第十八話 文明創世の加速
言葉と文字の習得は、類人猿たちの知能を爆発的に加速させた。彼らは、初めて抽象的な思考と、過去の情報の共有を可能にした。
数十年後、その集落は、幸田の指導のもと、小さな村へと変貌を遂げた。
【住居の革新】 幸田はまず、【炎の抱擁(S)】で周囲の巨木を狙った大きさに焼き切り、【念動力(A)】で加工し、簡単な木造の竪穴式住居を設計させた。火の近くで眠ることを覚え、湿気と危険から身を守る術を学んだ。
【農耕の開始】 幸田は、森の植物の中から、栄養価が高く、栽培に適したイモ類と穀物に近い種子を【炎獄眼】で見つけ出し、それを植え、水を与える方法を教えた。初めて、彼らは「狩り」に依存しない、安定した食糧供給という概念を知った。農耕の開始は、人類の歴史における決定的な転換点だが、彼らはそれを、「神の奇跡」として受け入れた。
【道具と社会構造】 幸田は、鉄鉱石の場所を突き止め、熱せられた石を利用した原始的な金属加工の技術を教えた。もはや彼らが使うのは粗末な石ではなく、鋭い石斧と、簡単な青銅器の道具だった。
かつてのボス(オサ)は、幸田の教えを受け継ぐ初代の巫となり、竜の教えを人々に伝える役割を担った。社会の秩序は、力ではなく、知恵(竜の教え)によって保たれるようになった。
幸田は、孤独な教師だった。彼らの発達速度は、地球の人類のそれよりも遥かに速かったが、幸田の知性から見れば、それは恐ろしく遅いものだった。何度も何度も同じことを教え、失敗を見守り、そして時には【炎の抱擁】で巨大な危険を排除しなければならなかった。しかし、幸田は決して諦めなかった。この文明の進化こそが、彼が故郷に帰るための唯一の希望だったからだ。
第十九話 百年の夢、人化と次元への道
そして、指導開始から、ちょうど百年の時が流れた。
幸田博が初めてこの集落を訪れた時に生きていた類人猿たちは、すべて土に還り、その子孫は五世代を経ていた。幸田は、百年間、空の神として、その集落を見守り、導き続けた。
【百年の文明レベル】 幸田の知識の注入により、文明は奇跡的な加速を遂げた。彼らの文化は、日本の江戸時代初期に匹敵するレベルに到達していた。
•建築: 瓦屋根の家々が立ち並び、木造の家屋が整然と並ぶ。村は「コウダノサト(幸田の郷)」と呼ばれていた。
•技術: 簡単な金属加工(鉄器)が可能になり、効率的な農耕具や、刀剣のような武器も作られていた。
•社会: 巫を中心とした階級社会が形成され、簡単な行政機構と、法律(竜の教え)によって統治されていた。
•文化: カタカナは完全に定着し、物語を記し、歌を詠む文化が生まれていた。彼らの話す言葉は、「竜の言葉」として日本語を基礎としていた。
幸田は、夜空から村を見下ろし、達成感に満たされながらも、絶望的な孤独を感じていた。彼は、神として崇められ、誰も彼に話しかけることすらできない。彼が求めているのは、次元魔法の知識を持つ対等な対話相手だった。
その時、彼の頭上に、まばゆい光と共にシステムウィンドウが展開された。
『ユニークスキル:【空間把握(A)】がSランクに昇華しました!』 『【炎獄竜】の最終進化条件が達成されました。』
幸田の目の前に、最終進化の選択肢が展開された。
【最終進化選択】
1.【超次元転移(SS)】 認識空間を超え、世界間(次元間)の転移を可能とする。
2.【神の威光(EX)】 全ての生物を絶対的な恐怖と服従の対象とする。支配能力の究極。
3.【仮の器(S)】 一時的に、前世の人間としての姿を完全に再現する。
幸田は、最初の二つの選択肢を一顧だにしなかった。
【超次元転移(SS)】は、彼が求める最終目標そのものだが、未だにこの世界の次元の構造が理解できていない以上、闇雲に転移するのは自殺行為だ。
【神の威光(EX)】は、この村を永遠に支配し続ける力を与えるが、彼の目標は帰還であり、支配ではない。
彼の視線は、三番目のスキルに釘付けになった。
【仮の器(S)】。
「人間になる……元の体に戻るわけではない。一時的な仮の姿。だが、これで俺は、あの村の人間たちと、対等な視線で対話ができる……!」
竜の姿では、彼は永遠に神であり、教師であり、支配者だ。だが、人間の姿になれば、彼は初めて、彼らが築き上げた文明の中で、一人の人間として歩むことができる。次元魔法の知識は、対話と議論、そして共同研究を通してしか得られない。
幸田は、決断した。次元への鍵は、知恵であり、その知恵は対話から生まれる。
「最強の力は手に入れた。だが、最強の知性を手に入れるためには、俺は一時的に最弱の人間にならなければならない」
幸田は、炎獄竜の巨大な爪を、三番目の選択肢へと力強く突きつけた。
『ユニークスキル:【仮の器(S)】を獲得しました。』
『このスキルは、あなたの進化系統を【仮初めの神】へと変更します。』
翌日。幸田の郷の人々は、空に君臨していた炎獄竜の姿が、どこにも見えないことに気づき、静かにざわめき始めた。
そしてその夜、村の外れにある竜の祠に、一人の見慣れない、黒髪の若者が静かに立っていた。その瞳には、長い年月の時を生き抜いた、知性と孤独の炎が宿っていた。彼の、文明の創始者としての第二の旅が、今、始まった。




