第14話 フェンリル
アクションパートだからか他の話に比べて少し長くなったようです。
町はもう明るい。俺たちが泊まっていた宿が面している大通りは、ほぼ郊外であるというのに砂漠を行き交う行商人で溢れかえっていた。
そんな大通りを海側へ、人混みを縫って走る小柄な少女。その後を追う薄茶の衣を纏った集団。さらにそれを追いかける俺。集団の通った後には道が開けているので通行に苦労はしないが、もし見つかってしまうと面倒なことになるのは間違いない。
そして俺の少し後ろにはリーテがついてきているが今は気にする余裕がない。
いくらほど動いただろうか、大通りを辿るこの奇妙な列は臨海部、つまり最も人の行き来が盛んな地域を通り港にぶつかる。動きからして、先頭の少女は左へ曲がり海岸に沿って逃げるつもりらしい。
ある程度整備された港を出るとそこからは磯が遠くまで続いていて、少女が捕まるのも時間の問題に思えた。しかしこの少女、相当な体力の持ち主のようで、ここまでの距離を走った体で岩に手をつき速度を緩めず逃走を続けた。そこまでして捕まりたくない理由に興味をそそられる。
『あれ気のせいかしら。一人減ってない?』
前にいるのは八人。俺の同型は俺含め十体。あの時俺は焦っていたから初見の時点で九人と勘違いしていたのかもしれない。
それより隠密行動だ。リーテはついてきているか?体力はかなりありそうだったから問題ないとは思うが、奴らに見つからないようにできているか。
後ろを振り返るとリーテの姿はない。うまく身を隠しているようだ。
今は前。岩礁の中に少し開けた砂浜がある。少女がそこに差し掛かるが…そこは冥狼兵、最後の強靭なひと蹴りで一気に距離を詰め、飛びかかる。鋼の肩の一撃を受けた少女は吹き飛び、倒れた。こうなることは予想どおりであった。
今度は別の男が少女の首元を掴み引き上げた。フードが落ち、その顔があらわになった。
『あの白いのって…』
まず衝撃的だったのは目を隠すように巻かれた白い包帯。幼さの残る顔つきや二つに結んだ金髪、小柄な身体など可愛らしい印象を受けるのだが、無機質で不釣り合いな包帯にだけは違和感を覚える。
「こいつで間違いないだろうな?」
首元を掴む男が野太い声を発した。俺はこの声を知っている。102…旧型冥狼兵識別番号00102だ。
「あってる。間違いない」
その隣の女が答える。このか細い声は109か。
「これでマスターからの任務、一人目達成かー」
この中で最も長身な男、104だ。
こいつらはみんな、紛れもなく俺の同型。だがなぜだ?もうこの世にいないはずなのに。
「おっと、暴れるなよ。逃げようったって無駄だからな」
102は足元に漂着した鉄の棒をまるで縄でも扱うかのように曲げ、少女の両腕を束ねた。これが筋力に特化した102の腕力だ。
「一人目を捕獲したところで、他も片付けとくか」
105が言う。他?
「そこにいるのはわかってますのよ。お兄様」
107?なぜばれた。いや、焦っては駄目だ。
「まず聞こう。なぜお前らは生きている?」
身を現し、少し歩み寄る。
落ち着いて、まず聞きたいことを聞くんだ。
「マスターよ!マスターが助けてくれたのよ。兄さんも生きていてよかった」
106は俺のデータの女性版だからか唯一俺のことを心から信用している、少しせっかちなやつだ。
「で、そのマスターってのは誰なんだ?」
「それはラプラディさんってい…うっ」
「馬鹿、そんなに喋るんじゃねぇ」
102に頭を殴られる。106は俺と同じで何かにつけて詰めが甘い。そこに期待したんだが、うまくはいかなかった。
「まあお兄様に罪はないし、任務対象でもない。だから今回は見逃してあげますわ。でも…110!」
「はいはい、待ってました!この女ですね!」
俺の背後から現れた110。そして引っ張り出したのは、意識を失ったリーテだった。
110…同型の最終番号、隠密性と機動力を兼ね備えた強襲戦闘用モデル。00100型はあらゆる過剰な行動が感情によって抑制されるが、110は最もそのリミッターが浅い。人を殺めることに抵抗が少ない暗殺者だ。
110はどうやったのかはわからないがリーテに手をかけた。これは俺の責任だ。関係ないリーテを危険に晒したのだから。握りしめた手の中に小さな火の玉が生まれた。
「リーテ・レティキュラータは我々の捕獲任務対象の二人目だ。兄さんやもう一人の対象、シグルド・アエネウス共々昨日から目をつけてはいた」
「なんとか分断させて手分けして捕獲する手はずでしたのに兄さんの慎重さのお陰で手間がはぶけました。シグルドは今頃別の仲間が捕らえているはずです」
ではこの一連の動き、俺はこいつらの作戦の手助けをしていたということか。
そう思うと怒りと悔しさで自分が自分ではなくなっていくような感覚になり、抑えきれるのも時間の問題になる。手の中の炎は熱く、濃ゆく今にも燃え上がりそうに解放の時を待っている。
だか、まだだ。まだ最悪の展開には達していない。今の俺の最後の手段、激情化を使ってでもリーテとこの少女を助ける。
『あなたが次にあたしにかける言葉はわかってる。「準備はいいかジュリィ」でしょ?あたしはあなたが燃え尽きるほどのエネルギーを送る。それをあなたは一瞬で使い切るでしょうけどその時、あなたは決して不利な立場じゃなくなってるはずよ』
この場面、前後の敵どちらに炎をぶつけるか…
「ま、もうやることはやったから帰りましょう!この女だってどうせ普通に生きることなんてできないんだからさっさと持ち帰って実験なり解剖なり…ッ…
鼓膜を突き抜けて脳を破壊しようとせんばかりの爆烈音、鋭い蒼の閃光。一瞬で膨れ上がった炎弾が穿ったのは110の腹だった。110は一番の軽量化個体なだけに紙切れのように吹き飛び、背後の岩を砕いて動かなくなった。
「お兄様も…まさかエインヘリャルを」
「106はこいつを見張っとけ!102から105、107から109、戦闘態勢!」
『やっぱり詰めが甘いのね。音と光だけ派手にして肝心の肉体には傷一つけてないじゃない』
なるべく殺しは避けたい。とりあえずこれでリーテは安全だ。次は…っと。
身構える残りの弟妹。これで一戦交えるのは不可避だろうな。戦力の差、一対七。
さあ、いくか。
覚悟を決めてこちらも身構えた瞬間気づく。102の姿がない?時すでに遅く、腹に感触があり下目に見ると、俺の腹に102の拳がめり込む瞬間だった。
語句紹介
【グレイプニル】
・どの国にも属さない巨大独立組織
・数十年前に創られ、ミズガルズを拠点として最盛期にはほぼ全ての世界に一万以上の支部があった
・真の目的は本部の者しか知らず、具体的な活動内容は各支部により異なる
・いくつかの大国の内政に干渉しミズガルズの均衡を保っている
・末端の支部が力をつけ一つの国としてグレイプニルから独立するケースもある
・本部の場所は本部構成員以外知らない
・古代文明ほどではないが優れた科学力を持つ




