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「お前は用無し」と追放されたんで狩りに行ったら森で少女を拾いました。二人で静かに暮らすつもりだったのに、ドラゴンを倒したせいで全部台無しです

掲載日:2026/10/02

「おい、ルーク! お前、荷物まとめて出て行け」


「……は?」


「聞こえなかったのか? 追放だよ」


 リーダーのザマルは、吐き捨てるように言った。


「俺たちも充分強くなったから――お前のスキルはもう用無しなんだよ」


 用無し。


 その言葉が胸に刺さった。


 俺は十五歳から三年間、このパーティで戦ってきた。


 ジョブは《ナシ使い》。


 そして、唯一のスキルが――。


「《ラ・フランス》」


 ぼとっ。


 手のひらに、大きな洋梨が一個落ちてきた。


「ぶはっ!」


 ザマルが吹き出した。


「何度見ても笑えるな!」


「いつ見てもシュールですね!」


 腰巾着のバンザが腹を抱える。


「ルークぅ。あたし、前から言おうと思ってたんだけどぉ」


 ビルデが髪をかき上げた。


「そんなスキルで冒険者やってるの、ちょっと恥ずかしいよ?」


 三人が笑う。


 俺は手の中の梨を見た。


 剣士なら剣技。


 魔術師なら魔法。


 神官なら治癒。


 なのに俺は――梨。


 しかも、三年間ずっとレベル1だ。


 この世界では、魔物を倒した者に経験値が入る。


 俺の役目は梨を投げて魔物の気を引くこと。


 そして、俺がとどめを刺そうとするたび、決まってザマルに押しのけられた。


『とどめは俺らが刺す。お前は梨でも投げてろ』


 三年間。


 何度戦っても、経験値はザマルたちのもの。


 俺だけがレベル1のままだった。


「……分かったよ」


 荷物を背負う。


「世話になったな」


「まあ、ゴブリンの気を引いたり、オヤツくらいには役立ったぜ!」


「ザマルさん、優しいっすね。そんな無理してフォローしなくても」


「元手ゼロで梨を売れるんだから、食いっぱぐれはないでしょ。頑張ってね、ルーク」


 三人の笑い声を背中に浴びながら、俺は宿を出た。


 こうして十八歳の俺は。


 三年間所属したパーティを追い出された。


     ◇


 翌朝。


 俺は一人、町外れの森を歩いていた。


「これからどうするかな……」


 冒険者を続けるにしてもレベル1。


 別の仕事を探すにしても、これといった技能はない。


 できることといえば。


「《ラ・フランス》」


 ぼとっ。


 梨を出すことくらい。


「……梨農家でもやるか」


 畑ないけど。


 そんなことを考えながら歩いていると。


 がさっ。


「ん?」


 茂みの向こうから音がした。


 魔物か。


 俺は腰の短剣に手をかけ、慎重に近づく。


「…………」


 いたのは魔物ではなかった。


 女の子だった。


 木の根元に、小さな少女がうずくまっている。


 十歳くらいだろうか。


 銀色の長い髪は泥で汚れ、服もあちこち破れている。


 頭には大きな獣耳。


 そして身体を隠すように丸められた、真っ白な尻尾。


 獣人か。


「おい」


「……っ!」


 少女が飛び上がった。


 俺を見るなり、後ずさる。


「悪い。驚かせた」


「…………」


「一人か?」


 少女は答えない。


 大きな赤い瞳で、警戒するように俺を見ている。


 そのとき。


 ぐぅぅぅ。


「…………」


「…………」


 少女の顔が真っ赤になった。


「腹、減ってるのか?」


「……減ってない」


 ぐぅぅぅぅぅ。


「…………」


「…………」


「正直な腹だな」


