「お前は用無し」と追放されたんで狩りに行ったら森で少女を拾いました。二人で静かに暮らすつもりだったのに、ドラゴンを倒したせいで全部台無しです
「おい、ルーク! お前、荷物まとめて出て行け」
「……は?」
「聞こえなかったのか? 追放だよ」
リーダーのザマルは、吐き捨てるように言った。
「俺たちも充分強くなったから――お前のスキルはもう用無しなんだよ」
用無し。
その言葉が胸に刺さった。
俺は十五歳から三年間、このパーティで戦ってきた。
ジョブは《ナシ使い》。
そして、唯一のスキルが――。
「《ラ・フランス》」
ぼとっ。
手のひらに、大きな洋梨が一個落ちてきた。
「ぶはっ!」
ザマルが吹き出した。
「何度見ても笑えるな!」
「いつ見てもシュールですね!」
腰巾着のバンザが腹を抱える。
「ルークぅ。あたし、前から言おうと思ってたんだけどぉ」
ビルデが髪をかき上げた。
「そんなスキルで冒険者やってるの、ちょっと恥ずかしいよ?」
三人が笑う。
俺は手の中の梨を見た。
剣士なら剣技。
魔術師なら魔法。
神官なら治癒。
なのに俺は――梨。
しかも、三年間ずっとレベル1だ。
この世界では、魔物を倒した者に経験値が入る。
俺の役目は梨を投げて魔物の気を引くこと。
そして、俺がとどめを刺そうとするたび、決まってザマルに押しのけられた。
『とどめは俺らが刺す。お前は梨でも投げてろ』
三年間。
何度戦っても、経験値はザマルたちのもの。
俺だけがレベル1のままだった。
「……分かったよ」
荷物を背負う。
「世話になったな」
「まあ、ゴブリンの気を引いたり、オヤツくらいには役立ったぜ!」
「ザマルさん、優しいっすね。そんな無理してフォローしなくても」
「元手ゼロで梨を売れるんだから、食いっぱぐれはないでしょ。頑張ってね、ルーク」
三人の笑い声を背中に浴びながら、俺は宿を出た。
こうして十八歳の俺は。
三年間所属したパーティを追い出された。
◇
翌朝。
俺は一人、町外れの森を歩いていた。
「これからどうするかな……」
冒険者を続けるにしてもレベル1。
別の仕事を探すにしても、これといった技能はない。
できることといえば。
「《ラ・フランス》」
ぼとっ。
梨を出すことくらい。
「……梨農家でもやるか」
畑ないけど。
そんなことを考えながら歩いていると。
がさっ。
「ん?」
茂みの向こうから音がした。
魔物か。
俺は腰の短剣に手をかけ、慎重に近づく。
「…………」
いたのは魔物ではなかった。
女の子だった。
木の根元に、小さな少女がうずくまっている。
十歳くらいだろうか。
銀色の長い髪は泥で汚れ、服もあちこち破れている。
頭には大きな獣耳。
そして身体を隠すように丸められた、真っ白な尻尾。
獣人か。
「おい」
「……っ!」
少女が飛び上がった。
俺を見るなり、後ずさる。
「悪い。驚かせた」
「…………」
「一人か?」
少女は答えない。
大きな赤い瞳で、警戒するように俺を見ている。
そのとき。
ぐぅぅぅ。
「…………」
「…………」
少女の顔が真っ赤になった。
「腹、減ってるのか?」
「……減ってない」
ぐぅぅぅぅぅ。
「…………」
「…………」
「正直な腹だな」
「うぅ……」
とはいえ、俺の荷物にも食べ物は残っていない。
「悪いな。俺も食い物は――」
そこまで言って。
気づいた。
いや。
あるじゃん。
「《ラ・フランス》」
ぼとっ。
少女が目を丸くした。
「……なに、それ?」
「梨」
「なし?」
「食べ物だ。食うか?」
「…………」
少女はしばらく梨を見つめていた。
やがて恐る恐る受け取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「毒なんか入ってないぞ」
「……ほんと?」
「ああ」
少女は小さく口を開けた。
しゃく。
「…………!」
耳が、ぴんっと立った。
「どうだ?」
返事はない。
だが。
ぶん。
ぶんぶん。
真っ白な尻尾が、猛烈な勢いで左右に振られ始めた。
「……うまいみたいだな」
「!」
