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星の書  作者:
2/15

-02-

 意味不明な箇所があったらツッコミ下さい。


 アルマゲストさんが食べます。


 

 


 -02:愚者-



 それは明確に頭痛と言えた。

 寝起きでもなく。

 事故でもない。

 人災ですら。


 そこでふと思い出すかのように、自分自身が死んだ気がしてやまなかった。

 これだけ生を痛感させる不愉快を抱いているというのに。


 頭痛の次に背中に焼けるような熱を覚えた。

 私は横になっているらしいが、分からない。


 背中の次は全身に熱を覚えた。

 頭痛を引き起こすほど強烈な日光を全身で仰ぎながら、吹き付ける熱風にむせる。

 なぜ私が砂漠のど真ん中にいるのか、皆目見当がつかない。

 それよりも熱中症や脱水症状を警戒して上体を起こした私だが、幸い身体に異変は感じない。

 逆に、以前よりも身体が軽くなった気がする。


 改めて周囲を見渡し、自分が砂丘の上で日干しされていた事態を把握し、私の背後に黒煙の上がるオアシスを見つけた。

 よく目を凝らしてみると、私と黒煙のオアシスの中間に白い厚着をした子供の後ろ姿を見つける。


 原因不明の頭痛について、心当たりを見つけた私はすぐに少女の足跡を追う。

 風に消されそうになっている足跡だが、幸いにもオアシスまでの道程に視界を遮るようなものは一切存在しない。


 砂の上を歩きながら考える。


 ここはどこだろう。

 私の世界は死んだ。

 その死を間近見てきたし、理解はできなくとも感じ取ることはできたのだ。

 だからこそ、この砂漠を有する惑星が私の住んでいた惑星とは別物である気がしてならない。

 なんて青い空だろう。

 私は自然の空の深い青色を初めて見たような、でも資料で見たことのある青色が、怖いようにも思えた。

 あの深さは、私の世界が死ぬ原因の一つでもある空の裂け目と何ら違いない印象がある。

 敢えて言うなら、人智を超えた力だ。

 この世界の空にも、あの暗黒の裂け目は現れるのだろうか。


 次に、この砂漠はどこまで続いているのだろうということを考える。

 たしかに私の世界にも砂漠はあった。

 オアシスだって資料で知っている。

 環境活性化ガスでおぼろげになった世界ではあったが、ひと握り程の自然は残っていたし、知人の中には実際に足を踏み入れて体験してきたという者も居た。私は興味を抱けずに話半分に聞く程度だったが、まさか自身がその世界に放り込まれるとは夢にも思わなかった。いつまでも直射日光と喧嘩していることもできないので、早急に少女:アルマゲストを追ってオアシスを目指す。あそこなら水分補給や空腹を紛らわす何かがあるかもしれない。


 気がかりなのは、黒煙である。


 どんな事態が待ち受けているか想像に難い。

 資源を巡っての殺し合いだろうか。

 それともこの熱射の中で事故的に火の手が上がったのだろうか。

 いずれにせよ、そこに何者かが居る可能性は極めて高い。

 砂丘の上から地平線までを見渡してみて分かったが、水面の輝きが見えたのは唯一ここだけ。

 オレンジの中のダークグリーン。

 緑の隙間に煌く水しぶきは、とても魅力的ではあった。

 だが、立ち込める黒煙が、近づくにつれて大きくなる火炎の鳴き声が、本能的に危険信号を発している。

 ここは異世界、ここは無法の森、危険地帯、複雑に交錯を始める特異点。

 それでも私は彼女を追ってオアシスの入口まで辿りついた。

 三日月型の湖は、砂丘からは緑影に阻まれてその全体を見ることができていなかったが、改めて間近で見るとかなり広く、中心は相当な水深なのだろう。

 水は比較的綺麗である。

 とはいえ、飲めるかどうかは別問題だ。

 文明の中で育った私の中には抵抗がある。素直に受け入れられない。

 だが、そのプライドも時間の問題のような気がする。

 ただでさえ暑いのだ。

 おまけに寝起きであるかのように頭が痛く、砂風にやられた喉も水分を欲してやまない。自分自身をリセットするためにも水が欲しい。



「アルマゲスト! 何をしているの!」



 少女はまっすぐに進んでいた。

 私を置き去りにしてまでオアシスを目指していた彼女は、最初こそ水を求めていたのだろうと思った。だが、いま目の前でその水を位にも介さず、ひたすら湖のおそらく最深部であろう場所を目指して水面を揺らしていた。


