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緑園  作者: まるだまる
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緑園6−2 反省会をしよう(後編)

 冒険者ギルドの朝は戦争だ。

 町中から冒険者が集まり、営業開始の鐘と共に依頼の奪い合いが始まる。

 誰だっておいしい依頼を手にしたいのだから、気持ちは理解できる。


 まだ準備が整っていない僕達は、朝食がてら見物だけに留めることにした。


 職員が依頼を貼り出している後ろで、遠巻きに依頼を見つめる冒険者たちの姿にラーバも引き気味だ。狩人の目、獲物を狙う目、みんなギラギラしていてちょっと怖い。ジョブトリオのテイラー、熊兄妹のローファン、モージャンも冒険者たちに混ざっている。


 僕らも近いうちに参戦すると思うとゾッとする。


 そんな混雑ぶりを眺め、依頼争奪戦に参加していない僕らは、残りの同期たちポロンとルーニャン、ポリス、ナースと朝食をとりながら雑談中だ。

 

「あっちは任せるしかない。ヨータたちは武器屋に行くのか?」

「うん。その予定」

「予算はどれくらいだ? 意外と値は張るぞ」 

「大銀貨十枚までに抑えたいね。万が一の備えに多少は残しておきたいし」


 今日はオーガストさんに教えてもらった武器屋に行き装備品を購入する予定だ。

 武器や防具は購入しても若干の修正や手直しが多いらしい。物にもよるが、日数がいる場合もあるそうだ。先に聞けてよかったかな。

  

 カランカランと始業の鐘が鳴り、目当ての依頼に殺到する冒険者たち。狙いを間違って取ってしまっても依頼を受注しなければいけないのが暗黙のルールだそうだ。

 狙いを定めた依頼が先に取られた場合は、すぐ諦めて離脱するのがいいと、ポリスたちから教わった。


 どうやらローファンは狙っていた依頼が取れたみたいだ。やっぱり体が大きいと有利だよね。ルーニャンが嬉しそうに万歳している。


「お兄ちゃんえらい!」 


 ルーニャンたちの今日の狙いはある商人からの依頼。町の外だが、比較的魔物が少ない場所での素材収集を狙っていたらしい。


 その商人からの依頼は、半日ほどで終われる内容でも報酬が大銀貨一枚は下らないので、みんなが狙う人気依頼なのだそうだ。


 テイラーとモージャンは違う依頼を狙っていたが、残念ながら先取りされたらしい。人混みの中から何も持たずにすごすごと出てくる姿があった。


「ありゃ、手ぶらだ。今日はダンジョンだな」

「モージャンだし、しょうがないね」


 他の同期たちは依頼取りを失敗しても気にしていないようだ。僕の同期たちは何だかんだと人がいい。人の失敗に寛容だ。同期の中でサティアがここにいないのは残念だけど、今頃スカウトされたパーティーで頑張っていることだろう。


 朝食後、依頼やダンジョンに向かうみんなと分かれ、ラーバと一緒に武器屋に向かう。


 オーガストさんたちから、武器や防具を買うなら東区画にある『豚骨一丁』がいいと教えてもらっている。名前を聞いてラーメン屋かと思ったが、ちゃんとした武器屋だ。裏メニューでラーメンを作っていないかどうかもオーガストさんたちに確認した。ラーメン自体をオーガストさんたちが知らなかったのがちょっとショックだった。


 豚骨一丁に入ると、武器屋だけあって様々な武器が豪華に飾られていた。剣だけでも直刀の物もあれば、曲刀もあり。槍も僕が養成学校で使っていた細身の刃が着いた直槍以外に十文字槍や馬に乗って扱うランス、三国志にでも出てきそうな鉾が飾られている。壁に飾ってあるのは見栄えもよく強そうな感じがするが、僕らじゃ買えない値段だろう。


