噂のひな壇
それは、3月1日の事だった。これはとある農村での話だ。もうすぐ端午の節句だ。だが、この村には子供はいない。高度経済成長の頃に、若者はみんな都会に行ってしまい、ここは高齢者ばかりになってしまった。最近では、その高齢者も亡くなっていき、人口はとても少なくなっていた。最近では合併の噂もあるぐらいだ。
そんな中、ここに住むタケは、ある事が気になっていた。だが、誰にも言っていない。誰か、その話を聞いてくれないだろうか?
「ねぇ知ってる?」
「何?」
隣に住んでいる平吉は、農作業をしている。平吉の息子夫婦は、東京に住んでいて、年末年始しか会わない。その時にはとても家が活気づくのに。それが毎日であってほしいのに。そんなに東京がいいんだろうか? 疑問に思う毎日だという。
「あのお寺に、すっごく大きなひな壇とひな人形があるんだって」
タケの話によると、この近くのお寺に、大きなひな壇とひな人形があるという。そのお寺は、10年ぐらい前に廃寺になっていて、朽ち果てているという。そんな廃寺に、どうしてこんなのができたんだろう。誰が作ったんだろう。全く疑問だ。
「本当?」
平吉は信じられないようだ。ひな祭りなんて、もう何年も生で見ていない。ここら辺は高齢者ばかりなので、全く行われない。もし行われたら、住民総出でお祝いだろうけど。
「うん。見たい?」
「うん」
2人はその廃寺に行ってみる事にした。その廃寺はここから少し離れた雑木林の中にある。そこへ続く道は整備はされているものの、雑草が多い。本当にそんなのがここにあるんだろうか? 2人は疑問に思っていた。
2人は廃寺へ続く道を歩いている。道は石畳だ。かつてここを多くの人が行きかった。だが今では、雑木林の中にたたずんでいる。とても静かなお寺への道だ。
しばらく歩いていると、巨大なひな壇とひな人形が見えてきた。これがタケの言っているものだろうか?
「これこれ」
「すっげー!」
2人は思わず見とれた。こんなのがわが村にできたとは。でも、誰もこんなのを作ったのか疑問だ。ここを復興させようとしているボランティアだろうか? いや、ここにボランティアの人々が出入りした形跡はないし、目撃情報もない。どうしてこんなのがあるんだろう。でも、とてもすごいな。
「どうして? 誰がこんなのを」
「わからないよ」
と、そこに近所の川原がやって来た。川原は、廃寺の辺りが騒がしいのに気づいて、ここにやって来たようだ。
「どうしたの?」
「これ、誰が作ったの?」
タケは指をさした。だが、川原にもわからない。川原は首をかしげた。
「わからないよ。でもすごい・・・」
「でもここってお寺の跡だよ」
それを聞いて、平吉はおかしいと思った。どうしてこんな廃寺に、人が出入りしたんだろう。何の目的だろうか? まさか、これを作ろうとして出入りしたのでは? いや、こんな村にそんなのが来た気配はない。
「えっ!?」
川原も信じられない表情だ。こんな廃寺にどうしてこんなのができたんだろう。まさか、観光客を呼ぶための目玉だろうか?
「ここは昔、お寺だったんだよ」
「そうなんだ・・・」
だが、平吉は何か不審導な表情だ。何かあったんだろうか? 2人は首をかしげた。
2人は時間を見た。もう帰る時間だ。早く帰って、夕飯を作らないと。
「帰ろう」
「うん」
2人は帰っていった。彼らは知らなかった。そのひな人形の目が動いているのを。
翌日、廃寺の周りは騒然としていた。巨大なひな壇とひな人形があるからだ。あっという間にうわさが広まって、多くの人が来ている。こんなのができるだけで、村がとんでもない事になっている。まさかの出来事に、テレビ局もやって来た。カメラマンとアナウンサーの姿もある。ここはまるで東京のようになった。
タケは廃寺の周りの騒然とした雰囲気で目を覚ました。こんな事はなかったのに。どうしたんだろう。
「どうしたんだろ?」
タケは家を出て、廃寺のある雑木林に向かった。そこには多くの観光客が来ている。こんなのができただけでこんなに人が集まるなんて。あんなに静かだった農村が、大きなひな壇とひな人形だけでこんな事になるとは。
「すごいな。どうしたんだろう」
平吉もそこに来ていた。こんなに多くの人が集まるなんて。あのひな壇とひな人形は素晴らしいな。
「ここに長い行列ができている」
「噂が広まったの?」
「うん」
2人はその様子を見ている。こんなににぎわったの、何年ぶりだろう。あの頃が懐かしいな。
「賑わっていいじゃないの。観光の起爆剤になるじゃないの」
タケは喜んでいる。だが、平吉は疑問に思っている。誰が何のために作ったんだろう。全くそれがわからない。
「でも、誰が作ったんだろう」
「わからないよ」
タケも考えてしまった。何の情報も聞いていないし、村の後方にも掲載されていない。じゃあ一体、誰が何のために作ったんだろう。
だが、川原は喜んでいる。こんなのができて、本当によかった。これで村が活気を取り戻してくれればいいんだがな。
「うーん・・・。でも、楽しもうよ」
「うん」
誰が作ったかわからないけれど、これができた事を喜ぼうじゃないか?
その夜、平吉はその廃寺にやって来た。昼間は多くの人が来て、ひな壇とひな人形を見ていた廃寺も、夜はとても静かだ。その時間は、元の廃寺に戻る。
「はぁ・・・」
と、平吉は何かに気付いた。ひな人形の表情が違うのだ。どうして違うんだろう。誰も来た形跡がないのに。今日来た誰かが差し替えていったんだろうか? だったら、警察に言わないと。
「あれっ!?」
「どうしたの?」
平吉は横を向いた。そこにはタケがいる。まさかタケも来ているとは。平吉は驚いた。
「ひな人形の表情が違うなと思って」
「そう?」
タケはひな人形をよく見た。すると、表情が違っている。どうしてだろう。誰かたいたずらをしたんだろうか?
「ほらほら、笑みを浮かべてる」
「本当だ! どうして?」
と、ひな壇が一気に崩れた。何が起こったんだろう。2人は驚いた。
「うわっ!」
と、目の前には大量のタヌキがいる。まさか、これはタヌキの仕業だったのか?
「た、タヌキだったのか!」
ほどなくして、大量のタヌキは消えていった。大きなひな壇とひな人形があると思ったら、タヌキが化けていた物だったとは。