 何がなんだか分からない、あの少女は何がしたいのだろうか。

 そう考えながら辺りを見回していた私の視界に、見慣れた文明の一部が飛び込んできた。

 銃、である。

 それも軍隊が使うような強力な自動小銃。

 冷静を取り戻し、私は黒煙を上げている複数台のトラックの残骸を見て、文明を再認識した。

 確かにあれは私の世界にもあったものだ。


 奇妙だ。

 ここに武装していたのであろう人間全てが死んでいる。

 発砲の形跡はある。

 だが、流血が皆無だった。

 彼らは何と戦い、何に遭遇して全滅の憂き目に追いやられたのだろうか。

 不気味である。

 砂漠のど真ん中に奇跡的に存在する憩いの場所が、熱砂の地における唯一の冷涼が、いま異常な冷たさを潜ませて私たちを見張っている。

 そんな気がした。


 全く以て不愉快だ。

 陽光に輝く砂と揺るがない空の中に安息の濃緑を見つけたというのに、苛立ちは加速を続けている。

 私はどうやら、休息を望んでいるらしい。

 早いことアルマゲストを掴まえてこの気味の悪いオアシスから離れるなり、原因を取り除くなりして一息つきたい。


 仕方がない。

 私も湖の中に入る他ないようだ。

 湖はその広さの割に、結構浅めだった。

 身長160と少しの私がアルマゲストに追いつくと、最深部手前だが胸元まで浸かるか浸からないかという微妙な水深である。

 だが、私よりも身長の低いアルマゲストは完全に目下まで水に浸かっていた。

 流石に焦ったが、あることに気付いてからは新たに不気味を覚えた。

 水に使った彼女の呼吸が、皆無だった。


 何が起こっているのか、流石に不可解が連続しすぎている。

 混乱しかけている私は、冷静を取り戻さんと行動する。

 まず水を調べる。

 呼吸できる液体なんてもの、聞いたことも見たこともない。

 当然、水面に顔をつけてみると、私が知っている液体としての性質が呼吸を遮った。

 ちゃんとした水と言える。

 でも、アルマゲストの鼻や口元からは一切気泡が現れない。

 水面を揺らすのは私たちの振動だけで、そこには殆ど泡沫が伴していない。

 アルマゲストは進む。

 映像作品で稀に見かける入水自殺のように、己の身を介することなく最深部を目指すアルマゲストは、ついに耳までをすっかり水面下に収めてしまう。

 肩に手をあげて彼女を呼び止める。

 振り向いた彼女の視線を遮る水面は、容赦ない乱反射で理性を照らしていた。

 両脇に手を差し込み、抱えあげるようにして彼女を回す。

 くるりと、無理矢理こちらを向かせて質問する。返答は予想していたよりもはるかに早い。


 呼吸は、苦しくない。

 このオアシスは、何かある。

 周りの終焉は、ここがこの世界の終わりの原因。

 終わりとは、文字通りの終わり。

 それはつまり人間が、そう一人残らず。

 では何がここに潜んでいるのか、それを探してここにきた。

 この広い世界も私の世界のように死んだ、たぶん違う。


 この湖には人の形を感じない。

 この世界には人の形が残っていない。

 この空は自然、大地も、でも生命は違う。

 あの文明は高度。

 あの残骸はそれが齎した。

 あの黒い場所に潜んでいる何かに否定されて。

 その真相が欲しい。

 その先へと進み続けたい。

 その果てで、私の役割を終わらせたい。


 水面の波紋が逆流を始める。

 私がそれに気付いたのは、アルマゲストを肩車してあげた時だった。



「流されるがままに独りを迎えた“愚か者”それが、アレ」



 アルマゲストは囁く。

 だが、世界は囁きを潰さず平等に伝えた。

 小声が、はっきりと耳に届く。

 不思議だった。

 耳は解放されているのに、まるで音響機器に包まれているかのような感覚。

 しかし、私たちの意識は目の前で天へと昇らんばかりに、あらゆる意味で逆流する水柱に釘付けだった。

 まるで滝。

 厳密に滝でないと言わせるその流れは、不自然以外の言葉を否定するかのように力強い。

 天を目指す水流。

 昔の人だったら、水竜とでも表しただろうか。

 あまり文学の教養がない私は、とにかくそれを異常と呼ぶ以外になかった。


 逃げ出したい私に対して、アルマゲストは前進を命ずる。

 肩車せずにいればよかったと後悔するが、遅過ぎる。

 ためらいはあった。

 問題は、それが一瞬だったことだ。

 その次の瞬間には、私は自我によって前進する。

 “どうせ帰る場所はないんだ”

