緑園6−1 反省会をしよう(前篇)
僕とラーバはEランクに上がり養成学校を卒業となった。
その夜、オーガストさんたちから盛大に祝福され、僕も心から感謝とお礼を告げる。
たった五か月だ。
記憶のない僕にとって、この学生生活が全てだった。
組み手の訓練でロロさんのおっぱいに触れることは叶わなかったけれど、最後に抱擁してくれて、ロロさんの胸に抱かれた僕の顔にはものすごく魔力が集まっていた。ルトさんからも抱擁という名のスリーパーホールドをされて、もがき苦しんだ。オーガストさんは困ったことがあったら、いつでも相談にこいと、銀腕の拠点を教えてくれた。
正直な話、ラーバはともかく、僕はリタイアするかもしれないと思っていたそうだ。訓練や仕事が嫌になって、ふらっといなくなるのではないかとも考えていたらしい。
嫌になることも確かにあった。どうしてうまくできないのか、みんなと同じようにできないことに悩むこともあった。みんなが使える生活魔法や普通の魔法が僕には使えないことが辛かった。
異なる世界から来たから、異文化だから、言い訳を見つけてはできないことを肯定していた。僕がやってこれたのはオーガストさんたちや同期たちの存在が大きい。小さなことを一つ一つ積み重ね、僕を導いてくれた。僕が失敗しても諦めず手を差し伸べてくれた。
僕のためにどうすればいいか、みんなで知恵を出し合ってくれた。できるようになるまで付き合ってくれた。おかげで僕はこの世界に来てから、孤独だと思うことはなかった。
地獄のしごきもきつかったけれど、逆にあんなひどい状況でもやりぬけたと自信が生まれた。ラーバという相棒のおかげだと思う。ラーバがいなければ、僕はとっくに諦めていたかもしれない。
最初の頃は、男女の壁を感じていたけれど、居残り訓練をするようになってから、一緒にいる機会は多くなった。いつも傍にいて、何かと僕の世話を焼き、同期の間でも僕の横にラーバがいるのが当たり前になっていた。
一緒に地獄のしごきを潜り抜けたことで、ラーバと今まで以上に結びつきが強くなった。頭で考えるよりも、身体が勝手にラーバを理解している感じだ。
僕は彼女に命を救われたことが二度あった。
調合ミスの火薬で炎に包まれたとき。
サバイバル訓練で魔物に襲われたとき。
ラーバはそのどちらでも僕を生かすために無茶をした。
僕はまだ彼女に借りを返せていない。
僕の大事な相棒、ラーバのためだったら一緒に死んでもいい。
彼女にはそれくらいの恩と借りがある。
翌朝、オーガストさんたちに見送られ、養成宿舎から巣立ちした。
養成宿舎を出たあと、僕とラーバはまず拠点探しを始めた。
卒業時に今まで預けていた報酬を返してもらったので、しばらくの生活費はある。塩漬け依頼一回あたり小銀貨二、三枚の報酬でも積み重ねればそれなりの額になった。
僕が大銀貨三〇枚と小銀貨八枚。ラーバは大銀貨三四枚と小銀貨四枚。
住むところさえできれば、あとは何とかなる。
営業開始すぐの不動産屋を二人で回ってみたものの、条件に合うものが見つからない。第一希望は借家。第二希望は部屋を借りる。治安のいい場所となると、冒険者お断りのところも多く、一番安いところでも家賃として大銀貨四枚が必要だった。敷金や手数料といった諸費用が最低でも大銀貨五枚と地味に値を張る。
いくつか内見させてもらったけれど、どれもが大銀貨七枚前後の家賃の割にはボロボロだった。
ラーバにお伺いしても首を横に振るだけで、お気に召さなかったようだ。
不動産屋も僕達をあまり信用できないのか、やる気を感じない。
宿屋も考えたが、スワロの町の相場は高い。
安い借家や安宿もあるにはあるのだが、治安が悪い場所に多く、ラーバをそんな場所に連れていきたくない。毎日、神経をすり減らすような不安な暮らしをさせたくない。
部屋を借りるだけでなく、家具や寝具、調理器具といった生活必需品の他に冒険に必要な武器や道具の購入を考えると、今の手持ちでは不安を感じる。
少し早い昼食に露店で買った串焼きを食べながらラーバと相談。もう少し外壁側にエリアを広げるか、それとも多少高くても無理して選ぶかだ。