少女が慌てて尻尾を抱える。
「見ないで!」
「なんでだよ」
「……変だから」
「尻尾が?」
少女は俯いた。
「白いから」
「白いな」
「……気持ち悪くないの?」
「なんで?」
少女が顔を上げた。
泥で少し汚れているけれど。
雪みたいに真っ白で、ふわふわした尻尾だ。
「綺麗じゃないか」
「…………え?」
「雪みたいで」
少女が固まった。
「……初めて言われた」
「何を?」
「綺麗って」
俺は少女の隣に腰を下ろした。
「名前は?」
「……リル」
「リルか。俺はルーク」
「ルーク……」
「なんでこんなところにいる?」
リルの耳が、ぺたんと垂れた。
「……里を追い出されたの」
「里?」
「犬獣人の里」
リルは白い尻尾を抱きしめる。
「みんなの尻尾は、茶色とか黒とか灰色なの。白いの、わたしだけ」
「それだけで?」
リルは首を横に振った。
「ときどき……変なのも出るから」
その瞬間。
リルの身体から、淡い白い光が漏れた。
雪のような光が、少女の周囲を漂う。
「気持ち悪いでしょ?」
「…………」
「みんな、不吉だって。災いを呼ぶって」
「だから……出ていけって」
俺は白い光を眺めた。
どう見ても。
「綺麗だけどな」
「……え?」
「尻尾も、その光も」
「…………」
「俺なんて梨だぞ」
ぼとっ。
もう一個出してみせる。
「昨日、これしか出せないから『用無し』って追い出された」
「ルークも……追い出されたの?」
「ああ」
「じゃあ……一緒?」
思わず笑った。
「そうだな」
役立たずのナシ使い。
不吉な白い犬獣人。
「追い出され仲間だ」
「……なかま」
リルは小さく呟いた。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
◇
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「分かんない。ルークは?」
「俺も分かんない」
「…………」
「…………」
二人揃って行く当てがない。
ひどい話だ。
「とりあえず、稼ぐか」
「わたし、お金ないよ?」
「俺もない。だから稼ぐんだよ」
腰の短剣を抜いた。
ちょうど近くに一匹のスライムがいる。
「ここで待ってろ」
「ルーク?」
「すぐ戻る」
「《ラ・フランス》」
ぼとっ。
スライムの近くへ梨を投げる。
スライムが梨へ向きを変えた。
「今だ!」
背後から短剣を突き立てる。
一撃。
二撃。
三撃。
何度も刺して、ようやくスライムが崩れた。
「はぁ……はぁ……」
弱い。
たった一匹のスライム相手に息が切れる。
三年も冒険者をやって、この程度だ。
「ルーク!」
リルが駆けてきた。
「すっごーい!」
「……は?」
「モンスター倒した!」
「いや、スライムだぞ?」
「でも、ルークが倒したよ!」
「…………」
【経験値を獲得しました】
目の前に表示が浮かんだ。
三年間、一度も見たことのない表示。
自分の手で魔物を倒したのも。
誰かに「すごい」と言われたのも。
これが初めてだった。
「……もう一匹やってみるか」
◇
夕方。
【ジョブ《ナシ使い》のレベルが2になりました】
「上がった……」
「なにが?」
「レベル」
三年間、どれだけ冒険しても届かなかった数字。
「すごい?」
「俺にとっては、とんでもなく」
「じゃあ、すっごーい!」
リルが両手を上げて笑った。
【スキル《ラ・フランス》が成長しました】
「成長するのか、これ!?」
「梨が?」
「ああ!」
新しく頭に浮かんだのは――毒。
「《ラ・フランス》!」
ぼとっ。
【毒梨】
「…………」
「…………」
リルが一歩下がった。
「ルーク」
「なんだ」
「それ、食べちゃダメだよ」
「分かってる!」
◇
そこからは早かった。
毒梨で魔物を倒す。
経験値が入る。
レベルが上がる。
レベル3。
【麻痺梨】
「おお!」
「ルーク、すごい!」
レベル4。
【硬い梨】
「これなら投げても武器になる!」
「食べられる?」
「たぶん歯が折れる」
「いらない」
「即答するな」
レベル5。
【爆発梨】
どかーん!
