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約二ヶ月ぶりの投稿になります(引越しとかあったから)。
その割りにクオリティーが微妙なので、いまのところツッコミ待ちとしか……
書き溜めている分も近々一気に投稿していこうと思います。
目が覚めると夜空のような、淡い暗闇が広がっていた。
輝く点々が果たして星なのか、調べたくても私の航行は私の意志を反映しない。
全てを線と変えていた極超高速が途切れているとは言え、それでも遥か遠くに在る光に手が届く気が全くしない。
「アルマゲスト」
手を繋いだまま、アルマゲストはもうすぐと答える。
確かにその答えも必要と感じたが、それ以上にあの点々は、光は、星のそれで間違いがないのか聞いてみる。
が、答えはわからない。
不思議な感覚だった。
答えがない、行き先も分からない、ここがどこなのか定かでない、私にできることは何もない。
それなのに、この空間の妙な冷たさが心地よい。
諦観のような、でも少し違い寂寥ともまた別の、今までになかった感覚。
強いて言うなら夜空だろうか。冷たさと深さの中に約束された静寂を隠している、暗黒を連想させる。
そんな肌寒い空間に、アルマゲストは一つの可能性を示した。
「誰かが待っている、かも」
その言葉に安堵して、私はアルマゲストの歩みに身を委ねた。
やはり私は、どこか心細いのかもしれない。
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そんな不思議を紛らわせようとしてか、まだ見えぬ誰かに遭遇するまでの間に私は『ギテン』というものについて考えてみた。
もしもそれが場所を指す言葉なら、楽園という類か或いは地獄という類なのか。ギテンを場所と仮定して、前者なら私たちの進んでいるこの光景が地獄であると言えるのではないだろうか。或いは天国でも地獄でもないが、正常でもない世界。少なくとも私には正常な世界には見えない。アルマゲストに破壊されたが、これでも私は文明社会がしっかりと発展した末に満たされた世界を知っているつもりだ。
さて、正常でないということが果たして虚実のいずれに傾くのかがちょっとした恐怖である。
そうなると、先の仮定で“異常な世界”と定めた場合、基準となりうる世界の真相が隠れている可能性が考えられる。どういった可能性がそこに眠っているのか――例えば、本来世界は荒廃しきって生命と呼べるものが根こそぎ死に絶えているとか、私たちと同じ姿かたちをした私たちが存在し、私たちと違う未来を迎えて存在している世界があるかもしれないとか、或いは、我々の間に上下関係が出来上がって、一方が見上げる者であり、一方が見下す者であるという階層世界がこの世界、いや宇宙の真の姿、とか――そこに私たちが到達することで発生しうる不都合とは、はたしてどんなものなのだろうか。
もし、真実が隠されているとして、どんな世界があるのか気になることに間違いはない。そもそも確実に真実があるとは限らないが、先の未来に暮れる場所か、或いは私たち個人の過去に由来する場所か、それとも私たちに無関係の第三の理由か、調べておくにこしたことはないし、火のついた好奇心に逆らうだけの理由が今はない。
もし仮に、場所でないとしたら。
ギテンというのが人物だった場合、アルマゲストとそれが出会ってはいけない理由と原因はなにか。
それとも、ギテンとは何らかの道具なのだろうか。あらゆる物に名前があるように、それが大量破壊兵器か何かで、それを奪われないためにアルマゲストを防ごうと抑止力が働いているのか。
可能性はいくらでもある。
場所とも考えられる、何ものかとも考えられるし、物質という可能性も否定する材料がない。
いずれにせよ、ソレを守っている者達がいる。明にこちらを排除しようとしている態度なのが問題だ。少なくとも、私には殺意のように映る光景が何度かあった。反響という老人なんて最たる例だ。
私たちのギテン到達を快く思わない者の存在。それはひとりでなく、果たしてそれは組織と呼べる規模なのか、それとも義勇軍のようなものなのか、はてまた少数精鋭のガーディアンなのか分からないが、確実にいる。元より相手の全体像はおろか、この世界そのもののことが理解出来ていない私には推測のしようもないから対策もままならない。全てアルマゲスト頼みの場当たりだ。
「いた」
いきなり呟くアルマゲストに私の思考が吹き飛ぶ。
周りの景色も暗黒と紅く光る雲が広がる、まるで星雲のような景色に変わっていた。
少しだけ混乱しかかった私の視界に、不自然なほど人工的な線と線の交差が飛び込んできた。
一本道。