「うぇーい。それなら冒険者ギルドに相談してみようよ」
「ギルドに?」
「うん、ポロンが卒業するときに住むところは冒険者ギルドに紹介してもらったって言ってた」
「冒険者ギルドにそんな制度があるの?」
「うぇーい。聞くだけならタダだし、安く紹介してもらえたら儲けものじゃない?」
ギルドに行くなら、パーティー登録も済ませることにした。
パーティー名はラーバと相談してもう決めている。
パーティー名は『緑園』だ。
ラーバに教えてもらった御伽噺に出てくる楽園の名。
心休まる場所でありたい、そう願って二人で決めた。
冒険者ギルドにパーティーの登録と住居の相談をしに行くことにした。
ギルドに着いたところで、ユミルさんに声をかける。
この人いつも手が空いているけど、仕事しているのかな。
「パーティー登録ですか。では、この魔法石にお互いの血を着けてください」
ユミルさんは魔法石二つと針をテーブルの上に並べる。
パーティー登録をするのに、また針を渡されるとは思わなかった。
ランクアップ時に一緒にしておけばよかったと、ちょっと後悔。
ちくっと痛い。
「お二人のドッグタグをこちらに置いてください。パーティー名は?」
「緑園でお願いします」
「…………緑園ですか。大丈夫です。他に使われていません」
緑園の名を聞いたユミルさんの反応がちょっと気になったが、ユミルさんに指示されたとおり、僕とラーバは自分のドッグタグを乗せる。ユミルさんはギルドで保管しているドッグタグを重ねて置き、僕とラーバの血が着いた魔法石をドッグタグに乗せる。魔法石は静かに淡い青い光を発して消える。
「はい、これでパーティー登録は終了です。ドッグタグを確認してください」
ドッグタグを見てみると――
名前:ヨータ 性別:男 年齢:18歳 レベル:11
職業:冒険者 ランク:E 登録:スワロ
ダンジョン:初級 パーティー:緑園
うぇーい。パーティー名が増えてる。
ラーバのドッグタグにもちゃんと緑園と記載されている。
パーティー登録が終わり、ユミルさんに住居のことを相談すると、それでしたらと冒険者のアジトを紹介してくれた。冒険者のアジトというのは正式名称ではなく、いつの間にか根付いた名称で、広く知られているそうだ。
ユミルさんが現地を案内してくれるというので、連れて行ってもらう。移動がてら聞いたが、治安もよく、アジトができてから大きな問題は起きていないらしい。同期であるポロンやモージャン、熊兄妹も借りて住んでいると教えてもらった。
冒険者のアジトは、大通りのギルドから三つほど通りを南に入ったところにあった。六棟並んでいて造りは全て同じ、見た目はアパートだ。一棟あたりの部屋の数は四部屋。
空いている角部屋を見物させてもらう。
室内の幅が3メートル、土間部分が2メートル、板間が奥行き4メートルで、竈付きワンルームといった感じ。使用感はあるものの、部屋の中は手入れがちゃんとされていたようで状態もいい。部屋の奥側にトイレも備えられていて、しかも水洗なのはありがたい。残念なのは風呂がないくらい。
部屋の設備は土間に二つの窯が使える竈と流し場が設置されている。
板の間近くに囲炉裏もあり、冬場は重宝しそうだ。
窓は竈の上に一つと奥壁に一つ。
窓の外には軒下の他に物干し用の柱がある。
ラーバは部屋の隅から隅までじっくり見ていて、特に竈周りをよく見ていた。
部屋を出たあと、共同区域の水汲み場でユミルさんからの説明が終わる。
「ここがアジトの水汲み場です。数も多いので取り合いになることはないでしょう。ここで住人の皆さんは洗濯とかしていますね」
「うぇーい。ユミルさんここは一月いくらなの?」
「ここはですねー、どの部屋でも大銀貨2枚ですよ」
「安い!」
「うぇーい。ヨータここにしよう。部屋も悪くない、家賃も安い、ギルドも近い。お風呂は公衆浴場に行けばいい」
公衆浴場へ通うのは面倒だけど、入浴料は大銅貨一枚と安い上に、風呂も広くて遅くまでやっている。