「…………」
「…………」
「ルーク」
「なんだ」
「梨って爆発するの?」
「俺が聞きたい」
レベル6。
【すっぱい梨】
「…………」
「…………」
「リル」
「なに?」
「食うか?」
「いらない」
「まだ何も言ってないだろ!」
そして。
【ジョブ《ナシ使い》がレベル7になりました】
「来た!」
「今度はなに?」
「レベル7だぞ。相当すごい梨に違いない」
「おいしい?」
「お前、それしか興味ないのか?」
「うん!」
「いい笑顔で言うな」
「《ラ・フランス》!」
ぼとっ。
「…………」
「…………」
臭い。
ものすごく臭い。
【腐った梨】
リルが鼻を押さえた。
「ルークお兄ちゃん」
「…………」
「くさい」
「俺のせいじゃない!」
…………ん?
「今、なんて言った?」
「くさい」
「その前」
「……お兄ちゃん?」
リルが不安そうに俺を見る。
「だめ?」
「…………」
胸の奥が、少しくすぐったい。
「いや。好きに呼べ」
「じゃあ、おにいちゃん!」
「…………」
「おにいちゃん?」
「……おう」
「えへへ」
白い尻尾が揺れた。
……まあ。
悪くない。
「問題はこいつだな」
腐った梨を見る。
「もう一回。《ラ・フランス》!」
腐。
「《ラ・フランス》!」
腐。
「《ラ・フランス》!」
腐。
「全部腐ってるじゃねえか!」
「おにいちゃん、くさい!」
「だから俺のせいじゃないって!」
半ばヤケになって、もう一度。
「《ラ・フランス》!」
ぼとっ。
キラァァァン。
「…………」
「光ってる!」
【金の梨】
「…………」
「…………」
「リル」
「なに?」
「これは食うなよ」
「食べないよ!」
◇
金の梨は十万ゴールドになった。
ビルデの言った通り。
本当に梨で食いっぱぐれなくなってしまった。
そして。
レベル8。
「今度こそ、まともなの来い!」
「《ラ・フランス》!」
ぼとっ。
【ダメージ梨】
「…………」
「…………」
「ダメージ……なし?」
リルが首を傾げた。
「食べると、受けたダメージがなくなるらしい」
「じゃあ、本当にダメージなしだ!」
「…………」
ダメージ。
ナシ。
「いや、まさかな」
「おにいちゃん?」
「なんでもない」
偶然だろう。
たぶん。
◇
金もできたので、町外れに小さな家を買った。
ボロだが、俺たちの城だ。
寝室が二つ。
小さな台所。
それだけ。
だけど。
「おにいちゃん!」
「なんだ?」
「梨!」
「さっき食っただろ」
「もう一個!」
「腹壊すぞ」
毎朝、リルが起こしに来る。
一緒に飯を食う。
俺は魔物を狩る。
リルは家で待っている――はずなのだが、たいていついてくる。
帰ったら二人で夕飯を食う。
ある日。
市場へ行こうとすると、リルが当然のようについてきた。
「今日は梨じゃなくて、別の果物でも買うか」
「いらない」
「即答かよ。リンゴとか桃とかあるぞ?」
「梨がいい」
「そんなに好きなのか?」
「うん」
「なら市場で梨を買って――」
「それもいらない」
「なんでだよ」
リルは俺の服の裾を掴んだ。
「おにいちゃんのがいい」
「俺の?」
「うん」
「《ラ・フランス》」
ぼとっ。
差し出すと、リルは嬉しそうに受け取った。
しゃく。
白い耳が立つ。
尻尾が、ぶんぶん揺れる。
「そんなにうまいか?」
