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スノッリの焚火(3)

「――それからずっと慙愧(ざんき)の念に苦しみながら森の中を彷徨っていた。あの目が……ラグナルの目が、ずっと俺を追い、責め立て、鋭い短剣のように何度も何度も俺を刺し殺す……!」


 エギルは頭を抱え、血を吐くようにそう言った。スノッリもまた我が事のように心痛を感じて拳を握りしめ、しばしそれに耐えた。それからやっとの思いで口を開く。


「……すまない、すまない兄さん。俺もずっと悔やんでいた。あの戦に一緒に行けなかった事を。俺のせいだ。俺を恨んでくれていいんだ」


 エギルは顔を上げ、悲しげに首を左右に振った。


「いいや、全ては俺の弱さが原因だ。ここに来てお前と話して、やっと真実に向き合えた。お前を(おとし)め、恨んだ俺を許してくれ」


「エギル、いいんだ。俺は――」


 ――俺を恨む事で兄さんが救われるならそれでいいんだ。


 そう言いかけて、スノッリは言葉を飲み込んだ。今、兄に必要なのはそんな慰めではないと気付いたからだ。そして代わりにこう言った。


「俺は――(ゆる)す。兄さんを(ゆる)すよ」


 ずっと悲痛な表情だったエギルに初めて小さな笑みが浮かんだ。しかしその笑みは命のように儚く消える。


「俺はラグナルとハーコンにも、神々にも、許しを乞いたい。俺は呪われた臆病者で、恥ずべき殺人者だ。いったいどうすれば許されるのだろう……」


「兄さんはもう充分に罰を受けた。神々も許されたさ。三〇年もの間、死の苦痛に苛まれながら森を彷徨っていたのだから」


「三〇年? スノッリ、何を言って――」


 スノッリは両手を広げた。


「よく見てくれ、エギル。俺はもうとっくに兄さんの年齢を追い抜いてしまった。あの戦いは三〇年前の出来事なんだよ。兄さんの弟はこんな爺だったかい」


 エギルは改めてまじまじとスノッリを見て、そうして初めて気が付いたように目を丸くした。


「ああ、ああ、そうか……あの後すぐに俺は死んで、それから三〇年も経っていたのか……」


 エギルの姿はすぅと消えて、コトリと何かが落ちた。

 亡霊のいた場所に小さな黄色い骨の欠片が残っている。


 スノッリはそれを拾い、手のひらで眺めてから火にくべた。炎の中で骨片は崩れて一筋の白煙となり、月の無い夜空へと昇って行く。


 それを見送っていると、焚火に背を向けて寝ていた孫がむくりと起き出した。


「どうした、ビャルニ」


 兄弟の父の名を継いだ若者は包まっていた毛皮と織布を広げてマントのように肩にかけ、地面に敷いていたほうを畳みながら答える。


「火の番、交代する」


「もうそんな時間か? まだ早くないか?」


 孫のビャルニはやれやれという顔で苦笑した。


「もうろくしたな、爺さん。ウトウトしてただろ? 火に向かってぶつぶつ独りで話してたぜ。こんな夜に火を絶やすわけにはいかねぇからな。代わるよ」


 スノッリは額から白い髭の先まで手で拭い、長い溜息をついてから言った。


「ああ……そうだな。そのほうがいいかもしれんな」




〈完〉


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