 ふいに湧き上がる感情。なんだこの感覚は。安堵、期待、自信、実感…それだけではない。

 身体が熱い。この石のようなものから伝わる「力」は熱となり身体を包み込んでゆく。

 その温度は上昇し、炎のような熱さに変わってゆく。

 だが苦にはならない。それどころか、自分の中のあらゆる感情を沸き立たせてくれるような…。


 ある一点でそれが最高に達する瞬間を感じた。全身から炎が立ち昇り、真っ暗だったダクトを爆炎の色に染め上げていた。


『あたしの心をあなたに。あなたの身体をあたしに』


序盤は少し文字数が少なめですが、慣れとともに少しずつ増えていくと思います。

更新は週一を予定していますので、これからもよろしくお願いします!

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