「うん!」
リルは梨を両手で抱えて。
無邪気に笑った。
「おにいちゃんの……おいしい」
「…………」
なんだ、その言い方。
「もう一個食うか?」
「うん!」
追放されたときは、これからどうなるのかと思った。
でも。
案外。
こういうのも悪くない。
静かに。
二人で。
暮らしていければ、それでいい。
◇
――なんて思っていたのだが。
「おにいちゃん!」
森にリルの悲鳴が響いた。
「リル!」
駆けつけると、巨大な魔物がいた。
赤黒い皮膚。
額に二本の角。
オーガの上位種だ。
「リル、逃げろ!」
「でも!」
「いいから!」
毒梨。
効かない。
麻痺梨。
少し動きが鈍っただけ。
「なら――爆発梨!」
どかーん!
直撃。
それでも倒れない。
「嘘だろ!?」
オーガの棍棒が振り下ろされる。
「ぐっ!」
身体が吹き飛んだ。
「おにいちゃん!」
「来るな!」
立てない。
脇腹が焼けるように痛む。
「……そうだ」
震える手を前に出した。
「《ラ・フランス》!」
ぼとっ。
【ダメージ梨】
梨にかじりつく。
「…………!」
痛みが消えた。
身体が動く。
本当に。
ダメージが――ナシになった。
「おにいちゃん、すっごーい!」
「感心してる場合か!」
オーガが再び棍棒を振り上げる。
間に合わない。
「やめて……」
リルの声が聞こえた。
「おにいちゃんを……」
白い光が漏れた。
いつもの淡い光ではない。
森そのものが白く染まる。
「いじめないでぇぇぇぇぇっ!!」
轟音。
俺は目を開けた。
「…………でか」
巨大な白銀の狼が立っていた。
銀白の毛。
金色に輝く瞳。
身体から溢れる、神々しいまでの白い光。
『グルルルル……』
オーガが後ずさる。
次の瞬間。
白銀の狼が消えた。
轟音。
オーガが吹き飛ぶ。
一撃だった。
「…………」
白銀の狼がこちらを見る。
俺も見る。
「…………リル?」
『わふっ!』
「……リルだな!」
◇
翌日。
俺たちは冒険者ギルドへ呼び出された。
「フェンリルです」
「…………はい?」
ギルドマスターが震えていた。
「白銀の毛。純白の尾。そして、あの神気。間違いありません」
「…………」
「その少女は――神獣フェンリルです!」
隣でリルが梨を食べている。
しゃく。
「これが?」
「これって言わないでください!」
「おにいちゃん、もう一個」
「あとでな」
「はーい」
白い尻尾が揺れる。
犬獣人の里で、不吉だと追い出された少女。
その正体が。
「神獣……」
「なに?」
「いや」
リルの頭を撫でる。
「何でもない」
フェンリルでも。
犬獣人でも。
俺にとっては。
リルはリルだ。
◇
それからしばらくして。
【ジョブ《ナシ使い》がレベル10になりました】
「きた!」
「十?」
「ああ。節目のレベルだ」
毒。
麻痺。
爆発。
金。
そして、ダメージをなくす梨。
レベル10なら、とんでもない梨が出るに違いない。
「リル。見てろよ」
「うん!」
「《ラ・フランス》!」
ぼとっ。
「…………」
「…………」
普通の梨だった。
「え?」
鑑定する。
【ラ・フランス】
【品質:極上】
「…………」
「おいしい?」
「それだけっぽい」
「食べていい?」
「いいぞ」
しゃく。
「…………!」
耳が立った。
白い尻尾が、
ぶんぶんぶんぶんぶん!
