新入部員
ゴールデンウィークまで残り一週間を切ったことでどことなく浮足だった空気が流れ始めた月曜日の倉早学園にて、第二文芸部の部室に集まった海理と穂乃花は一冊の文庫本を挟んで互いに意見を出し合っていた。
「うーん、やっぱり終盤の超展開だけは流石に擁護できないよ。途中までは普通の青春ものだったのに、なんでいきなりヒロインが宇宙人でしたとか言い出すのかな。アレはいくらなんでもついていけないって」
「いやいや、そのぶっ飛び具合が一周回って面白いんだろ。ラノベは自由でいいんだよ。だいたい、かぐや姫だって終盤に実は宇宙人でしたとか言い出すけど普通に受け入れられてるだろ。要はあれと同じだ」
「いくらなんでも日本最古の物語と最近出たばかりのラノベを同列に語るのは暴論が過ぎない?」
ちなみに、二人が語り合っているのは海理が読んでくるよう押し付けた、もといラノベを学ぶための教材として貸し出した単巻完結の青春もので、その最大の特徴は終盤にヒロインの正体が宇宙人だと判明してからそれまでの青春ものらしい雰囲気が吹き飛び侵略しに来る宇宙人を愛の力で撃退するバトル展開が始まる点だ。
つまるところ、内容はかなり人を選ぶ。
「まあ、紫芝の感性まで否定するつもりはないけどさ。少なくとも私には合わなかったし、次にお勧めするならああいうのはやめてね」
「それは……わかった。次からは気をつける」
絶対に面白いと信じて譲るつもりのない海理もこれに関しては穂乃花に理があると思ったのか、素直に頷いてから机の上の文庫本を鞄の中に片付けた。
「じゃ、この間のアニメの続き見るからタブレット貸して」
差し出された手に言われた通りロックを解除したタブレットを乗せると、穂乃花はそのままタブレットを自分の近くに引き寄せアニメの視聴を開始した。
手持ちぶさたになった海理は時折ちらちらと穂乃花の方を確認しているものの、穂乃花が初めて海理の勧めるアニメを見たときほどには彼女の方を意識しておらず先ほどとは違う文庫本を取り出すと一人静かに読書を始めた。
暫し、部室の中にはタブレットから流れるアニメの音声だけが響き続ける。
時間にして二十分程度だろうか。
タブレットから流れる音声がエンディング曲に切り替わったタイミングでノックの音もなしに部室の扉が開き、そこから黒髪をなびかせながら歩く聖が姿を現した。
「は? 聖? お前、なんでここにいんの?」
「それはもちろん、私が第二文芸部に入部したからよ。既に入部届の提出も済ませてあるから安心して」
海理が訳が分からないとでも言いたげに怪訝そうな表情を浮かべ、穂乃花は唐突に現れた新入部員の存在に脳の処理が追い付かないらしくタブレットから顔を上げて意味もなく瞬きを繰り返している。
「あら、私が入部したのがそんなに意外?」
「そりゃ、意外に決まってるだろ。だいたいお前、仕事があるから部活には入らないって言ってただろ」
「気が変わったのよ。とはいえ、仕事があるの自体は変わらないから、どうしても休みは多くなってしまうと思うけど」
別に、海理だって聖が部活に入ってはダメだなんて言うつもりはないけれど。
実際問題、部活どころか仕事のために学校を休むことさえある彼女が、わざわざ貴重な時間を割いて海理が穂乃花にラノベを書かせるためだけに立ち上げた第二文芸部に入部した理由はさっぱりわからない。
「どうせこうなるだろうとは思っていたけど。その顔を見るに、私が入部した理由を想像すらできていないようね」
「悪かったな。俺は視ただけで他人の考えてることがわかるエスパーじゃないんだよ」
「正直、私から見れば海理もエスパーみたいなものだけど。大層な能力なんて使うまでもなく、私が入部する理由なんて一つしかないでしょう」
聖は当ててみろとでも言うかのように海理を挑発しているけれど。
本当に、海理に思いつく理由は一つもない。
海理は聖にも自分の好きな作品を布教しているので、彼女は意外と海理と似た趣味を持っているけれど。
