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初めての創作

 三千文字に渡って海理の一挙手一投足を微妙に美化した文体で書き綴った聖の文章を見て、穂乃花は何やら気まずそうな顔をしているけれど。

 海理にとって、その内容は少しばかり予想外ではあるものの穂乃花ほど大げさなリアクションをする気にもなれないものだ。

 なにせ、海理は表現者としての聖の才能が自分よりも遥かに優れていることを知っている。

 今回は本領を発揮できる演技ではなく文章で彼女の考えを表現しようとしたから、感動というよりは困惑を呼ぶ内容になってしまったけれど。


 元々、海理の眼で視えるのは聖の能力の高低だけで、彼女が演技するとき具体的に何を考えどんな工夫をもって与えられた役を表現しているのかなんて理解してはいない。

 

 だから、今回の件も聖の意図を理解する必要があるとは思っていないし、良くも悪くも天才な聖の感性は凡才の海理とは違うのだろうと納得してしまえる。


「じゃ、次は俺が書くぞ」

「え、嘘。反応それだけ?」


 聖からパソコンをパスされそのまま執筆を始めようとした海理を見て、穂乃花は驚いた様子で視線を彼へ移したけれど。

 生憎、海理が聖の想像するような反応を見せることはない。


「詳細な評価は最後に勝敗決めるときまとめてやればいいだろ」

「いや、そういうことじゃなくてさ。千凪が書いたのって中々に情熱的というか気持ちの籠ってそうな文章じゃん? こう、もっと他に言うことないの?」

「いいのよ。これは私が書きたいものを書いただけだから」


 なおも海理に詰め寄っていた穂乃花を諫める聖の声は気負いや緊張を感じない自然体で、穂乃花は毒気を抜かれた様子で瞬きをした。


「あー、うん。千凪がそう言うなら別にいいんだけど」

「腑に落ちない? まあ、自分でもちょっと露骨な気はするけど。どうせ、海理にその辺のことはわからないし。普段から遠慮することがないから、ついいつもの癖でね。皆咲さんの気を害したなら謝るわ」

「気を害したとか、そんなことはないけど。いいの? 今日までほとんど話したこともない私なんかにそんなことまで言って」

「問題ないわよ。海理が一緒に何かをしようと思った相手を信頼してるのは本当だし。それに、皆咲さんは私と海理のことを言いふらして回るほど私たちに興味ないでしょう?」

「そりゃ言いふらしたりはしないけど。私だって面白そうだからここにいるんだし興味ないなんてことはないけどなあ」


 気負いのない口調で話す穂乃花は自分が海理と聖に興味がないと思われていることに僅かばかりの疑問を覚えているようだけど。

 聖はそんな彼女の様子を見て安堵したようにも残念がっているようにも見える曖昧な笑みを浮かべた。


「お前ら、さっきからなんの話してるんだ?」


 ちなみに、場の空気を読まない海理かのら問いかけには穂乃花も聖も示し合わせたように一切反応しなかった。



 ◇



 海理が無言でキーボード叩き続けていると思ったら途中で指を止め、不愉快そうに顔を顰めてからバックスペースキーに人差し指を乗せそのまま深く押し込んでしまう。

 第二文芸部の様子を描写するというお題のもとで始まった物書き対決の二番手に名乗り出た海理は決っしてさぼっているわけではないのだけれど。

 白が目立つパソコンの画面に表示されている文章は未だ三行だけで、海理が書き始めてから既に聖が文章を完成させたのと同等の時間が流れているのを考えるとその進行は遅いと言わざるを得ないだろう。


「まだ完成しないの?」


 パソコンの画面を睨みつけている海理に聖が淡々とした調子で声をかけると、海理の口からは大きなため息が漏れ表情は幾分和らいだ。


「あー、悪い。ちょっと時間かけ過ぎたな。すぐ終わらせるからもうちょっと待ってくれ」

「別に急ぐものじゃないし、そんなに焦んなくても」

「いえ、本人ができると言っているのだから早く終わらせてもらった方がいいでしょう」


 焦らなくていいと伝えようとした穂乃花の声に被せるようにして、聖が再び催促のための台詞を口にする。

 そんな聖の態度が意外だったのか、彼女を見る穂乃花の顔には怪訝そうな表情が浮かんだ。

 

 とはいえ、聖に穂乃花から向けられた視線に応える意志はないようで、彼女はこれ以上の説明を付け加えることなく海理が淡々とキーボードを叩く様子を眺め始めた。

 

 そして、しばらくすると自分に向けられる視線を気にした様子もなくキーボードの上を動き続けていた海理の手が止まり彼が大きく伸びをする。


「よし、終わり」


 短く完成を告げた海理が他の二人にパソコンの画面が見えるようにするため立ち上がって椅子から離れ、まるでリアクションを視界に入れたくないとでも言うかのように鞄から抜き出したスマホの画面に視線を落とした。