 僕らに買えそうなものはシンプルな作りが多く、傘立てに刺した傘のように雑に立てて並べられてある。店の端の大きな酒樽に剣や槍が乱雑に放り込まれているものもある。どうやら、こっちは中古品とか格安品みたいだ。


 店の主人はミトラおばあちゃん。如何にも悪い魔女みたいな風貌をしている。


「おばあちゃん。僕たち武器と防具を買いにきたんだけど、選び方が分からないので教えて」

「あんたたちは養成学校の子かい?」

「うぇーい。そう、やっと卒業したのー」

「じゃあ、一人頭大銀貨十枚が予算ってところだね」

「おばあちゃんすごい。大当たり」 

「今まで何人も見てきているからね。卒業生なら大体そんなもんさ」


 ミトラおばあちゃんはしっかりとした足取りで未使用品が並ぶ棚へ移動する。

 

「あんたたちが使えて、予算に合うと言ったらここが限界さね。ここに置いてある剣が大銀貨三枚からで槍が二枚からだ。魔術師用の杖や棍棒は大銀貨二枚からだね。防具は大銀貨五枚以内でいいの揃えてやるよ」

「話が早くて助かるよ。じゃあ早速選ぶかな」

「あんたらの場合、手にしてみて馴染んだ感覚に近いものを選びな。その方が戦いの時に不利にはならんよ」

「ありがとう、おばあちゃん」

 

 並んでいる槍の長さが微妙に違う。養成学校で借りていた槍の長さに慣れているので、できるだけ同じ長さがいい。同じ長さくらいのものを選んで持ってみると重心位置が極端に違う。片手剣も最初に選んで持ったものは重心位置が剣先寄りで違和感が大きかった。これは間違えると大変なことになりそうだ。ラーバもうぇいうぇいと唸りながら、杖をとっかえひっかえしている。


 剣を選ぶまでに四本、槍を選ぶのに八本目でようやくしっくりくるものに当たった。ラーバは六本目で巡り合えたらしい。造りは一緒なのにこうも違うとは思わなかった。

 

 ミトラおばあちゃんが選んでくれた防具。僕には軽鎧。素材は皮が主体で、肩、腕や脛を部分的に金属で覆っている。使われている皮はレッドウルフの物で比較的手に入りやすいものだ。軽くて動きやすくまた補修もしやすい、値段も大銀貨三枚で他の軽鎧と比べると安めだ。ダンジョン初心者には定番のものだそうだ。

 

 ラーバには斑蜘蛛の糸で編み込まれたローブ。軽量な割に斬撃系、打撃系にも優れた防御力を持つ。こちらは、若干入手しづらいせいか大銀貨五枚もする。

 斑蜘蛛は刃では切れにくい糸を吐く。

 討伐するのにDランク以上のパーティーでないと厳しいと言われている。斑蜘蛛が危険な魔物だということは僕らも身をもって知っている。


 地獄のしごき中、森でサバイバル訓練していたときに襲われた。最初に僕が襲われ、僕を庇って身代わりになったラーバが糸に捕まり、助けようとした僕も糸でぐるぐる巻きに捕獲された。

 ルトさんとロロさんが退治して助けてくれたけど、あの時は助かるビジョンが見えなくて怖かった。


 武器と防具が決まったところでラーバが値引き交渉。おばあちゃんはラーバの値引き交渉をのらりくらりと躱し、ラーバに「強敵」と言わしめた。


 結局、総額大銀貨一三枚で大銀貨二枚分の値引きはしてくれたのだが、ラーバ的に負けたらしい。


「仕上がるのは明日の夕方くらいさね。夕刻の鐘が鳴ると店は閉めるからね」

「うん、分かったおばあちゃん。ところでこの店ってラーメン作ってたりする?」

「ラーメン、なんだいそりゃ?」


 やっぱりラーメンを知らないようだ。

 この世界にラーメンはないのか。とても残念だ。


 武器の研ぎ直しと防具の調整に二日。

 武器や防具がなくても仕事はできる。


 このあと人の少なくなったギルドに行き、残った依頼から仕事を探す。

 塩漬け依頼の一つである資材運搬の仕事が残っていたので、ラーバと二人で受ける。

 資材は重くてなかなかに重労働だったけれど、筋肉的にはいい負担になった。

 卒業して最初の仕事が塩漬け依頼というのもなんだけど、金は必要だ。


 今日の賃金、二人で小銀貨六枚なり。

 今日受け取った報酬の半分はパーティー口座に貯金しておくことにした。

 