創作に興味があるなんて話は一度も聞いてないし、仮に何か作りたくなったのだとしても海理が海理の望みを叶えるためだけに創った第二文芸部に入る理由は皆無だろう。
聖の顔には、そんな海理の内心を嘲笑うかのように余裕たっぷりの笑みが浮かんでいる。
「海理がいるからよ」
不意に告げられた答えを聞いて、海理が動きを止め聖の顔を見ながらぼけっとした間の抜けた表情を浮かべる。
聖にはそんな海理の反応が面白かったようで、彼女は楽しそうにくすりと笑ってから部室の後ろにある椅子を一つ移動させ海理の隣に座りこんだ。
「親しい相手がいる部活を選ぶなんて、珍しい話でもないでしょう?」
「え、ああ。それは、そうだな」
「あら、どうしたの? ひょっとして、何か違う意味だと思った?」
「思ってないが? というか、お前部活とか興味あったのか?」
「ええ。一応、これでも青春らしいものに人並の憧れはあるのよ」
徐々にいつもの調子を取り戻してきた海理が聖と話していると、未だこの状況を飲み込めていない様子の穂乃花は気さくに話す二人の姿を見て訝し気に口を開いた。
「ねえ、紫芝と千凪って仲いいの?」
問われた二人が会話を中断し、一斉に穂乃花の方へ顔を向ける。
海理は微妙に気まずそうに口元をもにょもにょと動かし、穂乃花の顔にはそれまでの煽るような笑みとは違う人好きのする整った笑みが浮かぶ。
「ええ。私と海理は家が近所で、昔からよく遊んでいたから」
「そうなの? その割にはあんまり二人が話してるところ見たことない気がするんだけど。教室で千凪のこと話してるときも、紫芝はちょっと他人行儀だったし」
「……聖は女優だし、学校であんまり親し気にしてるといろいろ邪推されて面倒くさいだろ」
「あー、なるほど。確かに、千凪に関する噂っていろいろあるもんね。私は馬鹿馬鹿しいと思って一々気にしないけど、当人からしたらそういうわけにもいかないか」
わざわざ穂乃花に言ったりはしないけれど。
昔、聖が初めてドラマに出たときには大して出番のない端役だったにも関わらずクラスでは大きな話題になっていて、当時は教室の中でもべったりだった海理と聖は好意的な称賛から二人の関係を冷やかす罵声までいろいろと聞くことになった。
高校生になった今、二年三組の生徒たちが当時のクラスメイトと同レベルの言動をするとは海理だって思わないけれど。
余計な詮索をするための材料は与えない方がいい。
その考えだけは小学生のときから今に至るまで変わっていない。
「でも、そういうことならよかったの? 一応、ここには私もいるけど」
「問題ないわ。こう見えて、海理の人を見る目は本物だから。彼が何も言わないなら、それは大丈夫ということなんでしょう」
「その言い方、やっぱり千凪も紫芝のトゥルーアイ、だっけ? あれのこと知ってるんだ」
「それはもちろん知っているけど。私が言っているのは能力云々ではなく単純に人柄の話よ」
他人の人柄なんて海理だって人並にしかわからない。
なんて、無粋な突っ込みも思い浮かびはしたけれど。
わざわざ上手いことまとまった話を混ぜ返す必要もないので黙って飲み込んでから、海理は改めて聖へ視線を向けた。
「まあ、お前が部活やりたいって言うなら別にいいんだけど。今んとこ第二文芸部の活動内容ってアニメ鑑賞と読書しかないぞ?」
「それはまた、創作の建前を掲げてるくせに実態はてきとうにオタクコンテンツを消費してくっちゃべるだけの自堕落サークルの見本みたいな状態ね」
「い、いや。ここってサークルじゃなくて部活だし。ラノベは今から書くから」
海理は一瞬だけ痛いところを突かれたといった感じで怯んだものの、すぐに表情を戻し心なしか小さくなった声で反論した。
ちなみに、こんな台詞を口に出しておいてなんだが先ほどまでの海理は穂乃花にラノベを筆頭にしたオタクコンテンツを布教することしか考えていなかったので、具体的な執筆計画に関してはもちろんノープランだ。




