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緑園  作者: まるだまる
4/10

緑園4 色々教わってみよう。

 養成学校で一か月。つまり、僕がこの世界に来てから一か月が経過した。

 僕は他の学生たちと比べると力や体力もなく、特殊な能力も技術もない明らかな劣等生だった。


 この世界の常識が知識で埋め切れていないことも一因だ。

 いくら魔法道具といった便利な道具があっても、日本で暮らしていた僕からすれば、まだまだ不便なことが多くある。ちょっとしたものが存在しない、それだけで生活がままならないことがあった。


 幸いなことに、同期たちは僕の無知や経験のなさを笑うことはあっても、虐げる子たちではなかった。不器用な兄弟に教えるかのように手取り足取り教えてくれり、時にはオーガストさんたちのところへ一緒に教わりに行ってくれたりした。


 僕は何か分からないことがあると記憶喪失のせいにしている。

 未だに記憶喪失を盾に誰かに教えてもらいながら、この世界の常識を埋めている。


 ☆


 この一か月で管理人であるオーガストさん、ロロさん、ルトさんについて知ることが多くあった。

 パーティー名は何かしら御伽噺や英雄譚にまつわる話から拾われていることが多いという。


 オーガストさんたちのパーティー名『銀腕』は、英雄譚に登場する冒険者の称号だ。

 『王剣、銀腕、鷹目、聖盾、悪食、智裁』の6人の英雄からなる物語。

 悪食という名前が英雄と聞いてピンとこなかったが、悪を食らう英雄だったと聞くと納得できた。 

 銀腕は魔法を使うときに両腕が銀色に輝く様から名付けられた英雄だそうだ。


 それぞれの役割も教えてもらえた。

 オーガストさんが鍛冶師で武器・戦闘に関しては前衛・中衛・後衛をこなすオールラウンダー。

 ロロさんが薬師で中衛、武器は短剣が得意で肉弾戦も得意とする。

 ルトさんが弓使いで後衛、弓と細身の剣を得意とする。野戦が得意とする。

 

 養成学校の食事は全てオーガストさんが作っていて、調理実習でも教師役だ。

 オーガストさんの料理は見栄えも味も素晴らしい。

 ロロさんとルトさんは料理があまり得意ではないので、オーガストさんに丸投げ。

 二人とも作ってくれたことはあるけれど、ロロさんが作ると薬品の匂いが混ざっていたり、ルトさんが作ると味は普通だが見た目がよろしくなかったりと、僕を含めて誰も二人の料理の話に触れることはなくなった。  


「オーガストは何でもできるし器用すぎるのよ。早くいい人お見つけなさい」

「唯一苦手なのが女なのじゃから不思議じゃわい。お前なら選び放題じゃろうに」

「俺が女を苦手になったのはお前らと妹が原因だからな?」


 オーガストさんの面倒見がいいのも妹さんの世話で慣れているからだろうか。

 随分と手がかかる妹さんのようだ。


「ユースのことを悪く言ったら駄目よ。兄想いのいい子じゃない」

「女の本性がひどいことをさんざん刷り込んでくる上に、俺がお前ら以外の女とちょっと同行しただけで刺しにくるんだぞ」

「相手になにもせんだけましじゃろ」

「俺がやられるだろうが」

「ちゃんと薬あげてるじゃない」 


 妹さん重度のブラコンの上にヤンデレ気質なのか。

 関わり合いたくないな。


「大体、お前らが面白おかしくユースに入れ知恵しておかしくなったんだぞ。あんなにおとなしくて可愛かったのに」

「ちょい待て。ユースの気質は元来から持っていたものじゃぞ」

「あたしたちのせいにするのは良くないわ」

「ユースを悪く言うな。お前らのせいで毒された」


 ちょっとオーガストさんにシスコン疑惑が出たが、喧嘩を始めてしまった。

 喧嘩が始まると長いので、僕ら学生は退散することにしている。


 ☆


 今日は朝の基礎訓練を終えたあと、ルトさんに引率されてスワロから西方にある猪森へ猪狩に出かけた。猪はスワロの町にとって大事な食糧源で、猪狩りの依頼はギルドの常駐依頼となっている。


 猪森は五分も歩けば猪に出会えるほど猪が多い森。

 そのせいで本当はユートワールの森というのだけれど、猪森と呼ばれていた。

 餌の少ない森の外に出てくることは滅多にないので、他の畑が荒らされることもない。


 ルトさん曰く、猪森には繁殖率と成長率が半端ない植物が自生していて、それが猪の好物だそうだ。餌が豊富な上に、森には天敵も多くいないので大繁殖しているらしい。


「とは言っても、全く危険がないわけじゃないのじゃ。猟師もたまに大怪我して帰ってくる。一応言っておくが手を出すのは大人の猪でウリ坊は駄目じゃぞ。ウリ坊に手を出したらあやつら命を捨ててでも襲ってくるからな」