「そんなにうまいか?」
「うん!」
リルは梨を両手で抱えて、満面の笑みを浮かべた。
「おにいちゃんの……すっごくおいしい!」
「…………」
「今までで一番!」
期待していた。
もっと強い能力。
もっとすごい梨。
だけど。
まあ。
いいか。
「もう一個出すか?」
「うん!」
こんな顔をするなら。
戦闘に使えなくても。
悪くない。
「《ラ・フランス》」
ぼとっ。
その瞬間。
「ギャッ!」
茂みからゴブリンが飛び出した。
「あっ!」
梨を奪う。
「ギャギャギャ!」
「おにいちゃんの梨……」
リルの耳が、しゅんと垂れた。
…………。
カチンときた。
「おまえなんか……」
口をついて出たのは。
三年間。
俺が何度も浴びせられた言葉だった。
「用無しだ!」
ポンッ。
「…………」
「…………」
ゴブリンが消えた。
ぼとっ。
梨が落ちた。
二個。
奪われた梨と。
もう一個。
「……おにいちゃん?」
「ちょっと待て」
足元の石を指差す。
「用無し」
ポンッ。
ぼとっ。
梨。
倒木を指差す。
「用無し」
ポンッ。
ぼとっ。
梨。
【鑑定】
《ラ・フランス》
【品質:極上】
「…………」
ダメージ梨。
ダメージ、ナシ。
そして。
用無し。
ようなし。
洋梨。
「そっちの『ようなし』かよ!!」
◇
三日後。
王都に、終末の鐘が鳴った。
北の霊峰の封印が破れた。
『終末の災厄』――エンシェントドラゴン。
三百年前、一夜で三つの国を滅ぼした伝説の魔物。
山ほどもある黒い巨体が、王都の空を覆っていた。
「リル!」
「うん!」
白い光が爆発する。
十歳の少女の姿が消えた。
代わりに現れたのは、白銀の神獣。
『わおおおおおおん!』
フェンリルの咆哮が王都に響く。
リルが跳ぶ。
ドラゴンの首へ食らいつく。
だが。
『――グオオオオオオオ!!』
『きゃんっ!』
「リル!」
白銀の巨体が地面へ叩きつけられた。
白銀の毛が赤く染まる。
「リル!」
『まだ……大丈夫』
「大丈夫なわけあるか!」
俺は梨を放った。
「リル、食え!」
『え?』
「《ダメージ梨》だ!」
リルが大きな口で梨を受け止める。
しゃく。
傷が消えていく。
『……おいしい』
「感想そこかよ!」
エンシェントドラゴンがこちらを見下ろす。
遠い。
高い。
この距離では声が届かない。
ドラゴンが口を開く。
炎が集まる。
あれが放たれれば。
王都が消える。
俺も。
リルも。
『おにいちゃん、乗って!』
リルが立ち上がる。
「いけるか?」
『うん!』
白銀の背に飛び乗る。
リルが地面を蹴った。
同時に。
炎が放たれる。
『わおおおおおおおおおおおん!!』
リルの身体から、白い光が溢れた。
不吉だと言われた光。
災いを呼ぶと言われた光。
その光が。
今度は王都を守る盾となった。
「……っ!」
業火の中。
俺は笑った。
「やっぱり綺麗じゃないか!」
『わふっ!』
白銀の狼が駆け上がる。
炎を突き抜ける。
ドラゴンが迫る。
十メートル。
五メートル。
目の前に、巨大な顔。
俺は指を突きつけた。
「お前――」
一拍。
「用無し」
ポンッ。
「…………」
消えた。
山ほどもあったエンシェントドラゴンが。
消えた。
青空だけが残った。
そして。
ぼとっ。
広場の石畳に、一個の洋梨が落ちた。
「…………」
王都が静まり返った。
騎士も。
魔術師も。
逃げていた人々も。
