第17話目 ベルセルク 後編
弟妹たちが発した言葉。狂血族。その種族名は聞いたことがある。
俺がグレイプニルの管理物だった頃、妙に知的好奇心が旺盛な時期があった。俺はグレイプニルのテータベースを漁って世界に関する多くの情報を得た。それが兵としての自分には必要ないものだと知りながら、ただ一つの楽しみから離れることはできなかった。
当然グレイプニルには俺が知ることのできない情報もたくさんあった。黒畏族なんかがその一つ。だがほとんどの種族の名前と特徴、特性は把握してる。
世界には古代文明において「人間」と呼ばれた者たちの末裔が様々な「種族」として生きている。そんな中で俺は狂血族という種族に興味を惹かれた。
【狂血族】
・古代文明崩壊後、比較的初期にヘルヘイムにて誕生した種族
・背格好は当時の「人間」とほぼ同様だが皆総じて紅い瞳を持つ
・刺激の強いもの(直射日光、特定の食物など)に弱く、普段は穏やかである
・他種族の遺伝子を一定量以上摂取することで数秒間だけ肉体及び精神の限界を超えて活動できる
・それを数回行うと肉体が耐えきれなくなり死に至る
・人口減少により二十年前に絶滅
確かこんな記述だったはずだ。
『でも一番下の部分、矛盾してるわね。それなら今リーテがここにいることの説明がつかない』
もしその時点でグレイプニルの調査が及ぶ範囲外にベルセルクが一人でもいた場合、話は変わる。
『範囲外っていうのはかなり限られた地域になるけど、その可能性もなくはないわ』
リーテは「父さんの力」と言っていた。だからその人が後にスルトの女性と結ばれリーテが産まれた、というわけだな。
束の間の考察を終え、再び眼前の光景に移る。揺らめく桃色の光を身体に纏うリーテと、各々身構える刺客たち。
リーテは右手を頭上へ高く上げた。体を覆っていた光は右手へ移動、紅く染まる。やっていることは俺の「ブリュンヒルデ」と同じだが、明らかにこちらの方が圧倒的な気迫を放っている。
高く上げた手を振り下ろし、地面につける。するとリーテの手は突き刺さるように地面へ吸い込まれ、リーテは立て膝になり硬直した。少しの間が空き、気の早い102が刀に手をかけた時…
それぞれの足元の地面が仄かに明るい色になった。異変に気づいた102他は回避する。
次の瞬間、八カ所の点からそれぞれ赤々とした溶岩が噴き出した。それは凄まじい熱気となって俺のところまで届く。目を瞑り顔を背ける。
次に視線を戻すと、溶岩は消え、代わりに降り注ぐ「火山弾」から身を守る刺客たちの姿があった。
『エクエスが言ってた「噴火」の能力ってこういうことなのね…』
しかしそれにしては威力が低すぎる。まさかリーテ、激情化までして俺の弟妹に慈悲を?
人のことは言えないがリーテの優しさに呆れるような、でも安心したような、不思議な気持ちになる。
力を使い果たしたリーテはその場に倒れこむ。だが駆けつけることは叶わない。
フェンリルソヴロの防御力でなんとか耐えた弟妹たちは再び攻撃態勢へ。相手にはダメージがあるし、俺の腕は回復したから戦況は若干有利になったようだ。
「頭に来たぞ兄者…いや、101。皆殺しだ…」
102の目が変わった。あれは訓練中にも時々見せた、任務を放棄して本気で俺たちを殺めようとしている攻撃特化型冥狼兵00102だ。
本能的に身構えることを強いられる。最後の最後で面倒臭さいこといなった。
激昂した102は自身の長刀を掲げる。それに続いて他も鞘から武器を抜く。
…来る!
102が目を見開いた…がその時、どこからともなく銃声が響き102の額に火花が散った。102は目を見開いたまま後ろに倒れた。
「安心しろ。どうせフェンリルソヴロはこの程度じゃ死なん」
空気が歪み、シグルドの姿が現れた。
「貴様はシグルド・アエネウス!?なぜここに?」
103が声を荒げて問う。たしかシグルドは他の仲間が始末すると…
「ああ、礼儀のなってないゴミ共が店で暴れだしたから粛清してきたよ」
「なんだと?貴様一人で逆に始末してきたと言うのか?」
「まだ生きてるけどね。果たしてまた戦線に立てるかどうか…ま、とにかくこれでお前らが完全に不利になった。逃亡してもらって構わないが一人だけ捕虜を残してもらおう」
予想外の返答にざわつく刺客たち。しかし初めから答えは決まっていたかのように躊躇なく答える。
「そんな惨めな真似はしない。こうなれば例え不利でも貴様らを皆殺しにする」
シグルドは不機嫌な顔で舌打ちをし、敵を睨む。
「やめてくれ、シグルド!これ以上誰も傷つけたら駄目だ!」
またもう一戦始まろうとした時、力尽きて地に腹をつけたリーテが叫んだ。シグルドは一瞬たじろぎ、思い出したかのように肩の力を抜いた。
「リーテがそう言うなら仕方ない。おいフェンリルソヴロ共、よく聞け!お前が傷つけようとしたリーテがお前らを助けてあげると言ってるんだ。さっさと消えて一生僕とリーテの前に現れるな」
今度は相手が互いに顔を見合わせて呆気にとられている。
103が口を開いた。
「覚えていろよ。いつか必ずその二人を捕らえて兄さんとシグルド・アエネウスには報復する。107、110はどこにいる?」
「範囲にはいませんわ。一人で離脱できたのかしら」
「102を担いで早急に離脱するぞ」
港町エーギルの方へと消えていった弟妹たちをの後を眺めながら、シグルドは呟いた。
「なあリーテ、なんであの時僕を止めたんだ?いくらペルソナの元仲間とはいえ君を連れ去ろうとした連中だぞ」
するとリーテは伏せて下を向いたまま答えた。
「あの人たちは自分の意志でこんなことをしてるわけじゃないんだ。だから傷つけても無駄になる気がした。個人的な考えに巻き込んで本当に悪かったと思う。ペルソナもイステルも」
「別に私は…」
「どうした?」
リーテがきょとんとした顔でイステルを見上げると、イステルは腕を組みそっぽを向いた。それから恥ずかしそうに一言。
「いえ、なんでもないわ。でもこれだけは言える、ありがとう」
「ああ、ところでイステル、一つ頼みたいことがあるんだ」
「何かしら」
リーテもまた、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「さっき地面に手を突っ込んでから抜けないんだ。その能力でここを壊してもらってもいいか?」
腕が岩場にめり込んだまま動けずにいるリーテの滑稽な姿に吹き出す一同。和やかな潮風が辺りを包んだ。
人物紹介
【ペルソナ・リトリネア(旧型00101)】
・ある目的のためにグレイプニルで「開発」された最後の種族、冥狼兵
・その旧型であり、思考能力を搭載した試作型の初号
・実質年齢16歳
・冥狼兵自体がグレイプニル上位戦闘員の肉体データを参考に造られているため、ごく平均的な容姿である
・基本的には冷静で温和な性格だが、稀に乱れることがある
・博識だが行動力に欠ける
・グレイプニルを脱走した後はジュリィやニヴルヘイム支部の面々と行動を共にする
・「炎の概念操作」のエインヘリャル所有者