「ウリ坊を可愛がるのも駄目ですか?」

「その理屈が猪に伝わればいいがな」

「うぇーい。無理でしょ」

「残念です」

「今日の依頼は五頭じゃ。できるだけ生け捕りにして連れて帰るぞ」

「生け捕りって難しくないですか?」

「殺してしまっては鮮度が保てん。罠に掛かったところを気絶させるのじゃ」


 早めの昼食を終えたあと、ルトさんに教わりながら猪用の罠を仕掛け、追い立て作戦が始まった。

 追い立て役は僕とラーバ、サティアと熊兄妹の五人で、残りの面子で罠にかかった猪を気絶させる。

 僕とラーバ、サティアは周りを警戒しながら待機。熊兄妹も少し離れたところで待機中。

 森の入り口付近に罠を仕掛けてあるので、そこまで追い立てる予定だ。


「ラーバ。あそこにもいる」

「うぇーい。気配が多すぎて駄目だね、これ」

「今、突っ込むと危ない気がします」


 僕らの周りには数十頭の群れがいて、ちょっとやばい。

 ここの猪は人を怖がっていない。

 好き勝手にうろついていて、僕たちがいても真横を平気で通り過ぎていく。


「猪森って初めて来たけど、本当に猪が多いんだね」

「猪森には(ぬし)さんがいて、ものすごく大きいそうですよ」


 サティア何で今そんな話するのかな。


「へー、サティアはフラグって知ってる?」

「知りません」

「変なことを言うとね、変な出来事が現実に起きたりするんだ。あれみたいに」


 僕は移動する大きな物体を指差しながら二人に言った。

 高い木々と同じ高さに背中が見える。

 あんなにでかいのに足音が響いていないのが不思議だ。


「うぇーい。超でかい猪がいるんだけど!?」

「主さんはあれくらい大きいと話で聞いたことがあります」

「いや、誰が見てもあれが主さんでしょ。猪とかいうレベルの大きさじゃないよ」


 猪の主さん、象より余裕で大きいわ。

 でかい岩の塊のような猪がのっしのっしとゆっくり歩いている。

 まだ少し距離はあり、幸いなことに僕らから遠ざかる方向へ進んでいる。

 距離があるのにあの大きさは反則だろう。

 あんなのが暴れたら、僕らじゃ手も足も出ないで殺される。

 

「ここは静かに身を潜めて、主さんが立ち去るのを待つしかない」

「うぇーい。猪が好戦的じゃなくて良かったね」

「珍しいですね。普段は森の奥にいるって聞きますのに」


 離れたところで待機している熊兄妹にもじっとしているように合図を送る。

 ルーニャンはお兄ちゃんにしがみついているけど怖いのかな。

 

 じっと息を潜め、主さんが立ち去るのを待っていると、異変に気付いたルトさんが俺たちを探しに来てくれた。 


「無事か?」

「生きてまーす」

「うぇーい。ぶじー」

「主さん大きかったです」


 ルトさんたちがいる所から主は見えなかったそうで、気付くのが遅れたらしい。

 

「お前たちが下手に騒がんで良かったのじゃ。主の相手は私一人では手に負えん。しかし、腑に落ちん。森は全然騒いでおらんかったんじゃが……」

「ルトさんでも気づかないことあるんだね」

「……ちと油断しすぎたようじゃ。あと少ししたら狩りを再開するぞ」

 

 安全を確保した後、狩りを再開。

 僕たちは猪の追い立て役を果たし、今日のノルマである五頭を捕まえることができた。

 捕まった哀れな猪たちは気絶させられ、太い木の棒に脚を縛られた。

 ルトさんが猪に施したロープの縛り具合を確認し満足そうに頷く。


「ふむ、これで目が覚めても抜け出せんじゃろ」

「ルトさん、質問。この猪どうやって持って帰るんですか?」

「なんじゃ、担いで持って帰るに決まっておるじゃろ」


 一頭あたり百キロはあるんですが?

 町からここまで一時間以上歩きましたよね?

 いくら今が昼過ぎだって言ったって、着くの夜中になっちゃうよ。


「冗談じゃ。荷馬車を手配してあるのじゃ。森の入り口までは持って行かねばならないがな」


 入り口って言ったって、それでも四半刻は歩いたから結構距離はある。

 二人で担ぐにしてもきついぞ、これ。

 女の子も多いのに――あれ、ポロンもラーバもさっさと担いで移動を始めてる。

 あ、ルーニャンずるいな。お兄ちゃんのローファンに持ってもらってる。

 でも、さすがは獣人だ、力がある。ちょっと重そうな感じだけど、耐えてるわ。

 

 そうだ、僕らは毎日のように訓練で鍛えられている。

 これぐらいでへこたれたら駄目だね。

 

 残っていた僕の相方はサティア。

 くっ、相手は女の子か。これきついな。


 これまた最悪なことに残っている猪も一番でかいやつ。

 みんな少しでも軽い方を選んだな。

 完全に出遅れた。


 ちょっときついけど、頑張るしかない。

 

「ヨータさん、いいですか?」

「ちょっと待って。せーので上げよう」

「いえ、違うんです。この猪は私が運びますって言いたかったんです」


 いや、流石に百キロは越えてる猪を一人で無理でしょ。


「よいしょっと」


 僕は目の前の光景が信じられなかった。

 僕より細い体つきのサティアが猪を軽々と担いだのだ。

 

「私、力だけは強いんですよ。これぐらい余裕です」


 まるで棒切れでも担いでいるかのように余裕を見せるサティアに僕は呆然とした。

 この世界おかしい。

 筋肉は裏切らないとか話はよく聞くけど、あの細い腕に何でこんな力が宿ってるの?


