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彼の信頼

 海理が穂乃花に対しラノベを書くようごり押し、もとい真摯に頼み込んだ翌日の金曜日。

 昼休みを迎えた二年三組の教室では自分の席で弁当を広げている穂乃花の隣に、左手で購買で買ってきたサンドイッチを持ち右手で金色の瞳を強調するポーズをとっている海理の姿があった。


「つまりだな。俺が視たところお前の作家としての潜在能力は百もある。普通の人間は五十前後が精々なのを考えると、これはすごい数値なんだ」

「と言われても、要はその数字って紫芝の主観でしょ? 正直、あんまりぴんとこないというか。後、昨日も思ったけどそのポーズってやらなきゃダメなの?」

「いや、別に。俺の眼は傍目には特別だとわからないからな。これは単に視覚的にわかりやすくするための演出だ」

「じゃあ、今すぐやめて。さっきから周りの視線が痛いんだけど」


 穂乃花の嫌そうな声を聞いてポーズをやめた海理は食べかけのサンドイッチを全て口の中に放り込んでから、それとなく周囲に視線を巡らせた。


 露骨に悪意を感じるわけではないけれど。

 海理たちを見て訝し気な表情を浮かべたり何事かを小声でささやきあっている周囲の視線は好意的というよりは奇異の視線と評した方が実態に近いだろう。


 海理としても理解できないわけではない。


 穂乃花はその特徴的な容姿故に元々視線を集めやすい人物ではあったが、今日はその隣に今まで彼女とろくに交流のなかった海理の姿まである。


 海理はこう見えて自分の眼がいかに特異なものであるかを自覚しているので、普段は余計なことを言わないよう気をつけているのだけれど。

 日常の中で、ふとした拍子に言わなくていいことを口に出してしまうことはある。

 例えば、去年も同じクラスだった溝口翔也(みぞぐちしょうや)が文化祭に向けてバンドを始めようとしていたとき、海理の眼は彼の音楽に関係する潜在能力が軒並み二十を下回っているのを見抜いていた。

 二十という数字は平均よりも大幅に低いので、あまりにも無謀な挑戦をしようとしているクラスメイトに対し思わず音楽は向いてないからやめた方がいいと言ってしまった。

 そのとき彼らの間に流れた気まずい空気は今でも海理の脳裏に焼き付いている。

 冷静に考えれば文化祭のバンドは音楽のクオリティそのものよりそこに向けて仲間と練習したり当日の勢いで盛り上げるのが大切なのだろうから、翔也からすればまさしく余計なお世話だろうと海理も思うけれど。

 海理はそういう余計な世話を焼くことがたまにあるし、そのせいで若干悪目立ちしているのも自覚している。


 というわけで、海理と穂乃花の二人は意味の良し悪しは違うにせよ目立つ組み合わせであるのは間違いないし、多少注目を集めるのは仕方のないことだ。

 だから、そう。

 例えば教室の中央に四人で集まって弁当を食べている華やかな雰囲気の女子の集団の中の一人、真っすぐに背筋を伸ばし綺麗な所作で箸を口元まで運んでいる長い黒髪の少女が周りに気づかれないようほんの一瞬だけ横目に海理のことを睨んできたとしてもそれは仕方のないことで気にする必要はないのだ。


「紫芝、どうかしたの?」

「いや、千凪のやつドラマの撮影が終わったからか最近は休まないなと思って」


 自分を睨んでいた事実などなかったかのように何気ない調子で海理が名前を出したクラスメイト、千凪聖(せんなぎひじり)は小学生時代に中堅プロダクションである獅子宮プロから子役デビューした役者で、会社の適切なプロデュースもあり今日まで堅実に役者としてのキャリアを積み上げてきた。

 地上波のドラマで見かける機会もあるため、単純な知名度なら間違いなく倉早学園で一番の生徒と言っていいだろう。


「確かに、ちょっと前まで大変そうだったもんね。私たちと同い年なのに女優やってるなんて、こうして見てる分には実感湧かないけど。試しに千凪の出てるドラマ見てみたら、本人のキャラとは全然違う嫌味な同級生役なのにすごいハマっててさ。やっぱ、本物の女優は違うなーって思ったもん」

「まあな。あいつの潜在能力ならそのくらいは当然だ」

「いや、なんで紫芝が自慢気なの」

「え、それはまあ、あれだ。同じクラスだからな」

「それ言ったら私を含めてここにいる全員そうだけど」


 穂乃花からの突っ込みに応じる海理の様子はどことなくぎこちなくて視線も宙を泳いでいるけれど。

 わざわざ追及するほど興味がないのか穂乃花がそれ以上海理を問い詰めることはなく、二人は聖へと向けていた視線を自分たちの机に戻した。


「で、話を戻すけど俺としては皆咲がせっかくの才能を活かさず埋もれたままにしとくのは惜しいと思うんだよ。お前がその気になったらラノベ作家になるのだって夢じゃないんだぞ」

