緑園5 ランクアップしてみよう。
この世界に来てから三か月。日差しが強く感じられるようになってきた。
僕の周りの変化といえば、サティアの卒業に続きジョブトリオが卒業し、その翌週に熊兄妹が卒業していった。今まで一緒にいたものがいなくなると寂しくなる。
ジョブトリオや熊兄妹と僕の持ち点に差が開いた理由は魔物の討伐数。
彼らは魔物討伐でかなりの戦果を挙げていた。
僕は多くても五匹くらいしか討伐できなかったのに対し、彼らは僕の倍以上を討伐していた。
同期内の戦闘訓練で勝ち星ランキング一位はローファン、二位がルーニャンだった。
ポリス、ナース、テイラーは仲良く同率三位だ。
ルーニャンは臆病だが仲間内の戦闘訓練なら強気でいられた。
恐怖心が出ると、条件反射でローファンにしがみつきに行くから、ダメダメな子になる。
マスコット的なルーニャンがいなくなって、ポロンとラーバに大きなダメージを負わせた。
二人ともルーニャンをよく可愛がっていたから、少しばかり元気がない。
二人にとってルーニャンは癒しだったのだろう。
三か月の成果として、僕のレベルは9まで上がっている。
とはいうものの、ステータスは最初に見れたものも、後から見えるようになった忌まわしきステータスも、レベルの数値が変わっただけで変化は見られない。
それでも貧弱だった身体は引き締まり、ムキムキではないが筋肉がついてきている。
腹筋も割れてきていて、風呂場で成長ぶりを確認するのが密かな楽しみだったりする。
戦闘訓練も初期のころに比べると雲泥の差があるくらい上達した。
ライバルはモージャン。彼も僕と同じく状況に応じて片手剣と槍を使う。
僕の勝率はまだ五割まで届かず、もう少しで届きそうな感じだ。
魔法も簡単な生活魔法は使えるようになった
ラーバに毎日少しずつ教わり、この世界に来てから三か月たってようやく魔力を認識し使うことができたのだ。
自分の中の魔力を感覚で掴むのが最も苦労した。
目に見えないものをどうやって感じるのか。
みんなに魔力がどんな風に感じるか聞いてみると、オーガストさんは温かい、ロロさんは冷たい、ルトさんは見えない光、食い違う表現に僕は混乱した。
学生たちにも聞いたが、ここでも人によって表現が違い、僕はさらに混乱した。
結局、僕はラーバが幼い時におばあさんから魔法を教わったときの方法を試すことから始めた。
僕と両手を繋ぎラーバの右手から微量な魔力を流し僕という媒体に通してラーバの左手に返す。
ルトさんからエルフ族も同じ方法で魔法を教わると聞いた。
「全然分からないんだけど。これ、実は魔力流していないとか?」
「うぇーい。これ以上流すと危ないくらい流してるよ?」
それはそれで危ないから止めてもらいたい。
「全く分からん」
「うぇーい。ヨータ鈍すぎー」
「分からんことが分かった」
「うぇーい。それダメなやつー」
僕が魔力を感知できたのは偶然だった。
多分、その時はぼーっとしていたのだと思う。
僕が魔力を言葉で表現するならば、答えは虫だった。
視界の隅で虫が動いているのを察知したような感覚といえば分かりやすいだろうか。
一度認識すると、その虫(魔力)は僕の身体の至るところを好き勝手に動いていた。
想像して欲しい。自分の体の中を好き勝手に虫が這いずり回っている状況を。
正直、魔力を感知できた感動よりも、気持ち悪さが先行して全身に鳥肌が立った。
魔力を捕まえるのも苦労した。
ラーバが言うには、魔力を感知できたらあとはイメージの世界で誘導するだけらしい。
この感覚については、みんなの意見が一致していたので、感知さえできれば魔力を動かすことができるのだろう。
そうか、みんなの魔力はいうことをちゃんと聞いてくれるのか。
僕の魔力は、ちっともいうことを聞いてくれないし、意思があるみたいに逃げるよ。
指先に虫を追い詰めていくイメージとか、指先から虫が飛び出るようなイメージを描いているのだけど、思い通りに動くどころか、危険を察知したゴキブリのようにサササっと逃げる。
僕の状態をラーバに伝えると「何それ、気持ち悪い」と真面目な顔で言われ、僕は傷ついた。
ある日、僕の動作によって魔力が追従しているかのような動きをしていることに気が付いた。
例えば、ロロさんのおっぱいを触ろうと狙っているときは指先や腕に集まってくる。
ポロンの胸を眺めているときは、目の近くに集まってくるといった感じだ。
どうやら僕の魔力は煩悩の塊のような性質を持っているらしい。
そのことをラーバに言うと、実験体になってやると言い出した。