「ヨータさん、行きますよー」


 結局、最後まで一人で猪を運びきったサティア。

 手ぶらだった僕はきつそうに運ぶ同期たちと交代しながら運んだ。


 森の入り口にルトさんの手配した荷馬車が二台僕らを待っていた。

 一台にはロロさんも乗っていて、荷馬車の護衛だそうだ。

 

「肩痛い。きつすぎ」

「うぇーい。膝がガクガクしてる」

「ぜー、ぜぇー」

「……死んだ」


 森の入り口に着いた時には、サティアと熊兄妹以外は死屍累々の状況だった。


「なーにをしとるんじゃ。冒険者になったら宝物を持って帰ることもある。中には重たいものだってあるのじゃぞ」


 地面に転がった僕らはルトさんの言葉に反論する。


「いや、これきついだけでしょ」

「荷車あればもっと楽なはず」

「サティアとローファンを見習え。お前たちがへばっている間にも荷馬車に猪を積んでおる」

「ローファンはともかく、サティアが元気なのが信じられん」

「あいつ最後まで一人で担いでたよな」

  

 僕らの様子を見たロロさんが近づいてくる。


「みんなお疲れ様。帰りは荷馬車に乗って大丈夫だからね。帰ったらギルドで解体を学んでもらうわよ」

「ロロさんが優しい」

「帰ってもまだあるの?」

「獲物を狩って解体するのも大事な修行よ。グロいから早めに慣れてもらわないとね」

  

 荷馬車に分乗して三十分ほどで町に到着。

 僕たちを乗せた荷馬車は、ギルドに併設されている食堂の裏に到着した。 

 ガレージっぽい造りの小屋で、壁に様々な形をした包丁とか鋸が掛けられてある。

 大小のテーブルが並び、獲物の大きさによって使う場所が違うようだ。

 

「ここが解体場。今日はみんなが狩ってきた猪を使って解体の仕方を教えるわね。職員さんがサポートに付いてくれるからしっかり勉強してね」 


 二人組で一頭を解体するそうだ。

 学生たちが全員集まり、こそこそと相談。


「僕、解体ってしたことないんだけど、みんなしたことある?」

「「「ない」」」

「鶏なら」

「ない」

「うぇーい。ない」

「……」

「お兄ちゃんはあります。うちはないです」

「あります」


 モージャン猟師の息子なのにしたことないのか。

 ポロンが鶏の経験はあるけど大きいのはしたことないと。


 経験者はローファンとサティアだけ。

 二人組なら運んだペアが楽だが、不満が出そうなのでマッチングくじ引き。


 五本の細い索を用意して、真ん中辺りを折ってぎゅっと握る。

 一人ずつ端を摘まんでもらって、索を握ってる僕は最後に選ぶ。

 ぱっと手を放して、索が繋がっている相手がペア。


 僕とラーバ、サティアとルーニャン、ローファンとテイラー、モージャンとポリス、ポロンとナースの組み合わせになった。


「うぇーい。ヨータよろしくー」

「うん、よろしく」

「ヨータ、こういうのよく知ってるよね」

「じゃんけんとか簡単に決めれて面白い」

「あっちむいてほいだっけ。あれも面白い」


 逆に何でないのか僕には不思議だったんだけど。

 一人だけ当番決めるときとか楽なんだよね。 


 組み合わせも決まったのでいよいよ解体作業の開始。 

 まずは猪を吊るす作業。滑車を利用して逆さづり。

 吊るしている最中にサティアのところの猪が目を覚まし、悲鳴めいた鳴き声を上げる。


「あれ嫌だなあ」

「ヨータ、あのタイミングでも別にいいのよ」


 横にいるロロさんが教えてくれた。


「何でです?」

「この後、血抜きするときに起きてた方が落ちるの早いのよ。今は興奮してるから猶更ね」


 ああ、心臓の動きが大きいからか。

 なるほど納得。

 サティアが吊るした猪の首の付け根辺りをナイフで切る。

 猪は悲鳴をさらに上げ、首元から血がぼたぼたと垂れていく。

 落ちた血の量が増えると共に段々と猪の悲鳴は音量が下がっていった。  

 

「ああやって、頸動脈を切ると血が早く落ちるの。血が足りなくなってくると収まるわ。じゃあ、こっちもさっさと始めましょう」


 うん。まず脈がどこか分からない。

 ロロさんがこの辺と首の付け根辺りを指差してくれた。

 教えてもらった個所をお命ちょうだいとばかりにざっくり切る。

 切った傷口から血がドボドボと垂れ流れてくる。

 切った感触と罪悪感が半端なく気持ち悪い。


 解体を始めると職員さんが所々で冷却魔法で猪を冷やしてくれた。

 これをしないと肉が傷むのだそうだ。

 