風呂があっても、魔石を使った風呂だと魔石代もかかるし、薪で炊くのは労力も薪代もかかるので、費用面で風呂があるのとそう変わらない。
公衆浴場からここまで遠くないし、途中にギルドがあるから、風呂帰りにギルド食堂で晩飯にするのもありだ。
「ラーバがいいならここにしようか。ポロンやモージャンたちもいるようだし」
「うぇーい。じゃあ決定ね。ユミルさん契約は誰に話を持っていけばいいの?」
「契約はギルドに委託されているので私で大丈夫ですよ。オーナーはAランク冒険者のダミルさんです。結構いいお歳なのにまだ現役なんですよ」
「ユミルちゃん、わしを呼んだかの?」
「きゃっ、ダミルさん!?」
僕らの背後に白髪の老人が立っていた。
いつの間に近づかれたのか、全く気配を感じなかった。
「いや、すまんのう。驚かせてしまったか」
「いえ、それは大丈夫ですが、何故ここに」
「たまたまじゃ。職人からアジトの修理が終わったと連絡があってな。確認しに来てたんじゃよ」
ダミルと呼ばれた人は片目をぱちりと閉じてユミルさんに応えた。
どうやらウィンクだったようだ。
「えっとダミルさん、入居希望のヨータさんとラーバさんです」
「ヨータです」
「ラーバです」
「わしがここのオーナーをしておるダミルじゃ。よろしくな」
頭髪から顎髭まで白髪だが、鍛えこまれた肉体は老いを感じさせない。にこやかな表情は好々爺と呼ぶにふさわしいが、緩やかに立っていても纏う空気に隙がない。ダミルじいちゃんは色々な事業に出資してる投資家でもあり、町の有力者だそうだ。
「ダミルじいちゃん、修理の確認をわざわざ自分で見に来たの?」
「そりゃあそうじゃろ。自分の目より確かなものはあるまい。ヨータは他人に任せるのが好きか?」
僕が聞くと、僕の顔をちらっと見てダミルじいちゃんは笑って返した。ユミルさんが慌てたように指で小さく×を作って僕にアピールする。どうやらダミルじいちゃんへの言葉使いを気にしているようだが、ダミルじいちゃんは気にもしないと思うんだけどな。それに僕がどうにかできる相手じゃないのは確実なので、警戒するだけ無駄だと思う。
「頼るのは悪くないと思うけど、丸投げするのは嫌かな」
「はっはっは、そうかそうか。ユミルちゃん、この二人は新人かい?」
「はいそうです。Eランクに上がって養成学校を卒業した新人です」
少しばかりユミルさんの表情が慌ててるような気がする。
「おお、そうかいそうかい。学校を出たあと最初のうちは苦労するからな」
「早速、住むところ探すのに苦労してたんだよ」
「それでここを紹介されたか。ここはいいぞ。お前たちの先輩に当たるものが多く住んでいる。学校出身は同期の絆があるからか仲良くやっておるよ。年寄の戯言だと思っていいが、わしからの助言じゃ。無理して背伸びせず、身の丈に合ったことを積み重ねていくことじゃな。何をするにしてもじゃ。若いもんはすぐに無茶なことをして命を無駄にしよる」
ダミルじいちゃんの言いたいことはよく分かる。
養成学校で学んだからこそ、できることとできないことの差と重要性は理解している。どんなことであれ、自分の都合のいいようには転がってくれないものだしね。
「うん。しっかりと覚えとく。僕としても無理・無茶・無謀はしないって決めてるし」
「はっはっは。そのぐらい慎重な方がいい。わしも若い頃に臆病ものと罵られたことがあるが、その罵った奴は早くに墓場行きじゃ。冒険者は生き残ってなんぼじゃよ」
「うん、覚えとくよ。ところでダミルじいちゃん、ここ借りるとき敷金とか前金とかいるの?」
「ありゃ、まだ説明を受けておらんかったか。ここに入るときの金はいらんよ。家賃は月末までにギルドに納めてくれればいい。あとは大事に使ってくれたら嬉しいかの。あとはユミルちゃんに聞くといい。わしはそろそろ帰るとする。ユミルちゃん後は頼むよ」
「はい、承知しました」
ユミルさんは頭を下げてダミルじいちゃんを見送る。
ダミルじいちゃんの姿が見えなくなったあと、ユミルさんに耳を引っ張られる。痛いです。
