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星の書  作者:
6/15

-06-

 

 だから、前の前だっつってんだろうが!


 前の前だから意味があるんだろうに!


 激突が最高の結果なんじゃないか!


 だから、もっと高いの来いよぉ!



 

 最初は感触だった。

 視覚の中に炎が揺れて、それを如何にしたいか測りかねる風が、周囲のざわめきを煽り立てる。

 危機感はなかった、むしろそれが原因と言える。


 招かれざる客とでも呼ぶべきだろうか。

 偶然広げていた壁に、最近話題の奴らが飛んできてぶつかって、壁の中に入りやがった。

 よりによってこの障壁の世界に飛んできやがった。

 まだ壊されたくない、この世界に。


(壁の中に入って、どうなった?)


 壁に激突した二人組は、とても静かだった。

 これまでも同様に飛び込むモノを壁で受け止めてきたが、激突からかなりの間が空くにも関わらず、抵抗という抵抗が皆目見られなかった。

 それがまた不気味で仕方がない。

 暴れるならまだ対応しようがあるものの、自ら飛び込んできたと思わせるような手合いは、これまでに経験したことがない。刺激するべきだろうか、このまま様子見をしていても良いものだろうか、しかし近づくこともできないし、したくもない。何が起こるか、何が起こっているのか、或いは逆か、壁一枚の中に消えた彼女たちに触れたくないのに、触れないとこの世界を守れないかもしれない。


(どうする?)


 けして愛着のある世界ではなかった。

 それでも自分を中心に組み立てられたこの世界は、いたく響いてくるのだ。

 これを都合がよいとでもいうのだろうか。

 他の世界を知らない以上比較のしようもないが、とにかく真書たりうるためにも、まだこの世界を失うわけにはいかない。


(私の壁に触れてくれたことは結果的に良かったのだろうか?)


 障壁は思う。

 不思議。

 噂の二人は本当に単なる破壊者なのだろうか、二人はこの世界を消してしまうのだろうか。





 -06:障壁-





 視界いっぱいに、荒れ狂う木目の入った壁面が広がっている。

 時には硬く、時には柔らかく、誰の前にでも立ち塞がることのできる、壁。

 今の私にとっての最大の壁はアルマゲストを見失ったことだろう。 

 気配はあるのだ。

 いつぞかの老人の鏡面世界とは違って、すぐ近くにアルマゲストがいると分かる。

 分かる、のだが、見つけることができない。


(そもそもここは壁の中?)


 一緒にここに飛んできたことを覚えている。

 庭園を飛び去り、わずかな感情を覗かせていたアルマゲストに気を取られ、そしてアルマゲストもコントロールを失ったらしく、目の前まで迫っていた壁に気付けず激突。

 問題はその瞬間から始まっていたのだろう。

 いま、私は一切の痛みに無縁だ。

 水に飛び込むよりも少ない抵抗で入り込んだ壁の中は、無限に広がる暗めの白色一式。息苦しさはないが、アルマゲストを見失った不安が痛みの代わりのように響く。


「いや、ここ」


 不安満面に辺りを見回していた私の耳元でアルマゲストの一声があらゆるものを吹き飛ばす。

 壁の中の純白な世界に黒色のヒビが走る。

 あのヒビに安心を覚える、不安が和らぐ、同時に疑問である。

 改めてここは本当に壁の中で間違っていないのであろうか。


 姿なきアルマゲストは私の疑問に肯定し、払拭の手を差し伸べてくれる。


「ここは壁の中。たぶん“障壁”の世界。

 でも、私には易い」


 アルマゲストは言う。

 それこそが、私が本来過ぎるものだと。

 説明を受けている間も私たちは落下を続ける。厳密には落下かどうか分からないが。

 その間も純白世界に走るヒビはその数、その大きさを増し、広げて、そこにあるものを塗り替えては純性を侵食していく。


(障壁……邪魔するもの? 立ち塞がるもの?)


