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久凪詩音は、世界・個・確信者。
アルマゲストは、世界・道・革新者。
二人は共に世界の果てを目指す。
純白の世界は、言われてみれば彼の世界を模しているのかもしれない。
(各々世界を持つ我々が、他人の世界を模す……やはり、今までにない変異)
アルマゲストは次の世界がやってくる前に考えた。
どうにもおかしな匂いが漂っている。
最初にこの世界群に引きずり込まれた時は3~4つの匂いしかしなかったのに、今では無数の匂いがそこかしこから漂っているのだ。
(多核世階の分離構築に何か秘密があるのだろうが、しかし……)
アルマゲストは知っている。
分離の世界は最大で5つまでが内包限界だった。純生から亜生に変革したことでその数を10に増したと聞いてはいたが、現状ではそれ以上の内包が感じられる。
何処で変化があったのか。
(まさか、シオンの――来た、か)
いま、私たちの世界に異変が起きている、アルマゲストが感じる違和感の正体が分からなかった。誰もが彼もがアルマゲストの持たない情報へと変化・変貌を遂げている。
「どうもー」
その中でも、今まさにアルマゲストの前に現れた世界の変わりようはほぼ9割と言えるほど顕著だった。
消え入りそうな声で挨拶してきたそいつは、純白の宇宙に突如現れたキッチンスペースで前掛け姿を披露していた。
三つ編みの長髪も、赤色の防塵マスクも、漆黒の両手両足も、かつてかの者が持ち合わせなかったもの。何よりも目の下のクマが気になる。そういう出で立ちを装う理由が分からない。
「弱小の純生:規格です」
「知っている」
彼女の世界に踏み込む。
タイルの床だが土足でも裸足でも問題ないだろう。調理台の上に散乱した器具や具材を確認しながら、真正面に彼女を捉えるよう調理台を回り込む。改めて、両手を前に組んで丁寧にお辞儀する規格に戸惑いながら、聞く。
が、
『知……』
口を紡ぐ。
二人同時に。
被ってしまったことに戸惑いが増し、それに機先して規格がお先にどうぞと譲るものだから余計に調子が狂う。
「知っていることを話して」
「はい、話します」
潔さがすぎる彼女は都合がいい。
だが、今までの彼女を情報として持ち合わせているからか、その差異が非常に気味が悪かった。
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規格は告げた。
不気味を通り越した何か、奇妙な感情を抱くほど素直に。
「今回、純生のほとんどがこの分離空間に集まっています。
それもこれも、全てはあなたと彼女を止める為です」
自信だろうか、それとも庭園のように知りたいだけなのだろうか。
どちらにせよ聞いてしまったからには後を選ぶつもりはない。こうして目の前に現れたこともある。訪ねるべきことを勿体ぶるつもりもない。
「止めてどうする?」
規格は目を閉じて調理台へと向く。
カリフラワーを手に取り、少し考えてから答えた。
「私には分かりかねます。
創意が彼女をどうしたいのか、アナタをどうしたいのか。それは創意のみ知るところです」
お前たちの意思はそれでいいのか。
疑問を差し出すと同時に、手近にあったトマトに指で触れる。
それを見守っていた規格は分からないと答えた。
「私たちがここに来た理由をお伝えします。
私はこれまで、常に絶生の隣りにいて、無数の世界が何色をしているのかを見極めていました。
その世界が純生なのか、亜生なのか、それとも絶生か。
今まではとても簡単にそれを見分けることができた」
でも、出来なくなった。
だから規格は原因を探っていた。
この世界に、一斉にエラーが起こった、その原因を。
「私には見分けることしかできません。
詳しく調べるなんて、多核世階や結真来絡にお願いしなくてはできません」
カリフラワーが調理台から反対側の流し場に移される。
「それが誰かの意志なのか判りませんが、私はどうしても知りたい。
原因が何なのか。
でないと、私の存在する理由がありません」
肯定してから訪ねる。
私とシオンの色は、他と違って見えたのかと。
返される肯定に唸る。
「私の規格は、私の目に止まった瞬間から他の誰からも認識できるようになります」
それは格付けなのだろう。
区別し、認識させる世界観であり、それは彼女の目に止まれば誰もがこの世に晒されるということ。
上下関係をつくるのが規格の役割なら、その関係を前提に誰が得をしようとしているのだろうか。
それとも、損得や効率の観念もなしに何かを疑似体験でもしようとしているのだろうか。
「……私は、何色?」
トマトが青ざめていく。
なるほど、擬態した世界か。
無数の匂いを感じた理由はこれか。
このキッチンの至るところに世界がある。
「はい、少し寂しげな青。それと、その寂しさを貫く小さな、しかし、まばゆい白です」
規格は背を向けて少し距離を置いた。
規格は私とシオンに目をつけているのは間違いなさそうだ。問題は意思の大きさだ。
「私たちがその原因だとしたら、なぜそうなったと思う?