当然、服は着たままで平らな胸を差し出してくれたのだが、限界ギリギリまで近づけても、僕の魔力は無反応だった。
……なるほど、どうやら魔力にも好みがあるらしい。
いくら魔力が煩悩の塊でもラーバの胸には食指が起きないのか。
ラーバは顔を真っ赤にしながら触ってしまっても今回だけは許すと言ってくれたが、真実を察知される前に僕は逃げた。ラーバは僕が照れて逃げたと勘違いしてくれていたので助かった。
魔力を操作するきっかけができたので、ある程度操作できるようになった。
特にロロさんが組み手の相手の時は、僕と魔力は一心同体に近いくらいの連携が取れる。
魔力が一定の部位にある程度の量が集まると、それだけでバフと同様の効果が得られることも分かった。ロロさんのおっぱいに触れることは一度も成功していないが、得られるものはあった。
僕の部屋でラーバが見守る中、ランプに向かって火起こしの魔法を練習していた。
指先から魔力を放出しながら、放出した魔力を急激に圧縮するイメージを浮かべる。
急激に圧縮された魔力が熱に変換され、十分な熱量になったところでランプの火が着いた。
「うぇーい。やっと火起こしの魔法が使えたね」
「うん、これでようやく自分で火を着けられるようになる。ラーバ、今まで毎日ありがとう」
「あっ……よ、ヨータはまだ魔力の使い方が不安定だから、一応見に来る」
「えー、僕そんなに頼りないかな?」
「うぇーい。頼りない。まだ私に頼るべき」
確かにラーバの言うように僕の火起こしの魔法は百発百中ではない。
成功率は二割を切るくらい。圧縮する前に魔力が霧散してしまうことが多いからだ。
それに僕を心配してくれるラーバの厚意を無下にするのも悪いだろう。
「じゃあ、僕が完璧に使えるようになるまで、まだよろしくね、ラーバ」
「うぇーい。任せてー」
生活魔法の成功率が五割を超えたころ、魔法を習得するために冒険者ギルドの魔法屋に向かった。
基本的にこの世界での魔法を購入し、自身に登録することが一般的だからだ。
僕からすればインストールされているように感じられた。
初級魔法の場合、高いもので小銀貨五枚、安いもので小銀貨二枚から販売されているが、回復魔法系だけは例外で初級でも大銀貨五枚が必要になる。
ここで必要なのが天啓の儀で得られる相性。
相性がいい魔法は適性があるのでインストールすることができる。
あまりに相性が悪いと拒否反応のようにインストールする時点で弾かれることもあるそうだ。
インストールできなくても料金を支払わないといけないので注意が必要だ。
僕の場合は土属性と分かっているので、土魔法の中から攻撃魔法を選ぶことにした。
初級の土魔法で売っていた攻撃魔法は三つ。
ストーンバレット:石礫を飛ばす。
アースニードル:地面から土の棘を突き出す。
サンドブラスト:砂塵を飛ばす。
手段は数多くあった方がいい。
三つとも小銀貨二枚で売っていたのでインストールしてもらった。
あとは発動するための呪文を唱えるだけで使えるようになる――はずだった。
結果として、攻撃魔法を覚えられたのは一つだけ。
本当はもっと覚えたいけれど、例の翻訳機能が邪魔をした。
神代言語の時と同じで、教わった呪文が勝手に訳されてしまい、魔法言語による呪文が分からず、唱えることができなかった。
ラーバに協力してもらって何とか覚えられたのがアースニードル。
正しい呪文、つまり魔法言語で言うと【ピアン・エネ・スピル・クル】なのだが、他の人が唱えると僕の耳に聞こえるのは「土の槍よ敵を貫け」になる。
覚えられた理由は呪文の詠唱する単語が短いから。
他の呪文だと最低でも十個以上の単語を正しく順番通りに唱えないといけない。
ただでさえ単語を調べるのが難しいのに、短時間で覚えるの無理です。
ピアンが貫け、エネが敵、スピルが槍、クルが土を意味するとラーバに教わった。
構文に法則みたいなものがあるようだけど、今のところ理解できないし、正しい呪文を覚えるにも時間がかかりすぎるから他の攻撃魔法は諦めた。
記憶がないから多分だけど、前の世界でも英語とか暗記物は苦手だったと思うんだ。
僕が苦労して覚えたアースニードル、魔法の名称詐欺である。
名前は怖そうなんだが、かなりしょぼい。
僕のイメージでは地面から錐みたいなのが突き出てきてくると思っていたのに。
「【ピアン・エネ・スピル・クル】」
指定ポイントに厚さ5センチ長さ10センチくらいのブロックが地面から『にゅ』って生えるだけ。
ニードルのくせに尖ってすらいないの何だろうね?