 報酬を受け取ったときに、ギルドで貯金用の口座を作ってもらう。

 金利とかは付かないが、手元に金を置かなくていいのでこっちの方が安心だ。

 僕とラーバの個人口座とパーティー名義の緑園で口座を申請。


 僕の個人口座には卒業時に受け取って残った金の大銀貨二〇枚を預けておく。

 ラーバは大銀貨二五枚預け、手持ちは小銀貨以下だけにするようだ。

 僕も手持ちとして大銀貨一枚と小銀貨以下を残してあるから、当座は大丈夫だろう。

 

 生活レベル向上を目指して頑張っていこう。

 

 今日も風呂で徹底的に身を清めて帰りにギルド食堂で夕食。

 注文するときにまたしてもラーバが酒を飲みたがる。


「うぇーい。今日もお酒頼んでいい?」

「毎日は駄目。体に良くない」

「うぇーい。大丈夫だってー」

「お酒を飲み過ぎると肝臓がやられちゃうんだ。脂肪肝のうちはいいんだけど最悪になると肝硬変になって死ぬこともある。それとアルコール中毒になったら困るからやっぱり毎日は駄目」

「うぇーい。またヨータがなんか難しいこと言い出したー」


 あれ、そういえばこの世界に医療機関はあるのか?

 僕の知識に心当たりが浮かばない。

 養成学校にいる間、病気にはならなかったけど、怪我したときや火傷したときとかは、大体ロロさんが薬を作ってくれていた。


「ラーバ病気になったらどうするの?」

「うぇーい。心配?」

「心配もするけど。僕が聞きたいのは普段病気とか怪我したときってどうするのかなって」

「ひどいときは治療院か神殿に行くね。でもすっごい費用は高い。熱くらいだったら薬草とかで済ませることが多いかな。薬師職の人に頼んで薬を作ってもらうこともある。あとは滅多にいないけど、回復系の魔法持ってる人がいれば治してもらえるかも」

「僕らが教えてもらった薬だとどの程度かな」

「うぇーい。ロロさんみたいに専門じゃないから、効果は低いんじゃない? 私らじゃ簡単な熱さましとか作れても、初級ポーションはうまく作れなかったし」

「ちょっと楽になるとか応急処置レベルってところか」


 これは対策がいるな。

 怪我しないように、病気にならないように、慎重に行動しよう。

 ラーバにうがいと手洗いは徹底させるようにしよう。


 食事をしながら明日の予定を話し合う。

 とりあえず、武器は夕方まで手に入らないから、また塩漬け依頼でもしようという話になった。


 食堂からの帰り道。

 日が完全に沈むと暑さも和らぎ心地よい風が通り抜ける。

 

 この世界も四季があって、春と秋が少し長い。暑いのも寒いのも厳しいのは一か月程度。

 ラーバが言うには、ちょうど地獄のしごき中が真夏だったらしいのだが、僕はあまり気にしていなかった。訓練をこなすのに必死で気にしていられなかったというのが正解だ。


 今の季節は長い秋で実りの期間であるとともに蓄えの期間でもあるという。 

 今年は天候もよく大豊作が予想され、豊穣祭は盛り上がるだろうと噂も聞く。

 豊穣祭は普段の露店だけではなく、近くの村からも人が集まってきて、色々な催し物も開かれ大賑わいになるそうだ。ラーバも今から楽しみにしているので、祭の日は仕事をなしにして回る約束をしている。 