「うぅ……」


 とはいえ、俺の荷物にも食べ物は残っていない。


「悪いな。俺も食い物は――」


 そこまで言って。


 気づいた。


 いや。


 あるじゃん。


「《ラ・フランス》」


 ぼとっ。


 少女が目を丸くした。


「……なに、それ?」


「梨」


「なし?」


「食べ物だ。食うか?」


「…………」


 少女はしばらく梨を見つめていた。


 やがて恐る恐る受け取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「毒なんか入ってないぞ」


「……ほんと?」


「ああ」


 少女は小さく口を開けた。


 しゃく。


「…………!」


 耳が、ぴんっと立った。


「どうだ?」


 返事はない。


 だが。


 ぶん。


 ぶんぶん。


 真っ白な尻尾が、猛烈な勢いで左右に振られ始めた。


「……うまいみたいだな」


「!」


 少女が慌てて尻尾を抱える。


「見ないで!」


「なんでだよ」


「……変だから」


「尻尾が?」


 少女は俯いた。


「白いから」


「白いな」


「……気持ち悪くないの?」


「なんで?」


 少女が顔を上げた。


 泥で少し汚れているけれど。


 雪みたいに真っ白で、ふわふわした尻尾だ。


「綺麗じゃないか」


「…………え?」


「雪みたいで」


 少女が固まった。


「……初めて言われた」


「何を?」


「綺麗って」


 俺は少女の隣に腰を下ろした。


「名前は?」


「……リル」


「リルか。俺はルーク」


「ルーク……」


「なんでこんなところにいる?」


 リルの耳が、ぺたんと垂れた。


「……里を追い出されたの」


「里?」


「犬獣人の里」


 リルは白い尻尾を抱きしめる。


「みんなの尻尾は、茶色とか黒とか灰色なの。白いの、わたしだけ」


「それだけで?」


 リルは首を横に振った。


「ときどき……変なのも出るから」


 その瞬間。


 リルの身体から、淡い白い光が漏れた。


 雪のような光が、少女の周囲を漂う。


「気持ち悪いでしょ?」


「…………」


「みんな、不吉だって。災いを呼ぶって」


「だから……出ていけって」


 俺は白い光を眺めた。


 どう見ても。


「綺麗だけどな」


「……え?」


「尻尾も、その光も」


「…………」


「俺なんて梨だぞ」


 ぼとっ。


 もう一個出してみせる。


「昨日、これしか出せないから『用無し』って追い出された」


「ルークも……追い出されたの?」


「ああ」


「じゃあ……一緒?」


 思わず笑った。


「そうだな」


 役立たずのナシ使い。


 不吉な白い犬獣人。


「追い出され仲間だ」


「……なかま」


 リルは小さく呟いた。


 そして。


 ほんの少しだけ笑った。


     ◇


「それで、お前はこれからどうするんだ?」


「分かんない。ルークは?」


「俺も分かんない」


「…………」


「…………」


 二人揃って行く当てがない。


 ひどい話だ。


「とりあえず、稼ぐか」


「わたし、お金ないよ?」


「俺もない。だから稼ぐんだよ」


 腰の短剣を抜いた。


 ちょうど近くに一匹のスライムがいる。


「ここで待ってろ」


「ルーク?」


「すぐ戻る」


「《ラ・フランス》」


 ぼとっ。


 スライムの近くへ梨を投げる。


 スライムが梨へ向きを変えた。


「今だ!」


 背後から短剣を突き立てる。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 何度も刺して、ようやくスライムが崩れた。