「そう言われてもなー。そもそも私、作家になりたいとか思ったことないし。ミステリとかなら多少は読むけど、ラノベなんて昨日紫芝から借りたやつが初めてだよ」

「皆咲、お前の言いたいことはわかる。馴染みのないことをやろうとすれば最初は戸惑って当然だ。けどな、ラノベは俺の趣味なんだ。せっかく才能あるやつを見かけたのに放っとくなんてもったいないだろ」

「そういうこと悪びれずに言える紫芝の自己中ぶりはある意味で大物というか、いっそ怒るのも馬鹿らしくなってくるから不思議だよね」


 海理と穂乃花が実りのない不毛な会話に花を咲かせていると、彼らの方へ赤色のアンダーリム眼鏡をかけた少女が一人片手を上げながら近づいてきた。


「やあやあ、今日はまた珍しい相手と一緒にいるね穂乃花」

「あ、時子」


 声をかけてきた切口時子(きりぐちときこ)は穂乃花の友人であり、彼女の名を呼ぶ穂乃花の声には海理に向ける投げやりな感じとは別種の気安さが滲んでいる。


「それがさ、昨日から紫芝にラノベを書けとか言われてて」

「へー。それはまた、随分と意外な要求だけど。嫌ならちゃんと断った方がいいと思うよ」

「一応、一回は断ったんだけどね。紫芝は思ったよりしつこいし、話してると良くも悪くもめちゃくちゃ過ぎて退屈しないから。とりあえず、少しくらいは付き合ってみようかなと」

「なるほど。つまり紫芝君に上手いこと言いくるめられてなし崩し的に関係を持つことになったわけだね」

「おい、変な意訳すんのはやめろ」


 思わずといった様子で海理が突っ込むと、時子は空いていた穂乃花の前の席に座りながら薄っすらと笑みを浮かべた。


「冗談だよ。それより、紫芝君とこうして話すのは初めてだね」

「まあ、今まで特に接点なかったしな」


 海理が返事をした後も時子は眼鏡越しに変わらず彼の顔を見つめ続けていて、それに居心地の悪さを感じたのか海理は落ち着かない様子で身じろぎをした。


「えっと、俺に何か用でもあるのか?」

「用、と言う程のことでもないけどね。見ての通り、穂乃花は可愛いでしょ?」


 こいつは突然何を言いだしたんだろう。

 そんな突っ込みの言葉が海理の喉元まで上がってきたものの、相変わらず薄っすらと笑みを浮かべているだけの時子にふざけた様子はない。


 意図は図りかねるものの、改めて海理が穂乃花の方へ視線を向ける。


 窓から入ってくる陽光を浴びて輝く銀色のウェービーヘアに、可愛いというよりは綺麗という感想の方が先にくる整った目鼻立ち。

 白い肌はやたらときめ細かく、線の細い体つきはけれど痩せ過ぎというわけでもない。

 海理としても、穂乃花の容姿に関して時子の意見を否定するつもりは毛頭ない。


「確かに、可愛いとは思うけど」

「だよね。流石は紫芝君、よくわかってるじゃん」

「……ねえ、二人とも本人の前でそういう話するのはやめて欲しいんだけど」


 恥ずかしいが褒められているだけなので強く怒るのも躊躇われる。

 そんな葛藤が透けて見えるようなやや声量の小さい穂乃花からの苦情は、まるで聞こえていないかの如く会話を続けようとしている二人によって完全に黙殺された。


「そんなわけで、穂乃花は愛想がいいわけじゃないけどとっても可愛いし、実際に話しかければ結構律儀に付き合ってくれるからさ。たまーに、男の子を勘違いさせちゃう魔性の女なわけよ」

「あー、なるほど。確かに、言われてみればありそうな話ではあるな」


 冗談めかしてはいるものの、穂乃花は割とろくでもないことを言っていると自覚している海理相手でさえ普通に話してくれるのだからそうでない相手ならなおさら話しやすいだろう。

 ひょっとして自分に気があるんじゃ、なんて勘違いをしてしまう男子が出てきたとしても不思議はない。


 穂乃花の友達である時子としてはその辺が心配で釘を刺しておきたいのかもしれないが、海理は自分がそういった理由でトラブルを起こすことなどあり得ないと断言できる。


「とはいえ、俺は視えないものは信じないのが信条なんだ。俺に人の気持ちまでは視えないから、そういうのは最初から信じてないよ」


 海理としては時子を安心させるために口にした台詞だったのだけれど。

 肝心の彼女は海理の言葉が大して響いた様子もなく不思議そうに小首を傾げた。


「そりゃ、他人のことなんて極論見た目意外は見えないでしょ。そんなこと言ってたら誰のことも信じられなくない?」

「……は。そうだな。今のは俺の言い方が悪かった」


 苦笑気味に笑い声を零してから、海理が無意識に伸ばした右手を目の横に沿えながら時子を見やる。


 言った通り、海理に人の気持ちは視えない。

 でも、その人間の能力は視えている。

 だから、それに見合った期待を寄せることはできるし、海理にとっての信頼とはそういうものだ。


 なんて、いくら言っても理解を得られた試しはないから口には出さないけれど。


 時子にこんなことを言われている自分自身が無性におかしくて、海理はもう一度乾いた笑い声を漏らした。




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