 アジトに戻ってくつろぐ。


 僕がその日の家計簿を記入している横でラーバは刺繍をしている。

 刺繍を入れているのは元々持っていた祭用の衣服で、養成学校の頃から手直ししていてコツコツと仕上げている最中だそうだ。

 装飾や刺繍なども自分でしてお洒落するのが庶民の生活らしい。

 

 普段うぇいうぇい言ってる姿を見ていると、女にしては雑で男っぽい奴だと思ってしまうのだけど、こう見るとやっぱりラーバも年頃の女の子なのだと実感する。


 普段のラーバは、ワンピースに太ももまでのストッキングに編み上げ靴といった身軽な姿だ。

 スカートとストッキングの間、いわゆる絶対領域があるけれど、見慣れてしまったせいか気にはならない。風呂上がりのあとの生足を見ても、特に意識することもない。

 

「うぇーい。ヨータ、ちょっと手伝ってー」

「いいよー。何するの?」


 僕が返事すると、ラーバはいきなり着ているワンピースを脱いだ。  

 刺繍していた部分を胸にあてがうと、くるりと後ろを向き――


「うぇい。後ろで支えてて」

「ちょい待て。お前下着姿じゃないか」

「うぇい? いいから早く持って」

 

 動揺する僕をよそにラーバは気にもしていない風に毅然と告げる。

 紐パンを履いたラーバのお尻が気になって仕方がない。

 言われたとおり後ろから服を支え、見ないように目を瞑る。


「うぇーい。ここと、ここを繋げて。この部分は刺繍するよりボタン付けた方がいいかなー?」

 もそもそと衣装を合わせながら、構想を練っている。 

 見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ。

 いくらラーバが雑で男っぽいとはいえ、これは無理だ。

 やっぱりラーバは女の子で、お尻がプリンとしていて、見てはいけないものを見てしまったような罪悪感が僕の心を支配する。


「うぇーい。ヨータこれボタンがいいと思う? ……何で目を瞑ってるの?」

「……ラーバが下着姿だから」

「一緒に暮らしてるのに?」

「だって僕たち結婚しているわけじゃないよね」

「け、結婚はまだ早いと思うけど、下着姿くらい気にしないよ」

「あれ、ここってそういう文化なの?」


 ラーバの試着が終わり、ワンピースを着たところで、ようやく目を開けられた。


「うぇーい。ヨータの言ってる意味と態度がよく分からない」 

「僕こそ分かんないよ」


 ラーバは衣装を吊るして手直しを再開。

 下着姿を見られても気にしないとは……

 ラーバの後ろに移動し、ワンピースを捲ってみる。

 うん、さっき見えた紐パンだ。

 

うぇいうぇいうぇい(なにやってんの)!?」

「スカート捲り」

「……殴るよ?」

「ごめんなさい」


 捲って見ると怒るのか。

 自分から見せるのはいいけど、勝手に見るのは駄目らしい。

 よく分からん。


 ☆


 装備も入手し、塩漬け依頼をこなしつつ、準備を進める。空いた時間で鍛錬して、装備品を身体に馴染ませる。


 ようやく準備が整った僕らはギルドの依頼に挑戦することにした。争奪戦参加はじゃんけんで勝った方。


 結果はラーバの勝ち。


 少々心配だが、狙った依頼が取れなくても構わないので、ラーバには気軽に行ってこいと言っておく。


 僕、モージャン、テイラー、ナース、ルーニャンは待機組でギルド食堂で結果を待つ。

 