 アルマゲストの言葉が私には確信として響いた。

 私の世界は死んだ、壊れた、無くなった。

 すがる物も逃げる場所もない私は、卑劣なことに自分よりも小さい少女に不確かな信頼感を覚えている。

 アルマゲストと共に行け、それが正解なのだ、と。


 唸り、捻れ、天地を繋ぐように伸びきった水龍が、蒼穹に紛れて降り突く。

 轟音を伴ってもいいほどの大質量が降り注いでいるにも関わらず、オアシスは依然として三人分の呼吸音だけが聞こえる。

 しかし、だ。

 音響も間違いなく気になる異変と言えるが、それを凌駕する異変が私の頭上で起こっている。

 今正に。

 それは、空に向けて手を伸ばしたアルマゲストと、胸元まで湖に浸かって濡れただけの私。

 水流が止まっていた。

 水龍は今にも私たちに降りかかってきてもおかしくないのに、向けられたアルマゲストの掌より数メートル上でもがくばかりで、止まっているとしか見えないし、思えない。



「そう。それが本質なんだ」



 アルマゲストは誰と話しているのだろうか。

 私が二人をどうにか見上げようと視線を巡らすと、同時にアルマゲストが両肩の上で立ち上がった。

 すると、今後は音ではない声が響いた。

 悲鳴だ。

 人のモノとは思えない奇怪な声なのに、どうしてかその発声主が人の形をしているという感じがした。

 私たち以外に人が居ないのに。

 アルマゲストは手をかざしているだけだが、その先で一秒前には間違いなく存在していた水龍が忽然と姿を消していた。

 状況の理解が追いつかない。或いは否定されているのか。


 水柱が私たちの眼前で大いに爆ぜて、透き通った湖水の飛沫を撒き散らした。

 肩の上から降りたアルマゲストが湖にぷかりと浮かぶ。


 考えてみれば先ほどから不自然が続きすぎている。

 いつの間にか砂漠の異世界に来ていたこと。

 オアシスのそこかしこに死体が転がっていること。

 水が襲いかかってきたこと。

 アルマゲストが私をここに連れてきた(偶然かもしれないが)こと。

 水に抵抗されることなく湖を突き歩いていたこと。

 そして、恐らくだが水龍を消し去ったのもアルマゲストの仕業。



「ここは何なの?」



 混乱も極まりつつある私は、少しでも冷静を取り戻したい。

 納得が欲しい。

 そんな私にアルマゲストは「オアシスだ」と答えた。

 見た通りすぎ、且つ何の捻りもないその回答に、私は考えた。

 そのまま過ぎるが、隠れた意図があるのではないか、と。



「人は誰もがオアシスを持っている」



 背を向けて湖を一瞥するアルマゲストは、最後に小さく呟いた。

 私にはない、と。

 だが、この世界は奇妙に声が響く。

 聞かない方が良かったものかと迷う前に声が届いてしまうものだ。或いはそれを理解した上での小声だったのかもしれないが。


 水位が下がる。

 それも自然の湖にしては異常が過ぎる速度で水が引いていくのだ。

 何なのだ、ここは実はプールで、外装が壊れて一気に水が失われているとでもいうのか。

 考えることで焦燥を押さえ込もうとしている私は、ふと気付く。

 水が一点に向かって流れ込んでいる。

 アルマゲストへと流れている。

 次に、外套が水を吸い込んでいる様子に気付いた。

 それは何とも恐ろしい光景だった。

 ダムの巨大な排水口といい勝負ができるのではないかと考えてしまうような、そんな勢いの吸水力を見せつけるアルマゲストの外套。

 果たして水はどこに消えているのやら。

