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星の書  作者:
1/15

-01-

※注意※

 この物語に数学は一切出てきません。

 惑星は出てきますが、小難しい宇宙文学はありません。

 ただ単に、人が消えていくお話です。


※どうでもいいこと※

 この世の黒色に祝杯を。

 この世の白色に乾杯を。

 刺激的な意味で。


 そこは無限だった。


 唯一光を放っている私は、果たして誰だったのか。


 頭が痛い。目も、喉も、胸も。


 遅れて気づくが耳鳴りも酷いし、四肢が痛く、先端は感覚がない。


 知覚が戻り、自分が這いつくばっているのだと気付く頃には、天井も床も、地面すら存在しない無限に広がる暗闇の中だった。



「……」



 寒くもない。

 暑いわけでもない。

 唯一、生理に訴える存在があるとすれば“彼女”だ。



「ここはどこ?」



 無言で私を見下ろす彼女の表情は、その響きと同様に隙がない。

 ぼやけていた目が、見慣れてきた暗闇の世界に明と輪郭を灯す彼女の上半身を捉える。

 幼い、としか言いようのない小柄な少女。



「私は死んだの?」



 白と黒の少女は、思考が散逸な私には死神に見えた。

 漆黒に染まった髪とは対照的に、白く輝く真っ白な肌。その顔立ちの中で唯一個性を示すかのように佇む赤銅色に揺らめく不思議な瞳。小首をかしげる程度の仕草を見せる死神の小さな口が解かれ、年相応の声音で第一声を、否定で示す。



「あなたは生きた」



 次にかける言葉を私が口にするより早く、彼女の二の句が突き刺さる。



「でも、他は死んだ」



 私はその一言で自分以外の全てを思い出した。


 そうだ。

 私の世界は死んだのだ。

 よく分からない映像が世界中全てのテレビ画面を乗っ取り、次の瞬間にテレビの前の人々を焼き殺す光が世界を包んだ。



「どうして、私は生きているの?」

「見つけたから」



 暗闇の中で二人。

 上体を起こして痺れる両手を確認しながら、掴み所を無限の中に探す。

 不安はあるが、焦りはない。

 諦観はある、しかし、恐怖はない。

 私の手を彼女は取り、私も彼女に手を伸ばして質問を続ける。



「ねぇ、突然空が割れて、そこに皆が吸い込まれていった。あれは何だったの?」

「……」



 知らないのか、答えたくないのか。

 無表情の彼女からはゼロ以外のものが読み取れないし、感じられない。

 麻痺した勇気を取り戻した私は少し進む。



「音が響かなくなったのはどうして?

 みんな必死に叫んでいたのに、どうしてみんな一斉に声が聞こえなくなったの?」

「……」



 また無言。

 構わない、私は続ける。

 お互いの両手を絡ませ、彼女の瞳を正面を真っ直ぐに見つめる。

 知りたい。

 私の世界が死んだワケを。

 一体何が世界を殺し、壊し、消して、そのくせに私だけを生かしたのか。



「私の……お父さんとお母さんが、砂みたいになって消えた、あれはどうして?

 友達も、上司も、お隣さんも、弟も、みんな崩れて消えた。でも、私の婚約者は砂にならなかった。ほんの少しの人たちは消えなかった。

 記憶があるのはそこまで。

 生き残った人たちが集まって、空を見上げた。そこまで。

 ……私達の、世界はどうして消えたの? あなたは何か知らないの?」



 畳み掛けるように続ける私の言葉を、赤銅色の瞳が切り捨てる。



「“あなたの世界”--私は違う」



 ふと、私は自身の名前を思い出す。

 そう言えばこの少女はなんという名前だろう。



「私の――私は、久凪詩音(ひさなぎ しおん)

 あなたの名前は?

 どうしてあなたは、私を見つけられたの?」


「なまえ?」



 彼女には正直に答えてほしい。

 私はいま、とても寂しい。

 だから、名前のある知人を見つけたい。

 この無限の中に一人でもいい。

 独りだけが嫌だ。それを描くと腹の底から黒い何かが湧き上がってくる。



「私はみんなにシオンとか、しーちゃんとか、シオとか呼ばれていた。あなたは?」



 焦りを思い出す。

 幼い体躯の彼女の全身を、改めて見回してみれば随分と奇怪な衣装に包まれていた。

 いや、奇怪なのは雰囲気の方だろうか。

 白地に黒く太い縦線が左右対称に走った不思議な文様、白と黒が絡み合って僅かな奥行きを思わす不思議なローブ。四肢こそ何も装ってはいないが、その爪先は全て黒い塗料で統一され、年不相応の怪しさに拍車を掛けていた。



「なまえ、は」



 私は少し後悔した。

 ここに至って、この少女が醸し出す尋常ならざる雰囲気が、世界の消滅と関連しているのではないかという直感が働いてしまったからだ。

 犯人はこの少女だろうか。

 わからない。

 何故なら、私は生きている。答えから目を反らしていいのは死人だけだ。



「“あるまげすと”」



 彼女と額が触れ合う。

 その名が耳に残った瞬間、視界の中から彼女が消える。ただただ暗闇が広がり、私がその中に“解けて”いくのがわかる。

 無限の中に落ちていく。

 私は再び全身に痛みを覚えた。

 輪郭を失った、音を失った、感情は蝋燭が消えるが如く沈み、熱量は最初からなかったものの様に否定される。

 私はどこにいたのか。

 これからどうなってしまうのか。

 わからない、考えられない、なにもできない。


 でも、彼女の名前が暗闇の私の中で反響を続けていた。


 そして気付くと、私は暗闇の世界から開放されていた。



「ようこそ」



 少女“あるまげすと”は、初めて表情を見せた。





 -01 久凪詩音-



 

 ……果たして。


 ……この生命の意味は?


 ……。


 

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