願いを届ける年賀状
テーマは『年賀状』
『第7回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』の対象となる超短編作品です。
「―――俺、年賀状あまり好きじゃないんだよねぇ」
「……なに? 突然」
思わず聞き返す。
だけど唐突な話かといえばそうでもない。
先程そんな話をしていた。この年の瀬の今更に、年賀状についての話を。
「別に俺だけの話じゃないでしょ。今の時代、年賀状書かないって人も結構いると思うよ?」
「それはまぁそう。……実際、難しいところもあるしね」
「わざわざ葉書にしなくてもなぁ」
携帯電話の普及によりメールというものが身近になり、友人などに新年の挨拶をしたければそれで済むようになった。
今ではさらに世界の電子化が進み、手段は多岐にわたることとなった。
葉書として年賀状を送る場面は限られ、もう年賀状をやめたという人も少なくないだろう。
さらに、昔と違って個人情報の取り扱いも難しくなった。
人の住所という情報の入手は簡単なことではなく、そのために住所を聞くというのも気が進まないということもあるだろう。
「……それだけ?」
尋ねると彼は肩を竦める。
もちろん、それも理由だろう。だけど、彼が好きじゃないと言ったその根源はそこではない気がする。
問い詰めるように見つめると、諦めたように苦笑する。
「正直に言うと、文言が好きじゃない」
「文言?」
首を傾げる。
「あけましておめでとう、ってやつ」
「……それの何が気に食わないの?」
年賀状のありふれた定型文だ。それに変な意味があるとも思えない。特段嫌う要素があるだろうか。
「書いてるときは、まだ年が明けてないだろ? なのに明けましてだの、今年も、だのは適当なことを書いてる気になってなんていうか……冷めちゃうんだよね」
「……」
言いたいことはわかる。
それを神経質だと、潔癖だと否定することはできる。もちろん、そんなこと言われずとも彼はわかっているのだろうからそれに意味はない。
所詮こんなものはただの軽口にすぎない。真剣に思い悩んでの言葉じゃない。
でも。
その言葉はきっと嘘じゃない。
「それは、きっと、願いなんだ」
「……願い?」
「そう、年が明けたという願い。そして、よろしくっていう願い」
「なるほど」
小さく頷く。その言葉の意味を噛み締めるように。
そして彼はふと視線を上げる。
「そういうのもいいかもね。―――ってことで明けましておめでとう」
「うん、今年もよろしくね」