全員が、白銀の狼と、その背に乗った俺を見ている。
俺は梨を見る。
空を見る。
もう一度、梨を見る。
【鑑定】
《ラ・フランス》
【品質:極上】
こうして。
三百年前に三つの国を滅ぼした『終末の災厄』は。
極上の洋梨になった。
『おにいちゃん!』
「ん?」
リルが、ぶんぶんと尻尾を振る。
『すっごーい!』
「…………」
『おにいちゃん、かっこいい!』
「…………」
王都を救った実感より。
なぜか。
その一言のほうが嬉しかった。
『おにいちゃん』
「なんだ?」
『あれ、食べていい?』
「……やめとけ」
◇
その日の夕方。
「頼む、ルーク! 戻ってきてくれ!」
ザマルが土下座していた。
「俺が間違ってた! お前は最高の仲間だ!」
「そ、そうっすよ!」
「ねえ、ルークぅ。あたしたち、また四人で――」
俺は黙って。
三人を指差した。
「お前らは――」
「「「ひっ……!」」」
三人の顔から、一斉に血の気が引いた。
ザマルが震える。
バンザが涙目になる。
ビルデは腰を抜かした。
まあ。
そうなるよな。
王都中の人間が見ていたのだ。
俺が指を差して、あの言葉を言えば。
どうなるのかを。
「…………」
俺は指を下ろした。
「……もういいよ」
「ル、ルーク……?」
「別に恨んでない」
これは本心だ。
「お前らが追い出してくれなきゃ、俺はずっとレベル1のままだった。それに……」
服の裾を、くいっと引っ張られた。
「おにいちゃん」
「こいつとも出会えなかったしな」
リルの頭をぽんと撫でる。
「悪いな」
ザマルたちを見る。
「俺にはもう、大切な相棒がいるんだ」
「……!」
ぶんっ!
リルの白い尻尾が大きく揺れた。
◇
翌朝。
俺たちはいつものように朝食を食べていた。
「おにいちゃん」
「ん?」
「梨」
「朝飯食っただろ」
「別腹」
「どこでそんな言葉覚えた」
「おにいちゃん」
「俺かよ」
そのとき。
どんどんどん!
玄関が激しく叩かれた。
「ルーク殿はいらっしゃるか!」
「…………」
嫌な予感しかしない。
扉を開ける。
立っていたのは、王家の紋章を付けた騎士だった。
「王命である!」
「…………」
「『終末の災厄』を討伐した英雄ルーク殿、ならびに神獣フェンリル殿を、至急王宮へ召喚する!」
「…………」
「なお、神獣様を追放した犬獣人の里の長老たちも、すでに王宮へ呼び出されております!」
「…………」
「自分たちが追放した少女が神獣様だったと知り、全員真っ青になっておりまして――」
バタン。
扉を閉めた。
「ルーク殿!?」
どんどんどん!
「おにいちゃん?」
リルが梨をかじりながら俺を見る。
「どうしたの?」
「…………」
俺はただ。
こいつと静かに暮らしたかっただけなのに。
「……マジでめんどくさい」
「おにいちゃん、梨食べる?」
「食べる」
「はい」
「ありがと」
しゃく。
甘い。
「おいしい?」
「ああ」
「えへへ」
リルが笑う。
白い尻尾が、嬉しそうに揺れた。
まあ。
王宮は明日でいいか。
どんどんどん!
「ルーク殿! お願いします! あなたが来てくださらないと、私どもも帰れません!」
「…………」
俺はため息をついた。
用無しと言われて追放された俺が。
森でリルを拾って。
ようやく手に入れた、静かな二人暮らし……のはずだったのに。
どうやら――。
全部、台無しらしい。