「はぁ……はぁ……」


 弱い。


 たった一匹のスライム相手に息が切れる。


 三年も冒険者をやって、この程度だ。


「ルーク!」


 リルが駆けてきた。


「すっごーい!」


「……は?」


「モンスター倒した!」


「いや、スライムだぞ?」


「でも、ルークが倒したよ!」


「…………」


【経験値を獲得しました】


 目の前に表示が浮かんだ。


 三年間、一度も見たことのない表示。


 自分の手で魔物を倒したのも。


 誰かに「すごい」と言われたのも。


 これが初めてだった。


「……もう一匹やってみるか」


     ◇


 夕方。


【ジョブ《ナシ使い》のレベルが2になりました】


「上がった……」


「なにが?」


「レベル」


 三年間、どれだけ冒険しても届かなかった数字。


「すごい?」


「俺にとっては、とんでもなく」


「じゃあ、すっごーい!」


 リルが両手を上げて笑った。


【スキル《ラ・フランス》が成長しました】


「成長するのか、これ!?」


「梨が?」


「ああ!」


 新しく頭に浮かんだのは――毒。


「《ラ・フランス》!」


 ぼとっ。


【毒梨】


「…………」


「…………」


 リルが一歩下がった。


「ルーク」


「なんだ」


「それ、食べちゃダメだよ」


「分かってる!」


     ◇


 そこからは早かった。


 毒梨で魔物を倒す。


 経験値が入る。


 レベルが上がる。


 レベル3。


【麻痺梨】


「おお!」


「ルーク、すごい!」


 レベル4。


【硬い梨】


「これなら投げても武器になる!」


「食べられる?」


「たぶん歯が折れる」


「いらない」


「即答するな」


 レベル5。


【爆発梨】


 どかーん!


「…………」


「…………」


「ルーク」


「なんだ」


「梨って爆発するの?」


「俺が聞きたい」


 レベル6。


【すっぱい梨】


「…………」


「…………」


「リル」


「なに?」


「食うか?」


「いらない」


「まだ何も言ってないだろ!」


 そして。


【ジョブ《ナシ使い》がレベル7になりました】


「来た!」


「今度はなに?」


「レベル7だぞ。相当すごい梨に違いない」


「おいしい?」


「お前、それしか興味ないのか?」


「うん!」


「いい笑顔で言うな」


「《ラ・フランス》!」


 ぼとっ。


「…………」


「…………」


 臭い。


 ものすごく臭い。


【腐った梨】


 リルが鼻を押さえた。


「ルークお兄ちゃん」


「…………」


「くさい」


「俺のせいじゃない!」


 …………ん?