そこは車道くらいの幅で、白い線が横と縦に走ってグリッドを形成していた。
一人、その道の中央で膝を抱えて蹲っている人影が飛び込む。
いつもそうだが、ワケがわからない。
一度と言わずに何度も遭遇してきた奇怪な誰か。
黒い宇宙と黒い通路に、申し訳程度に道を示す白線と、その道上で全身を純白で統一して項垂れる誰か。
「……行こう」
私から切り出す。
頷いたアルマゲストと私は、純白の誰かの前に音もなく降り立つ。
アルマゲストが白い誰かを消してしまう前に声をかけてみる。
あなたの名前はと、最短に。
「警告……警告、やめない?」
顔を伏せたまま純白の彼は告げた。
警告、それが名前だろうか。それとも本当に警告だけをしているのだろうか。
単純すぎて進展を望めないから続ける。
「やめるって何を? ギテンに行くこと? それともあなたを知ること?」
返答は頷きだった。
やはり私の予想通り、警告――おそらく名前でいいのだろう――もアルマゲストを止めるためにここに居るらしい。
しかし、今までの者たちと違って、自ら動く気配が皆無である。
そんな警告にアルマゲストは感情を少しだけ見せた。
先に口を動かすのではなく、軽く一足踏み鳴らして地面のグリッドを破壊する。いままでもそうしてきたように、問答無用で彼の世界を粉砕する。
少し驚いて落下したのは私だけだ。アルマゲストと警告は空中で姿勢を崩すことすら、微動だにしていない。それどころか――
「君のことを覚えている」
予想だにしてなかった会話が私の頭上で交わされ始めた。
「君が生きていることに希望を見出したものが居る。
“忘却”は君を追い込むつもりだよ」
会話に耳を傾けようとした私の背中が硬質な何かにぶつかり、細めた視界に突如として背の高いビルが映り込む。どうやら地面に落ちたらしい、なんて思わない。そもそも宇宙のような何も境界を持ち得ない空間を飛んでいたのだ。それが突然地面が生まれてくるなど不自然以外の何者でもない。考えてみれば、そんな空間で重力に引かれるようにして落下してきた私も十分不自然だ。
コンクリート舗装の路上、ど真ん中で私は冷や汗を覚えながらも二人を頭上に探した。
「……それは、思い出せない」
社会文明の中で、幸いにも車が走っていないことに安堵した私は、青空に目を凝らして――次の瞬間にはそれを含めて景色のすべてがアルマゲストによって踏み――砕けた。空が壊れたと認識するのと同時に、四方で乱立していたビル郡が音もなく瓦礫に変身し、私の足元には破壊の使いが走り寄ってきた。
また落ちるが、思考は別のところに居た。
今に始まったことではないが、どうして彼らの会話は距離を問わずに私の耳に届くのだろう。アルマゲストは記憶喪失らしいが、それは果たしてギテンを目指す理由に直結しているのだろうか。どうしてか、違う気がする。
それよりも気になるのは忘却というものだ。
「それに“亜生”や“創意”も、君を見ている」
再び落下を始めた私はため息をついた。
まだ、敵が増えるのだろうか。
いや、確実に増えるのだと悟れた。
次に落ちた場所は真夜中の展示プールである。盛大に飛沫をあげて水中から顔を出して呼吸を整え、揺れる水面のスポットライトを浴びた緑色のせいでアルマゲストを見失いながらも、せめて会話だけは外さないようにと必死に意識を傾ける。
「でも、創意の先に疑天の空がある。
誰も知らない向こう側。そこに何があるかも分からない不確かな終点。誰もが一度は目覚める暗黒点。広がるのが空なのか穴なのか、誰も知らない、誰も帰ってこない、だから、誰もがあの穴を防ぐ」
警告は告げる。
行くなと。
確実な生を保てと。
行く前に隠れろ、逃げろと。
「……ありがとう」
シオンの落ちた水槽を再三足音を轟かせて砕き、開放する。それからアルマゲストは、警告のフードに触れて別れの言葉を告げた。
「私の中に、二つの世界がある」
終わりの見えない落下を続けならがも、私はその言葉に意識を集中させた。
2つの世界、とは。
ごみの山が見えるが、今度は着地するよりも早く、眼前でその世界が砕け散った。
「私は“記憶”」
「そう、それが本来の君の名前。
“あるまげすと”じゃない。
僕ら同様“純生の独り”だが、異質を極めた“一個”」
草原が現れる。しかし、大地は真っ二つに割れ、しかし、その目の闇を進む私は恐怖よりもアルマゲストの未知に惹かた。
(それがアルマゲストの正体?)
私の腰に意志を持っていると錯覚させるかのように寄り添ってきたリクライニングチェアが、アルマゲストの力で雑巾のように捻じ曲げられて粉々になる。
「でも、私は、それを……覚えて、いない。失っていた」
「君の前に障壁というものと、もう一人忘却というものが立ちはだかったんだ」
(障壁? それってこの前の?)