 腹を裂いたり、内臓を取り出したり、皮を剥いだり、骨を鋸で切ったりと、グロイ作業ばかりだったが、ラーバも顔を真っ青にしながら頑張っていたので、僕が逃げるわけにもいかない。

 何度か吐きそうになるほど気分が悪くなりながらも、なんとか解体を終えることができた。

 

 その日の夕食は僕らが捕まえた猪肉の一部を貰えたのでバーベキューになった。

 猪狩りから解体と続き、その肉を食すまでが数年前から学生の定例行事なのだそうだ。

 確かに自分たちで狩ってきた肉と思うと、苦労した分だけ味わいが増す気がする。

 


 ☆

 

 リタイアは何としても避けたかったので、諦めずにできる事を増やしながら学生生活を送っていたのだが、ようやく僕のレベルが2に上がった。


 養成学校に入って魔物との戦闘にようやく参加できたからだろう。

 すぐに参加できなかったのは、僕の戦闘訓練の結果が振るわず、参加させるのは危険と判断したオーガストさんたちに止められていたからだ。

 許可を貰っている学生は参加でき、参加できなかった者は別の仕事に回される。

 戦闘訓練居残り常連の僕、ラーバ、サティアの三人は討伐参加を後回しにされていた。

 

 僕は剣とか槍なんて握ったこともないからね。

 持ち方から教わったよ。

 管理人でもあり教官でもあるオーガストさんたちにポコポコ叩かれながら鍛えてもらった。

 

 剣を鞘から抜くこともできなかったから、鞘を放り投げてたし、槍なんて突いてみたらすっぽ抜けて、相手してくれてたオーガストさんに飛んでいく始末。

 オーガストさんから「武器を手放すやつがいるか。そういう不意打ちは覚えなくていい」と脳天チョップされたよ。言い訳じゃないけどわざとじゃない。

 

 二週間ほどの居残り訓練を続けた結果、ようやく僕、ラーバ、サティアの三人とも討伐参加が認められ、下水道での鼠討伐に参加。

 ポリスたちから退治するのは大きな鼠と聞いていたので、精々猫サイズだろうと思っていたら、中型犬くらいの大きさでビビった。鼠でも大きいと怖い。

 しかし、図体が大きい分、小さい鼠と比べると動きが掴めるのでかろうじて戦うことはできた。

 正直、命のやり取りが怖くて手が震えっぱなしだったけど、なんとか二匹目のとどめを刺したところで『レベルが上がりました』と機械的な声が聞こえた。


 僕だけに聞こえたようだが、おっさんぽい声だったのが気に入らない。

 どうせなら緑髪のツインテールの子みたいな声で聞きたかった。


 ステータスボードを開く。


 名前:ヨータ 性別:男 年齢:18歳

 レベル:2 職業:無職 

 スキル:なし

 属性:土

 魔法:なし

 加護:なし

 転移の恩恵:全能力・耐性100倍、経験値取得100倍、ドロップ率100倍

 主神の呪い(怒):転移の恩恵の性能が1%にダウンする


 レベル以外何も変わってない。

 かなりがっかり。


 この後も鼠を二匹退治したがレベルは上がらず、この日の討伐が終わる。

 レベルが上がったのに体感出来たものは何もなかった。


 レベルアップに疑問を持った僕は宿舎でラーバとサティアに聞いてみることにした。

 この二人は居残り練習でよく一緒にいるので聞きやすい。


「レベルが一桁の内はステータスのどれか一つがちょこっとしか上がらないです。レベル10を超えて初めて体感できるそうです。私もあと一つ上がれば体感できるかもですね」

「うぇーい。記憶がないから忘れてるのね。これも天啓の儀で教わることなんだけど」

「私のステータス、筋力だけ飛びぬけて高いから恥ずかしいです」

「いいじゃん。秀でてるものがあると思いなよ。私なんか魔法使いなのにMP低いんだから」


 ん?


 ステータスって数値化されてるの?

 やっぱりこれ僕のステータスは他のみんなと表記が違うんじゃないだろうか。

 もしかしたら別の見方があるかもしれないので聞いてみよう。


「ごめん。ステータスの見方教えてもらっていい?」

「え、それも忘れたんですか?」

「今まで気にしたことがなかったから」

「うぇーい。ヨータおもしろーい。でもちゃんと教えてあげるね。どうせ私たちから見えないし」


 他の人からの不可視は一緒か。

 ステータスが二重にあるのは考えにくいけど、僕の基礎ステータスがないのもおかしい。

 別窓もしくはタブ化されているのかもしれない。

 

「『ステータス・オープン』ですよ」


 あれ、一緒だ?


「ステータス・オープン」


 ヒュンと目の前にステータスボードが浮かぶが、やはり僕のステータスは数値化されていない。


「うぇーい。ヨータ違うよ。神代言語で唱えないと駄目だよー」

「何それ?」

「こうだよ、こう。『ステータス・オープン』」

「ステータス・オープン」

「ヨータさんが言ってるのは共通言語ですよ?」

「え、だって二人ともそう言ってるじゃん」

「うぇい?」

「え?」


 あれ?