「ダミルさん相手にあの態度は冷や冷やしましたよ。領主様でも頭が上がらない御方なんですよ」
「そりゃあ凄いね。ダミルじいちゃん全く気にしてなかったから大丈夫だよ」
「それはダミルさんが寛容だからです。他の人だと怒られますよ」
アジトの部屋を借りることは決定したので、手続きをしに冒険者ギルドへ向かう。アジト関連は冒険者ギルドに委託されているので、全て対応してくれるとのこと。冒険者にとってありがたい仕組みだった。
「空いている部屋はさっき見てもらった同じ区画にもう一部屋、区画が違うところも三つ空いています。違う区画も通り一つ向こうなので気にならないと思います」
「うぇーい。さっき見た部屋がいい」
「じゃあ、僕は同じ区画のもう一つの部屋を借りようか」
「うぇーい?」
ラーバは何を言っているんだみたいな目で僕を見てくる。
「うぇーい。ヨータなんで別のところを借りるの?」
「もしかして一緒に住むつもりだったの?」
「そのつもりだったけど?」
顔を見合わせて、互いに睨みあう。
どうやら双方で勘違いをしていたらしい。
一緒に住居探しはしていたのだけれど、ラーバの気に入ったところがあれば、僕は譲るつもりだった。ラーバは二人で住む場所を探していたようだ。僕とラーバの睨み合いが続く。
「一部屋しかないし」
「うぇーい。あの広さなら十分」
「ベッド二つも入らないぞ」
「床に寝ればいいじゃん」
「他の部屋も空いてるのに」
「一緒じゃなきゃ嫌だ」
「近くなんだからいいじゃん」
「やだ。一緒に住まないなら借りない」
「僕、これでも男なんだぞ」
「私だって、これでも女だよ」
「……そろそろ、決めてもらっていいですか?」
痺れを切らしたユミルさんが割って入ってきた。
結局、ラーバを説得しきれなかった僕が折れ、一緒に暮らすことになってしまった。
部屋の契約を済ませ鍵を受け取り、借りた部屋に行って二人での生活について話し合う。話し合いのあとは生活に必要なものの買い出しだ。僕もラーバも個人の持ち物は少ないので、必要なものは買っておかなければならない。とはいえ、何が必要かといわれると僕にはピンとこない。これが元の世界ならネットで検索できるんだろうけど。
大通りを中心に、商店や露店を巡っていく。
買い物中、『男はロマンを求め、女は現実を見る』という言葉が浮かんだ。ラーバは確実に使うものであれば、ちゃんと一考してくれる。だが、使い道が限られたものは、必要がなければ即座にいらないと切り捨てる。僕が推奨した家の中でプラネタリウムができる照明器具は、即座にいらないと切り捨てられた。
商店が借してくれた荷車に購入品を積んでいく。
大きな水瓶一つと小さな水瓶が二つ、油用の小壺が一つ。
柄杓やタライ、丸太二本、薪を六束、木炭を二箱。
鉈や手斧、鋸、木槌、金づち、木工工具に金工具。
油式ランプと魔石用ランプを一つずつと非常用にランタン石を二〇個ほど。竈用と囲炉裏用の鍋と食器、その他の調理器具、籠類、洗濯道具、掃除道具、裁縫道具、その他、敷布やタオルといった生活用品を色々。椅子とテーブルを買うと部屋が狭くなるので悩んだが、あると作業が楽だというラーバの意見を尊重して購入。
揉めたといえばベッド。
流石にベッドを二つ置くと部屋が狭くなる。
ラーバが、自分は床に寝るから僕だけベッドを買えと言い出したが、許せるはずがない。結局、ベッドは買わず、僕も床で寝ることにしたのだが、板間で直に寝るのは体を傷めるので、ラーバと相談して、大きめ敷布団を買って二人で使うことになった。
ちなみに二人で使うと言ってきたのはラーバだ。
確かに敷布団を二枚買うよりも大きい敷布団一枚買う方が安い。とは言っても、同じ布団で一緒に寝るのは抵抗を感じる。ラーバに言っても「ばーちゃんと一緒に寝てたから慣れてる」と聞く耳を持たない。
立場が違うと抵抗したけれど、説得することに失敗し押し切られた。
物の購入はラーバが値引き交渉し、総額大銀貨二枚分の値引きに成功。購入品はなるべく安い物を選び、数も絞ったつもりだが、それでも大銀貨五枚が消えた。