「今、なんて言った?」


「くさい」


「その前」


「……お兄ちゃん?」


 リルが不安そうに俺を見る。


「だめ?」


「…………」


 胸の奥が、少しくすぐったい。


「いや。好きに呼べ」


「じゃあ、おにいちゃん!」


「…………」


「おにいちゃん?」


「……おう」


「えへへ」


 白い尻尾が揺れた。


 ……まあ。


 悪くない。


「問題はこいつだな」


 腐った梨を見る。


「もう一回。《ラ・フランス》!」


 腐。


「《ラ・フランス》!」


 腐。


「《ラ・フランス》!」


 腐。


「全部腐ってるじゃねえか!」


「おにいちゃん、くさい!」


「だから俺のせいじゃないって!」


 半ばヤケになって、もう一度。


「《ラ・フランス》!」


 ぼとっ。


 キラァァァン。


「…………」


「光ってる!」


【金の梨】


「…………」


「…………」


「リル」


「なに?」


「これは食うなよ」


「食べないよ!」


     ◇


 金の梨は十万ゴールドになった。


 ビルデの言った通り。


 本当に梨で食いっぱぐれなくなってしまった。


 そして。


 レベル8。


「今度こそ、まともなの来い!」


「《ラ・フランス》!」


 ぼとっ。


【ダメージ梨】


「…………」


「…………」


「ダメージ……なし?」


 リルが首を傾げた。


「食べると、受けたダメージがなくなるらしい」


「じゃあ、本当にダメージなしだ!」


「…………」


 ダメージ。


 ナシ。


「いや、まさかな」


「おにいちゃん?」


「なんでもない」


 偶然だろう。


 たぶん。


     ◇


 金もできたので、町外れに小さな家を買った。


 ボロだが、俺たちの城だ。


 寝室が二つ。


 小さな台所。


 それだけ。


 だけど。


「おにいちゃん!」


「なんだ?」


「梨!」


「さっき食っただろ」


「もう一個!」


「腹壊すぞ」


 毎朝、リルが起こしに来る。


 一緒に飯を食う。


 俺は魔物を狩る。


 リルは家で待っている――はずなのだが、たいていついてくる。


 帰ったら二人で夕飯を食う。


 ある日。


 市場へ行こうとすると、リルが当然のようについてきた。


「今日は梨じゃなくて、別の果物でも買うか」


「いらない」


「即答かよ。リンゴとか桃とかあるぞ?」


「梨がいい」


「そんなに好きなのか?」


「うん」


「なら市場で梨を買って――」


「それもいらない」


「なんでだよ」


 リルは俺の服の裾を掴んだ。


「おにいちゃんのがいい」


「俺の?」


「うん」


「《ラ・フランス》」


 ぼとっ。


 差し出すと、リルは嬉しそうに受け取った。


 しゃく。


 白い耳が立つ。


 尻尾が、ぶんぶん揺れる。


「そんなにうまいか?」


「うん!」


 リルは梨を両手で抱えて。


 無邪気に笑った。


「おにいちゃんの……おいしい」


「…………」


 なんだ、その言い方。


「もう一個食うか?」


「うん!」


 追放されたときは、これからどうなるのかと思った。


 でも。


 案外。


 こういうのも悪くない。


 静かに。


 二人で。


 暮らしていければ、それでいい。


     ◇


 ――なんて思っていたのだが。


「おにいちゃん!」


 森にリルの悲鳴が響いた。


「リル!」


 駆けつけると、巨大な魔物がいた。


 赤黒い皮膚。


 額に二本の角。


 オーガの上位種だ。


「リル、逃げろ!」


「でも!」


「いいから!」


 毒梨。


 効かない。


 麻痺梨。


 少し動きが鈍っただけ。


「なら――爆発梨!」


 どかーん!


 直撃。


 それでも倒れない。


「嘘だろ!?」


 オーガの棍棒が振り下ろされる。


「ぐっ!」


 身体が吹き飛んだ。


「おにいちゃん!」


「来るな!」


 立てない。


 脇腹が焼けるように痛む。


「……そうだ」


 震える手を前に出した。


「《ラ・フランス》!」


 ぼとっ。


【ダメージ梨】


 梨にかじりつく。


「…………!」


 痛みが消えた。


 身体が動く。


 本当に。


 ダメージが――ナシになった。


「おにいちゃん、すっごーい!」


「感心してる場合か!」


 オーガが再び棍棒を振り上げる。


 間に合わない。


「やめて……」


 リルの声が聞こえた。


「おにいちゃんを……」


 白い光が漏れた。


 いつもの淡い光ではない。


 森そのものが白く染まる。


「いじめないでぇぇぇぇぇっ!!」


 轟音。


 俺は目を開けた。


「…………でか」


 巨大な白銀の狼が立っていた。


 銀白の毛。


 金色に輝く瞳。


 身体から溢れる、神々しいまでの白い光。


『グルルルル……』


 オーガが後ずさる。


 次の瞬間。


 白銀の狼が消えた。


 轟音。


 オーガが吹き飛ぶ。


 一撃だった。


「…………」


 白銀の狼がこちらを見る。


 俺も見る。


「…………リル?」


『わふっ!』


「……リルだな!」


     ◇


 翌日。


 俺たちは冒険者ギルドへ呼び出された。


「フェンリルです」


「…………はい?」


 ギルドマスターが震えていた。


「白銀の毛。純白の尾。そして、あの神気。間違いありません」


「…………」


「その少女は――神獣フェンリルです!」


 隣でリルが梨を食べている。


 しゃく。


「これが?」


「これって言わないでください!」


「おにいちゃん、もう一個」


「あとでな」


「はーい」


 白い尻尾が揺れる。


 犬獣人の里で、不吉だと追い出された少女。


 その正体が。


「神獣……」


「なに?」


「いや」


 リルの頭を撫でる。


「何でもない」


 フェンリルでも。


 犬獣人でも。


 俺にとっては。


 リルはリルだ。


     ◇


 それからしばらくして。


【ジョブ《ナシ使い》がレベル10になりました】


「きた!」


「十?」


「ああ。節目のレベルだ」


 毒。


 麻痺。


 爆発。


 金。


 そして、ダメージをなくす梨。


 レベル10なら、とんでもない梨が出るに違いない。


「リル。見てろよ」


「うん!」


「《ラ・フランス》!」


 ぼとっ。


「…………」


「…………」


 普通の梨だった。


「え?」


 鑑定する。


【ラ・フランス】

【品質:極上】


「…………」


「おいしい?」


「それだけっぽい」


「食べていい?」


「いいぞ」


 しゃく。


「…………!」


 耳が立った。


 白い尻尾が、


 ぶんぶんぶんぶんぶん!