「ぶはははははははははははっ! い、息ができな――ぶははははははっ」
僕の魔法を横で見ていたラーバが過呼吸起こすほど笑い転げているから、やっぱり僕のアースニードルは普通と違うらしい。忌まわしきステータスと同じように魔法もおかしい方向にバグっているようだ。
念のため笑い転げているラーバに聞いたが、僕の唱えた呪文は間違っていなかったそうだ。
解せぬ。
☆
この世界に来てから4か月目、養成宿舎も随分と寂しくなったものだ。
十人いた同期たちは、サティアを皮切りにジョブトリオ、熊兄妹、モージャンとポロンの順に卒業していき、残るのはラーバと僕だけになっていた。
塩漬け依頼の処理も人数が少ないせいで負担が増し、僕もラーバも悲鳴を上げたものだ。
人数が少なくなると、オーガストさんたちから指導を受ける時間も個人単位で増す。
基礎訓練や戦闘訓練もマンツーマンの指導が当たり前。
オーガストさんは手加減してくれないし、ルトさんは魔法と弓矢で狙ってくるし、ロロさんはやけに薬を飲ませてくる。三人とも暇を持て余しているのか、思い付きで色々試そうとするのだが、被害を受けるのは僕とラーバなので遠慮していただきたかった。
三人の思い付きが過激にエスカレート――腕立ての時にオーガストさんが背中に乗ってたり、ロロさんの作った謎の薬の実験体にされたり、ルトさんが僕らに罠を仕掛けていたりしたので、僕とラーバは真剣に脱走を実行したがあっさり捕まり、よりひどい仕打ちを受けることになった。
戦闘訓練中に何処からともなく魔法や弓矢が襲ってきたり、いきなり地面に穴が空いたり、どこから出したって驚くくらいの大岩が転がって追いかけてきたり、走ってる馬に飛び乗らされたり、馬から飛び降りさせられたり、真夜中に叩き起こされてサバイバル訓練が始まったり、そのサバイバル訓練中に魔物に襲われて死にそうになったり、オーガストさんたちに捕まると洒落にならない仕打ちが待っている鬼ごっこをしたり、避難先に選んだはずの宿舎の中に罠が張り巡らされていたりと、これまでにないくらいハードだった。
ギルドの受付のお姉さんがたまたま用事で宿舎に来て、僕とラーバが地獄のしごきを受けているのを見て慌てて止めに入り、オーガストさんたち三人を正座させ、無茶苦茶説教してくれた。
どうやら僕とラーバは思考停止して正常な判断ができなくなっていたらしい。
オーガストさんたちのしごきはFランク冒険者に対してするような内容じゃなかった。
受付のお姉さんの説教のおかげでオーガストさんたちもまともな思考に戻り、何とか無事に過ごせたが、今までよりも濃厚な1か月だった。
五か月目に入ったところで冒険者ギルドの塩漬け依頼を消化したら、Eランク試験が受けられる持ち点までたまった。同じく持ち点がたまっていたラーバと二人で試験を受けに冒険者ギルドに向かう。
ラーバは既に持ち点がたまっていたのだが、僕の持ち点がたまるのを待っていてくれたのだ。
本人は一人だと心細いからと女の子っぽい心情を吐露したけれど、僕としては嬉しかった。
試験は戦闘、知識、設営の三項目が行われる。
戦闘は試験官を相手にして認められたら合格。
試験官を倒すものじゃなく、基礎的な動きが評価のポイントとなる。
得意武器を使っての評価。
僕の場合は剣と槍だが剣を選んだ。
木剣による攻撃を数回繰り返し、次は試験官からの攻撃を防ぐ防御。
試験官もわざと隙を作って攻撃を誘導していたので手練れなのはすぐ分かった。
明らかに実力のある相手だったが、オーガストさんの地獄のしごきを受けた僕にとって、試験官は手の届かない相手ではなかった。
相手の動きを見て、誘いの手に惑わされず、自分の間合いに持っていく。
オーガストさんに何度も叩きのめされながら覚えた戦闘技術。
その時の言葉が頭をよぎる。
『ビビるな。相手から目を逸らすな』
相手の木剣をよく見て受け止める。
『おらおら、踏ん張らんと押し切るぞ』
木剣と木剣の鍔迫り合い。
まだいける、僕の筋肉がまだ耐えられる、そんな弱い鍛え方をされていないと訴えている。
