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ミジンコから始まる異世界生き残り物語  作者: 英目太郎


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第一編:ミジンコからの始まり プロローグ 深夜の衝突と深淵の目覚め

みなさんは、ミジンコという生物をご存じだろうか。

極めて小さな水中に生息する魚のえさとなる甲殻類である。


二軒目のはしごを終え、新宿の喧騒から逃れるようにタクシーに乗り込んだのは、午前二時を回った頃だった。幸田博、三十四歳。平凡な電気部品の開発エンジニアとして働くサラリーマンである彼の意識が途切れたのは、ビルのネオンが流れるのを見ていた、ほんの一瞬のことだ。


「え? おい、起きろー!」


幸田が運転手にそう叫んだ時には、もう遅かった。猛烈な金属がぶつかる衝突音と、全身を叩き潰すような衝撃。世界は一瞬で光と色彩を失い、深い、冷たい闇へと意識が沈んだ。

次に意識が浮上したとき、彼は完全に戸惑った。体がない。あるのは、水の冷たさと、微細な浮遊感、そして強烈な飢餓感だけ。目を開けると、視界いっぱいに広がるのは、薄緑色に濁った世界だった。


「どこだ、ここ……?」


声を出そうとしても、喉も肺もない。代わりに、頭部らしき場所から生える一本の触角が、僅かに水流を捉えている。体長はわずか数ミリ。赤く脈打つ心臓が透けて見える、透明な甲殻に覆われた体。そして、顔の中心には、一つだけ異様に巨大な複眼が世界を覗いていた。

幸田博は、異世界で最もありふれた存在、ミジンコ(Daphnia)として転生していた。


ミジンコになってから、時間という概念は意味をなさなくなった。数時間の出来事が、人間に換算すれば数週間のように長く感じられた。彼の体には、前世の記憶と知性が宿っていたが、それ以外はただのミジンコのスペック。生存本能と、本能に従って行動することでしか、この過酷な水槽(池か、沼か)の世界で生きていけないことを悟る。

幸運だったのは、転生直後から、彼の意識に直接語りかけてくる不可視のシステムが存在したことだ。


『ユニークスキル:

•【危機察知(E-)】:生存を脅かす危険を微弱な水流や振動から予知する。

•【高速移動(E-)】:原生生物の基準において、一時的に巡航速度を倍化させる。』


スキル。チート能力。ミジンコレベルのE-ランクだとしても、それは彼の唯一の武器だった。

幸田は考える。


「これって、なんだ? そもそもミジンコの脳でこんな複雑なことを前世の記憶を含めて処理できるはずがない。スキル? レベルE-? 訳分からん。・・・ということで、この現象については考えることを放棄する。今の時点で起こっている理由はわからんが、すべてを現実として、今後のことを考えよう。すべてを前向きにだ!」


転生から推定二日目。幸田は、甲殻に僅かな藻類を付着させ、静かに水草の陰に潜んでいた。微細なプランクトンを濾過して食糧とする、本来のミジンコの習性だ。その時、視界がオレンジ色の警告色で塗りつぶされた。


『【危機察知】発動! 致命的脅威接近中!』


水流が乱れる。それは、この世界における「地響き」に等しい。幸田が反射的に【高速移動】を発動させ、Z字を描いて逃走した、次の瞬間。

彼の潜んでいた場所に、巨大な塊が侵入してきた。

それは、まるで透明な鐘を逆さにしたような体躯を持つ捕食者、「ヒドラ」だった。体長は幸田の十倍以上。無数の触手が、水草の茂みを手探りで掻き回している。幸田のミジンコの体は恐怖で痙攣した。ヒドラの触手は、まるで巨大なヘビのように、ゆっくりと、しかし執拗に幸田のいる方向へと伸びてくる。

幸田は逃げる。しかし、ヒドラの触手が巻き起こす水流は、ミジンコにとって重力にも等しい抵抗を生んだ。触手が彼の尾棘(尻尾の棘)に触れる。チクリとした痛みと共に、全身に痺れが走った。


『毒性ダメージ:-0.5%HP』 『【危機察知】ランクアップのチャンス! 生存を賭けた行動を選択せよ。』


逃げても無駄だ。そう直感した幸田は、前世で叩き込まれたサラリーマン根性を発揮した。


「生き残るためには、リスクを取れ!」


彼は一瞬だけ【高速移動】を止め、ヒドラの触手が勢いを失った瞬間を狙い、体を180度反転させた。目標は、ヒドラの「口」がある、体の中心部。本来なら最も危険な場所だ。

「どうせ食われるなら、一矢報いてやる!」

幸田は全エネルギーを投じ、ヒドラの胴体目掛けて突撃した。ヒドラは獲物が向かってきたことに驚き、触手を収縮させる。その収縮の隙間を縫って、幸田は透明な皮膚をかすめ、ヒドラの消化腔のすぐ外側にある、最も脆弱な細胞壁に尾棘を思い切り突き立てた。ミジンコに攻撃力などない。だが、その時の幸田の意識は極限まで研ぎ澄まされていた。


『称号:

•【捨て身の突進者】:物理攻撃力にわずかながら知性の補正が加わる。』


尾棘が細胞膜を貫通する、紙一枚のような感触。ヒドラは全身をくねらせ、苦悶のサインとして強烈な毒素を放出した。


『毒性ダメージ:-5%HP』 『【高速移動】がキャンセルされました。』


幸田の視界は激しい痛みに白く染まったが、彼の突進によって致命的なダメージを受けたヒドラは、その場から後退し、水を攪拌しながら逃走を開始した。

幸田は、水草の陰で数分間、動くことができなかった。全身が痺れ、心臓の鼓動だけがやけに速い。

水が静寂を取り戻したとき、彼の意識に、新たな情報が流れ込んできた。


『討伐成功。経験値獲得。』 『ユニークスキル:【危機察知】がD-にランクアップしました。』 『ユニークスキル:【尾棘アタック(F)】を獲得しました。』 『進化条件:敵の討伐によるスキルアップ。』


幸田は思った。


「ここは、おそらく異世界だ。もしかしたら進化とかあって、ミジンコから人間に戻れる可能性があるかもと。いや、何としてでも、この世界で人間に進化したい。このミジンコの体で、気の遠くなるような時間を戦い抜き、スキルを磨き、進化するしかないのだと。」

彼の長い年月に及ぶ、途方もない闘争が、今、始まった。


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