「そんなにうまいか?」


「うん!」


 リルは梨を両手で抱えて、満面の笑みを浮かべた。


「おにいちゃんの……すっごくおいしい!」


「…………」


「今までで一番!」


 期待していた。


 もっと強い能力。


 もっとすごい梨。


 だけど。


 まあ。


 いいか。


「もう一個出すか?」


「うん!」


 こんな顔をするなら。


 戦闘に使えなくても。


 悪くない。


「《ラ・フランス》」


 ぼとっ。


 その瞬間。


「ギャッ!」


 茂みからゴブリンが飛び出した。


「あっ!」


 梨を奪う。


「ギャギャギャ!」


「おにいちゃんの梨……」


 リルの耳が、しゅんと垂れた。


 …………。


 カチンときた。


「おまえなんか……」


 口をついて出たのは。


 三年間。


 俺が何度も浴びせられた言葉だった。


「用無しだ!」


 ポンッ。


「…………」


「…………」


 ゴブリンが消えた。


 ぼとっ。


 梨が落ちた。


 二個。


 奪われた梨と。


 もう一個。


「……おにいちゃん?」


「ちょっと待て」


 足元の石を指差す。


「用無し」


 ポンッ。


 ぼとっ。


 梨。


 倒木を指差す。


「用無し」


 ポンッ。


 ぼとっ。


 梨。


【鑑定】

《ラ・フランス》

【品質:極上】


「…………」


 ダメージ梨。


 ダメージ、ナシ。


 そして。


 用無し。


 ようなし。


 洋梨。


「そっちの『ようなし』かよ!!」


     ◇


 三日後。


 王都に、終末の鐘が鳴った。


 北の霊峰の封印が破れた。


『終末の災厄』――エンシェントドラゴン。


 三百年前、一夜で三つの国を滅ぼした伝説の魔物。


 山ほどもある黒い巨体が、王都の空を覆っていた。


「リル!」


「うん!」


 白い光が爆発する。


 十歳の少女の姿が消えた。


 代わりに現れたのは、白銀の神獣。


『わおおおおおおん!』


 フェンリルの咆哮が王都に響く。


 リルが跳ぶ。


 ドラゴンの首へ食らいつく。


 だが。


『――グオオオオオオオ!!』


『きゃんっ!』


「リル!」


 白銀の巨体が地面へ叩きつけられた。


 白銀の毛が赤く染まる。


「リル!」


『まだ……大丈夫』


「大丈夫なわけあるか!」


 俺は梨を放った。


「リル、食え!」


『え?』


「《ダメージ梨》だ!」


 リルが大きな口で梨を受け止める。


 しゃく。


 傷が消えていく。


『……おいしい』


「感想そこかよ!」


 エンシェントドラゴンがこちらを見下ろす。


 遠い。


 高い。


 この距離では声が届かない。


 ドラゴンが口を開く。


 炎が集まる。


 あれが放たれれば。


 王都が消える。


 俺も。


 リルも。


『おにいちゃん、乗って!』


 リルが立ち上がる。


「いけるか?」


『うん!』


 白銀の背に飛び乗る。


 リルが地面を蹴った。


 同時に。


 炎が放たれる。


『わおおおおおおおおおおおん!!』


 リルの身体から、白い光が溢れた。


 不吉だと言われた光。


 災いを呼ぶと言われた光。


 その光が。


 今度は王都を守る盾となった。


「……っ!」


 業火の中。


 俺は笑った。


「やっぱり綺麗じゃないか!」


『わふっ!』


 白銀の狼が駆け上がる。


 炎を突き抜ける。


 ドラゴンが迫る。


 十メートル。


 五メートル。


 目の前に、巨大な顔。


 俺は指を突きつけた。


「お前――」


 一拍。


「用無し」


 ポンッ。


「…………」


 消えた。


 山ほどもあったエンシェントドラゴンが。


 消えた。


 青空だけが残った。


 そして。


 ぼとっ。


 広場の石畳に、一個の洋梨が落ちた。


「…………」


 王都が静まり返った。


 騎士も。


 魔術師も。


 逃げていた人々も。