 なんか二人とも、驚き方が変なんだが。


「ヨータさん神代言語で何言ってるか分かるんですか?」

「うぇいうぇいうぇい、ヨータにはあれがステータス・オープンって聞こえるの?」

「よく分からんけどそう聞こえる」


 ああ、分かった。そういうことか。

 僕の耳には翻訳されて入ってきているのか。

 ラーバとサティアに共通言語でも開くのか聞いてみたが、出来るわけがないと一笑された。

 

 神代言語は僕にインストールされた知識にない言葉だ。

 意図的に隠されているのか、それとも翻訳機能が優秀過ぎるだけなのか。

 これは先のことを考えると見過ごせない。


「うぇーい。ヨータもしかしたら古文書とか読めるかもしれないね」

「神代文字は解読ができなくて謎が多いんですよ」

「どこに置いてあるの?」

「大体は神殿か王族が所有してますね」

「神殿だと見れるところもあるから機会があったら見ればいいよ」

「うん、機会があったらね。ところでさっきの言葉、単音ごとに教えてくれない?」


 そんなことよりも神代言語で二人がなんて言っているのかそっちが気になる。

 同じ言語を発することができれば、僕も自分のステータスを数値で見ることができるんじゃないだろうか。


「『ステータス』」

「あ、ごめん。なんか最初の段階でステータスって聞こえる」

「区切って言った方がいいのでしょうか?」

「うぇーい、一小節唱えると意味を成すはずだから、サティアと交互に言い合えばいけるかも」

「いいですね。それだと発動しないでしょうし」


 ラーバ、サティアの順で言うそうだ。


「ヴァ」

「ヴェ」

「ルア」

「テュル」

「フェム」

「ルァト」


 ふむふむ。えーと――

「ヴァベ――」

「うぇーい。違うよー、『ヴェ』だよ」

「ヴァベア――」

「また間違ってますよ。あと『ヴェ』の次は『ルア』です」

「ヴァヴェアツル――」

「また『ルア』のルが抜けてます。それと『テュル』です」


 間違いを指摘してもらい、舌を何度か噛みながら格闘した。


「――フェムラート」

「うぇーい。惜しい『ルァト』ね」


 よし、次は行ける――はず。


「『ヴァヴェルアテュル(ステータス)フェムルァト(オープン)』」

 今まで見てきた大きさとは違う表示板が浮かぶ。

 さあこい、僕の真のステータス!


 名前:ヨータ 性別:男 年齢:18歳

 レベル:2 

 HP:意外とある

 MP:負けないで

 筋力:がんばれ

 知力:少しある

 体力:ついたね

 器用:そこそこ

 敏捷:それなり

 精神:弱いね

 スキル:何かあったような

 魔法:いつかはきっと

 加護:あるわけない


 僕のステータスは色々とおかしい方向にバグっていた。

 何だよ、この誰かの感想のような表記は。


 ステータスに書いてある内容を二人に言ってみたら、体をプルプルと震わせていたので、「我慢は体に良くないよ」と言うと、二人揃って地面にうずくまって過呼吸になるほど笑い転げた。


 そうか、やはりおかしいのか。


 ☆


 忌まわしい真のステータス開示から早一か月。

 ここの生活も二か月目ともなると流石に身体が馴染んだ。

 この世界の一般常識は大体体得できたと思う。


 オーガストさんたちに鍛えられたおかげで、Fランクの仕事は問題なくこなせている。

 魔物との戦闘も幾度か繰り返すことで、今では恐怖心が薄らぎ戦えるようになった。

 その成果として僕のレベルは5まで上がっている。


 一度だけ、戦闘が絡まない仕事をしていたときにレベルが上がったので、何かしらのことをすると経験値が入る仕組みに気が付いた。ギルドの受付のお姉さんが言っていた「普通の生活をしていたらそれだけでレベルは上がるはず」という言葉に嘘はなかった訳だ。