「うぇーい。依頼とったったー」

「えらいえらい」

「うぇーい。あ、サティアだ」


 争奪戦の人混みの中から、サティアが依頼を手にして出てきた。とても久しぶりに、サティアの顔を見たが、違和感があった。


 サティアは受付近くで待機していたパーティメンバーに依頼の張り紙を渡す。遠くて何を言っているか分からないが、サティアの表情が暗くて気になる。


「ヨータたち知らないよな。サティアはパーティーをクビにされ続けてるんだよ」

「どゆこと?」

「多分、今のパーティーで10組目くらいじゃないかな」


 サティアはレアな回復魔法持ち、その上怪力の持ち主で、引く手数多のはずだ。それがクビにされるって意味が分からない。


「えっとな、戦えない奴はいらないってクビにされたんだと」

「回復魔法も効果が薄いって噂が出回ってるわ」

「今のパーティーもサティアが何度も頭を下げて入れてもらえたらしい」


 一番最初に卒業して、スカウトされたってあんなに喜んでいたのに。胸が苦しくなる。

 

「サティア、うちらに相談してくれないの。お兄ちゃんもすっごく心配してる」

「パーティーに所属していなければ、声をかけるんだけど、引き抜きは禁止行為だから」

「飯もまともに食えてないときがあるみたいで、この間、無理やり捕まえて飯を奢ったんだけど相当腹減ってたんだろうな。泣きながら食ってた」


 引き抜きが禁止行為?

 そんなの理由になるか。


 嫌々パーティーに入れているなら僕が喜んで引き取る。

 ラーバも同じ気持ちのようで、僕と同時に席を立った。


「待てヨータ、ラーバ。腹が立つのは俺らも一緒だ」

「引き抜きをしたらマジで冒険者たちから干されるぞ」

「それにサティアが、サティア本人が私らを避けているのよ」

「うちらの顔を見ると逃げることが多いの」


 サティアはみんなに合わせる顔がないと思っているのだろうか。

 あんな暗い表情のサティアが幸せのはずがない。


 養成学校では楽しそうに笑っていたサティアとは全くの別人のようだった。

 僕らができることはなにもないのは悔しい。


 ——その日の夕方、ギルドの依頼を終えた僕達は、報告に立ち寄る。


 報告の順番待ちで並んでいると、耳に嫌な言葉が流れてきた。


「サティアってガキ、噂通りの役立たずでクビにして正解だな」

「まあ、そのうち落ちぶれて娼館落ちじゃねえか?」

「まだガキだが、いいカラダしていたから味見してもよかったかもな」

「いや、あいつマジで臭かったぞ。何日も風呂すら入ってないんじゃないか?」

「相手にしたら病気になるぞ」


 血が沸騰するというのはこういう感じじゃないだろうか。

 僕は怒りのあまり手が震えた。

 お前らに何が分かる。お前らはサティアの何を知っている。

 あの子はものすごいいい笑顔を浮かべられるんだぞ。

 お前たちはあの子に何をした!?


 僕の怒りを感じたのか、サティアを首にした冒険者たちに向かおうとした僕にラーバが必死でしがみつく。


うぇーい(こんな奴らより)うぇいうぇいうぇーい(サティアを探そう)!」


 ラーバがいて良かった。僕よりも冷静に次に何をするべきかを考えていてくれた。

 そうだ、こんな奴らにかまっている暇があるならサティアを見つけなきゃ。


 僕とラーバは町中を探し回って、ようやくサティアを見つけ出した。

 サティアは公衆浴場裏の軒下に隠れ住んでいた。ズタボロの毛布で身を包み、お腹をグーグー鳴らせていた。身なりも薄汚れて、まともな生活を送れていないのは明らかだった。養成学校の頃はあんなに元気だったのに全く別人のように見えた。


 こんな時はガキ大将が草野球でも誘うように声を掛けるに限る。


「うぇーい。サティア今フリーなんだって? 一緒にパーティー組もうぜー」

「うぇーい。組もうぜー」


 サティアはビクッと体を震わせ、僕達と視線を合わせようとしない。

 まるで何かに怯えているようだ。震えながら呟く。 


「ヨータさん、私は役立たずです。ラーバさんだって知ってるでしょ。皆さんに迷惑かけたくないんです」


 そんなの関係ないよ。

 僕らがサティアと一緒に冒険したいだけだから。


うぇーい(僕も同じだよ)うぇい(誰にも)うぇい(迷惑を)うぇーい(かけたくない)