「意外と飛んだね」
「うぇーい。抜けはあるはずだよ。まだ武器とか防具も買わないといけないし」
「よく考えてるね。僕じゃそこまで考えが回らないや。ラーバはいいお嫁さんになれるよ」
「うぇいうぇーい。褒められたー。もっと褒めて褒めて」
「えらいえらい」
いつか嫁に行くときは盛大に祝ってやろう。
ご機嫌なラーバと一緒に、購入してきた物を部屋へ運んでいると、ポロンとモージャンが姿を見せた。
モージャンは相変わらずもじゃもじゃ頭で、ポロンは相変わらず胸が目立つ。
「やっぱり、ヨータとラーバだ。ここに住むのか?」
「うん、昨日Eランクに上がって卒業したからね」
「これで全員が卒業ね。ここはどっちが住むの?」
「うぇーい。ヨータと一緒に住む」
「え――あ、そうなんだ?」
ポロンは少し困惑した表情を見せたが取り繕った。
「いつの間にそんな関係になったのよ?」
ポロンが僕に近寄りボソボソと声を潜めて聞いてくる。
だって、ラーバが折れないんだからしょうがないじゃない。
「えっと、とりあえず男女の関係ではないよ?」
「無責任なことしてラーバを泣かせたら承知しないからね」
同居の件に関しては、僕の方が被害者だと思うんだけど。
今からでも間に合うと思うので、ラーバを説得してもらっていいですか?
僕が説得できないのに自分にできるわけがないと、やっぱり駄目か。
「うぇーい。二人はどこに行ってたの?」
「今日は仕事が取れなかったからダンジョンだ。といってもまだ二階層だがな」
「今はマッピング中。マッピングが終わったらアイテム探索に切り替える予定よ」
「一階から三階まではあまり稼げないんだよな。ダンジョンでも」
「もうちょいの我慢よモージャン。愚痴を言ってないで片付けを手伝おう」
ポロンとモージャンが手伝ってくれたので、早く片付けることができた。
片付け中にお隣さんが帰ってきたので、ラーバと二人でご挨拶。
「今日から隣に入居するヨータとラーバです。よろしくお願いします」
「……私、ジェリア。よろしく」
ジェリアさんは軽く頭を下げると、すすすっと自分の部屋へ入っていった。
ポロンに聞いたが、普段から口数が少ない人だそうだ。
悪い人ではないそうなので仲良くできたらと思う。
ある程度片付けが落ち着いたところで、モージャンとポロンは帰宅。
残りの作業を区切りがいいところまでして、公衆浴場とギルド食堂へ行くことにした。
公衆浴場の出入り口は男女別々だが、中は男湯と女湯が壁一枚で仕切られており、日本の銭湯のような造りになっている。熱めの湯、ぬるめの湯、水風呂、サウナに似た蒸し風呂もある。
洗い場で身体を洗う。徹底的に洗う。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
布団は一組しかないのだから一緒に寝るわけで。
しかも、ラーバ自身が一緒に寝ればいいと言っているのだから、これはもういいのでは。
考えただけでもドキドキする。
自分の記憶がないので童貞かどうかわからないが、おそらく経験はないと思う。ラーバとそういった話をしたことがないので分からないが、ラーバも経験はないと思う。
しっかりと熱めの湯に浸かったあと、水風呂で温まった身を引き締める。
これで備えは万全だ。隣の女湯にいるラーバに声をかけておく。
「ラーバ。もう上がるぞー。まだなら外で待ってるから」
「うぇーい。分かったー。もうちょいかかるから、待っててー」
公衆浴場の外で風に当たりながら体を冷ましていると、ラーバが手をパタパタさせて顔を冷ましながら出てきた。急いで出てきたのか、髪から滴り落ちるほどに水気が残っている。
「うぇーい。お待たせー」
「こらこら、まだ髪が濡れてるじゃないか。ちゃんと拭いてこいよ。ほらタオル貸して」
ラーバの首に掛けていたタオルを取り水分を取る。
ラーバの頭をゴシゴシとするが、ラーバはされるがままだ。
タオルで拭いたあと、ボサボサになった髪を手櫛で整えておく。
「うぇーい。らくちーん」
「甘えないの。もう大丈夫かな。じゃあ、ギルド食堂に行こうか」