「『ヴァヴェルアテュル(ステータス)フェムルァト(オープン)』」


 名前:ヨータ 性別:男 年齢:18歳

 レベル:5 

 HP:意外とある

 MP:負けないで

 筋力:がんばれ

 知力:少しある

 体力:ついたね

 器用:そこそこ

 敏捷:それなり

 精神:弱いね

 スキル:何かあったような

 魔法:いつかはきっと

 加護:あるわけない


 ステータスはレベルの数値以外何も変わってない。

 レベルが上がったのだから、せめて表現が変わって欲しい。


「うぇーい。ヨータどうしたの。浮かない顔してるぞ」

「いや、僕のステータスの話、前にしたでしょ」

「ぶははははははっ。その話まだ笑える」

「飽きろよ。書いてる内容がちっとも変わらないからつまらなくてさ」

「うぇーい。面白いし、いいじゃん。ヨータはちゃんと成長してるから大丈夫だよ」

「ありがとう。認めてくれて嬉しいよ」

「全然嬉しそうじゃないんだけど? あ、分かった。本当はサティアがいなくなって寂しいんでしょ?」


 正直、それもある。


 僕とラーバは冒険者登録の日に養成学校に入ったが、サティアはしばらく冒険者生活を送ってから入ってきた口だ。その分、僕たちと持ち点に差があった。


 サティアはEランク試験を受けられる持ち点に達し、試験を一発で合格した。

 試験合格後、とあるパーティーにスカウトされたと喜んで帰ってきた。

 そして昨日、新たな仲間たちの元へ向かうため、宿舎から去っていった。


 居残り組で一緒にいた時間が長かったこともあり、三人で行動することが多かった僕たち。

 お互いカバーし合って、助け合って、お節介したり、されたりと、仲間意識が芽生えていた。

 このままパーティーとしてやっていけるんじゃないかと思ったくらいだ。

 

「冒険者してればまた会えるよ。いつもみたいに、うぇーいってしてれば?」

「うぇーいはラーバの口癖だろ」

「口癖じゃないよ。廃れているけど古い部族の言語だよ?」


 そうなんだ?

 

「何でそんなの知ってるの?」

「私がその部族の末裔で最後の生き残りだから」

「……その言語教えてくれる? ラーバだけじゃ寂しいじゃん」

「うぇーい。サティアにも教えたけどねー。意外と早く覚えたからびっくりした」

「僕だけ仲間外れかよ。いいから教えてよ。僕も覚える!」

「うぇーい。やっぱヨータおもしろーい!」


 僕が詰め寄るとラーバはいつものように笑った。 

 ラーバに教わっているうちに寂しい気持ちはどこかに行っていた。


 ところで、さっきからラーバが「うぇーい」とか「うぇい」とか「うぇいうぇーい」しか言ってないんだけど、これ本当に古い部族の言語なの?

 ラーバも何語か知らなかったようなので、僕がうぇい語と命名しておいた。


 ☆ 

 

 今日は養成学校が休みの日。

 学生たちは実家に顔出しに行ったり、宿舎でゴロゴロしたり、お兄ちゃんと手を繋いでお出かけしたりと様々だ。


 僕は休みの日を利用して、露店巡りするのが楽しみだったりする。

 何故か露店巡りに行くときはラーバもついてくる。

 一人より二人の方が楽しいけど、別に付き合わなくてもいいんだよと言ったら、自分も楽しんでいるから気にするなと言われた。


 僕のインストールされた知識だと、スワロの町の人口は5万人前後で町としては規模が大きい。

 町は土地に余裕があるらしく急激な人口増加さえなければ外郭を拡張しなくても問題なさそうだ。


 噴水広場がこの町の中心にあたり、僕が最初に入ってきた門から見て、西が冒険者ギルド、東が町役場、北側は高級住宅街で、領主の屋敷も北側に位置する。


 ここの領主さんは元冒険者で元々貴族の出だけど冒険者もしていた人らしい。

 領主さんとは接点がないので噂くらいしか聞かないが、悪い噂は全く聞かない。

 オーガストさんたちから、ここの領主は貴族にしては変わり者でよく町中を出歩いているらしいので、すぐに見かけることになるだろうと聞いていた。

 

 露店を見物している僕たちの後ろをバタバタと行ったり来たりしているおっさんがいる。

 がたいもよく身なりもいいので身分は高いのだろう。

 この人が領主じゃないだろうかという気がしてきた。

 

 商人が荷馬車から荷物を降ろしていて、おっさんは談笑しながら一緒に降ろした荷物を倉庫へ運んでいる。荷馬車に残っている身なりのいい中学生くらいの男女二人は領主の子供だろうか。

 二人は荷馬車から小さな荷物を仲良く降ろしている。ちょっと微笑ましいぞ。


 僕とラーバが露店を見物して話を聞いている間に、荷物の運搬は終わっていた。

 領主らしきおっさんと子供二人は商人からお礼を貰っている。


 賄賂か?


 商人はおっさんではなく少女に袋を渡した。

 どうやら手伝ったご褒美のようだ。


 お菓子でも入っているのか、女の子は嬉しそうにはしゃいでいる。

 男の子は女の子がはしゃぐ姿を見てやれやれといった顔だ。

 兄と妹かな、微笑ましい。


 三人はそのまま、歩いて去っていったが、単なる散歩中に手伝っただけのようだ。

 領主一族が悪徳ではなさそうなのでちょっと安心した。


 ラーバと露店巡りを続けていると、ほんのり甘い匂いが鼻をくすぐった。

 匂いの元を辿ると小麦粉を練って焼いたパンケーキみたいな焼き菓子を見つけた。


 二口で食べ切れるサイズだが、一つ小銅貨二枚と安い。

 ラーバの分と二つ購入して食べてみると、触感も柔らかく蜂蜜っぽい味がした。


「うぇーい。おいしー」


 ラーバに同感だ。甘すぎず口当たりも軽くて美味しい。

 値段も安いので、お土産に買って皆にも食べさせてあげよう。


「ラーバ、一人二個ずつでいいよね」

「そうだねー。えっとオーガストさん、ロロさん、ルトさん――」


 ラーバが名前を言いながら指を二本ずつ立てながらカウントしている。

 

