第八話 水域の王と再生の秘術
ヤゴを打ち破り、【ソニック・ブレード】の力に自信を得た幸田は、自らさらなる強敵を求めた。彼は水域の浅い場所から深い場所までを探索し、最も強大な存在を探し始めた。
彼が到達したのは、水面近くの水草が密集したエリア。ここには、しばしば空気を呼吸するために水面へ浮上する、池の最上位捕食者が潜んでいる。
『【危機察知】C-発動! 絶望的脅威! 領域の王に遭遇しました!』
幸田の目の前にゆっくりと姿を現したのは、
タガメ(Giant Water Bug)
だった。体長は幸田のケンミジンコの優に六倍、約6センチに達する漆黒の巨体。その巨躯はまるで装甲車のように分厚く、後脚は水中で猛烈な推進力を生むオールのように発達している。そして何よりも、獲物を確実に捕らえるための、巨大で強靭な捕獲脚が、獲物を待ち構えるように構えられていた。
タガメは、幸田の存在を無視し、獲物を待つ構えだ。しかし、幸田は動かなかった。この世界に来て以来、これほどまでに圧倒的な捕食者に遭遇したのは初めてだ。
「あれこそ、この水域の王。ここで倒さなければ、次へ進めない!」
幸田は、ヤゴ戦で得た教訓を活かし、先制攻撃を決意する。目標は、タガメの厚い外骨格を貫通し、内部にダメージを与えること。
「【ソニック・ブレード】! 最大出力!」
幸田は全精神力を集中し、タガメの頭部と胸部の関節の隙間に向けて、超音波の衝撃波を放った。
キュオオオッ!
超音波が水中で増幅され、タガメの外骨格にぶつかる。
キンッ!
タガメの分厚い甲殻は、幸田の【ソニック・ブレード(B-)】の衝撃を完全に弾き返した。わずかな振動が伝わっただけで、致命的なダメージには至らない。
『ダメージ無効化。物理防御力がソニック・ブレードの貫通閾値を遥かに超過しています。』
タガメは、自分の体に微細な振動を与えた無礼な存在に、初めて意識を向けた。その行動は、電光石火だった。
幸田が回避行動に移るより早く、タガメの巨大な捕獲脚が、水中を一瞬で切り裂き、彼の体を鷲掴みにした。
ガシャンッ!
幸田の強化型ケンミジンコの甲殻が、飴細工のように音を立てて砕け散る。タガメのハサミの圧力は凄まじく、彼の体は一瞬で半壊状態に陥った。遊泳脚の一部が圧し折られ、体液(血液)が激しく水中に漏れ出す。
『致命的ダメージ! -95%HP! 構造崩壊!』 『行動不能。タガメの捕獲脚から脱出できません!』
意識が薄れていく。全身を貫く激痛。タガメは容赦なく幸田の体に、その鋭い口吻(ストロー状の口)を突き刺そうと構える。その口吻には、強力な消化液が満たされている。
「だめだ……このまま、溶かされて終わるのか……!」
幸田の脳裏に、前世の記憶が走馬灯のように駆け巡った。タクシー事故の瞬間、ミジンコになった直後の飢餓感、ヒドラに追われた恐怖、オニケンミジンコに砕かれた甲殻の痛み。
彼は、死の淵で、過去の全ての経験と、人間としての「生への渇望」を、意識の核に集中させた。
「生きる! どんな傷を負っても、一瞬で元に戻る力がなければ、この世界では強者になれない! 俺は、この水域を、そしてこの世界を生き抜くんだ!」
その意志が、彼の細胞一つ一つを、絶望的な速度で活性化させた。
『生命力と生存意志の極限解放を確認。特殊な条件達成。』
『ユニークスキル:【再生(A+)】を獲得しました!』
【再生(A+)】が発動した瞬間、タガメのハサミに圧し潰され、砕けた幸田の甲殻の破片が、原子レベルで組み直され始めた。漏れ出ていた体液が逆流し、遊泳脚の折れた骨格が修復される。
ブワッ!
幸田の体から発する光と生命力の波に、タガメが一瞬怯み、ハサミの力が緩んだ。
『HP:100%に回復! 構造ダメージ:修復完了!』
この一瞬の隙を見逃す幸田ではない。全回復した幸田は、タガメのハサミが緩んだ瞬間に、全身を捻って脱出。即座に距離を取った。
「再生……これが、俺の生命を賭けた進化の報酬か!」
幸田は、全精神力を、脱出直後にタガメが水を吸い込もうとした一瞬の隙に集中させた。
『【念動力(B)】全開! 【体内キャビテーション(C+)】発動!』
タガメの体内に吸い込まれたばかりの酸素と水に、幸田の念動力が介入し、腹部の中枢神経節付近で爆発的なキャビテーションを発生させた。
ドシュン!
タガメは、体内で起こった予期せぬ衝撃に、全身が痙攣した。その巨体が一瞬硬直し、動きが鈍る。
「喰らえ! 全力の超音波攻撃だ!」
幸田は、タガメが体勢を立て直す前に、連続して【ソニック・ブレード】を放ち、先ほどハサミが破壊したタガメの胸部甲殻の傷口に、超音波を集中させた。
キュルルルルッ!
防御力の低い傷口から侵入した超音波は、タガメの内部組織を徹底的に破壊する。タガメはもはや水域の王としての威厳を失い、激しく体を回転させて、苦悶のサインを上げる。
数秒後、タガメはその巨大な体を水草にぶつけ、静かに沈んでいった。
『捕食者タガメ(水域の王)を討伐しました。経験値極大獲得。』
『ユニークスキル:【再生(A+)】
•【再生(A+)】:極限の生命力を消費し、自身の肉体的ダメージを瞬時に修復する。致命的な構造破壊や欠損に対しても高い修復能力を発揮する。使用後は極度の疲労状態となる。』
『ユニークスキル:【体内キャビテーション】がC+に上昇しました。』
幸田は、荒い水流の中で静かに体勢を整えた。全身の生命力を使い果たしたかのような、激しい疲労感が彼を襲う。しかし、彼の甲殻は完璧に修復されていた。
「タガメ……とてつもない強さだった。だが、俺は生き残った。A+ランクのスキルまで手に入れて……」
この戦いで、幸田は明確に理解した。この異世界で生き残るには、攻撃力や防御力だけでなく、「死なない力」こそが重要だと。
幸田は、水域の王を倒し、究極の回復能力を手に入れた。彼の進化の旅は、もはや後戻りできない領域へと踏み入っていた。