「うん。もうお腹空きすぎてぺったんこだよ」
お腹どころか胸までぺったんこだけどね。
「うぇーい。今どこ見てた?」
「いやあ、確かにぺったんこだなって」
「……殴るよ?」
「ごめんなさい」
ギルド食堂へ行き、それぞれ好きなものを注文。
ここは値段が安いので非常に助かる。
「うぇーい。ヨータお酒も頼んでいい?」
この世界では成人が15歳なので、酒を飲むのは問題ではない。
養成学校でも休み前の夜には飲酒が許可されていた。
ラーバが酒好きで、僕はよくその巻き添えをくらっていた。
同期の中で酒好きだったモージャンやポリスと一緒にオーガストさんたちとよく飲んでいたものだ。酔っ払いの相手は嫌だったけれど。
「いいけど、一杯だけにしとけよ。酒好きなくせに弱いんだから」
「うぇーい。やったー。お姉さんエール一つずつちょうだい」
ラーバの酒癖は陽気になるだけなので問題ない。
酒に弱いからすぐにへべれけになるのだが。
僕も酒に強いわけではないけれど、一杯くらいならひどく酔うことはない。
食事をしながらラーバと明日のスケジュールについて話し合う。
一杯を飲み切る頃にはラーバの呂律が怪しくなり、何を言っているのかよく分からなくなった。
ギルド食堂を出たあと、千鳥足で歩くラーバを誘導しながらアジトへと連れ帰る。
途中、疲れたと僕におぶさってきたので、そのまま背負って連れて帰ることにした。
こういう場合は水を飲ませてさっさと寝かしつけるに限る。
部屋の中に入り、ラーバを降ろして床に座らせる。
ランプに火を着けた途端、ラーバがゴロンと横になったので敷布団を用意する。
飲料用の水を用意してラーバに飲ませたあと、敷布団に転がして薄布をかけておく。
「うぇーい……た、にゅき」
何か言っているが、意味がよく分からないので無視しておく。
買って来たばかりの敷布団を寝ゲロで汚したら、酒はしばらく禁止にしてやろう。
今日、使った金を紙に書いておく。
値引き交渉はラーバの担当だが、財産管理はリーダーである僕の担当だ。
ラーバも僕に任せると言ってくれたので、しっかりと役目を果たそう。
今後の生活費を考えながら、ある程度支出と収入の計画を立てておく。
最悪、塩漬け依頼をこなせばなんとかなりそうだが、天候によって仕事がない日もあり得るし、武器の手入れや買い直しを考えると貯金も必要だ。最初の一か月は様子見して、安い依頼でもいいから確実に収入を得るようにしよう。
しばらくしてラーバの様子を見てみると安定した寝息を立てていたので、僕も寝ることにした。
ラーバが大の字になって布団を占領しているので、僕は隅っこだけ借りて横になった。
明日は武器とか装備品を見に行かないと。
ダンジョンに行けるようになるのは、いつになることやら。
何か忘れている気がするけど、思い出せないので気にするのは止めにした。
☆
翌朝、腕の感覚がいつもと違うことに気付く。
瞼を開けると、いつの間にかラーバが懐に潜り込んでいて、僕の腕を枕にしていた。
「うぇーい。起きた」
「おはよ。何してんの?」
「ちょっと前に起きたから、いつ起きるか見てた」
「起こしてよかったのに。二日酔いはない?」
「うぇーい。大丈夫」
ラーバがこういうことをするのは初めてじゃない。
養成学校で二人だけになってから、よく朝に僕の部屋まで来ていた。
起こすわけでもなく、僕が起きるまで傍にいるのだ。
初めてされた時は心臓が飛び出るくらい驚いた。
そりゃあ、目が開けたらじっと顔を見てる奴が目の前にいたら誰だって驚くと思う。
しかも、部屋も真っ暗で誰だか分からなかったので余計にビビった。
「あ、思い出した」
「うぇーい?」
昨日、風呂場で徹底的に身体を清めたのに、ラーバが酔っていたせいで頭から消えてしまった。
期待するのは筋違いだが、少しくらいそういうのがあってもよかったような気がする。
同棲初日に酔いつぶれた相棒に欲望も起きないなんて、やはりラーバの胸が平らなせいだろうか。
「気にしないでいいよ。つまらないことだから」
「うぇーい。ならいい」