『我慢比べか、いつ反撃する気だ?』
読むのは相手の呼吸。
呼吸が生みだす一瞬の弛緩が反撃の時。
力を込める試験官は小さく息を吐く――今だ!
木剣をぐっと押し込み相手を突き飛ばす。
『反撃は躊躇するな。躊躇した瞬間やられると思え!』
オーガストさん、分かってるよ。
僕の頭の中で叱らなくて貰っていいかな。
結果は出すからさ。
「そこまで。ヨータ合格!」
僕の振るった木剣は試験官の木剣を弾き飛ばし、僕は戦闘試験に合格した。
「うぇーい。ヨータやったねー」
「うぇーい」
ラーバとハイタッチして喜びあう。
「次はお前の番だぞ。油断して格好悪いところなんて見せるなよ」
「うぇーい。ヨータより早く終わらせちゃうよ」
どうやら試験に対する緊張はないようだ。
ラーバは僕のかけた時間よりも早く、相手の武器を弾き飛ばし合格した。
「そこまで。ラーバ合格!」
「有言実行かよ。やったなラーバ」
「うぇいうぇーい!」
次の試験、知識は五つの質問に答える。
養成学校出身であれば、誰でも応えられるレベルだ。
例えば、僕が受けた質問の一つは、ある草を見せられこれは何かと質問された。
答えはピリピリ草で麻痺性の毒を持っているので取り扱いに要注意な草だ。
これは薬の調合が得意なロロさんに教わったことがある。
取り扱いさえ間違わなければ、火傷によく効く軟膏を作ることができる。
訓練で火傷したときに塗ってくれて、その時に教えてもらったんだよね。
僕が火傷したのもロロさんが調合を間違えた火薬のせいだけどね。
危なく死にかけたけれど、ラーバの氷魔法のおかげで軽い火傷だけで済んだ。
ラーバはMP切れで気絶するわ、起きたら起きたで泣きじゃくるわで大変だった。
ラーバは鉱石の判別方法を聞かれたらしいが、問題なくいけたらしい。
具体的には鉄と銅の鉱石の見分け方を聞かれたそうだ。
その問題、僕だったら危なかったな。
鉱石は複合していることが多いから微妙な判別は苦手なんだよ。
最終の試験、設営は指定された場所に簡易拠点を作ること。
冒険者にとって、これが大事なことなのは今の僕ならとても分かる。
依頼された内容によっては何日も自然を相手に過ごさなくてはならない。
疲れた体を休める場所を作り、食事や睡眠を安全にとることは必須だ。
限られた環境の中で最善を尽くし、体調を整えなければならない。
この試験がEランク試験の鬼門といわれている。
条件で生活魔法禁止と材料が現地調達なのが現実的で厳しい。
火を起こすのも、穴を掘るのも、寝床を作るのも、簡易のかまどを作るのもすべて手作業でやらねばならない。もし養成学校に通っていなかったら、ルトさんに教わっていなければ、僕は合格できなかっただろう。
生木は燃えにくいから、乾燥した枝を削っておくと着火が早いとか。
草を敷くだけでクッション代わりになって疲れが取れやすくなるとか。
木の枝を組んで布を掛けるだけで雨避けや風除けになるとか。
これ以外にもロープの結び方なんかも色々と教わった。
ルトさんに教わったことが僕の中に技術として備わっている。
設営の試験でも問題なしの合格を貰い、Eランクに昇進が確定した。
別の場所で試験を受けていたラーバと合流。
なんとなく興奮しているのが分かるので、大丈夫そうだが聞いてみよう。
「うぇーい?」
「うぇーい!」
「うぇーいうぇーい、うぇい?」
「うぇうぇうぇうえーい!」
「うぇーい!」
思わず嬉しすぎて、『うぇい語』でラーバと意思疎通してしまった。
これ不思議と翻訳機能が働かないのに何言ってるか分かるんだよね。
教わったばかりの時は『何言ってるんだこいつ』と思ったんだけど。
慣れとは恐ろしい。
二人揃ってギルドの受付へ試験の合格証を添えてランクアップの手続き。
「ヨータさんラーバさんおめでとう。これでEランクね」
僕が冒険者登録したときの受付のお姉さん――ユミルさんが自分のことのように喜んでくれた。
ユミルさんには地獄のしごきから救ってもらった恩がある。
これからもぜひよろしくお願いします。
相変わらず、立派な胸がたゆんたゆん揺れてますね。