 全員が、白銀の狼と、その背に乗った俺を見ている。


 俺は梨を見る。


 空を見る。


 もう一度、梨を見る。


【鑑定】

《ラ・フランス》

【品質:極上】


 こうして。


 三百年前に三つの国を滅ぼした『終末の災厄』は。


 極上の洋梨になった。


『おにいちゃん!』


「ん?」


 リルが、ぶんぶんと尻尾を振る。


『すっごーい!』


「…………」


『おにいちゃん、かっこいい!』


「…………」


 王都を救った実感より。


 なぜか。


 その一言のほうが嬉しかった。


『おにいちゃん』


「なんだ?」


『あれ、食べていい?』


「……やめとけ」


     ◇


 その日の夕方。


「頼む、ルーク! 戻ってきてくれ!」


 ザマルが土下座していた。


「俺が間違ってた! お前は最高の仲間だ!」


「そ、そうっすよ!」


「ねえ、ルークぅ。あたしたち、また四人で――」


 俺は黙って。


 三人を指差した。


「お前らは――」


「「「ひっ……!」」」


 三人の顔から、一斉に血の気が引いた。


 ザマルが震える。


 バンザが涙目になる。


 ビルデは腰を抜かした。


 まあ。


 そうなるよな。


 王都中の人間が見ていたのだ。


 俺が指を差して、あの言葉を言えば。


 どうなるのかを。


「…………」


 俺は指を下ろした。


「……もういいよ」


「ル、ルーク……?」


「別に恨んでない」


 これは本心だ。


「お前らが追い出してくれなきゃ、俺はずっとレベル1のままだった。それに……」


 服の裾を、くいっと引っ張られた。


「おにいちゃん」


「こいつとも出会えなかったしな」


 リルの頭をぽんと撫でる。


「悪いな」


 ザマルたちを見る。


「俺にはもう、大切な相棒がいるんだ」


「……!」


 ぶんっ!


 リルの白い尻尾が大きく揺れた。


     ◇


 翌朝。


 俺たちはいつものように朝食を食べていた。


「おにいちゃん」


「ん?」


「梨」


「朝飯食っただろ」


「別腹」


「どこでそんな言葉覚えた」


「おにいちゃん」


「俺かよ」


 そのとき。


 どんどんどん!


 玄関が激しく叩かれた。


「ルーク殿はいらっしゃるか!」


「…………」


 嫌な予感しかしない。


 扉を開ける。


 立っていたのは、王家の紋章を付けた騎士だった。


「王命である!」


「…………」


「『終末の災厄』を討伐した英雄ルーク殿、ならびに神獣フェンリル殿を、至急王宮へ召喚する!」


「…………」


「なお、神獣様を追放した犬獣人の里の長老たちも、すでに王宮へ呼び出されております!」


「…………」


「自分たちが追放した少女が神獣様だったと知り、全員真っ青になっておりまして――」


 バタン。


 扉を閉めた。


「ルーク殿!?」


 どんどんどん!


「おにいちゃん?」


 リルが梨をかじりながら俺を見る。


「どうしたの?」


「…………」


 俺はただ。


 こいつと静かに暮らしたかっただけなのに。


「……マジでめんどくさい」


「おにいちゃん、梨食べる?」


「食べる」


「はい」


「ありがと」


 しゃく。


 甘い。


「おいしい?」


「ああ」


「えへへ」


 リルが笑う。


 白い尻尾が、嬉しそうに揺れた。


 まあ。


 王宮は明日でいいか。


 どんどんどん!


「ルーク殿! お願いします! あなたが来てくださらないと、私どもも帰れません!」


「…………」


 俺はため息をついた。


 用無しと言われて追放された俺が。


 森でリルを拾って。


 ようやく手に入れた、静かな二人暮らし……のはずだったのに。


 どうやら――。


 全部、台無しらしい。

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― 新着の感想 ―
シュールで面白かったです。ダジャレだけどとても強い。
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