うぇーい(私もだよ)うぇい(だけど)うぇい(迷惑を)うぇーい(かけちゃうから)

うぇい(だったら)

うぇい(迷惑なん)うぇーい(て上等だ)!」

うぇーい(そうそう)うぇい(私らと)うぇい(一緒に)うぇーい(冒険しよう)

「……うぇーい(うん)


 僕とラーバが誘ったら、サティアは泣きながら僕たちの手を取ってくれた。

 あれで通じたんだからラーバが教えてくれた「うぇい語」は素晴らしい。 

 ラーバが教えた「うぇい語」をサティアが覚えていてくれてよかったよ。


 ☆


 ギルドに連れていき、サティアをパーティーに正式参加させた。

 それから僕らの家で一緒に住むことにした。

 ここで僕が別の部屋を借りる話もしたんだけど、結局二人から拳で黙らされた。


 日にちが経って、サティアが前みたいに笑顔をよく見せてくれるようになった。

 やっぱりサティアは笑ってる方がいい。

 

 しかし、サティアに根付いたトラウマはすぐに解消されるものではなかった。

 なにかちょっとした失敗をするごとに顔を真っ青にして——


「すみません。頑張ります。だからクビにしないでください」

「だからクビにしないって」

「駄目ですみません。甘えてすみません」


 ペコペコと頭を下げるサティア。

 サティアはクビにされすぎて、かつての自信を失い、ものすごく卑屈になってしまっている。

 流石に十回もクビにされたらそうなるか。


 誘われたパーティーに所属していた期間も段々短くなっていたらしいし。

 僕たちの前にサティアが所属していたパーティーは一日でサティアをクビにした。

 みんな見切り早すぎだよね。


 自分の戦闘力に不安があるとサティアは言うが、それは僕も同じこと。

 サティアの戦闘が全く駄目ということもない。

 武器を壊さないように力加減が大変で倒しきるのに時間はかかるけど魔物を相手にちゃんと戦える。

 サティアだって役立っていると僕は胸を張って言える。


 さて、終わった話はいいとして今日の反省会を始めよう。 


「今日こそは一階を突破したかったが、敵の数が多すぎた。戦略的撤退はうまくいったが反省する事項は多かったように思う。ラーバ君、何がいけなかったかね?」 

「うぇーい。私の索敵が甘かったー。図体が大きいのに気を取られ過ぎたー」

「うむ、よろしい。よく分かっているね。次からは気を付けよう」

「うぇーい」


 これもどうかと思うが、ラーバのメインの役割は斥候だ。

 身のこなしが軽く、見張りや罠の発見といった面で僕たちより知識があって優れているので採用している。本人が生活魔法程度しかほぼ使わないので、僕もラーバが魔法使いであることを本気で忘れるときがある。本人もたまに忘れるって言ってたから救いようがないと思う。


「では、次。サティア君は何が良くなかったかな?」

「はい。止めを刺すのに躊躇したこととヨータさんに手間をかけさせてしまったことです」

「僕の手間は反省事項じゃないよ。仲間を守るのを手間とは言わないからね。だが、止めを躊躇したのは駄目だよ。敵の数が減らないからね。だけど、いつもより躊躇していたのは?」

「スライムさんがちょっと可愛いかったので……」


 相手は全力で殺しに来てるのに、そんなスライム相手に可愛いとか。

 感性も少し残念だな、この子。


「うぇーい。リーダーはないの。反省点」

「道具の準備不足と消費見積もりの甘さかな。いらないだろうと思っていたのが必要だったり、持っていった物も思ったより消費が多かった。一階を突破できてもそんなに長く潜っていられなかったかもね」