「何してんのラーバ?」

「うぇーい! 話かけるから数が分かんなくなったじゃん」 

「数って十二人分を二個ずつなんだから二十四個だろ」

「うぇい!? ヨータ算術できるの?」

「……算術、あ、そうか。ここって義務教育ないんだ」

「ぎ、義務教育? またヨータが難しいこと言い出したー」

「いつもの独り言だから気にしなくていいよ」


 アレグラッドの一般人の識字率はそこそこ高い。

 聞くとほとんどの家庭で絵本や御伽噺を使って教育しているようだ。

 難しいスペルを書くことはできなくても、読むことはできるというレベル。


 算術となると一桁の足し算や引き算ならできているが、二桁あたりになると時間がかかり、掛け算や割り算になると人によってはフリーズする。

 商売をしない限り、普段の生活のほとんどが一桁以下の数字で事足りるせいだろう。


「うぇーい。ヨータ、全部でいくら?」

「大銅貨四枚と小銅貨八枚だね」

「おじさん、いっぱい買うからまけて?」

 

 ラーバは物価傾向の把握や金銭感覚がしっかりしているので、現状問題は感じられない。

 買い物だって、安い店を見つけてきたり、交渉もできるので僕より上手だと思う。


「うぇーい。ヨータ。大銅貨四枚でいいって」

 

 値引き交渉に勝利したラーバは嬉しそうに僕の腕を掴んだ。

 こういう時はちゃんと褒めてあげないとね。


「ラーバえらい」

「うぇーい。褒められたー。うぇーい」


 友達と町をぶらつくのもいい休日の過ごし方かな。


 ☆


 今日はロロさんを相手に徒手格闘の訓練。

 戦いの最中に武器が折れたり、壊れたりと失うことはないと言えない。

 いきなり暴漢に襲われることだってあり得るし、武器を用意する暇もない時だってあり得る。

 残された武器は己の身体だけ、武器の使い方を分かっていなければ、それはただの的。

 

 的は僕だったようです。ぼっこぼこです。

 僕の攻撃はロロさんに簡単に読まれて空を切るばかりで掠りもしない。

 逆にロロさんの攻撃は僕の身体に吸い込まれるかのように当たる。


 それでは倒してやれと足元にタックルしに行ったら、頭に手を置かれて馬飛びで躱される。

 無様に前のめりで倒れたが、「なにくそ」とすぐさま起き上がり、胸元を掴みに行く。


 この世界の者は柔道など知らないだろう。

 見せてやるよ僕の一本背負い!


 やり方あってるか分からないけど!

 経験したことあるかどうか記憶がないから分かんないけど!


 そりゃあね、胸倉掴もうとしてるんだから、胸に手が当たるのは仕方がないことです。

 ちょっとずれたら服じゃなくて胸を掴んでしまってもそれも不可抗力です。


 ロロさんまであと一歩と近づいたところで、足を払われ天と地がひっくり返る。

 ひっくり返されたところにマウントされタコ殴り。

 まあ、ロロさんが加減をしてくれているので少し痛い程度、えっろいお姉さんに罵られながらペシペシと叩かれ、僕が変な趣味に目覚めないかが心配です。


「ヨータは重心が高すぎ。もっと低めにしないと今みたいに転ばされるよ。それから少しはフェイント入れなさい。視線で何処狙ってるかすぐ分かる。あと、おっぱい狙いすぎね」


 馬鹿な、僕の完全犯罪がばれていただと!?

 最期に優しいデコピンを一発受けて僕の番は終了。


 ロロさん相手に5分も持たなかった。

 もうちょい粘れるかと思ったんだけど。


 ロロさんは大人のお姉さんって感じで、訓練中はともかく普段はとても優しいから好き。


 胸は大きすぎず小さすぎず、くびれもしっかりと主張していて、きゅっと引き締まったお尻が歩くときは尻尾と一緒にぷりぷりと揺れ視線を誘う。普段から体のラインが分かる服装なのでものすごくエロイ。


 学生たちからの慕われ方は、僕らの間で兄貴と呼ばれるオーガストさんをも上回る。

 ロロさんは僕たち学生にとってお姉さんでもありお母さんでもあるのだ。


 冒険者からの人気も高いと聞くが、十分に納得できる。

 慈愛成分たっぷりの天然の母性に誰もがくすぐられるのだろう。


 オーガストさんとルトさんから『自分たちはいいが、ロロだけは絶対に怒らせるな』と注意されている。まだ学生の誰もロロさんが怒っている姿を見たことはないが、普段が普段なだけに怒らせたら相当怖いのだろうか。

 

「はい、交代。次、ラーバおいで」

「うぇーい。いっくよー」


 くるくると回りながら連撃の蹴りを繰り出すラーバ。

 ラーバは魔法使いだが、身体能力は意外と高い。

 訓練で鍛えられ引き締まった身体で繰り出す足技は僕ではもう敵わない。

 出会ったころはひょろひょろな体型してたのに、筋肉に目覚めやがって。

 