隣にいるラーバに分けてあげてください。
この子、揺れるものがないから全然揺れないんです。
ユミルさんからEランクに上がったことで、できるようになったことを教えてもらう。
これはインストールされた知識にあるのだけれど、誤差が大きかった時に困るので、前と同様にユミルさんの胸を見ながら擦り合わせしておこう。
僕を見るラーバがゴミでも見るような目を向けてくるが、あえて気にしない。
Eランクになると依頼はDランクまで受注可能。
スワロの町にあるダンジョンの一つ――初級ダンジョンに潜ることができるようになる。
金を稼ぐならダンジョンの方が効率が良いのはオーガストさんたちからも聞いてる。
三階層までは大きく稼げないが、四階層からは実入りが良くなる。
無理をせずに攻略していこう。
パーティーの登録。
Eランクになるとパーティーに所属することができる。
自分で作ることも可能だが、サティアのように既にあるパーティーに参加してもいい。
登録可能な最低人数は二人以上、最大人数は六人まで。
パーティーを組むことは推奨されているがリスクもある。
メンバーにろくでもない奴がいると、そいつが何かしでかしたときに連帯責任で一緒に処罰されることもある。Eランクになりたてが巻き込まれることも多いらしい。気を付けよう。
インストールされた知識と誤差があったのは指名依頼とクランだ。
僕の知識では指名依頼はランクに関係なくできるシステムのはずが、Eランクにならないとできないようだ。これはギルドが改変した可能性が高いので気にしないでいいか。
クランというのは知識にもなかったが、同じ志のもとに複数のパーティーが団結するものだ。
目的もダンジョン攻略だったり、商売、宗教、魔法研究をする集団と多岐にわたる。
強いパーティのリーダーがクランリーダーとなって、その他のパーティーが傘下に入る形がほとんど。組織形態は様々なので一概には言えないが、人数が多いところだと所属人数が五十人を超える所もあるそうだ。
オーガストさんたちの銀腕がクランリーダーなら入れてもらいたいけど、オーガストさんたちからクランの話を一言も聞いたことがないのでクランを組んでいないかもしれない。
後でオーガストさんたちに聞いて、やばそうな話が多かったらできるだけクランに関りを持たないようにしよう。危険なことを押し付けられたり、新人を使い潰すブラッククランもありそうなだけに、そういうのは遠慮したい。
ユミルさんの話が終わったところで、冒険者証であるドッグタグを更新。
まさかまた針を渡されると思わなかった。
ランクアップ時は毎回魔法石に血を垂らさないといけないらしい。
ちくっと痛い。
ギルドに預けてあるものと自分で持っている二枚のドッグタグに、ユミルさんが魔法石を乗せる。
僕の血が着いた魔法石はドッグタグに吸い込まれるように消え、ドッグタグに新たな文字を浮かび上がらせた。
名前:ヨータ 性別:男 年齢:18歳 レベル:13
職業:冒険者 ランク:E 登録:スワロ ダンジョン:初級
うぇーい。ダンジョンの項目が増えてる。
このドッグタグをダンジョンの門番に見せればダンジョンに入れる。
横からラーバが覗いてくるので見せると、僕のドッグタグを二度見した。
「うぇーい。ヨータ18歳だったの?」
「そうだけど。もしかして僕のことずっと年下だと思ってたの?」
「うん、一つ下だと思ってた」
確かにみんなの年齢は聞いたけど、自分の年齢を言ったことないような気がする。
「うぇーい。年上ならもっとしっかりしてる気がする」
「ラーバそれは僕も自覚してるから責めても意味ないよ」
お返しにとラーバのドッグタグを見せてもらう。
名前:ラーバ 性別:女 年齢:16歳 レベル:14
職業:魔法使い ランク:E 登録:スワロ ダンジョン:初級
年齢は僕の二つ下、ラーバだけ他のみんなより一つ上のお姉さんだもんね。
レベルが僕より高いけど初期の差かな。
まあ気にしないでいい範囲だろう。
それよりもラーバは何で職業欄に魔法使いと記載されているんだ?
