第六話 新しき肉体の解放
進化の光が収束し、幸田博は新たな肉体を得て水底に降り立った。体長約1センチ。ミジンコ時代から数えれば数倍にもなるその巨体は、彼にこれまで経験したことのない解放感をもたらした。
「すごい……なんだ、この力は!」
幸田は、まずは新しい遊泳脚を試すべく、水底を蹴るように泳ぎ出した。ミジンコ時代の、懸命に水を掻くような動きとはまるで違う。遊泳脚は彼の意思にダイレクトに反応し、水流を捉え、体を流線形に加速させる。まるで、水の中を滑るように、音もなく移動できるのだ。
ヒュンッ!
彼の体は、一瞬で藻類の森を駆け抜け、開けた水域へと飛び出した。
「速い! ミジンコ時代の【高速移動】が常時発動しているようなものだ!」
新しい体は、彼の五感も研ぎ澄ましていた。以前よりも遥かに広い視野を持つ二つの目は、遠くまでクリアに水中の世界を映し出す。水流の変化も、微細な匂いの変化も、以前よりはっきりと感じ取れる。
幸田は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように、水中で自由に動き回った。急加速、急停止、垂直上昇、スピン。どの動きも、彼の意のままだ。
「これなら、あのオニケンミジンコとも互角以上に戦える!」
そして、幸田の意識は「食事」へと向かった。ミジンコ時代は、ひたすら水中のプランクトンを濾過して食糧としていた。栄養効率は悪く、常に飢餓感との戦いだった。
しかし、強化型ケンミジンコは違う。彼は立派な捕食者なのだ。
幸田の視界に、ゆっくりと遊泳する小型のミジンコの群れが捉えられた。かつての自分と全く同じ、濾過摂食に夢中な存在だ。
「悪いが、これも進化のためだ」
幸田は、【高速移動】でミジンコの群れに突入した。捕食性のケンミジンコには、獲物を捕らえるための強力な口器がある。彼は、その口器でミジンコを一つ一つ捕らえ、貪り食った。
ゴクリ、ゴクリ……
ミジンコを捕食するたびに、彼の体力が回復していく。その感覚は、濾過摂食とは比較にならないほど効率的で、そして美味だった。
「うまい! なんだ、この満足感は!」
かつて、自分がそうであった生命を食らう行為に、幸田は一切の躊躇いを感じなかった。この異世界で生き抜くには、弱肉強食の法則に従うしかない。むしろ、効率的に栄養を摂取できることに、純粋な喜びを感じていた。
十分に食事を終え、水草の陰で休息を取りながら、幸田は自分のステータスを確認した。
そう、意識をすれば自身のステータスの確認ができるのだ。
『ユニークスキル:
•【危機察知(C-)】
•【高速移動(D)】 (進化により基礎能力が向上。スキルはDランク相当に)
•【尾棘アタック(E+)】
•【水流操作(D)】
•【念動力(B-)】
•【キャビテーション・ブレード(C-)】
•【体内キャビテーション(C)】
種族:強化型ケンミジンコ(Cyclops Forte) HP:大幅増加 防御力:大幅増加 移動速度:大幅増加
強化された身体能力と、ランクアップしたスキル群。特に【念動力】と【体内キャビテーション】の組み合わせは、この水域においては最強の一角に食い込むだろう。
幸田は、巨大な複眼で広大な水中を見渡した。この池は、まだ彼の知らない生命で満ちている。次の獲物は何か。次の試練は何か。
「よーし、やってやるぞ。人間への道は限りなく険しいが、俺はもう、ただのミジンコじゃない!」
新たな肉体を得た幸田博は、その強い意志を胸に、広大な水中の世界へと再び飛び出した。




