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ラグナロクの鮮情  作者: 卯月 光
ヴァルキリーの秘密
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第18話 ヘルムヴィーゲ

人物紹介

【ジュリィ・リトリネア】

・グレイプニルミズガルズ第二支部の構内でペルソナに拾われ、そのまま使用されることになったエインヘリャル

・精神年齢十六歳、容姿は不明(本人にもわからない)、強気ながら協調性の高い女性

十年以上前いつかはわからないになんらかの理由により記憶含む肉体と分離し、人格だけがエインヘリャルに宿ったと推測している

・エインヘリャルの構造を利用してペルソナと脳内で会話したり、感情を共有したりできる

・能力の主導権は主にジュリィに存在する

 なんとかリーテとイステルを得体の知れない「マスター」とやらから護りきりシグルドと合流できた。イステルは自分の能力で岩盤を破壊し、リーテの手を引っこ抜いた。


 「ありがとうイステル。その能力がなかったら今頃大変なことになってたよ」


 「この能力のことをそんな風に言う人は初めてだわ」


 イステルは腰に巻いた小さな袋の中から新たな包帯を取り出し、目の高さで巻き始めた。この包帯は能力の暴発を防ぐ目的らしい。

 その様子を見たシグルドが不思議そうに問いかける。


 「イステル、って言ったか。そんなに何重にも巻いたら目が見えないんじゃないのか?」


 確かにそうだ。視界もないのに入り組んだ磯辺をあの速さで駆けることができるのは不自然だ。


 「ああ、それなら私の体の中に埋め込んである反響定位システムが目の代わりをしてくれてるの。動力源がいらないからかなり小型化できてるの」


 「ならほど、さすが古代文明の科学力の一部を受け継いだ妖界族(エルフ)といったところか。動力源がいらないとはどういうことだ?」


 「エルフの特性よ。私はこれでもアルヴヘイム名家オレンジ家の端くれだから発電細胞を持ってるの」


 「そうなのか!?エルフすごいなー」


 単純に驚くリーテ、疑問が解けて安心した俺とジュリィ。

 だか一つ思い出したことがある。シグルドが首を傾げているのはそのことだろう。おそらく…


 「イステル…エクエス・オレンジという名を知ってるか?」


 するとイステルはもちろんといった表情で話し出した。


 「知ってるも何も、『神童』エクエス・オレンジのことでしょ?後にも先にもオレンジ家で同じ名前はつけられてないから。百年と少し前、オレンジ家の中枢に生まれたエクエスは幼少期から大人を軽く凌駕する電撃を放つことができた。その記録は誰にも破られてないって。でも数年後彼は消息を絶った。それ以来オレンジ家では伝説として語り継がれているの。そんな不確かな伝説なんか私は信じてないけどね」


 『信じてないって、そのエクエスはつい一日前まで俺たちと一緒にいたあのエクエスのことよね』


 同種族同名はいないってことだしな。しかし長寿のエルフとはいえエクエスがそんな高年齢だったとは。見た目だけならその三から四分の一ぐらいだと思っていたが…


 「あの伝説は私たち末端も含めてオレンジ家でしか知られてないのよ。なんであんたなんかが知ってるの?」


 「エクエスは今朝まで僕たちと一緒にいた。エクエスって自分のことは何も話さないからそんなじいさんだったとはな…」


 するとイステルは急に眉の中点を上げた。おそらく包帯の中では目を見開いているのだろう。それから、さらにはりを増した声で叫んだ。


 「エクエス・オレンジ…実在するの?あのエクエス伝説がホントのことだったってお姉ちゃんに言ったら驚くわ!私会ってみたい!」


 「いや、あいにくだがそれはしばらく無理だ。今朝からエクエスの姿が見えなくてな、どこへ行ったか全く見当がつかない」


 シグルドは垂れ下がった一筋の白毛の奥でため息をついた。イステルも同様に肩を落とすが、何かを思いついたように視線を上げる。


 「実は私のお姉ちゃんも昨日の昼から用事っていってどこかへ行っちゃったんだけど、変よね。一夜にして消えた二人のエルフ、しかも身分の差はあれどちらも同じオレンジ家。これは何かあるわ」


