第11話 黒き畏れを与える者
リーテはテーブルに手を置き体を支え、強気に言葉を発したが、その声に力はこもっていなかった。
周りの客の目が一斉にこちらを向く。
すると額に汗を滲ませたエクエスはリーテの肩に手をかけ立ち上がらせた。
「ここの二階は宿になってるらしい」
「そうか、シグルド、リーテを運ぶのを手伝ってくれ。ペルソナは宿泊の手続きを頼む」
そう言うと三人は二階へと上っていった。
残された俺は入り口付近のカウンターへ手続きをしに行く。
『エクエスってあまり人目を気にするタイプじゃないと思う。なのになんであんなに急いで人の目から逃れるようなことをするのかしら』
確かに。それにリーテの吐血も気になる。吐血っていうよりたぶん喀血だろう。アレルギーではなさそうだが何なんだ?
手続きを終えて三人を追おうとした時、テーブルの上に置かれたまだ温かい一皿が目にとまった。
階段を上ると、一番奥の部屋の戸の隙間からシグルドが手招きしているのが見えた。
「ペルソナ!料理持ってきてくれたのか!」
部屋に入るとリーテが少しよろめきながら嬉しそうに駆け寄ってきた。回復には今夜いっぱいかかりそうだ。
「リーテは食べない方がいいんじゃないか?」
「問題ありませんよ。一口ずつ、慎重に食べれば大丈夫。それに体力はしっかりつけとかないと」
「そうか…」
「ペルソナにもあのことを話しといた方がよくないか?」
思うように食事が進まないリーテが、若干不機嫌そうにに魚とにらめっこしながらつぶやいた。
「そうだな。この際だから、ニヴルヘイム支部の成り立ちから現在の活動目的まで話そう。少し昔の話だ」
エクエスは話を始めた。
「元々あの場所はミズガルズのとある国が資源採掘のために設けた拠点だった。極少数の、世界間移動の技術を持った国だ。ある時ちょっとした理由から、後にニヴルヘイム支部初代支部長となる少年と初代副支部長になる少女がニヴルヘイムに飛ばされた。少年の名はアルクア・レティキュラータ。少女の名はルミネ・ゴールド。二人はニヴルヘイム基地に迷い込んでしまった。
「わたしのご先祖様だぞ!」
リーテは自慢げに声を張り上げた。焼き魚はまだ完食していないようだ。
「その二人は黒畏族という黒髪黒眼の『種族』だった。その種族でまとまって一つの国を作っていたんだが、その種族の『特性』は近隣の国にとって邪魔だった。だから滅ぼした。複数のエインヘリャルの力で。黒畏族の国を滅ぼしたのが、偶然にもニヴルヘイムに進出したあの国だった。国の終局を生き延びた三人のうち二人、アルクアとルミネはその奇妙な一致を知ることとなる」
つまり、リーテはその黒畏族の末裔だということか。
「当然ニヴルヘイム基地側は二人を殺そうとする。まずルミネの首に刃が触れようとした時、アルクアは自身のエインヘリャルを覚醒させ激情化。それから数秒後にニヴルヘイム基地は瓦礫の山と化し、ニヴルヘイムに存在する生命はアルクアとルミネの二つだけとなった」
「一人の力で基地が壊滅?」
「さすがに異常な火力だろ。十分な兵力がある基地相手に一人、まあ二人だが…で立ち向かい無傷で勝利した。それは黒畏族の特性によるものだ」
古代文明人はいくつもの世界に適応し、他の世界をも手に入れるために多くの種族を創った。冥狼兵もその一つだし、エクエスは妖界族、シグルドも何らかの種族だ。全部の世界で数十種類の種族があるとされている。
各種族は各々の生活に適応するために他の種族にはない固有の特性があることがほとんどだ。例えば冥狼兵は鋼の身体、妖界族は変異する細胞、などなど数千年前の「人類」とは似ても似つかぬ人種で溢れかえっているわけだ。
「そして現在このニヴルヘイム支部が存在する理由の一つは、リーテが世界で生きていく術を身につけるまで死守することだ。オレの目的云々の前にリーテもいつかひとり立ちする時が来る。その間にリーテを誰にも奪われないようにすることだ」
わかるところはわかったが、何かと重要な所をはぐらかしているように感じる。まだ俺に知られたくないことがたくさんあるということか。
第一、黒髪黒眼と言いながらリーテの目の色は誰がどう見ても爛々とした紅だ。
それが喀血とどう関係あるのかはそのうち知ることができるかもしれない。
『あなたって知識欲はすごそうだけどあまり急いだりしないのね』
あと何年かは付き合うんだ。その間にニヴルヘイム支部について知りたいことすべて知ることができるよう期待するだけさ。
『やたら焦ってたり呑気だったりよくわからない人』
そもそも全貌の謎さについては君の方が断然上だと思うけどね。
リーテはいつの間にか食事を終え、疲れから熟睡してしまったようだ。