正直、私にも理解できないところや不明な点はある」
自分でも驚く程、これほどまでに動く口だったかと疑いつつ、アルマゲストは野菜スティックに手を伸ばす。
「誰もが色を持っているのは間違いありません。ですが、お二人の色別はあまりにも特異過ぎます。特に、もう一人の方……えぇと……」
久凪詩音。
規格の目に、彼女は無数の変化を遂げる流動色と映っているという。
それは創意さえ知らない色だという。
「かつて、彼女の隣りに居たことにありましたが、一度もそんな色を観測したことはありませんでした」
にんじんをかじりながら知っていると告げる。
詩音は、何を考えているのか理解できなかったが、記憶を失くす直前にこの規格と接触し、未知の色を探るように、知っている全員の色を絶えず把握し続けるように伝えていたことは覚えている。
その手法がどんな結果へつながっていくのか分からない。
もしかすれば、私も規格も気になっている突然変異の原因に直接関係があるのかもしれない。
「これは私の推測ではあります。
創意は、前回の個の行動が流動色の原因で、これ以上の変化を食い止めたいが為に私たち全員を斡旋した。 その結果がここです。 今回も同じことが起きないようお二人を止めようとしているのではないか。そう考えています」
詩音の前回の行動。
目標を語られていない私にその頂は分からないが、その道中に私や規格が必要とされていたことは確かに分かるし、それを快く思っていない世界があることも明白だ。
調理台の端にフォークを見つける。
振り返った規格は防塵マスクを外して投げ捨てる。
「お願いです、行かないで。
私は、私すら分からない今がとっても嫌なんです」
「いや」
ボウルの隣のバナナにフォークを突き刺しつつ、変貌を続ける彼女の言葉を否定する。
それは理由にならない。
「分かりませんか、私たちはいまのアナタのように変わることがない、あり得なかった。
自分たちの中にあるものを管理しているだけの存在だったのですよ?
それを変化し続けるのが当たり前なんて……異常ですよ。異色が過ぎます、目が眩みます」
葛藤が見える。
ボウルの中のいちごを一つ口に含み、首を振る。
規格も包丁を手に手近な野菜に刃を入れた。なんということだ。大丈夫だろうか。
「それでもアナタたちは行くんですか?
どうして、何がしたくて?」
もう一つ、いちごを取って規格の口へ押し込む。
そして私を突き動かしている言葉を伝える。真相を探しているとも。
が、青ざめて涙を貯め始めた規格はすぐに口を開かなかった。いちごはそれほど大きくなかった。咀嚼するにも時間は要さないが、考えてみれば理由は違う。
彼女は純生で、しかも変化した自分を嫌うほどの不変思考だ。衝撃が大きかったのだろう。大きいはずだが、ではなぜその手元は刃を走らせたのか。
「目がくらむのでなく、目を瞑っているのでは?」
両腕を持ち上げて掌を拳に閉じる。
それだけでキッチンの全ての金属が無音に絶叫を上げて絶大な変形を遂げる。続いて瓶の類が全て割れて中身を床やコンロ、具材の上に撒き散らして破片だけが床をすり抜けて消えていく。
多くが絶えた。
「分かっていますか? アナタが先程から触れているそれは……」
「純生や亜生のたちの変貌したものを、お前が規格付けして押さえ付けていた世界」
アルマゲストはその場で回った。
生まれた炎は、無邪気に笑う、走る。
「疲れる時間を過ごした」
心配事が加速するだけだった時間に苛立ちを覚えるわけではない。
だが、規格を生かす理由を見出せないアルマゲストは破壊を決めた。先に絶えた世界と同じことが、今後も起こらないとは限らない。
詩音が彼女をまだ使う可能性も思いついたが、それよりも早く規格はもの言わぬ無価値へと変化を遂げていた。
たしかに、彼女の言う通り、私たちは自ら凍結を選ぶことのない存在だった。
自閉という行為が明確な変化を遂げたと言える理由のひとつだし、他にもその結末へいたる世界があった。逆に、死線にあっても我武者羅に在り続けたいと思うことも、これまで観測されたことのない思考だった。
「色分けだけで全てが済むものだろうか」
それが全てだった規格と話をしたかった。それは本心だ。
詩音が心配でなければ、庭園のようにゆったりと構えて話をしていたかった。
(結真来絡――1つだけありがとう、規格)
もう一人の敵の正体が見えた。
言われるまで思い出せなかった妨害者の位。
多核世階と長く隣り合わせてきた世界。
そいつさえ破壊してしまえば分断を限定できる。
アルマゲストは結真来絡の匂いを思い出して飛ぶ。
厄介なことに、結真来絡の匂いの方角にもうひとつ知っている匂いを感じ取れた。
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……
創意は、世界・殻・守衛者。