第二十話 仮初めの神と喜怒哀楽
指導開始から100年目。
幸田博(仮の姿:推定25歳の若者)は、自らを「コウダ」と名乗り、村人に溶け込んだ。彼はもはや恐ろしい神ではなく、知識と温かさを持つ「導師」として受け入れられた。
彼の行動は、村人たちの心に深く刻まれていった。
【喜び:人間性の開花】 幸田の最大の喜びは、彼が教えた文字と言葉で、人々が感情を表現し始めた時だった。 初めて教えたオサの孫娘「コトノ」が、野に咲く花の美しさを短歌として書き上げた夜。幸田は、その歌を読み上げ、涙を流して喜んだ。 「コトノ。これは……美しい! 命が、魂が、宿っているぞ!」 彼は彼女の頭を優しく撫で、その詩を「竜の教典の序章」として祠に刻ませた。その時の彼の慈愛に満ちた笑顔は、村人たちにとって、神の暖かさそのものだった。
【怒り:教育者としての責任】 もちろん、全てが順風満帆ではなかった。 ある時、二つの村の若者が、水路の権利を巡って原始的な武器で争いを始めた。幸田は、その場に立ち、かつての竜の威圧感にも似た、しかし理性的な怒りを露わにした。 「なぜ、教えを忘れた! 力は、命を守り、知恵を守るためにある! 争いは、最も愚かな行為だ!」 彼は、争いを始めた若者たちを、一週間、断食させて祠の前に立たせた。そして、彼の怒りが鎮まった後、幸田は彼らを抱きしめ、「お前たちは、俺が作った大切な家族だ」と優しく諭した。彼の怒りは、罰ではなく、家族愛に基づくものだった。
【哀しみ:世代交代の孤独】 最も辛いのは、彼が名付けた初代のオサやヒモリ、ハナたちが、次々と老衰で亡くなっていく時だった。 初代のオサが息を引き取る際、幸田は人間の姿で、その手を強く握りしめた。 「オサ、よくやった。お前のおかげで、この文明は始まったんだ」 「コウダサマ……ワタクシハ……マタ……ウマレテ……アナタノ……オシエヲ……」 オサは、苦しい息の中で、来世での再会を誓い、静かに息を引き取った。幸田は、その亡骸の前で、声を上げて泣いた。彼の涙を見た村人たちは、彼らの神もまた、自分たちと同じ命のつながりを持つ存在であると悟った。
幸田は、人間の喜怒哀楽を享受することで、彼の孤独な魂を癒しつつ、文明の指導者としての役割を全うしていった。
第二十一知識の爆発と都市の創世(+100年)
幸田が村に降り立ってから、さらに100年が経過した。指導開始から通算すると、200年の時が流れていた。
幸田博は、その200年間、全く姿を変えていない。彼の永遠の若さと、溢れ出る知識は、もはや村人たちにとって驚きではなく、「導師コウダの普遍の存在」として歴史に組み込まれていた。
コウダノサトは、もはや村ではなかった。それは、壮大なる「ネオ・コウダ」都市へと変貌を遂げていた。
【都市の変遷と発展】
石器時代 0年 洞窟、石斧、火の維持。
江戸時代初期 100年 木造建築、瓦屋根、鉄器、農耕、カタカナ。
現代日本レベル 200年 鉄骨構造、高層ビル、魔力通信網、転移魔法解析。
初期の木造家屋は、幸田が指導したセメント(石灰石と粘土)と鉄骨(高度な金属加工)の技術により、次々と建て替えられた。彼が示した設計図に基づき、石畳の道路が整備され、その中央には、地球の現代日本を思わせる高層ビル群が立ち並んでいた。
•交通: かつて馬車が走っていた道には、【念動力(S)】の原理を応用した「魔力リニア鉄道」が敷かれ、都市間を結んでいた。
•通信: 【空間把握(S)】の概念を利用した「魔力通信網」が構築され、都市の住民は遠く離れた場所の家族と瞬時に対話することが可能になっていた。
•エネルギー: 火力ではなく、幸田が考案した「魔力炉」が都市のエネルギーを担い、すべてのインフラを駆動させていた。これは、この世界の魔力を熱エネルギーに変換する、科学と魔法のハイブリッド技術だった。
幸田は、ネオ・コウダの最高学府である「導師院」の最上階にある研究室で、窓の外に広がる彼自身の創造物である都市を静かに見下ろしていた。
「やっと、ここまで来たか。これなら、俺の故郷の文明に匹敵する、いや、魔法技術の分野では上回るレベルだ」
彼の孤独な文明創世の試練は、達成された。