 ロロさんとの組手は基本的に最初は攻めさせてもらえて、徐々にこちらが防げる程度の甘い攻撃を加えてくる。いきなり攻めてこられたら僕らごときじゃ何もできないまま終わるからね。


 Bランク冒険者であるロロさんにかかれば、ラーバもまだまだ隙が多いらしい。

 簡単に足払いされ、空中に浮かんでいる間に掌底を食らい吹っ飛んだ。

 掌底を受けても実際ダメージがほとんどないのだから、ロロさん凄いって思う。


「モーション大きいよ。足払ってくださいって言ってるもんよ」


 ロロさん強いなー。

 おっと、頭から生垣に突っ込んでるラーバを救いに行かなくちゃ。

 ラーバを引きずりだすと、少し頬に擦り傷はあるようだけど、大きな怪我はないようなので安心した。


「うぇーい。やられたー」

「よしよし、がんばった、がんばった」


 他の学生がロロさんと組み手をしている間にラーバと組手の練習。

 同レベルの練習は切磋琢磨できるので、学生たちは自主的にするのが通常だ。


 ラーバが相手だと僕の方が負け星は多くなるが、手段を変えれば勝てることもできる。

 ハンデくれよ、ハンデ――足技禁止で……駄目か。

 しょうがない真面目にやるか。


「さあ来いラーバ。今日は負けないぞ」

「うぇーい。ところでヨータ、何で私だと胸を見ないの?」

「ラーバのは壁とか筋肉っていうよね?」

「……うぇーい。るね?」

「簡単にはらせないよ?」


 結果、負け星が増えました。


 ☆


 今日はルトさんの引率で東の森にギルドの塩漬け依頼を処理しにきた。

 木こりが切った木を薪にして町に持ち帰るのが今日の仕事。

 今日の仕事は重労働なのに報酬が小銀貨二枚。そりゃあ塩漬けにもなる。

 

 エルフのルトさんは流石エルフだけあって、森や植物の知識が豊富。

 草木を無駄に傷つけないように行動する姿は、繊細な森の種族といわれる由縁そのもの。


 サバイバル系の教官にルトさんが向いてるのも間違いない。

 自然を相手に生き延びる術を機会があるたびに教えてくれる。

 道すがら食べられるものや役に立つ植物を見つけると、その場で講義が始まったりする。

 

 誰だよ、エルフが繊細な森の種族とか言った奴。


 おやつ替わりとか言って、蜘蛛捕まえてきて焼き始めたぞ。

 焼いた蜘蛛をボリボリ食べるエルフの姿なんて見たくなかった。


「甘みがあって美味しいのじゃ。焼いてあるから安心じゃ食ってみろ」


 学生たちは全力で顔を横に振って拒否する。

 焼けばいいってもんじゃない。 

 蜘蛛は食べたくないので勧めないでもらっていいですか?


「なんじゃ嫌か。この蜘蛛は毒もないし、栄養もあるんじゃが」


 ボリボリと蜘蛛を頭から丸かじりするルトさんだった。

 ルトさんの長耳が垂れていたので、本気で残念がっているようだ。


 ルトさんは美人なのに行動で色々と台無しにしている気がする。

 言葉使いにしてもそうだし、宿舎での態度にしてもそうだ。

 森にいるときはともかく、宿舎にいるときは落ち着きをまず感じない。

 普段から悪戯好きだし、酒を飲んだら陽気になって歌ったり踊ったりして一番はしゃぐ。


 ルトさんはパーティーメンバーの中でムードメーカー的な役割らしい。

 騒動を起こすのもルトさんが最も多いとオーガストさんたちから聞いていた。

 本人は町に住むエルフは珍しいので、絡まれることが多いから対処したまでと言い訳していた。


 一緒にいるオーガストさんやロロさんが落ち着き過ぎなのもあるだろうけど、ルトさんに至っては本能のままに行動しているようにも見える。

 たまに僕たちと一緒に悪ふざけして、よくロロさんにどこかへ連れて行かれている。

 帰ってきたときは涙目なのと長耳が垂れ耳状態なので叱られたのだろう。


 僕の中でエルフという種族が分からなくなった。

 ルトさん自身に他のエルフもそうなのか聞いてみた。


「人と同じじゃよ。色々な性格のエルフがおる。私は少々野蛮らしいがな」

「町でルトさん以外のエルフを見たことないけど他にもいるの?」

「見る機会は少ないじゃろうな。エルフはこの町に十人くらいしかおらんから」


 いるにはいるんだ。


「私を含め半分が冒険者じゃな。他はよく知らん」

「同族と付き合いないの?」

「同族と言っても同郷でもない知らぬやつじゃぞ? まずお互い警戒するのが普通じゃ」


 ああ、そうか。言われてみれば普通のことだった。

 僕も同じ人間ってだけで付き合いがあるわけじゃないもんね。

 出会って、顔を付き合わせていくようになって、段々と親しくなっていく。

 気が合えば友達になれるかもしれない。


 できるだけ多くの人と仲良くなりたいな。


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