 聖はそんな彼の様子を見て一瞬だけ目を細めたものの、すぐに何事もなかったかのように表情を切り替え穂乃花と共に出来上がった文章を読み始めた。


「おー。なんというか、ちゃんとしてる」

「あら? 皆咲さん、その物言いだと事前にちゃんとしていない物を読んだように聞こえるわよ?」

「あ、いや、そういうつもりじゃなくてさ。普段からラノベがどうとかうるさいだけあって、普通に小説の冒頭とかでありそうな内容だなーと」


 冗談めかした聖からの追及を微妙に詭弁くさい物言いで逃れた穂乃花の言う通り、一人称視点で部屋の内装や穂乃花と聖の容姿をわかりやすい特徴を重視して描写している海理の文章はそれこそラノベの人物紹介のような内容だ。

 些か冗長に感じる部分もあるものの、お題に沿った文章を書くという意味では聖よりも完成度は高いと言えるだろう。


「それじゃ、最後は私だね。と言っても、こういうの初めてだから勝ち負け以前にちゃんと書けるかが心配だけど」


 自信なさげではあるものの、そこそこのやる気は感じる穂乃花が海理からパソコンを受け取り既に完成させた二人に比べると幾分ぎこちない手つきでキーボードを叩き始める。

 

 参考にするためデスクトップに保存されている二人の文章を読み返したり、ネットの海に漕ぎ出して調べ物をしている穂乃花の作業速度は聖はもちろん海理と比べても明らかに遅いけれど。

 聖も海理も初心者相手に作業を急かすつもりはなく、落ち着いた様子で完成の時を待っている。


 そうして、しばらくの悪戦苦闘を経て穂乃花が息を吐き出し、少しだけ恥ずかしそうにしながらパソコンの画面を海理と聖に見えるよう反転させた。


「えっと、一応できたんだけど。どう、かな」


 恐る恐るといった様子で感想を求める穂乃花に応じるため、海理と聖は椅子を寄せ合い同時に差し出された文章に目を通す。


 先に完成させた二人に比べれば、明らかに不慣れなのを感じさせる文章だ。

 

 第二文芸部の部室には皆咲穂乃花と千凪聖と紫芝海理の三人がいた。

 千凪聖は女優をやってるすごい美人だ。

 紫芝海理は見た目はそこそこだけど中身はオタクでちょっとウザい男子だ。

 穂乃花の書いた文章はこんな具合に部室の様子をきちんと表せてはいるもののやや情報量が少なく、別の場所に目を向ければ誤字や誤用が頻発している。

 まあ、約一名に関しては日頃の不満、もとい筆者の主観が入っているせいか内面に関する情報が微妙に充実している気もしなくはないけれど。


「初めてにしてはしっかりと書けているんじゃないかしら」

「そうだな。現状、一割も力を発揮できてないのを考えたら及第点だと思うぞ」


 勝敗を競う相手というよりは優しく対応すべき初心者に対する評価ではあるけれど。

 穂乃花の文章を見た聖と海理の反応は概ね好意的であり、穂乃花もそれを聞いてほっとした様子で表情を和らげている。


「ありがと。でも、こうやって実際に書いてみると難しさを実感するよね。やっぱ、私の書いたやつだけ明らかにクオリティ低い気がするし、二人のと何が違うのかな?」


 好意的な評価を喜びつつも、それはそれとして出来栄えに差があることは自覚しているらしく穂乃花がそれぞれの文章を見比べながら不思議そうに疑問を漏らす。


「全体的に描写不足だからだろ。例えば、聖の容姿が優れてることを表現するにしても、ただ美人だって書くよりは艶のある黒髪が綺麗だとか、表情を作ってないときはちょっと冷たく見える視線が意志の強さを感じさせて魅力的だとか、あれこれ褒め言葉を重ねた方が説得力あるからな。しつこ過ぎるとそれはそれで目が滑るから塩梅は難しいけど。お前なら、しばらく練習すればすぐに上達するんじゃないか」


 穂乃花の口から多少なりとも上達への意欲を感じさせる台詞が紡がれたのを聞き逃さず、海理が自分なりのアドバイスを口にする。


 別に、こんなことを言ったところで今すぐ実践できるものでもないだろうが、些細でも積み重ねていけばそのうち理想とするラノベを作るための一助になるだろう。

 海理がアドバイスを口にしたのはそんな考えからで、今目の前にある文章をどうこうすることなんて全く想定していなかったのだけれど。


 海理からのアドバイスを聞いた穂乃花は納得した様子で小さく頷いた。


「そっか。じゃあ、ちょっと直してみるから待ってて」


 思っていたのとは少しずれた反応が返って来たことに驚き返事の遅れた海理を置き去りにして、穂乃花が再びキーボードを叩き始める。

 その手つきは相変わらずぎこちなくて、やっぱり不慣れなのは隠せないけれど。

 パソコンの画面へ向かう顔は先ほどまでより少しだけ楽しそうだ。


 思いのほか積極的な穂乃花の態度は海理にとって喜ばしいこと。

 それは間違いないのだけれど。

 

 作業中の穂乃花を見つめる海理の顔には僅かな怯えがあって、癖で右手を添えられた眼は穂乃花の顔を映しながらも金色の瞳を不安定に揺らしていた。


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