 少しだけ見えてきた荒野が、私に解決を求めている気がした。

 純白世界に浮かぶ孤島。

 肌色よりも暗い荒野に、佇むにしては存在感の有りすぎる古城がハッキリと見えてきた。


「何者にも平等な点、それが障壁」


 アルマゲストの言うことも分かる。

 では、と。

 私は目を凝らして城を観察する。

 白のキャンパスと黒の線が途切れたところで浮かぶ荒野に降り立ち、膝についた土を払いながらアルマゲストに聞いてみる。


「何のために障壁があるの?」


 そうでなくては平等な障壁である理由がない。そもそも壁の中に世界があるのに、更にその世界に強固な防壁を持つ城を立てるとは、果たして何かを守りたいのだろうか。普通はそう考えるだろう。

 立ち塞がるとういうことは、そこに大小様々な結果があるからだ。利害や、不足や、幸不幸や形の有無も問わないあらゆる結果が。ならば、障壁はなんのためにして在るのか。


「……“疑天”……」


 呟いたアルマゲストが両手を横に上げて掌を強く握り締める。

 それで荒野は砂となって消えるが、防壁と古城には変化がなかった。

 すると、アルマゲストは右手を水平に振り抜き、城壁を粉々に砕いた。

 どうやら二重に構えていたらしい城壁の残骸に歩み寄りながら、アルマゲストはあくびをこぼし、私はそれがどうしてか微笑ましくて、自分たちの危機感を忘れかけていた。

 だから、障壁自身が歩み寄ってくるのにもすぐには気付けなくて驚いてしまった。


「ようこそ」

「……邪魔」

「待って、アルマゲスト」


 危うく答えを見いだせないまま進んでしまいそうだった状況を固定し、アルマゲストよりも一歩多く前に出て障壁に訪ねる。

 どうして私たちの前に遮断の指を挟むか。

 ならばと思って口を挟んだ私の手を引き、アルマゲストの右腕が再び振られる。

 が、それを新たに降って来た城壁が遮る。

 アルマゲストの攻撃でヒビだらけになった壁を透過して表情を覗かせ、障壁はため息をついてみせた。

 全体にヒビの走って機能を失った城壁を確認してから口を開く。


「知るため。まず、それが俺のだ。

 破壊者を止める。これが純性のだ。

 循環を守る。亜生はそう言った」


 つまり、障壁は個人の特性に則って私たちの前で障壁を成している。

 そこに他の意見が介入しているらしい。

 純性とは誰か。

 亜生とは何か。


「創意も、僕の手法を認めた」


 どうあっても立ちはだからなくてはならないらしい、障壁に最後の質問をする。

 疑天とは。

 それは誰かなのか、何処かなのか。

 いまの質問に二人の目が見開かれる。

 アルマゲストはありがとうと小声で言うのに対し、障壁は目を見開いて質問を返してきた。


「まさか、お前も“疑天”を……?」


 それが見えた瞬間にアルマゲストと私の意見は一致した。

 強く抵抗される前にこの障壁を通過しよう。

 アルマゲストは右腕を振り、回転の勢いをそのままに左腕を外抜きに振った。

 罅割れた城壁が吹き飛び、古城が音もなく風を巻き上げつつ砂と化して崩れ、最後に障壁が輪郭を失って流れるように消えていく。


「疑天を疑うな」


 それが最後の障壁の言葉。

 アルマゲストは平等を奪ったと呟き、最後の最後にか細い声で向きを全て返したと付け足した。

 障害、壁。

 なるほど、アルマゲストは私たちの前に壁として立ちはだかっていた障壁の役割を、そのまま障壁にぶつけてしまったということだろうか。なんとなくではあるが、感覚で理解できる。障壁とアルマゲストが障害比べをして、アルマゲストのが壁として高かったというわけだろう。


「……わからない」


 荒野が消え去り、純白の世界も既に黒線で塗りつぶされ、アルマゲストの一息で壁の世界は完全に崩れた。それと同時に、遠い空から多くの悲鳴が聞こえてきた、ような気がした。


(疑天って何? 場所?

 庭園さんはアルマゲストのことを『星の書』とも言っていたけど?)


 大きな疑問がひとつ増えた。

 疑天とアルマゲスト。

 何が起ころうとしているのだろうか。

 本人に聞いてもわからないと答えるばかりで、結局私には推測しか術が残っていなかった。


「ここに“閉じ込められていた他”も全て終わった……行こう、か」


 そして、また次へ。

 巡り星にでもなろうとしているのか、アルマゲストは止まらない。

 もとより、私には止めるつもりがない。

 見届けたいのだ。


 アルマゲストとは何者か。

 星の書とは何か。

 疑天とは。

 納得は要らない。

 アルマゲストと居たい。


 無力な私の不確かだが唯一の動機。

 その根源が未知なのだから見届けるしかない。

 抵抗するにはあまりにも非力過ぎるし、何より無知甚だしい。

 だから、例えこれからどんな障害に見舞われてもアルマゲストと乗り越えるしかないのだ。



 

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