こっちは流石に気になるね。
「何で職業欄が魔法使いなの?」
「うぇーい。元々魔法使いだもん」
「ごめんね。僕、頭悪いから丁寧に教えてくれる?」
「うぇーい。ヨータは冒険者辞めたら無職になるでしょ?」
「そうだね。冒険者の前は無職だった」
ステータス上は今でも無職だけど。
「私の場合、冒険者になっても辞めても魔法使いは変わらない。生まれたときから魔法使いだから」
「え、固有職なの?」
「うぇーい。よく分からないけど、私の一族全員そうだったんだって。ばーちゃんが言ってた」
ラーバに聞いたところで分からないものは分からないという結論に至った。
そもそもこの世界で魔法使いって存在はおかしいんだよね。
だって職業が冒険者だろうが一般職だろうが魔法は使えるんだよ。
冒険者が言う職業は、あくまで天啓の儀で言われた職業を自称しているだけだ。
ドッグタグの職業欄には僕と同じように冒険者としか記載されていない。
覚えられる魔法は相性の関係で制限はあるけれど、基本誰でも魔法を覚えられる。
レアな魔法や強力な魔法であればあるほど高価なだけで、金さえあれば誰だって覚えることは可能になる。
魔法の威力も消費MPで決まり、MPの必要量は最小から最大まで呪文ごとに異なる。
例えば僕のアースニードルだと、MPの消費量は最小が1で最大が100使うことができ、最大クラスだと十本前後の土槍が生えるらしい。僕がイメージしていたアースニードルそのものの姿に近いだろう。
僕はどれだけMPを使っているか自分で分かってない。
何せ僕のMP表記は数値じゃなくて、不変の「負けないで」だからね。
どれだけ消費したかなんて分かるかい!
どれだけ念じてみても、魔力を放出してみても、生えるのはブロック1個だけで変わりない。
何回も使いすぎると貧血みたいにフラフラしてくるのでMPを消費しているのは間違いない。
MPが0になると気を失うのは、ラーバがなったことがあるので知っている。
これらを踏まえてもラーバの魔法使いは何なのって疑問が残る。
僕のインストールされた知識でも魔法使いは魔法を使うことに特化した職業とある。
こういっては何だが、ラーバは強い魔法をいくつか使えるけどMPが低いので数打てない。
職業に否定されてる気がするんだけど、変えられないものはしょうがない。
うん、やっぱりよく分からん。
「よく分からんけど分かった」
「うぇーい。ヨータいつもそれだ」
「分からんことが分かったでいいんだよ」
「うぇーい。じゃあ、さっさと帰ってオーガストさんたちに報告しよっ」
そうだね。今まで育ててくれた恩師に感謝を込めて報告しよう。
二人で養成学校までの道のりを歩く。
妙に足取りが軽いのはラーバだけじゃないだろう。
「ところでラーバ。パーティー組まない?」
「うぇーい。今それ言う?」
「ラーバとなら何とかうまくやっていけると思うんだ」
「プロポーズみたいだねー」
「はっはっは。親友にプロポーズしてどうするんだよ」
「……うぇーい」
あれ、何でそんなに足早に僕を置いて行くの?
ちょっと待ってよ。