「すみません。私の食料が多すぎですよね」

「それは気にしない。サティアの力は必要だからね」


 確かに荷物の半分がサティアの食料だ。

 サティアはひょろっこいくせに大食らい。

 サティアの金欠の理由が食事量と武器の買い替えのせい。


 空腹になると長所である馬鹿力を維持できない。

 馬鹿力のせいで武器もすぐに壊れてしまう。

 このことがクビの原因になったこともあるそうだ。


「初級マジックバックを買うまでは大変だけど頑張ろう」


 ギルドの魔法職人が作成し、販売している初級マジックバック。

 普段僕たちが使っている背負い袋五個相当の荷物が入れられる上に重さもかなり軽減してくれる優れものの冒険者御用達のアイテムだ。


 とりあえず一つだけでも持っていれば効率よくダンジョン攻略できる。

 何処のパーティーでも取得するのが最初の目標となる。

 ギルド価格で小金貨二枚、小銀貨にすれば二百枚。

 ダンジョンの低層でも半年ほど頑張り続ければ貯められる金額なので目標にしやすい。


 上級クラスのマジックバックになると大型倉庫並みに物が入ると聞くが、価格が大金貨十枚は下らないという。僕たちが取得するには夢のまた夢だ。

 

「あとはないと思うんだけど」

「うぇーい。あるでしょ。ヨータもうちょっと倒してよ。今回の討伐数ランキング、はいサティア」

「はい、五匹です。最下位です」

「うぇーい。素直でよろしい。はい、ヨータ」

「……十一匹、二位です」

「うぇーい。一位の私、十五匹。ヨータは自分で戦士って言ってるんでしょ。私は魔法使い。せめて討伐数は逆じゃないと駄目でしょ」

「次回頑張ります」

「よろしい。目標のために頑張ろうねー。うぇーい」


 僕がリーダーなんだけどなー。

 三回に一回はラーバに討伐数で負けるから肩身が狭いよ。

 

 パーティーとしての目標は現時点で三つ。


 一つ目、初級マジックバックの購入 

 前述したとおり、どのパーティーでも最初の目標になる。

 二つ目、スワロの街に拠点となる一軒家を借りること。

 今のところ三人で長屋の一部屋を借りて節約しながら生活している。

 切実な問題でもあるので、第二目標に設定している。

 三つ目、ランクアップ。

 Aランクなんて、僕らに無理筋だと思う。

 でも、BランクやCランクなら届くかもしれない。これは先の長い目標設定にしている。

 目標としてるのがオーガストさんたちのパーティー銀腕だ。

 お世話になったということもあるが、いつかは追いつきたい。


 特に二つ目の拠点は僕の理性が保っているうちに早く何とかしたい。


 こっちの世界では当たり前かもしれないけれど、ラーバとサティアは僕を気にもしないで着替えるので困る。さすがに真っ裸はないけれど、僕がいても平気で下着姿になるのは止めて欲しい。

 それなのに二人とも、僕がスカートを捲って下着を見ると怒るんだよね。

 

「うぇーい。ヨータ、今日の報酬はいくらになった?」

「スライム討伐三十一匹で小銀貨六枚と大銅貨二枚。持ち帰ったドロップ品と拾ったアイテムを売って小銀貨二枚と大銅貨五枚。合計小銀貨八枚と大銅貨九枚」


 実際ダンジョンの1階から3階はギルドの塩漬け依頼と同等の金額しか稼げない。

 魔物の討伐数とアイテム次第で収入にかなりの差が出るのも原因の一つだ。

 

「うぇーい。部屋代は大丈夫よね?」

「うん。部屋代分と蓄えも確保できてるよ」

「部屋代、一か月大銀貨二枚なので助かりますね」

「板間の一間しかないけどね」

「雨風が凌げるだけありがたいです」


 何はともあれ今日の冒険は終わりだ。

 生き残ったことに感謝してみんなで乾杯だ。


「せーの」

「「「うぇーい(かんぱーい)!」」」 


 前の世界観で言ったら僕たちパリピだよね。


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