第十二話 炎の極意と次元の扉
ミサゴとの激闘から、さらに一年以上の時が流れた。幸田博は、もはや体長20センチに迫る堂々たる両生類の姿へと成長していた。彼の皮膚は黒く、滑らかで、その体にはかつてミジンコだった頃の面影はない。
幸田は、この水域における揺るぎない「異端の捕食者」となっていた。彼の狩りの手法は、水中で【ソニック・ブレード】と【念動力】で獲物を追い込み、陸地に追い上げて【炎の抱擁】で仕留めるという、水陸両用を極めたものだった。
特に【炎の抱擁(B-)】は、多数の爬虫類や小型の哺乳類との戦いを経て、着実に熟練度を増していった。
ある日、幸田は沼地の浅瀬で、体長1メートルを超える大型の水蛇と対峙していた。分厚い鱗に覆われた水蛇は、彼の【ソニック・ブレード】を容易に弾き、その巨大な体で幸田を締め上げようとする。
「物理的な攻撃は通じない! 火力を、最大まで集中させる!」
幸田は、水蛇の分厚い鱗が重なる、エラと首の間のわずかな隙間を目掛けて、全霊の【炎の抱擁】を叩き込んだ。
ゴオオオオッ!
B-ランクの火炎は、水蛇の急所を直撃し、鱗を焼き焦がした。水蛇は激痛に体をくねらせ、幸田から一瞬だけ締め付けを緩めた。
「今だ! 連発!」
幸田は、その隙を見逃さず、水蛇の首元の同じ箇所に、何度も火炎を浴びせ続けた。その炎は、まるでガスバーナーのように集中し、分厚い鱗を貫通し、水蛇の神経にまで達した。
『ユニークスキル:【炎の抱擁】がB-からAにランクアップしました!』
水蛇は、全身を炎に包まれながらもがき苦しみ、水底へと沈んでいった。
『捕食者大型水蛇を討伐しました。経験値極大獲得。』
【炎の抱擁】はAランクへと昇華し、その火力は、もはや両生類や小型爬虫類を焼き払うには十分なものとなった。
その勝利の直後、幸田の意識に、まばゆい光と共にシステムからの通知が流れ込んできた。
『全スキルランク合計値が進化条件を達成!』
『このレベルアップに伴い、新たなユニークスキルを獲得可能です。』
幸田の前に、再び三つの選択肢が展開された。
【スキル選択】
1.【超回復(S)】 【再生】の上位スキル。生命力を消耗せず、組織の損傷を高速で治癒する。
2.【硬化外皮(A)】 全身の皮膚を鋼鉄のような硬度に変化させる。持続力と防御力が大幅向上。
3.【空間把握(C)】 周囲の空間の歪みや構造を認識する。転移魔法の基礎能力。
幸田は、三つの選択肢を前に、深く、深く考え込んだ。
【超回復(S)】。現在のS-ランクの【再生】は、命を救う切り札だが、使用後の消耗が激しい。これがSになれば、文字通りの不死身となる。 【硬化外皮(A)】。ミサゴとの戦いで後悔した、空からの脅威に対する絶対的な防御力。 どちらも、この過酷な世界で生き残るための、あまりにも魅力的で、確実な道だ。
しかし、幸田の視線は、三番目の選択肢に釘付けになっていた。
「【空間把握(C)】……転移魔法の基礎能力……」
彼の最終目標は、生き残ることではない。タクシー事故のあの時間に、元の世界へ戻ることだ。そのためには、【次元魔法】の習得が不可欠だと、彼はミジンコ時代から確信していた。
【念動力】でキャビテーションを起こす力、【炎の抱擁】で水生生物の常識を打ち破る力。これらのチート能力は、すべて彼を生存させ、知識を蓄積させ、最終目標に近づくための布石だった。
「超回復があれば、あと百万年生き残れるかもしれない。硬化外皮があれば、ワニに踏まれても死なないかもしれない。だが、それでは『幸田博』はただの最強のサラマンダーで終わってしまう」
幸田の脳裏に、あの新宿の夜が蘇る。友人と交わした他愛ない会話、そして一瞬の眩いライトと衝撃。
「俺は、帰らなければならない。あそこへ戻り、あのタクシーを止めるために。次元魔法の習得は、安全な生存とは全く別の次元の、リスクを伴う賭けだ」
【空間把握】はCランク。習得したところで、すぐに【転移】ができるわけではない。その間、彼は【超回復】や【硬化外皮】を選んだ場合よりも、死と隣り合わせの生活を続けることになる。
だが、彼はもう、安全な道を選ぶ自分を許せなかった。ミジンコとしての長年の努力は、平凡なサラリーマンだった彼に、
「異世界で最強となり、運命を捻じ曲げる」
という強烈な意志を植え付けていた。
幸田は、彼の前世の記憶と、この異世界で培った知性が混ざり合った、その強靭な意志の力をもって、三番目の選択肢を指し示した。
「選ぶのは、帰還への扉だ。次元魔法への、最初の鍵だ!」
『ユニークスキル:【空間把握(C)】を獲得しました。』
その瞬間、幸田の脳裏に、これまで彼が認識していた「空間」の概念が、歪みと共に押し寄せてきた。それは、ただの距離や角度ではなく、世界を形作る次元のヒビのようなものだった。
『ユニークスキル:【炎の抱擁】がAにランクアップしました。』
幸田は、新しいスキルに意識を集中させる。周囲の空間の、微細な歪み。それはまるで、空気中に漂う目に見えない水流のようなものだった。
「空間……これが、次元魔法の入り口……!」
水陸両用の幼生として、火魔法を極め、そして次元魔法の第一歩を踏み出した幸田博。彼の旅は、いよいよ「帰還」という究極の目標へと向かい始めたのだ。