覚えている。
城壁を構えて私たちを止めようとしたものだ。
いつの間にか壁の中に取り込まれ、その中でバラバラにされたかと思った。結果的にはアルマゲストがそれを未然に防いでくれたわけだが。
「……目が覚めると、私の中に“巡星”という世界が生まれていた」
人込みが私を、人の流れが私を囲む。
その時だけは目の前の光景に意識を奪われた。
この景色は、私が知っていた世界に似ている。酷似と言ってもいい。
それが、アルマゲストの足踏みひとつで、私を囲んでいた人の流れはすべて赤く塗り替わった。
すべての人間が爆ぜたのだ。血肉皮骨を撒き散らして。
原型を保っているモノなんてひとつもない。
老若男女、動物すら例外ない。
「巡星?」
黒塗りの世界が見える。或いは私が気絶したからなのかもしれない。見たくなかった光景に遭遇したからかもしれない。或いは暗黒こそが次の落下点だったのかもしれない。
「それが、君に変化をもたらしたんだね」
アルマゲストには警告を取り除かないで欲しいと、どうしてか私は願ってしまった。
これまでこんな感情を抱くことは殆どなかった。明確な敵意を見せなかった庭園と似て、彼はアルマゲストを少しでも知るきっかけになる。私はそうしたいと強く思うのに、落下し続ける現状を脱出できない。
「……私に誰かの声が聞こえた。
だから私は“その正体”が知りたい。私や私たちが何なのかを知りたい」
俯いた警告の輪郭から、ガラスのような音を立てて黒が弾け散った。
それが私に落下地点を見せ続けてきた力だったのか、私が沈みゆこうとした暗黒はすでにどこかに消え、打って変わって最初に警告を見たあの回廊が視界の遠めに見えた。
「警告はした」
それが最後。
警告は私と同じ方向へ落下を始めたのを知る。警告はアルマゲストの前から落ち去り、私を追うように落下してくる。
と、私が二人の言葉を解析し始めるのとほぼ同時に、落下速度が急速に低下した。
アルマゲストは警告を追い抜くように急降下し、緩やかな落下速度に恵まれた私に追いつく。しっかりと私の腰に両手を回し、組み付いて体勢を取り戻す。
そんな私の真横で、警告はすれ違いざまに一言だけ残した。
「きみは、こ」
唐突過ぎる発言に、アルマゲストに送ろうとしていた感謝の辞が霧散してしまった。
質問を思いついてみても、警告はすでに目視不可能なほどの消失点に達していた。この赤と黒の宙空のどこに消えたかもすでにわからないくらい遠くへ。
もの悲しさよりも、不気味さを覚えた。
知らないということは、こうも振れているものなのか。
「……行こう」
それだけ言って、アルマゲストは静かな飛翔を再開した。ギテンを目指して。
疑わしき天国か地獄。本当に先があるかも分からない場所。
そこを守るものが居るということは、過去に向かったものがいて、何か不都合があり、それを塞ごうとする者達がいる集まっている。
そんな領域に、私はそこまで行ってよいのだろうかと考えてしまう。
なぜ、アルマゲストも拒まれるのだろうか。その理由を守るものは何者なのだ。何を守ろうとしているのだ。
「シオン」
アルマゲストは口を願った。
それもこれまでにない程か細い声での、しかも懇願を。
「私を独りにしないで」
握り直した手から伝わる熱は、まるで炎を連想させた。
その言葉にこもる意味が何かまるで分からない。真意も、目的も、ギテンに到着した後のことも、こんなに間近にいるはずのアルマゲストのことも、何一つ満足に理解できない。そんな、私の中でも一つだけ分からないという事態を差し置いて声を上げているものがある。
本能だ。
彼女を手放してはいけないという声が、私の真核から大声で警告を張り出していた。
どんな結末に到ろうとも構わない、何ものが阻もうとも厭わない、全ての結末を差し置くという気概のためにも彼女を信じろと、根拠があるようなないような感覚中の蜃気楼のような絶対が。
「私はアルマゲストを独りにしないよ」
宣言して、ついでに質問する。
記憶喪失のことについて――それについてアルマゲストは弱々しく頷いた。
純生というものについて――私たちは「純生」「亜性」「絶生」という住み分けの中にいるらしい。
ギテンを目指すのは声が聞こえたから、というのはどこまで本気なのか――全身全霊を以て本気とす、だそうだ。
その声は――“ヒトトナレ”――そう言ったらしい。
創意とは――分からない、と。男だった気がする、と。
「じゃあ、変わらずギテンへ、一緒にね」
そんな会話を無表情に繰り返す私たちの前に、それまでの平静を吹き飛ばすソイツは現れた。
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私です。
僕です。
某です。
我らだ。
妾じゃ。
誰かですよ。
はい、そうです。
多核世階です。