 一分も経たないうちにこの世界は完全な砂漠と化す。

 唯一、緑の植物だけがここにオアシスが在ったことを証明する――で、あろう植物も少し遅れて枯渇し、砂となり、風に吹かれてどこかへと消えてしまう。



「死んだ」



 蒼穹が一瞬で夜に切り替わる。

 水を吸ったアルマゲストの外套がほんのりとした白光を漏らしていた。

 空に月がないこの世界では、唯一の光源と言えるアルマゲストに近寄り、この世界について聞いてみる。


 死んだ。

 それだけ言ってアルマゲストは暗黒の空を見上げる。

 月がない。

 私が見上げたところで何ら変化は訪れない。

 この、星すらない見当たらない完全なる闇に、アルマゲストは何を探しているのだろうか。

 きっとそこにオアシスは見つからないであろうことだけは断言できる。


 ……考えにくいことではあるが、先程の“愚か者”とやらを探しているのだろうか。

 死んだ人はお星様に、なんてメルヘンな人物とは思えないアルマゲストだが、実は私が知らないだけという可能性もある。

 そう言えば何故、アルマゲストは愚か者と言ったのだろうか。

 質問ばかりの私にアルマゲストは律儀に答えてくれる。

 愚か者と呼ばれた先程のアレは、流されて至った一つの終わりであった、と。

 それ故に愚者。

 ということらしいが、私には全く理解できない。

 水となった、だから終わった。

 それが、愚か者という言葉と結びつかないのだ、どうしても。

 流れたからダメなのだろうか。

 形がないからいけなかったのだろうか。

 しかし、それが終わりということはどういうことだろうか。



「行く」



 アルマゲストが私の手を取り、



「どこへ?」



 私が小首を傾げた瞬間に風景が一変。

 同時に何かが耳元を通過した。

 そしてアルマゲストは答えた、次の世界、と。



 

 一時間後。

 私とアルマゲストは大木に背を預けて休憩をした。

 アルマゲストの表情からは一切の情報を集めることができないものの、先程まで発生していた戦闘のダメージがある。

 それを考えると少し休んでもらう方が無難かつ、常識だろうと判断した。

 気付けばアルマゲストは小さく息を立てて瞼を落として寝ている。

 その間に私は気付いた。


 私も流されているのではないだろうか。

 この前の世界で愚者たる者と遭遇した。

 なぜ、水となったアレが愚か者なのか分からなかったが、いまなら少しはわかるような気がした。

 結局流される、つまり自分の意見を述べることなく、自分に害がない限り肯定し続け、その最中に自分を見失い、それでも抗うことなく流され続けて最初の自分と完全に別離してしまった。

 最後には自分という形までも失い、取り戻そうともがいたところで、過去の自分はどこかへと流されてしまっている。


 それは優しさとも言えるかもしれない。

 だが、やはり自分を見失ってしまうほどの謙遜や遠慮は、愚かなのだと思える。

 手遅れなのに下手な抵抗をして周りに迷惑をかけてしまっては、流されて形を失うどころか、自分があるべきオアシスすら見失ってしまうかもしれない。



(私も、結構流されているのかも……)



 ため息を空に向かって吐き出すと、夕焼けに煙る虹が私の視界の片隅に映り込んだ。


 アルマゲストが目を覚まし――到着早々文明を壊滅させたこの世界を――歩みだしたのは、その一分後だった。


 

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