二人で給水所に顔を洗いに行くとアジトに住む冒険者が多数いた。
夜が明けたばかりの時間だというのに、もう起きているのか。
意外と多くの人がいる中で、見知った顔は三人。
モージャンとポロン、それと部屋のお隣であるジェリアさんだ。
ポロンから聞いたが、ジェリアさんは僕たちの前の期で養成学校を卒業した人だ。
ラーバと同じ16歳で同期3人と『宵月』というパーティーを組んでいる。
先住者の方々に朝の挨拶をかわし、顔を洗ってからポロンたちに話を聞く。
ここにいるみんなも養成学校出身で、その頃の習慣が残っていて、起きたら軽い運動をするそうだ。
その日の体調を見るのにも役立つからね。
ポロンやモージャンを含めた先住者たちが並んで腕立てする姿。
養成学校にいた頃は、朝練にみんなで並んで腕立てとか腹筋をしたものだ。
なんだか懐かしい。
僕とラーバも柔軟体操が終わったので、いつものメニューをこなすことにする。
「ラーバ準備いい?」
「うぇーい。いいよー」
腕立て用意、僕の背中にラーバがあおむけになって寝転ぶ。
荷重を増やし筋肉に負荷を与えて鍛える訓練だ。
「うぇーい。右がちょい低い」
「分かった。これぐらい?」
「うぇーい。始めていいよー」
腕立てをする僕の上でラーバがバランスをとる。
ラーバは揺れ動く中で落ちないように体勢を維持しバランス感覚を養う訓練。
「いくよ。1…………2…………3、4…………5」
「うぇいうぇいうぇーい」
僕もラーバの訓練になるようになるべく一定のリズムにならないように緩急をつける。
お互い慣れたもので、今では普通にこなせる。
地獄のしごきでオーガストさんを乗せていた時の負荷に比べたら軽い。
ラーバはルトさんに乗られていたけど、よく潰れて悔しがっていた。
僕たちの様子を見ていたポロン、モージャン、ジェリアさんは目を丸くしている。
「16………………17、18…………、19」
僕の背中でラーバが鼻歌まじりでバランスを取る。
うん、お互い調子はいいみたいだね。
「ラスト、50。ほいっと」
「おいおいヨータ、朝から張り切り過ぎじゃねえか?」
「そんなのやったら体壊すよ?」
「……馬鹿?」
ジェリアさん何気に言葉が酷いな。
これくらいで壊れるほどぬるい環境で育ってきていない。
オーガストさんたちの地獄のしごきに比べたら屁でもない。
「これ、僕の日課なんだけど?」
「うぇーい。毎日してるよ?」
「俺らがいたころそんなのやってないじゃん」
そうか、モージャンとポロンはオーガストさんたちの暴走を知らない。
訓練がエスカレートして残っていた僕とラーバが大変な目に遭ったことを知らない。
地獄のしごきのせいで、僕もラーバも生ぬるい訓練だと物足りなくなっていた。
修行をこなしたときの達成感が半端なく気持ちよく、訓練中毒だったのだと思う。
これもオーガストさんたちを過激な方向へエスカレートさせた原因の一つだろう。
「……その割には二人とも筋肉が付いていない」
ジェリアさん、そうなんだよ。
結構、鍛えているはずなのに筋肉量が増えない。
この世界に来たころに比べれば、確かに逞しくなっている。
腹筋もいい感じに割れてるけれども、腕周りや胸板の厚みがなかなか増えない。
筋肉量が増えないのは、僕とラーバの共通の悩みだ。
オーガストさん張りの筋肉が付くことを期待していたのに結果に繋がらない。
続けるしか僕らに道はない。
「次はラーバの番ね」
次はラーバの腕立て。
ラーバの場合は、僕だと重すぎるので砂袋を背負ってする。
ラーバが腕立てしている間、僕は二つの丸太に乗ってバランス訓練をするのが日課だ。
丸太を転がしながら、ひっくり返らないように筋肉の動きで細かく丸太をコントロールする。
「ラーバ、今日も筋肉にきてるよー」
「うぇーい。こっちもきてるよー。いい感じにきてるよー」
「お前ら、俺たちがいなくなってから壊れてないか?」
モージャンが真面目な顔で言ってきたが、どうしてなのかよく分からなかった。
さあ、このあとは腹筋だ。朝の筋トレ、超楽しい。