 「それは本当か?お前の姉はどこへ行ったのか知っているのか」


 「ええ、あそこよ」


 イステルが指差した先には海の上に見える霞のかかった陸地。ここからだとエーギルの港に浮かぶ船団の陰に隠れて見えないが、確かあそこは岬になっていたはずた。


 「ここからはエーギルの港をまたいで海岸沿いに進めば着くはずよ。でも狙われている私を置いて一人で行っちゃったってことは、ここよりも多くの『敵』がいる可能性がある」


 「あるいはあまり知られたくないことがあるってことだ」


 「どっちもじゃないか?」


 しばらく空気が静まりかえる。

 だが俺は…


 「俺は行きたい。エクエスはおそらく世界に関わる『何か』を知っている。俺の今一番の目的はエクエスの考えを知ることだから」


 俺の行動はは今現在誰の制限下でもない。単なる知的好奇心で生きているようなものだからな。


 「それならわたしも行ってみたい!別に来るなって言われたわけじゃないしな」


 「奇遇だな、僕も同感だ。僕だって目的も知らずに協力するだけってのは嫌だしね」


 『なんだみんな行きたいんじゃない。これで決まりね。あとは、』


 「私も行く。もしそこに敵がいるならお姉ちゃんが危ないわ。どんな敵が…敵?」


 「どうした?」


 「エクエス伝説を信じてないお姉ちゃんとエクエス・オレンジは面識がないはず。でもなぜかお姉ちゃんが持ってったのはオレンジ家での決闘でしか使われない特殊な剣。つまり敵はオレンジの姓を持つもの一人…」


 「まさかイステルの姉さんの敵とはエクエスのことか。だとしたらまずい。早く行かないと」


 「でもなんでイステルの姉ちゃんはエクエスのこと知らないはずなのに相手がオレンジさんだってわかるんだ?」


 「ああーもう考えてる暇なんてないぞ。リーテ、ペルソナ、イステル、僕たちはこれから急いであの岬へ向かう。ただ一つわかっておいてほしいのはイステル、お前はもうじき僕たちの敵になるかもしれないってことだ」


 「わかってる。その時は全力でお姉ちゃんを援護してあんたたちを倒す」


 「で、でも今は味方だからな?」


 早朝の逃走劇が繰り広げられた磯辺を逆方向に早足で進んでいく。

 二人の目的など想像もつかないがまず一度争いを止める必要があるのは明らかだ。




 「ところでイステル、その姉ちゃんってどんな人なんだ?」


 唐突にリーテが質問する。彼女なりにこの緊張した関係に気を使っているのだろう。


 『でも相手の素性を明かすのは戦略的に逆効果じゃない?まあいいか。イステルも気にしてないみたいだし』


 「まだ出会って一時間ぐらいしか経ってないけど、見た感じ私ってどんな性格だと思う?」


 「んー、わたしとは違ってなんかはきはきしてて思い切りがいい…みたいな印象だな」


 「やっぱりそう思うでしょ。でもお姉ちゃんは私から見てもなんていうか、おっちょこちょいというか、あまり落ち着いてない感じなのよね。周りの人はこの姉妹は対照的な性格だ、とか言うんだけど、実際はお姉ちゃんの方がいろんなこと考えてて、賢くて、優しくて…」


 「あはは…なるほど。イステルは姉ちゃんのことが大好きなんだな」


 リーテは少し引きつった笑みで答える。

 イステルはさらに姉さんのことを話し続ける。


 「わかる?そうなのよ。私たちがアルヴヘイムから出てくる時もね…ってリーテちゃんどうかしたの?」


 「いや、姉妹の仲がいいって羨ましいなーと思って。わたしは兄さんとあまり話とかしたことないし」


 リーテに兄が?それは初耳だ。ずっと一人っ子だと思っていた…


 「最後に会ったのは八年ぐらい前かな。兄さんが、力が欲しい、なんて言ってグレイプニル本部の人たちに連れていかれて、それっきり居場所がわからないんだ。元気でやってるかなー」


 

 二人の話に聞き入っていたらもうエーギルの港を越えて岬の根元にさしかかっているようだ。徐々に霞が晴れていく。

 岬の先端部にあるこじんまりとした人工物が見えた。あれは何だろうか。

 近寄ると、その正体がわかった。


 『ドア…ね』


 鋭角的な装飾を施されたドアがそれだけ、ぽつんと崖っぷちに置かれている。不気味なそのドアの取っ手にはさらに不気味さを感じさせるツタが巻きついている。

 イステルが動揺し固まった手を少しずつ動かし目の包帯を解く。


 「こんなはずじゃないのに。このツタを私の能力で外すわ」


 イステルがドアの取っ手に絡まったツタを琥珀色の目で見据え、手を触れる。

 能力が発動しツタは解け…ない。細い毛がパラパラと落ちるだけだ。


 「どういうことだ。イステルが触れても何の変化もない。まるで能力を無効化したみたいに」


 「無効化」という言葉に気づかされ、頭の中に思い浮かんだのは、ミズガルズ脱出時やシグルド戦でまさに自分自身が体験した「エインヘリャルによる能力を和らげる」という現象だった。

 


 

消えた二人のエルフを追って謎の扉へたどり着いた一行。その先には何があるのか、そしてエクエスの目的とは。

次週もよろしくです。

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